また来週

11月7日(月)

授業が終わって教卓近辺を片付けていると、学生たちが「先生、さようなら」と言って教室を出ていきます。こちらも、「はい、〇〇さん、さようなら」と応じました。大半の学生が教室を後にしたころ、「先生、また来週」とOさんに声をかけられました。確かに、私は、今学期このクラスには月曜日しか入りません。次にOさんと顔を合わせるのは来週の月曜日ですから、Oさんからすると“また来週”です。しかし、週の最初から「先生、また来週」じゃ、調子狂っちゃいますよね。ここはやっぱり他の学生と同じように、「先生、さようなら」としてもらいたいところです。

別のクラスのCさんは、「失礼ですが」が口癖です。「先生、失礼ですが、この漢字は何と読みますか」「失礼ですが、もう一度説明していただけませんか」「進学の相談をしたいんですけど、失礼ですが、来週は何曜日ならお時間がありますか」など、「失礼ですが」はあらゆる場面で大活躍です。「失礼ですが」以外の部分は実に丁寧な日本語で非の打ち所がないのですが、「失礼ですが」のせいでコミュニケーションが止まってしまいます。

「失礼ですが、おいくつですか」「失礼ですが、KCPの金原さんですか」「失礼ですが、受験票をお持ちですか」などのように、相手のプライバシーにかかわることを尋ねるときとか、お願いよりもいくらか強権的に相手にある動作を求めるときとかには、「失礼ですが」はぴったり来ます。

Cさんは、「失礼ですが」は「すみませんが」より丁寧な表現だと思っているようです。先生への最大の敬意を示す表現として「失礼ですが」を使っているのです。

OさんもCさんも、悪意は全くありません。“日本語知ってるぞ”的な意識でみょうちくりんな話し言葉を振り回す学生よりはずっと筋がいいです。来週の月曜日に「先生、また来週」と言われたら、「まだ週が始まったばっかりだぞ」と言ってやりましょう。あ、来週の火曜日は中間テストですから、直前に余計なことは言わないほうがいいかな。

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キタチョー線

11月4日(金)

「北朝鮮、ICBM発射か。宮城、山形、新潟の3県にJアラート発出」

金曜日のクラスでは、最近のニュースを新聞の見出し風にまとめて、ディクテーションにしています。これは昨日のニュースですから、少なくとも前半部分は学生たちにとって楽勝だろうと思って読み上げました。予想通り後半の県名や、聞きなれないJアラートなる単語には苦労したようです。

このほかにもう2本読み上げて、ざっと見てできていそうな学生にホワイトボードに答えを書かせました。指名された学生が書いている間、私は教室の一番後ろに立っていました。たまたま私が立ったそばの席だったTさんとCさんが、小さな声で私に聞きました。「先生、“キタチョーセン”って東京ですか、大阪ですか。どこのJRですか」。

どうやら、この2人は北朝鮮を、山手線や丸ノ内線と同類の“キタチョー線”という鉄道線だと思ったようです。ICBMは、“あいしびえむ”とかという駅だと思い、だから、発射は、“キタチョー線”の電車が発車したと受け取ったのです。Jアラートも、JRと聞き取ったので、「どこのJRですか」と私に聞いたに違いありません。

確かに、Tさん、Cさんの国では北朝鮮を“キタチョーセン”とは呼びません。でも、日本では“キタチョーセン”という音は“北朝鮮”以外の何物でもなく、“キタチョー線”だと思う人など、落語の八つぁん、熊さんしかいないでしょう。日本へ来たばかりならまだしも、2人はもう1年以上も日本にいます。学校以外で日本語に接していないんだなあと思いました。

確かめませんでしたけど、“キタチョー線”だと思った学生が2人のほかにもいたかもしれません。こんな調子で、このクラスの学生、来年4月に進学できるのでしょうか。

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右の耳から入って・・・

11月2日(水)

