花の下で、魚の前で

3月2日(木)

課外授業。上級は、葛西臨海水族館と葛西臨海公園へ行きました。

朝、少し早く葛西臨海公園に着いたので、園内を軽く一回りしました。すると、駅からも水族館からも程近いホテルの庭のカワヅザクラが満開になっていました。ソメイヨシノよりも濃いピンクが非常に鮮やかで、これはきっと学生の印象に残るでしょうから、水族館見学のあとで連れてこようと思いました。

9時3分前ぐらいに、息を切らせながら集合場所のJR京葉線葛西臨海公園駅前に駆け込んできたのは、Tさんでした。遅刻の常連なのにどうした風の吹き回しかと聞いたところ、集合時間を早い方に間違えたとのこと。周りの先生から、「学校の授業も8時からだと思えばいいんだよ」と盛んに突っ込まれていました。

Kさんは自転車用のヘルメットを抱えて登場。Kさんのうちから10キロ余り、40分だったそうです。電車で来るより早かったかもしれません。去年の川越も自転車で行ったそうですから、それに比べたら楽勝でしょう。

みんな揃ったところで水族館へ、幼稚園の「さよなら遠足」と重なってしまい、入るまでに時間がかかりました。私たちも「さよなら遠足」みたいなものですから、「さよなら遠足」と書かれた幕の前で記念写真を撮る園児たちをほほえましく見ていました。

水族館では、学生たちは思ったよりずっと、魚やらペンギンやらにへばりついていました。教室では1人でいることが多い学生が数人連れで写真を撮り合ってはしゃいでいるのを見ると、こういう授業をしてよかったと思いました。これをきっかけに、新たな友人関係が生まれたら、言うことはありません。

水族館を出たら、朝発見したカワヅザクラまで学生たちを引っ張っていきました。こちらも、学生たちは予想以上に反応し、花など全く似合わないひげ面の男子学生まで写真を撮っていました。モデルよろしくポーズをとって連写してもらっている女子学生もいました。

学生たちには、卒業直前の思い出作りになったでしょうか。10日の卒業式まで数えるほどの授業日しかありません。その間、濃厚な日々を送ってもらいたいです。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

難しい文法

3月1日(水)

Bさんは来年の進学を目指しています。もう1年KCPで勉強するにあたって、どのようにして日本語力を伸ばし、進学につなげていくかについて面談しました。

得意科目を聞くと、漢字、文法、読解といいます。苦手なのが、会話、聴解、作文です。会話は、学校外で日本人と話すとき、どんな単語や文法を使ったらいいかわからなくなるから苦手なのだそうです。作文もほぼ同様です。さらに突っ込んで聞くと、上級らしく難しい単語や文法を使おうとするけれども自信が持てないのだそうです。上級になり切れていない学生が背伸びしようとすると、このようになりがちです。

日本人だって、日常会話でN1やN2の文法を使いまくっているかというと、全くそんなことはありません。みんなの日本語レベルの文法を上手に組み合わせているにすぎません。これが本能的にできるところが母語話者なのですが、Bさんが想像しているほどの難しい文法など使っていません。私も、この稿では意識してN1の文法を使いますが、話しているときは、教師相手でも「みんなの日本語」ですね。

入試の面接にしても、状況は変わらないでしょう。無理して小難しい文法を使って失敗するよりは、初級文法を正確に使いこなす方が、評価は高いに違いありません。面接練習でも、そういう指導をしています。

そんなことをBさんに伝えましたが、これで問題が解決するくらいだったら、Bさんはこんな悩みを打ち明けることもないでしょう。口を開くチャンスがつかめないんでしょうね。こんなふうに一対一で話を聞く機会を提供していくことが、Bさんの会話力を伸ばすほぼ唯一の道だと思います。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

病人集団

2月28日(火)

学校を休んでWさんに電話をかけて理由を聞きました。「足が痛くて歩くのが大変でしたから病院へ行ったら、尿酸値が高いと言われました」「えっ、それって痛風ってこと?」「は、何ですか?」となってしまいましたが、足が痛くて尿酸値が高いとなれば、痛風に決まっています。

Wさんに限らず、私の周りの学生には、高血圧とか腰痛とか肥満とか貧血とか、生活習慣病が疑われる人が多くて困ります。そう言われていなくても、不健康そうな顔つきをしている学生をよく見かけます。昔は“アルバイトのし過ぎは万病の元”でした。しかし、今はアルバイトをする学生が珍しくなりました。ですから、それ以外の生活習慣に何らかの原因があるはずです。

