入学式挨拶

みなさん、本日はご入学おめでとうございます。世界の各地からこのように多くの方がKCPへ日本語を学びに来てくださったことを非常にうれしく思います。

先月、WHOのテドロス事務局長が「今回のパンデミックも終わりが見えてきた」という発言をしました。ゴールに到達したのではなく、ゴールが見えてきたというだけであり、感染拡大防止の努力を継続していく必要があるという文脈での発言です。この発言に対しては賛否両論がありますが、賛成の人も反対の人も考えていかなければならないのは、いわゆる出口戦略とその後です。

パンデミックが収まった後、この世界には新しい秩序が生まれ、それに基づいた新しい社会が築かれ、そこで暮らす私たちは新しい生活を送ることになるでしょう。パンデミックの前、2019年ごろまでの延長線ではない世界や社会や生活が始まることは疑う余地がありません。

また、今年も世界各地で異常気象が発生しています。みなさんの国ではいかがでしたでしょうか。日本は春先に日本海側で大雪が降り、6月下旬から7月上旬にかけて東日本を中心に猛暑に見舞われました。全国各地で大雨の被害が相次ぎましたが、今年は北日本が特にひどかったです。ここ数年で広く知れ渡った「線状降水帯」という専門用語が、今年も頻繁に用いられました。

日本だけにとどまらない、世界的な異常気象の原因を地球温暖化だとすることはたやすいです。しかし、原因を声高に唱えたところで、問題は何ら解決しません。これまた、新たな世界、社会、生活を作り上げていくことが求められます。

このように、現在は世界的な不連続面の上にあります。今、ここにいらっしゃる若いみなさんの子どもの頃、ほんの10年前、私に言わせれば、つい昨日みたいな時とも異質な歴史が始まろうとしているのです。時代の転換点を迎えていると言ってもいいでしょう。みなさんが30年後か50年後にこの時期を振り返った時、きっと、あそこで世界の流れが変わったと思うに違いない、そんな歴史の不連続面に直面しているのです。

そう考えた時、みなさんがこれから日本語を学ぶ意義とは何でしょうか。旧来の価値観を確認するために留学するのだとしたら、みなさんが手にする成果はわずかなものとなるでしょう。大学の単位を取るためなら、ある程度日本語が上手になれば目標は達せられます。日本で進学するためなら、入試に合格することが1つのゴールです。しかし、そこで立ち止まっていたら、転換点で置いてきぼりを食うだけです。たとえ志望校に合格したとしても、留学の敗者と言ってさえいいと思います。

今、まさにパラダムシフトが起きようとしています。このパラダイムシフトの担い手になれば、文字通り、自分の手で新しい時代を切り開き、新しい世界を創造できるのです。やりがいのある仕事が、みなさんを待ち受けています。私たち教職員一同は、みなさんを手助けすることで、次世代の旗手を育てることで、この歴史的なパラダムシフトに参画しようと思っています。

本日は、ご入学、本当におめでとうございました。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

これからの大仕事

10月6日(木)

朝からパッとしない空模様で、日中は肌寒いくらいでした。朝、コートを着た人を見かけ、ちょっと早すぎるんじゃないのなんて思いましたが、全然そんなことはありませんでした。一昨日は暑いくらいだったのに、季節が1つ半ぐらい進んだ気がします。

そんな冷たい雨の中、お昼過ぎにCさんがやってきました。Y大学に合格したと言って、スマホで受験番号と合格発表を見せてくれました。Cさんの受験番号が、合格者の中にちゃんとありました。担任のM先生をはじめ、かかわった先生方から「おめでとう」と拍手をもらったCさんの口元は、マスクの陰でほころんでいたことでしょう。

そのCさん、M先生に進学相談をしたいと言います。Y大学に受かったら他の大学は受けないと言っていたのにどうしたのかと思ったら、何を血迷ったか、「引っ越しはいつしたらいいですか」と聞くではありませんか。「Cさん、いつから大学に通うつもりですか」と、M先生に怒られてしまいました。「ほら、ここを見なさい。これからY大学が書類を送ると書いてあるでしょう。来週の月曜日は休みだから、書類が届くのは火曜日。その書類を持ってきたら相談に乗ります」と、さっきまでの祝福ムードがしぼんでしまいました。

「先生、合格しましたから、明日から帰国してもいいですか」と、Cさん、火に油を注ぐような発言。出席率についてこんこんと説教を食らう羽目に陥りました。Y大学は書類選考だけで合否を決めますから、こんなとんちんかんなやり取りをする学生でも受かってしまうんですね。

