5月9日(月)
文部科学省学習奨励費受給者の推薦者を決める面接をしました。自薦で名乗りをあげた学生の中から、教師の目で厳選された学生だけが最終面接を受けます。そういう手続を経てきているので、出席率はほぼ100%、成績もそれなり以上の学生たちばかりが残っています。ですから、毎年、この面接には苦労します。だれを落としても悔いが残りそうな気がするのです。
学習奨励費とは、要するに奨学金ですから、いい学生であるかと同等かそれ以上に、経済的にどんな状況であるかが大きな問題になります。経済的に苦しくても勉学に励んでいる学生にもらってほしいと思っていますが、最近はかつてのような苦学生が少なくなりました。生活状況を聞いても、赤貧洗うが如しという学生はいません。奨学金なしでも生活していける仕送りを受けている学生ばかりです。
そう考えると、日本人の高校生のほうがよっぽど貧しいかもしれません。大学進学率は私の頃の倍ぐらいになっていますが、学費が工面できずに退学したり危ない仕事に手を染めたり、そもそも進学をあきらめたりしている若者も多いです。そういう人たちに比べると、今回の候補者の面々は恵まれた生活を送っていると思います。かつては「日本は物価が高いです」という例文が学生たちの生活実感を表していましたが、今はさほどに感じていないように見受けられます。
文部科学省がこういう学生たちの生活状況を知っているのか、学習奨励費の支給額も年々下がって、薄く広くという意図を感じます。ありがたみがなくなったという声も耳にしますが、私は時宜を得た施策だと思っています。今の学生は、お金そのものよりも、学習奨励費受給者という名誉をもらいたいのかもしれません。