朝の電車は狭いです

10月5日(土)

学生の話を聞いていると、時にハッとさせられるような表現に出合います。先日、初級のTさんに日本での生活はどうかと聞いた時のことです。Tさんは、「朝の電車は狭いです」と答えました。中級以上なら「朝の電車は混んでいます」「朝は電車が混んでいますから、学校へ来るのがとても大変です」などと答えてもらいたいところです。でも、Tさんの実感は「朝の電車は狭い」のです。

この答えを聞いた時、とても新鮮な気持ちになりました。四方八方から押し込まれ、下手をすると片足を浮かせて吊革につかまってやっとバランスを保っているような状況かもしれません。これを言い表すには、上述の文法的にも語彙的にも正しい表現よりも、「朝の電車は狭いです」の方がぴったりくるように思いました。

テストで「朝の電車は狭いです」などと書いたら、文句なし×でしょう。でも、Tさんにとってはこの3か月ほどの日本での生活を象徴する言葉が、「朝の電車は狭いです」なのに違いありません。Tさんにすいている電車の写真を見せて「この電車は広いですか」と聞いても、「はい、広いです」とは答えないような気がします。「朝の電車は狭いです」は、朝のラッシュの状況を描写したのではなく、Tさんの心象風景、ないしは母国での生活との違いを最も強く感じた場面を凝縮した言葉なのです。

この感覚を、Tさんは母語でどのように表現しているか、整理しているか、そこまではわかりませんが、きっとスマートにまとめているのでしょう。でも、「朝の電車は狭いです」は、聞いた人をこんなに感動させる力を持った斬新かつ衝撃的な言葉なのですよ。

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