まず、食生活が怪しいです。休み時間にコンビニまで猛ダッシュしておやつを仕入れて、授業が始まりまでに大急ぎでぱくつく学生が少なくありません。朝食抜きは昔から多かったですが、昼食夕食もいい加減な学生が増えている気がします。お菓子で3食済ませてしまうという話もよく耳にします。私も食生活は自慢できたものではありませんが、野菜と果物とヨーグルトとという具合に、どうにかバランスを保とうとしています。学生にはそういう意識が薄いように思えてなりません。

それから、ストレスです。我々教師もストレスを与える側に回ることが多いですが、教師以外が源となっているストレスが多くなっている気がします。家族の期待、自分が自分にかけるプレッシャー、住環境でのいざこざ、日本の生活になじみきれない、進学に対する焦りなど、数え上げたらきりがありません。

運動不足もあるでしょう。エレベーターに列をなす学生を何とかしたいです。先日の御苑でも、なかなか行きたがらなかった学生が何名かいました。Pさんもその1人でしたが、行ったら大はしゃぎしていました。体を動かすのを億劫がって、本当に動かさないままになっている例が多いのではないでしょうか。まあ、痛風になってしまったら、動かすどころの騒ぎじゃありませんが。

あさっては、葛西臨海公園まで行きます。学生には、せいぜいたくさん歩いてもらいましょう。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

地下活動に潜入

2月27日(月)

先週あたりから、演劇部が地下活動を続けています。演劇部は3月10日の卒業式で発表をする予定です。今年の卒業式はKCPの6階講堂ではなく、数年ぶりに四谷区民センターで行われます。そのステージに立とうと、N先生のご指導の下に、地下の多目的室で日々練習に励んでいるのです。私もチョイ役をいただいていますから、昼休みにその練習に呼ばれた次第です。

6階講堂ならマイクなしでも会場中に声が届くでしょうが、四谷区民センターとなるとそうはいきません。ですから、限られた本数のマイクをどう回すかも考えながらステージ上での動きを決めていきます。私も「Aさんからマイクをもらって…」と、マイクの動き指示も受けました。

私のセリフはほんの二言三言ですから知れたものです。でも、年のせいか、それがなかなか頭に入らないんですねえ。しょうがないですから言葉の勢いと動きで周りを圧倒して、セリフのあやふやさをごまかしています。まあ、大体どんなことを言えばいいかは頭に入っていますから、それに合わせていけば大崩れはしないでしょう。

学生たちは、セリフもたくさん出し、振り付けもあるしで、私の数倍かそれ以上に負担があるはずなのですが、みんな果敢にそれに立ち向かっています。練習のたびに改良案が出てきて少しずつ形が変わりますが、そんなことなどものともせずにどんどん吸収していきます。伸びようとする力は、見ていて気持ちがいいです。

来週の金曜日が本番ですが、それまでにみんなが揃って練習できる機会はそんなに多くありません。でも、この勢いなら卒業生へのすばらしいはなむけになるのではと期待させてくれます。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

最後の試験

2月24日(金)

9字7分前ぐらいに6階の試験会場に入ると、3名の学生が談笑しているだけでした。20名余りの学生がこの教室で卒業認定試験を受けることになっているのですが、どうしたのでしょう。定期試験の日は早めに登校して教室で勉強する学生が多いものなのですが、自信たっぷりなのでしょうか、それとも「卒業」をあきらめてしまったのでしょうか。

…などと気をもんでるうちに学生が集まりだし、9時3分過ぎぐらいには欠席2名となりました。卒業認定試験は学生にとってKCPで受ける最後の試験なのですが、始業時刻直前に駆け込むという日常が繰り返されました。

KCPは、卒業認定試験に合格しないと、卒業式でもらう証書が「卒業」証書ではなく、「修了」証書になります。修了証書になったところで大学合格が取り消されるわけではありませんが、送り出す側としては有終の美を飾ってほしいと思っています。この学校で最後まで全力で日本語を勉強したという証が、卒業証書なのですから。

欠席した2名のうちの1名、Kさんは、最近授業に対するやる気が感じられず、認定試験は逃げるんじゃないかなと思っていたら、案の定でした。お昼過ぎに、「体調不良で欠席しました」というメールが届きました。完全な無断欠席でなかったことで良しとしなければならないでしょう。

もちろん、試験の成績も吟味します。Tさん、Dさん、Wさん、Sさん、Rさんあたりはきちんと勉強して受けた形跡があります。Yさんは、苦手科目には手を付けなかったのかな。どの科目も早々に提出したJさんは、他の学生が大苦戦した会話の問題でほぼ満点でしたが、ほかの科目は散々でした。