CさんにY大学を薦めた塾の先生は偉いと思います。でも、私たちにはこれから半年でCさんを大学での生活ができるように鍛えるという大仕事が課せられています。モチベーションが続くかなあ…。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

プレッシャーに耐える

10月5日(水)

朝9時のチャイムが鳴ると同時に、Gさんが面接練習に来ました。Gさんは、先週も面接練習というか、面接相談に来ました。そこで志望理由などの答え方の手ほどきをしました。それを参考に答え方を立て直し、再挑戦に来たという次第です。

しかし、残念ながら、その成果が挙がっているとは言えませんでした。Gさんは日本語を話す力に秀でていますから、それが伝わるような答え方をすることで、点を稼がなければなりません。しかし、Gさんの答えは表面的すぎて、日本語が多少上手なくらいでは得点に結びつかないでしょう。

こういう時、面接練習を受けた学生は、異口同音に緊張していたと言い訳します。おそらく、その言葉に嘘はないでしょう。しかし、面接本番では、緊張していてもそれなりの答えをして、自分の考えを面接官に理解してもらわなければなりません。言い訳は一切通用しません。

酷なようですが、どんなにプレッシャーがかかろうと、最低限のことは面接官に対して主張しなければなりません。本当に表面的な内容しか考えていなかったとしたら、Gさんの志望校・学部・学科を考えると、合格は絶望的だと言わざるを得ません。

そういうことを伝え、もう一度志望理由などの答え方を考えました。緊張のない状態で改めて聞いてみると、練習の時よりはしっかりした答えができました。頭の中がきちんと整理されていないんですね。そんな状態で面接に臨んではいけません。

Gさんのことですから、基本的なことは答えられるように自分で練習するでしょう。来週もう一度面接練習をしますから、その時はもっと厳しい質問もぶつけてみましょう。そうやって、Gさんの志望校レベルまで、Gさんを引き上げていきます。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

緊張

9月30日(金)

約束の時間10時ぴったりに、スーツに身を固めたMさんが来ました。髪もきちんと整えられていて、一瞬、大学か専門学校かの方かと思いました。明日の10時にD大学の面接がありますから、そのちょうど24時間前に面接練習をしようというMさん流のこだわりです。

Mさんは、受験講座や進学相談などで私とは何回も話したことがあります。去年、オンライン授業をやっていた頃からの付き合いです。顔見知りなんていうもんじゃありません。しかし、ノックして教室に入った瞬間から顔つきが違っていました。案の定、「そういう勉強をしようと思ったきっかけは何ですか」と聞いたら、「子どもの頃…」と言ったきり、固まってしまいました。1分ぐらい待ちましたが、うつむいたまま、ピクリとも動きませんでした。

質問を別のに替えたら答えられましたが、いつもの元気さと日本語の滑らかさがありませんでした。一通りやってみたあとで話を聞くと、やはり、頭の中が真っ白になってしまったとのことでした。MさんはEJUの成績が今一つですから、面接で点を稼ぐ必要があります。Mさんの日本語なら逆転でD大学に受かる可能性が十分見込めると踏んで、D大学に勝負をかけたのです。言葉が出てこなくなってしまったら、勝ち目はありません。

Mさんには、答えがすぐに出てこなかった時の対処法を教えました。そうしたら、少しは安心したようで、表情に余裕が出てきました。いざという場合のお守りですが、実はある程度の日本語力がないとできません。でも、私はMさんならできると信じています。

Mさんはその緊急避難方法を聞いて、自分にできると思ったのでしょう。どうやら、どん底は脱したようです。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

進学するには

9月29日(木)

朝、D大学の方がいらっしゃいました。D大学は、KCPからもほぼ毎年進学者がいる芸術系の大学です。進学した学生の近況や入試制度の説明に来てくださいました。進学した学生たちは、どうやら順調に勉強や研究を進めているようです。

入試の方では、話せなければ合格できないと繰り返していました。腕がよくても、制作意図などがきちんと説明できなかったら、合格はさせないそうです。芸術系大学でも、技術より日本語だ――と、私たちも何度も何度も注意しています。過去にそういう学生が、1人や2人ではなくいましたから。それでも学生たちに通じないんですよね。大学の留学生入試担当者のこういう生の言葉を聞かせてやりたいです。

話す力だけではありません。日本語で行われる、専門用語がバンバン飛び交う講義を耳で聞いて自分のものにするだけの理解力も必要です。留学生の場合、ある日の講義についていけなくなると、わからないことが雪だるま式に増えて、芸術系ではそれが作品制作にも悪影響を及ぼします。一番打ちのめされるのは本人です。

