梅雨の初日に

6月6日(月)

朝から雨で、週間天気予報も傘マークが続くなあと思っていたら、関東甲信地方の梅雨入りが発表されました。沖縄と奄美地方に続き、九州南部から東海地方を差し置いての梅雨入りです。それでも平年より1日早いだけですから、今年は全国的には梅雨入りが遅れているのです。気温も朝から低めで、日中も上がる見込みがなさそうでしたから、長袖のカーディガンを羽織って出勤しました。

そんな中、進学フェアが開かれました。肌寒い雨の中、お越しくださった各大学のみなさん、本当にありがとうございました。一方の学生は、受付が始まっても出足が悪く、少々焦りましたが、だんだん集まってきて、胸をなでおろしました。でも、会場に入っただけで、各校のブースに進もうとしません。「ちょっと考えています」「気持ちが落ち着くまで待っています」「A大学は難しすぎますから」「B大学とC大学と、迷っています」などとのたまう学生が多く、今までに比べて積極性に欠ける印象を受けました。私の役目は、そういう学生たちの尻たたきでした。

尻をたたかれて1校目の担当者と話をした学生は、2校目、3校目に進んでいきました。つまるところ、自分の日本語の発話力に自信がなかったのでしょう。ある程度通じるとわかったら、大学を知りたい、進学情報を得たいという気持ちに方が強くなり、次々と聞きに行ったのです。

学生が引いてから各校の方にお話を伺いました。「学生のみなさん、日本語がお上手ですね」と言ってくださいました。半分はヨイショでしょうが、学生たちの熱意は伝わったのではないでしょうか。「気持ちが落ち着くまで待っています」と言っていたDさんも、4校ほど回ったようで、資料でかばんが膨らんでいました。

逆に、自分の日本語が通じなかった学生は、話す力を磨くべく、授業での練習に身を入れてほしいです。大学院なんか、すぐに入試シーズンですからね。

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修士でも

6月4日(土)

最近は、就活に忙しくて、大学院生が研究できないそうです。修士課程2年間のうち、かなりの時間を就活に奪われ、研究に打ち込む期間は短くなる一方だということです。さらに、博士課程まで進んでしまうとかえって就職が難しくなるので、学生としてはどうしても修士で就職したいのです。

大学院は、教育機関というよりは研究機関です。研究ができなかったら存在意義がありません。また、進学した学生にとっても、時間とお金の無駄遣いになりかねません。日本の研究力は、こういうところからも低下しているのです。博士が活躍できない日本は低学歴国だと言われていますが、修士の学位すら実質を伴っていないのだとしたら、諸外国に勝てるわけがありません。

私の頃は、みんな、研究の合間にちょこちょこっと面接に行って、いつの間にか就職先を確保していました。インターネットがない時代でしたから、就活の資料と言えば広辞苑くらい分厚い企業資料集しかありませんでした。エントリーシートを書いた記憶はなく、インターンシップもしていません。「そんないい加減な決め方をしたから、そこの会社を辞めて日本語教師なんて仕事をしているんだろう」と言われてしまうかもしれませんが、前の会社でも十二分に楽しませてもらいましたから、就活が退職に影響を及ぼしてはいません。

40年近く前とは、日本を取り巻く環境も修士の位置づけも変わっていますが、だから修士の研究はおろそかでもいいというわけにはいきません。学部の就活だってどこか間違っている気がします。ここを正さない限り、留学生も安心して日本で勉強できないでしょう。そうなると、ますます日本の国際的地位が下がっていきます。

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難問?

6月3日(金)

午前の授業後、Cさんが数学の質問に来ました。ある式の誘導がわからないというものでした。別の仕事をしている最中でしたから、問題を書き写し、後で答えることにしました。その仕事が終わり、時間に余裕ができたのでその問題に取り組むと、あっという間に答えが出てしまいました。

問題が簡単に解けたのはいいのですが、今度が逆に、Cさんはどこまで真剣にこの問題に取り組んだのだろうという疑念が浮かんできました。式の変形の際に、ほんのひと工夫しただけで結論の式が得られました。私に聞く前にどのくらい時間をかけてこの問題に取り組んだかわかりませんが、Cさんならできて当然のレベルの問題だと思いました。