上級担当教師は卒業認定試験が終わると一山越えた感じになりますが、まだ合格が決まっていない学生への指導が待っています。Gさん、Lさん、あんたたちが片付かない限り、私に安らぎの日は来ません。頑張るだけでは意味がありません。結果を出してください。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

初めての素顔

2月22日(水)

久しぶりに、新宿御苑へ行きました。去年の卒業式後に卒業生を連れて行って以来です。節分の日に春を探しに行こうと計画していたのですが、あまりの寒さに中止しました。そのリベンジという面もありますが、上級のクラス写真を早咲きの桜の下で撮ろうというのが主たる目的です。

前半の授業を終えて、11時少し前に学校を出ました。気温は上がっていませんでしたが、抜けるような青空で、風も弱く、覚悟していたより寒くはありませんでした。入苑時に御苑の職員がたっぷりお役所仕事をしてくれたようで、10分以上は待たされました。それでも、学生から「寒い」という声は聞こえてきませんでした。スマホに夢中だったからかもしれませんが…。

苑内は、ぱっと見は冬枯れですが、木々をよく見ると新芽を膨らませているのもありました。大城戸門からしばらく歩くと、下見でT先生が目をつけていた早咲きの桜が、白と濃いめのピンクの花を誇っていました。周りが殺風景なだけに、目を引きますね。スマホで接写している学生もいました。きっと、春のかけらが欲しいのでしょう。

写真の時は、屋外でもあることだし、マスクを外してもらいました。私にとって、大半の学生が初めての素顔でした。意外と子供っぽい顔、思ったより大人びた顔、勝手な想像とは逆にふっくらした顔、オンラインの画面で見た時よりもずっと精悍な顔など、実に様々でした。

そんな顔を見ながら、秋に進学したAさんや、病気のために帰国を余儀なくされたBさんや、今ここにいる学生たちと机を並べた面々を思い出しました。みなさんどうしているのでしょうね。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

その気にさせて

2月21日(火)

以前この稿でも取り上げた火曜日の選択授業・日本の地域紹介は、今秋から卒業式直前の最終回まで、学生たちの発表としました。観光・旅行案内を作るという目標を掲げていますから、なにがしかしてもらわなければ困ります。そこで、自分が調べた地域や行ったことのある地方について、クラスで発表するということにしました。

Gさんは全国の3つの牧場を紹介してくれました。私はその3つのうち2つは行ったことがありました。発表の後で「3つの中で一番のおすすめは?」と聞くと、私が行ったことのない牧場を挙げました。「ひつじのショーン ファームガーデン」です。滋賀県米原市にあります。

Yさんは、去年の夏に行った伊豆半島についてでした。熱海の花火大会はパワーポイントからいきなり大きな音が出てきて、びっくりさせられました。聞いていた学生の目は、金目鯛をはじめとする料理に見向いていたようです。

Hさんは鬼怒川温泉と日光。KCPのバス旅行で日光江戸村は数回行きましたが、鬼怒川温泉をじっくり味わったことはありませんね。日光もバス旅行で行きました。雨に降られた思い出が強く残っています。

Mさんは榛名山を取り上げました。2回行ったことがあるそうです。ですから、頭文字Dの聖地などというマニアックなところまで教えてくれました。

こういう発表は、初回の人は“相場”がわからず苦労するものです。でも、4人の皆さんは、それぞれ何か残してくれました。これを見て、来週以降発表の学生たちはペースがつかめたのではないでしょうか。

私を行く気にさせたら、その発表にはAプラスをあげましょう。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

何に春を感じますか

2月20日(月)

“20日”は、いつもの月なら“中旬の最後の日”でしょうが、28日しかない2月に限っては“下旬の最初の日”としてもいいでしょう。そんなわけで、昨日も暖かかったことだし、週の初めのウォーミングアップとして、「春を感じるもの・こと」というテーマで、学生に話し合ってもらいました。

私が春を感じるのは、朝が早くなることです。先々週あたりから、私が学校に就く時間帯に、東の空がかすかに白むようになりました。今朝も、明るいとは言いかねますが、空に朝の気配が幾分か感じられました。3月になると道に捨てられている吸い殻がはっきりわかるようになり、そのうちヒートテック極暖がうっとうしくなります。

学生に答えはどうかというと、「暖かくなります」などという当たり前すぎる答えはともかくとして、コンビニやスタバなど、自分の行く店で春の限定商品が売り出されたことという意見が数人から出てきました。確かにそうですね。桜色っぽいパッケージの品物が増えるのはこの時期です。