学生にしたら、日本語学校の授業は自分が本当に勉強したいこととは違います。だからやる気がわかないということも、よく耳にします。じゃあ、本当に勉強したいことを扱う授業についていけるのかといったら、そんなことを言っている学生は絶対に無理です。確かに、進学してから日本語力が大きく伸びた学生もいます。D大学に進学したHさんもその1人です。でも、そういう人は逃げません。できない自分と正面から向き合っていました。

D大学の出願は、来週から始まります。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

期末テストの日

9月28日(水)

「はい、あと10分です。できた人は、出して静かに勉強してもいいですよ。教室の外に出る場合も、他のクラスはテスト中ですから静かにしていてください」と声を掛けると、数名の学生が提出しました。机を抱いて寝ていたSさんも、むっくり起き上がって教卓まで解答用紙を持って来ました。

そのSさんをはじめ、提出した学生全員が、かばんからスマホを取り出しました。外に出た学生はおらず、全員が教室内でスマホをいじり始めています。Sさんは、いつの間にかイヤホンを突っ込んでいるではありませんか。残念ながら、次の試験科目の教科書を開いて勉強を始めた学生はいませんでした。

学生たちはデジタルネイティブですから、スマホに教科書やノートを取り込んでいるのかもしれません。でも、スマホを操作する学生の顔つきや指先を見る限り、勉強している感じはしませんでした。デジタルネイティブだからというよりも、試験時間のほんの数十分スマホから離れただけで、スマホに飢えてしまったといった勢いで、スマホをなでたりたたいたりしていました。その後に提出した学生も、1名を除いてみんな、まずスマホでした。

試験監督が終わって一息ついていると、H先生が「図書室の辞書は借りられますか」と聞いてきました。常識的に辞書類は禁帯出です。H先生がそんなことをご存じないはずがありません。「入試で辞書可なんですが、『紙の辞書に限る』なんですよ」ということでした。学生御用達のスマホは、当然不可。かといって、たった1日の試験のために何千円もする辞書を買うかというと、それもちょっと…。そして、学校に頼ろうとしているわけです。2日が試験で、3日に返すという条件で貸すことにしましたが、その学生、紙の辞書が引けるのでしょうか。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

出直し

9月27日(火)

昨日から、先週行った上級の実力テストの結果をまとめています。どういうまとめ方をしても、Kさんがぶっちぎりの1位です。Kさんを東の横綱としたら、西の横綱は不在ですね。そのくらい差がついて、大関がTさんとZさんです。その次ぐらいから団子になって、三役クラスが数人、以下、前頭が20人ぐらい、十両が同じくらい…と続きます。試験日に欠席した学生は、番付外です。

Kさんは、6月のEJUでも、聴解・聴読解、読解、記述、すべて最高点でした。私のクラスではありませんが、もし、私のクラスだったら、Kさんの答案をまっ先に採点して、それを模範解答にして他の学生のテストを採点しますね。こういう学生が1人いると、教師は非常に楽です。いや、その前に、Kさんに満点を取らせない試験問題を作ることに精力を傾けるでしょう。横綱に土を付けるべく作戦を練る平幕力士の心境です。

さて、実力テスト番付の幕下にもならない位置に、Sさんがいます。SさんとKさんの日本語を比べたら、学生と教師くらいの差を感じます。Kさんには手加減せずに話せますが、Sさんには表現を選びます。Kさんの話はそのまま受け取れますが、Sさんの話は脳内同時通訳を介してから理解します。先日も「ズボンが自転車に入れて、自転車が壊れました」と言っていました。ズボンの裾が自転車に巻き込まれたんですよね。

そのSさん、自分自身でもテストができなかったことを痛感し、来学期は下のレベルで勉強したいと、担任の先生に申し出たそうです。超低空飛行で、中間や期末の試験の点数だけかろうじて合格点を取るということを繰り返し、上級まで来てしまったことが、こういう形で現れたのです。それに気がついただけ、Sさんは偉いです。卒業までの半年で、自分の基礎の抜け穴をしっかりふさいで進学してもらいたいです。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

将を射んと欲すれば先ず馬を射よ

9月26日(月)

Gさんは、来月半ばに関西地方にあるI大学を受験します。Gさんとしては東京で進学したいのですが、ご両親から絶対に来年4月に進学しろと厳命されているので、両親の薦めるI大学にも出願しました。そんなわけで、この前Gさんの進学相談に乗った時には、志望理由はないに等しい状態でした。