KCPでは、前の月の出席率が80%未満の学生には、欠席理由書を書かせます。これは内々の資料ではなく、入管への提出資料として使うことだってあります。公的書類の側面もあるのです。

Cさんは、残念ながら、欠席理由書を書かなければならない学生の1人です。私の授業の日にも姿を見せなかったこともあるし、遅刻も少なくないです。授業後に教室に残して欠席理由書の用紙を渡すと、Cさんはまず欠席日の欄に目をやりました。「先生、私、20日は入試でした。入試の日も欠席ですか」と、少し不満げな口調でクレームを付けました。

入試日は出席扱いにします。しかし、それには条件があります。事前に担任に欠席届を出す必要があります。急いで探してみましたが、Cさんの欠席届はありませんでした。

「Cさん、欠席届を出しましたか、これくらいの小さい紙の」「M先生にもらった紙ですか。それならうちにあります」「Cさんのうちに置いといても意味がないでしょう。どうして出さなかったの。欠席届がなかったら入試の日でも欠席です」「え、そんなこと知りませんでした。いつ言いましたか」「今学期の最初の日のオリエンテーションで言ったはずです」

学生は人の話を聞いていないんですね。うなずいていたからって安心してはいけません。Cさんの場合、先月11日の始業日の時点で、入試まで9日でした。入試まで90日だったら欠席届は他人事でもしかたありませんが、直前と言ってもいいタイミングだったのに、なんで自分事として聞かなかったのかなあ。また、M先生から用紙をもらったのなら、その時点で確認することだってできましたよ。

休み明けの金曜日もこのクラスですから、もう一度注意を促しましょう。ちなみに、Cさんは20日が出席になっても10月の出席率は80%に届きません。そちらも大問題です。

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安全パイは危険

11月1日(火)

WさんはR大学とK大学を受けました。R大学が第1志望でした。手が届くかどうかぎりぎりのところでしたから、出願書類からかなり念入りに準備していました。面接練習も怠りなく繰り返していました。担当された先生方の話によると、まじめな性格が裏目に出て、表情も言葉も非常に硬いとのことでした。どうやらそれが本番の面接でもそのまま出てしまったようで、話が弾むといった感じにはならず、Wさん自身も面接はあまりうまくいかなかったと言っていました。結果は、案の定でした。

R大学はチャレンジ校で、入れたら最高にうれしいといった大学でした。それに対して、K大学は滑り止めのつもりで出願した大学です。安全第一に考え、時分のEJUの点数で受かりそうな学部学科を選びました。“ド田舎”――これが、試験当日、K大学まで行ったWさんが最初に抱いた感想でした。R大学も田舎にありましたが、R大学ならその“ド田舎”に耐えられても、K大学で4年間過ごすのはちょっと…というのが、偽らざる気持ちだったようです。それが表に出てしまい、面接官に見破られてしまったのでしょうか、安全パイのはずだったK大学にも落ちてしまいました。さすがにショックで、落ち込んでいるというメールが担任のM先生に届きました。

やはり、入りたいという気持ちを強く持たねば、合格は難しいです。Wさんよりも成績の低い学生が志望校に受かっているのは、入りたいオーラを出していたからでしょう。Wさんも痛い目にあって考え方を改めたに違いありません。“入れる大学より入りたい大学”という基本に戻って、次の出願に向かっていくことでしょう。

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楽しい思い出

10月31日(月)

私のクラスでは、文法のテストがありました。クラス全員、25分の試験時間をフルに使っていました。苦しげな表情を見せる学生もいました。先週の金曜日が川越小旅行だったので少々お遊び気分が盛り上がりすぎてしまい、週末にあまり試験勉強をしなかったのでしょうか。

授業後、すぐに採点しました。一番上に載っていたAさんの答案を採点すると、選択肢の問題はすべて正解でした。幸先がいいと思いながら、これを模範解答として、他の学生たちの選択肢の問題を先に採点しました。すると、みんなどこか何か間違えているんですねえ。結局、選択肢満点だったのはAさんだけでした。それを一発で引き当てたのは、確かについていたのですが…。

