ねぼった

6月15日(水)

「先生、Sさんったら、今学校へ来て、ねぼったって言うんですよ」と、前半の授業を終えて職員室に戻ってきたF先生が嘆いていました。Sさんは寝坊したと言いたかったのですが、「ねぼう」を名詞ではなく1グループの動詞だと勘違いし、“買う⇒買った”と同様にた形を作ってしまったのでしょう。

漢字で“寝坊”と記憶されていれば、おかしげなた形を発明することもなかったのですが、読み方の“ねぼう”だけが一人歩きしてしまったため、上述のような悲劇が起きたと考えられます。また、Sさんができる部類の学生だったことも災いしてしまいました。なまじ応用力があったため、ねぼってしまったのです。これが単語レベルのコミュニケーションしかできないJさんだったら、ぶっきらぼうに「ねぼう」と言ったでしょうから、かえって意思疎通が図れたと思います。

これで思い出したのが、私が日本語教師を始めたばかりの頃に教えたMさんです。意向形の作り方を教えたら、しばらく黙り込んでいました。そしておもむろに、「先生、『ごります』は何ですか」と、真剣な顔で聞いてくるではありませんか。もちろん、「ごります」なんて初めて聞く言葉です。内心の動揺を抑えつつ、「どこで聞きましたか、見ましたか」と聞くと、「イトーヨーカドー」という答えと同時に、「ゴリヨー、ゴリヨー」とだみ声で魚売り場かどっかのおじさんのまねを始めました。

「食べます⇒食べよう」という説明を聞いて、よく耳にするけど意味がわからない「ゴリヨー」はこれだと思い、「X⇒ごりよう」という変換方程式から「X=ごります」という解を得て、私に質問したわけです。この変換方程式を解くために、しばらく黙り込んでいたという次第だったのです。

確かにMさんは勘違いしていましたが、私には頭脳の明晰さが印象に残りました。Sさんの間違い方にもMさんの勘違いに通じるものがあります。Sさんの作文には読んでいて引き込まれるような飛躍があります。「ねぼった」と聞いて、Sさんの今後が楽しみになってきました。

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