根を詰めて一つのことを考えていると、問題のとらえ方が固定されてしまうことがあります。もしかすると、Cさんもそんな無限ループみたいな状況に陥っていたのかもしれません。そういう時はしばらく時間を空けて再挑戦してみると、あっさり解決することがよくあります。Cさんはそれができなかったのかな。

と考えた時、大きな疑惑が湧き上がってきました。Cさんが来たのは、授業の直後でした。ということは、もしかすると、Cさんは授業中ずっとこの数学の問題を考えていたのでしょうか。問題の数式がスマホの中だったことも、教師の目を盗んでやっていたことを表しているのかもしれません。学生が信じられないとは情ない限りですが、Cさんは去年の受験シーズンにそういうことをやらかした“実績”がありますから、疑いを完全にぬぐい去ることはできません。

Cさんには、式の誘導のしかたをメールで送りました。疑心を抱いたことはおくびにも出さずに…。

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研究方針

6月2日(木)

朝、昨日に引き続きEJUの問題を解いていると、M先生から「先生、午後、お時間ありますか」と聞かれました。「はい。5時から進学授業ですが…」「じゃあ、午前の授業が終わったら、Kさんを送り込みますから、相談に乗ってやってください。大学院の出願がもうすぐなんですが、言ってることがわからないんですよ」

…ということで、M先生からKさんが書いた提出書類のコピーをもらいました。読みましたが、理解するには想像力を目一杯たくましくしなければなりませんでした。“データをブザーに輸出する”ってどういうことだよ! などと文句をたれながら下読みをしました。

昼休みに職員室で待ち構えていたら、Kさんは12時半過ぎにやって来ました。そこから事情聴取が始まります。私がKさんの文章から読み取った(理解した)ことを伝え、それがどこまで合っているか、Kさんに確認しました。理科系の研究内容ですから、大筋では予想通りでしたが、Kさんの文章が言葉足らずで誤解していた部分もありました。Kさんにしてみると、思ったことを日本語で表現できなかったから、書こうにも書けなかったようです。

そういうやり取りの中で、「はい、そうです。そういうことを大学院で研究したいんです」と、Kさんは何回か言いましたが、それじゃあ困りますね。今回はこうして私が手を貸してあげられましたが、ここから先は頼れるのは自分だけです。自分で自分の頭や心の中身を表現できなかったら、アイデアも発想も持っていないのと同じです。Kさんの研究内容は面白そうですが、それが実現できるかは、Kさんの日本語力にかかっています。

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惜しい問題

6月1日(水)

昨日から、去年の11月に行われたEJUの理科の問題を解いています。本来ならもっとずっと早い時期に済ませておくべき仕事なのですが、今学期は他に優先すべき仕事があるため、次のEJUが迫ったこの時期になってしまいました。受験講座で使いますから、これ以上先延ばしはできません。

私の場合は、ただ単に答えを出せばいいというわけにはいきません。答えにたどり着く道筋や、答えに関連した事柄にまで触れた、解説書を作ります。そのためには、学生には40分でやれと言っている問題に、その何倍もの時間をかけることになります。ですから、下手にこちらに取り掛かると、他の仕事が滞りかねないのです。

さて、解いてみると、今までには見られなかった、新しいタイプの問題がいくつかありました。新しいタイプというか、試験範囲には入っていても、出題されたことのなかった項目が見られました。重箱の隅をほじくるような内容ではなく、むしろ、今までどうして出なかったのだろうということが聞かれていましたから、好ましい変化です。この問題の解説の際にこういうことも触れておこうという展望が開ける感じです。

でも、いや、だからこそ、マークシート形式にしてしまうのは惜しいなと思いました。外国人留学生相手ですから、日本語での答案の書き方は脇に置いておくとして、論述式にするだけで力の差が見えてくる内容でした。そういうプレッシャーがかかると、みんな今まで以上に力を込めて勉強するようになると思います。

万余の受験生の答案を採点するのですから、マークシートもやむを得ないでしょう。だったら、解説を充実させて、学生の力をより伸ばす授業をしていきましょう。

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続・あるgive up

5月31日(火)