文法テストですから、当然、短文を作る問題もあります。ざっと見ると、白い部分が目立ちました。答えが書けなかったのです。もう少し詳しく見ると、このクラスは漢字の上に読み方を書くルールになっているのですが、それが守られていませんでした。私は試験中2回、フリガナをつけるように注意しましたが、学生たちはその余裕さえなかったのかもしれません。試験時間が余らなかったんですからね。

その短文をじっくり読むと、問題をよく読んでいないことがよくわかりました。“感激にたえない”の前に何か核問題に、“教えてもらいました”的な、“感謝にたえない”ならぴったりくる答えが過半を占めました。「感」だけ見て、「激」は読まずに「感謝」と反応してしまったのでしょう。同様に、問題を読んでいないとしか思えない答えが続出しました。文法以前の問題です。

結局、最高点ですらAさんの77点でした。平均点は……お恥ずかしくてここには書けません。

本日唯一の救いは、授業の最後に川越の話題を出した時、学生たちの顔が一斉に輝いたことです。

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青空に恵まれて

10月29日(土)

“天気よければすべてよし”で、昨日の川越小旅行は、最後の集合場所に戻ってきた学生たちの笑顔笑顔笑顔で無事終わりました。Cさんはミッフィーのノートを買い込み、すでに合格の決まったY大学に進学したら使うと言っていました。キツネのお面をかぶった学生もいれば、1日中買い食いをし続けもうお腹いっぱいという学生もいました。美術館に立ち寄った学生も、意外と多かったようです。

朝、本川越の駅前に集まったときは、こりゃ川越の街じゅうKCPの学生だらけになっちゃうなと思いました。しかし、街の中心部を実際に歩いてみると、学生たちはそんなに目立ちませんでした。平日の日中なのに、川越の街は観光客でにぎわっていました。全国旅行支援のおかげなのでしょうか。時の鐘付近の食べ物屋さんは、どこも長蛇の行列。学生たちはそれにもめげずにお目当てのスイーツなどをゲットしたのでしょう。

お昼過ぎに、中間の出席チェックがありました。私は中級から上級にかけてのクラスを担当しました。学生の集団が来るたびに「はい、クラスと名前」と、各学生に名乗らせます。以前教えた学生の名前を聞くと、「あ、Sさん、お久しぶり」なんて、声を掛けました。欠席がちの学生に「お久しぶり。この頃、あんまり会わないねえ。ちゃんと学校来てんの?」とかって言ってやると、少し慌てた様子で「いいえ、来てますよ」と否定したり、「本当に久しぶりですか。昨日、先生見ました」と存在を主張したりしていました。いなかったことを証明するのはアリバイですが、いたことを認めてもらうのは何というのでしょう。

帰宅後、スマホに搭載されている歩数計を見ると、3万歩余り。普段の5~6倍ほど歩きました。

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質問魔

10月27日(木)

またまた先週の登場人物が出てきます。受験講座物理を受けているFさんは国立大学を狙っています。Fさんの国では、“いい大学”に入るためには決められた範囲の知識をきっちり覚えることが何より大切なのだそうです。日本はそうではないので、各科目を深く勉強する楽しみがあると言っていました。

私に言わせると、EJUなんか知識の暗記比べの面が強いですよ。解いておもしろい問題が少ないです。何が悲しくてこんな七面倒くさい計算をしなければならないのだろうと感じさせられることがよくあります。そういう問題を解くための勉強でも、Fさんにしてみると楽しいようです。

私も意地で、知識を書き連ねるだけの模範解答にしないようにしています。受験のテクニックも教えますが、その背後や周辺にも触れます。学生によってはそれが無駄話に聞こえるでしょう。非効率的に映るかもしれません。しかし、受験において効率性だけを追求したら、進学後に苦労します。

