3月20日(火)
Gさんは昨年から数校の大学に挑戦してきましたが、どこからもお声がかかりませんでした。そのGさんに、昼休みに呼び出されたので、4月以降の受験講座をどうするのかという相談だと思って、カウンターまで出向きました。
「先生、今までいろいろな大学に不合格でしたが、S大学に合格しました」と言うではありませんか。私はS大学も到底無理だと思っていましたから、一瞬何の話なのかわかりませんでした。「へえ?」と聞き返して、もう一度同じことを言ってもらい、ようやく線がつながりました。
それだけなら「おめでとう、よくやったね」で終わりでしたが、次の言葉を聞いてさらにまた困惑に陥りました。「先生、S大学に入って今年もEJUを受けて、来年もっといい大学に入ります」。Gさんが私を呼んだのはこの話がしたかったからだったのです。
大胆というか、身の程知らずというか、世間をなめてかかっているというか、今度こそ本当に言葉を失いました。Gさんの言う“いい大学”とは今年落とされた大学です。Gさんの日本語力からすると、次も勝ち目のある戦いになるとは限りません。
KCPで受験勉強を続けるのではなく、形の上だけでもS大学に進学するということは、大学生の身分は確保しておき、来年ダメだったらそのままS大学生として勉強を続けるつもりなのでしょう。そんな中途半端な環境に身を置くと、虻蜂取らずに終わりかねません。受験には失敗するわ、S大学では留年するわで、1年が無駄になってしまいます。そうなるおそれが強いように思えてなりませんでした。
だから、Gさんの考えは否定して、S大学で4年勉強し、大学院で今Gさんが考えているところに入ればいいとアドバイスしました。でも、Gさんは晴れやかな顔にはなりませんでした。どうやら背中を押してもらいたくて私に相談したようです。今の自分は世を忍ぶ仮の姿だなどと思っているうちは、どこに進学しても有意義な留学生活は送れないでしょう。
大学は勉強を教えてもらうばかりの場所ではありません。オーダーメードの学びの場を築いてこそ、真に有意義な大学生活が送れるのです。