昨日の続き。

SさんにはEJUの数学は受験しなくてもいいと言いました。数学が苦手で、数学の勉強に苦痛を感じるような人が無理して数学の教科書を開いたところで、我慢しながら数学の講義を聞いても、本人のためになる勉強はできません。私にはそういう学生に数学のすばらしさ、面白さを伝えられるだけの力量がありませんし、週に90分の受験講座だけでは結果につなげられません。

しかし、たとえ文学部に進むのであっても、数学を勉強する必要がないとは思いません。サイン、コサイン、タンジェントや、2次方程式ばかりが数学ではありません。数学とは論理学であり、論理学はすべての学問に共通してその基礎をなす学問です。重なりや抜け落ちがないように場合の数を求めたり、公理や定理を組み合わせて図形問題を解いたり、数学的帰納法を用いて式を証明したりということを通して、自分の研究の進め方をより確かなものへとしていくのです。

AIを理解するにも、論理の組み立て方がその基礎となります。Sさんのような若い人たちは、世に出ようと思ったらAIを使いこなすことが必要不可欠です。AIの開発は専門家に任せておけばいいですが、ユーザーとしてAIに接する際に、AIそのものの知識ではなく、その作動原理、思考回路が思い描けるだけの理解力は必要です。その理解力を培うのが、数学の勉強なのです。

今は、大学に入る、いわば方便として、数学を捨てます。でも、大学に入ったら、将来を見据えて、受験勉強ではない数学を勉強してもらいたいです。

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あるgive up

5月30日(月)

昼休みにSさんが私の所へ来ました。Sさんは今学期の新入生で、つい先日、ようやく来日したばかりです。受験講座を取っていますが、6月のEJUは受けません。数学の授業がわからないというのが相談内容です。

今学期の受験講座は、6月のEJUに照準を合わせています。ですから、ゼロからの学生向けというよりは、一通り勉強していることを前提とした内容です。そのため、Sさんには難しすぎたのでしょう。

聞いてみると、Sさんの志望学部は文学部です。ということは、国立を目指さない限り、EJUの数学は不要です。同じ文科系でも経済学部などならいざ知らず、文学部なら進学後も数学を使うということはほとんどないでしょう。それに加え、Sさんは国の高校で数学は苦手だったそうです。受験講座の数学の勉強が、大きな負担になっていると言います。それなら、無理して数学の勉強をすることはありません。数学の勉強時間を総合科目に振り向けた方が、望ましい結果に近づきます。

そういうアドバイスをすると、Sさんは重石が取れたかのように、表情が柔らかくなりました。しかし、数学を捨てたということは、勝負できる科目が少なくなったということです。その科目でより一層高得点を取らないと、Sさんが考えている大学は入れてくれないでしょう。総合科目に注力するということは、背水の陣を敷くということを意味します。180点ぐらいを目標にしてもらわなければ困ります。

私個人としては、Sさんに数学の勉強を続けてもらいたいです。数学を勉強しておけば、将来、きっと世界が広がります。でも、いやでたまらない勉強を無理にさせることでSさんをつぶしてしまってはいけません。そういう目でSさんの今後を見守っていきます。

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アラームのあとで

5月28日(土)

朝からけたたましい警告音が何度も鳴り響きました。初夏の日を受けて校舎内に入ると、髪や服やかばんなどが部分的に37.5度以上になり、温度センサーに引っ掛かってしまうのです。コンビニや喫茶店で買って持って来た飲み物が反応することもあります。教師はきまり悪そうに持ち物を衝立の向こう側に置いて、入り直していました。受験講座を受けに来た学生も、ほぼ全員がアラームにびっくりしていました。日陰で服や体を冷ましてから再挑戦する学生も。10時少し前に玄関の外に出て空を見上げると、かなりの高度にお日様がいました。

その10時から、新入生のウェルカムパーティーがありました。今回は、今までとは違って、上級の在校生に声を掛けて来てもらいました。そして、新入生というか、最近来日したばかりの学生たちと数名ずつのグループになって、留学の心得を伝えたり、日常生活のアドバイスをしたりしてもらいました。