周りに花粉症の人が現れるなんていうのもありました。ここ3年ばかりはマスクが目立たなくなりましたが、それ以前はマスクの人が多くなると春でしたね。

木の葉が緑になるという意見もありました。でも、これは正確に言うと、木の葉ではなく、新芽が芽吹くことを言いたいのでしょう。新芽がわずかに顔を出すことによって枯れ枝がわずかに緑色を帯びてくると、春を感じるものです。

多くの学生がうなずいていたのが、日の入りが遅くなることでした。学生が目を覚ますのは日の出のはるか後ですから、私のような春の感じ方は無理です。

明日の日の出は6時22分、日の入りは17時28分です。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

始動

2月18日(土)

この週末や来月に入ってから受験する学生がいる一方で、今週の月曜日から6月のEJUの出願が始まっています。2024年度の入試が動き始めました。

受験講座を受けている学生たちは意識高い系ですから、6月に向けて準備もしていますし、だからこそ、心配もしています。6月の成績を使って出願して、早々とどこかに合格しておけと発破をかけていますから。

去年の4月に入学したときは何が何でも東大に入る、東大以外は大学じゃないとまで言っていたPさんは、穏やかな表情でEJUの目標点を語っています。自分の実力を冷静に見極められるようになり、自分の実力の相場を知り、それを少しでも高めるにはどうしたらいいかと考えられるようになりました。大人になったというのか、人間的に丸くなったというのか、この1年で大きく変わりました。20歳前の1年は“長い”と感じさせられます。Pさん自身も自分の成長を感じていて、1年前の話をすると恥ずかしがります。

現在一番危ないのは、昨年10月に入学した初級の学生たちです。「6月はまだ日本語が下手ですから、EJUは受けません」と言っている学生が少なくないのですが、それが困るのです。たとえ低くてもEJUの点数がないと出願すらできない大学が結構あります。そういう大学の受験のチャンスを、自らの手で摘み取ってしまうわけですから。中には後期とか3期とか言って、11月の成績でも出願できる入試制度を設けている大学もあります。でも、そういう大学は早い入試ほど入りやすいのです。6月に受けたという実績が必要なのです。

しかし、これがなかなか伝わらないんですよね。毎年、6月を受けずに後悔する学生がいます。6月の受験をかたくなに拒否した学生に限って、「先生、どうしよう」ということになるのです。そんな学生は「自己責任」と突き放すのが今の日本のやり方なのでしょうが、結局世話を焼いてしまうんですよ、私たちは。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

突然の席替え

2月17日(金)

教室に入ると、いつも最前列の入り口近くに陣取っているFさんが、最後列の窓際の席にいるではありませんか。対角線の視点から終点に動いた形です。Fさんは昨日が入学試験でした。面白くない結果になってしまったのでしょうか。マスクの外に出ている眼だけでは、表情が十分に読み取れません。

授業を始める準備をしていると、Rさんが来ました。Rさんは、今まで毎日、今Fさんがいる席に座っていました。自分の指定席に向かって踏み出そうとしましたが、Fさんの姿を認め、窓際の反対側に向かいました。すると、いつもその席だったSさんが…という具合に、次々と玉突きが起こり、今までとはまるっきり違う席順となりました。雰囲気もガラッと変わりました。

入試がかかわっていなければ、授業の最初の緊張をほぐす話題としてFさんに席を変えた理由を聞くところですが、さすがにそれはできません。どことなくぎこちない感じで授業を始めました。学生たちもFさんがおとといまでとは正反対の位置にいることに気づいていますが、誰もそれに触れません。仲のいいWさんも、気づかぬふりをしているようでした。

でも、指名すれば普通に答えるし、わからないことは質問するし、Fさんは落ち込んでいるふうでも受かれているふうでもありませんでした。10:30の休憩時間になると、大半の学生がラウンジかコンビニへ行きました。教室に残ったFさんに、少しこわごわと、昨日の試験はどうだったかと聞きました。

「小論文は時間内に書き終わりませんでした。面接で小論文の内容について聞かれましたから、そこで詳しく話しました。ちょっと話が長くなりすぎたかもしれません。それ以外はうまく答えられたと思います」とのことでした。ショックに打ちひしがれているわけではないようで、少しホッとしました。「じゃあ、あとは合格を祈り続けるだけだね」と、明るく声を掛けました。そんなやり取りをしているうちに学生たちが戻ってきましたから、席を変えた理由は聞きそびれてしまいました。

Fさんの合格発表は来週の金曜日です。授業中に合格メールが届いてガッツポーズ…という図を思い描いています。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