午前の授業が終わってすぐ、そのGさんが面接練習に来ました。先日のことがありましたから、いきなり本格的な面接練習をするのではなく、まず、「どうしてI大学なんですか。緊張しないで答えてください」と、始めました。すると、Gさんは自信なさげにいくつか理由を挙げましたが、すでに目が泳いでいました。

そんなことだろうと思い、事前に用意しておいたI大学の資料を見せながら、I大学の魅力について2人で考えました。その資料に表れているI大学の特徴を説明しているうちに、Gさんの頭の中に少しずつI大学のイメージが固まってきたようです。あの顔つきは、“親に言われたから”ではない、Gさんなりの積極的な理由が思い浮かんできたんじゃないかな。

夕方、Gさんの志望校の1つでもあるS大学の教師向け説明会にオンラインで参加しました。教師にしても、材料がなかったら学生に大学を薦められません。I大学は、私なりに少しは情報を持っていましたから、Gさんと一緒に志望理由が考えられました。学生に対して“推し”ができるネタがほしいのです。

「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ」です。大学にしてみれば、学生こそ将です。教師という馬をコントロールすれば、将たる学生はその大学に向かいます。この説明会のおかげで、S大学は推し大学の1つにできそうです。たかがオンライン説明会で学生にどのくらい強く推すか決まってしまうなんて、いい加減なもんですね。でも、それが人情ってもんじゃないかな。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

グローバル人材

9月22日(木)

先週の金曜日に面接の質問集の答えを持ってきたWさんの面接練習をしました。今回は、空き教室を使って、面接室への入り方から指導しました。毎年、本当に初めての学生はそうなのですが、Wさんもドアをノックして開けたところで固まってしまいました。

「1階の職員室に入る時は何と言いますか」「あ、“失礼します”だ」

というようなところから指導が始まります。

挨拶して椅子に腰かけて(ここまでにも数回指導が入りました)、模擬面接官の私からの質問に答えます。質問集の1番はその大学を志望した理由ですが、私はそんな順番にはとらわれません。中級の学生になら順番通りに聞くという親切心ぐらいはお見せしますが、Wさんは上級の学生ですから、そんな手加減はしてはいけません。

順番を崩しましたが、Wさんはそれなりの答えを返してきました。その答えの中に、“グローバル人材”“ダイバーシティー”という、いかにもホームページから拾ってきた感じの言葉がありましたから、「グローバル人材ってどんな人材ですか」と聞いてみました。

さあ大変です。目を白黒させて考えたあげく、「全球的な仕事をする人です」と答えてくれました。ダイバーシティーも推して知るべしです。こんな答えでは、一生懸命に志望校T大学について調べた努力が虚しくなってしまいます。「ホームページに書いてあった言葉を使って答えてもいいけど、その言葉についてWさん自身はどう考えているかも説明できなきゃね」と指導。

練習が終わって最初の感想が、「緊張しました」でした。知ってる顔の先生でも緊張するのですから、初対面の大学教授となれば…。次回は来週の月曜日です。もうちょっと厳しく突っ込んでみましょうか。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

秋模様

9月21日(水)

朝(私にとっての“朝”は、普通の人にとっては“未明”か、下手をすると“夜更け”かもしれませんが)、窓を開けると、ひやんとしました。気象庁の観測によると、東京の明け方の最低気温は午前3:58の16.5度です。建物の中には夏の熱気が残っていますが、16.5度は十分すぎるくらい秋です。明後日はお彼岸です。週間予報を見る限り、大汗をかくような気温にはなりそうもありません。まさに、暑さ寒さも彼岸までです。

外がそんな状況でしたから、今朝は半そでシャツに薄手のカーディガンを羽織って出勤しました。自分がそういう格好だからなのかもしれませんが、電車内の半そでの人が寒々しく見えました。でも、フリースのお姉さんはやりすぎなんじゃないかなあ。

教室に入ると、暑がりのTさんは相変わらず半そで短パンです。でもTさんは丸々としていて、適度に焼けていますから、見ているほうに鳥肌が立ちそうな様子ではありませんでした。学期の初めにエアコンの吹き出し口を避けて窓際に避難していたHさんが、教卓の近くに戻ってきました。1か月ぐらい季節を先取りといった感じのジャケットを着込んでいました。

教室は、カーディガンを脱いで教壇に立った私を含めても、半袖が少数派でした。エアコンなしで、窓とドアを開けて風が通るようにすると、暑からず寒からず、ちょうどいい温度です。6月末の連続猛暑日のころは秋まで体がもつだろうかと心配もしましたが、どうやらもっちゃったようです。10月1日の衣替えまであと10日、今年最後の半袖を楽しみましょう。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