グループを作る前に一言ずつしゃべってもらいましたが、みんな日本語がうまいですねえ。まあ、そういう学生を選んではいるんですがね。学生の話す力が落ちているんじゃないかと危惧していましたが、この学生たちならどこへ出しても通用するでしょう。

グループで話し始めると、話が止まりません。新入生側は聞きたいことがいっぱいあり、在校生側は語りたくてたまらないのですから。レベル1の新入生も、及ばずながら日本語で話そうとしていたのがほほえましかったです。こういう経験が、弾んだ会話ができるようにもっと勉強しよう練習しようという意識向上につながるのであれば、まさに一石二鳥です。

予定をずいぶんオーバーしてしまいましたが、みんな満足そうでした。そして、ほぼ真上からの日差しを浴びながら帰って行きました。

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5倍、8倍、10倍、12倍‥‥

5月27日(金)

私のうちの近くにあるドラッグストアAは、税抜き100円ごとに1ポイントもらえるポイントカードを発行しています。これは普通のことですね。私もそのカードを作りました。Aは、時々ポイント10倍セールをします。そうすと、私のようなけちんぼは、10倍セールの日を狙って買い物します。何が何でもAで買わなければならないものもなければ、急にAで売っているものが必要になることもありませんから、10倍セールの幕が出ていたらAに入ってみるのです。仕事帰りにふらっと立ち寄って、これはと思うものがあれば買います。

ところが、去年、Aは10倍セールをやめてしまいました。その代わり、8倍セールと5倍セールを始めました。10倍だとポイントをあげすぎて、もうからなくなったのでしょう。私はAに寄らなくなりました。10倍セールの存在を知っていますから、8倍や5倍で買うのは忌々しい感じがします。うちの近くには、AのほかにドラッグストアBや、ホームセンターCもあります。マスクなら、スーパーDにも置いてあります。

私みたいな客が多かったのか、いつの間にかAは10倍セールを復活させました。幕が新しくなったような気もします。入ってみると、以前と同じようににぎわっていました。そういえば、1割引きの日が、月に1日から3日に増えていました。

そして、3月ごろでしょうか、なんと、Aの店先に12倍セールの幕が出ているではありませんか。10倍では客が戻ってこなかったのでしょうか。12倍の日に店をのぞいてみましたが、ほしい物は特になく、何も買いませんでした。こうなると、15倍セールを期待したくなります。

こんなことをしている人が多いから、日本の景気って良くならないんですね。でも、本格的なインフレが来そうだと聞くと、15倍どころか20倍セールまで待ちたくなります。岸田さん、こんな私は非国民ですか。

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話しながら

5月26日(木)

今年のアートウィークの目玉は、似顔絵コーナーです。美術系の大学・大学院への進学を目指す学生が似顔絵師となって希望した学生の似顔絵を描くのです。

Hさんはその似顔絵師の1人です。待ち構えていたところへCさんが来ました。アクリル板の向こう側にCさんを座らせ、小ぶりのスケッチブックを広げて描くのですが、世間話をしながらなんですね。縁日なんかでお店を開いている絵描きさんと同じ雰囲気でした。話に夢中になっているからなのか、絵を丁寧に描いているからなのか、時間はかかっていましたが、出来上がった似顔絵は、Cさんの特徴を余すところなく捕らえていました。「Cさん、悪いことできないね。Hさんの絵はモンタージュ写真よりよくできているから、それ、貼り出されたら一発で捕まっちゃうよ」なんて、言われていました。

Tさんは、盛るのが上手です。こちらは捜査には使えませんが、描いてもらった女子学生は、みんな喜んでいました。瞳がキラキラした似顔絵を見ている学生の瞳が、本当にキラキラし始めました。Tさんもまた、世間話をしながらでした。お客さんとやり取りしているほうが、特徴をつかみやすいんでしょうかねえ。あるいは、コミュニケーションを通して、お客さんのいい顔を引き出しているのかもしれません。

芸術家は、やっぱり、人の心をつかまないと、人の心を動かす作品は創作できないのでしょう。HさんとTさんは、そんな術が自然と身についているのかな。私みたいな芸術性のかけらもない者のうかがい知れない何かを持っているのですよ。

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