2月23日(木)
東北道を快走していくと、やがて左手に白銀に輝く日光の山々が見えてきました。新宿を出るときは、空の底が低く、弱い南風に流される雲がはっきり見え、わずかに雨滴も感じました。首都高走行中は時折ワイパーが動くこともありましたが、北へ行くにしたがいだんだん空が明るくなってきましたから、お天気はいいほうに傾いてくれそうかなという予感がしていました。日光宇都宮道路に入ると、頂上は雲の中でしたが、青白い男体山が車窓を占めました。さっそくスマホにその姿を収める学生も。
日光江戸村は、薄日が差していました。駐車場横の休憩所でおなかを膨らませた私のクラスの学生は、入場するや左右の道標やお地蔵さんや水車や、ありとあらゆるものに突っかかって、写真を撮ったりあれこれ感じたことを言い合ったり、さっぱり前に進みません。私は日光江戸村での“大仕事”が控えていますから気が気ではなく、ついに彼らをおっぱなして“仕事場”へ向かいました。
花魁ショーの行われる若松座は、開演直前には桟敷が文字通りすし詰めの満席。この花魁ショーでお大尽を務めるのが、私にとってのバス旅行最大の任務です。学生たちのコールもあって首尾よくお大尽役に選ばれ、舞台袖で衣装とかつらをつけ、幕が開くのを待ちました。舞台上のお大尽の座に就くと、おひねりが飛んで来るのがわかりましたが、めがねをはずした私は桟敷で見ている学生たちの様子がさっぱりわかりません。そばにいる花魁の顔も衣装もぼんやりとしか見えません。
介添え役の太鼓持ちのいっぱちさんに言われて背筋をピンと伸ばすと、桟敷がどよめきました。やっぱり、偉い人は胸を張ってあたりを見渡すような威厳がないといけないんだなあと思いました。ここから先は、これで3回目か4回目のお大尽役ですから、まあ、慣れたものです。会場の気配しか感じられませんが、その空気や熱を盛り上げるほうへと演じるだけです。演じている最中におひねりが飛んでくるのは、意外と気持ちのいいものですね。
花魁ショーが終わって外に出ると、風がちょっと出ていましたが、青空も広がり始めていました。そんな中、「先生、とっても面白かったです」などと言われると、いつもながら少々気恥ずかしいものです。変身処でサムライや町娘などの衣装を着させてもらった学生たちも、友だちにからかわれながら江戸時代にタイムスリップした自分自身を楽しんでいるようでした。私のお大尽も、この一種なのでしょう。
帰りのバスが中野長者橋のランプから山手通りに出ると、学生を現実に戻さなければなりません。今年のバス旅行は諸般の事情で木曜日に実施しましたから、明日は通常授業です。テストがあるレベルもあれば、宿題が出されているレベルもあります。「はい、新宿駅につきました。江戸時代は終わりですよ」というアナウンスで、バス旅行を締めくくりました。