Fさんは質問が好きなようです。先週に続いて、授業後に疑問点を私にぶつけてきました。相変わらず、その日本語を理解するのに苦労を伴うのが難点ですが、「これは覚えなければなりませんか」的な質問ではなかったところは評価しなければなりません。また、そういう点を伸ばしていきたいものです。

Fさんの質問に答えていたら、あっという間に1時間以上たってしまいました。1階に降りたら、明日の川越小旅行の職員最終打ち合わせが始まる直前でした。

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数学が強いデザイナー

10月26日(水)

先週の水曜日にこの稿に取り上げた、受験講座の文系数学を受けているHさんは、ファッション関係の大学を志望しています。経済学部などなら数学が必要なところもありますが、ファッションとなるとEJUの数学を課す大学はないのではないでしょうか。それでも数学を勉強しようというのは、よっぽど数学が好きなのでしょう。

授業を始めようとしたところ、Hさんは先週やった因数分解の練習問題について聞いてきました。授業でできなかった分は自分で最後まで解いたようで、いっしょに配った解答の解き方で理解できなかったところを質問したというわけです。

問題の解答を渡すと、多くの学生は最後の答えだけを見て一喜一憂します。そこへ至るまでの過程をじっくり見る学生は珍しいです。教師としては、答えそのものよりも、どういう考え方に基づいてその答えを導き出したかというところを見てほしいです。結論しか見ないのなら、模範解答を作成してそれを渡す意味がありません。

ところがHさんは私の答えをじっくり読んで、疑問点をぶつけてきたのです。実に教え甲斐があるというか、手ごたえを感じさせてくれるというか、教える意欲を掻き立てられる学生です。しかし、Hさんは入試に数学を必要としません。いわば、趣味で受講しているのです。

数学は、公式を覚えて終わりという勉強ではありません。数学の真骨頂は、論理展開力を身に付けるところにあります。だから、受験科目に数学がなくても、数学の勉強はしてほしいと思っています。数学ができる学生は、進学してから伸びる要素を持っています。Hさんも、将来、ファッションの分野で活躍する人材になるのではないかと、今から期待を寄せています。「あのHというデザイナー、オレが数学を教えたんだぜ」なんて自慢できる日が来ることを夢見ています。

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ビザを更新されました

10月25日(火)

「先生、聞いてくださいよ。受身、大変でした」と、午前の授業が終わった後、M先生が報告兼愚痴りに来ました。このクラスは、先週、私が文法の復習ということで、受身の授業をしました。導入ではなく復習ですから、“私は先生に褒められました”みたいな直接受身をはじめ、“電車で足を踏まれました”“雨に降られて風邪をひいてしまいました”のような、少々特殊な受身まで一気にやりました。M先生は、それを受けて、話させたり文を書かせたりという演習をすることになっていました。

「受身の文って言ったら、Eさんがいきなり“私はビザを更新されました”ですよ」。そりゃあ、教師としちゃあ目が点になりますねえ。「Cさんは“窓を開けられました”って言うから、“どんな状況ですか”って聞いたんです。そしたら黙っちゃって…」。掛け値なしで大変な授業だった様子が見えてきました。

どうやら、私は油断していたようです。復習だからと広く浅く扱ったのが間違いでした。直接受身だけに絞るべきでした。おそらく、このクラスの学生たちは、以前受身を勉強し、その直後のテストでは合格点を取ったけど、その後受身を使って話したり書いたりすることがなかったのでしょう。深く突っ込まなかった私の授業には耐えられましたが、ほんの少し突っ込んでみたM先生の授業では破綻をきたしてしまったのです。

ほんの少し背伸びして“東京でオリンピックが行われました”と言えば練習になるのに、“東京でオリンピックがありました”としか言ってこなかったのでしょう。“このマンガは私の国でも読まれています”じゃなくて、“私の国でもこのマンガを読んでいます”と言い続けてきたに違いありません。楽な道を歩み続けた結果が、“私はビザを更新されました”なのです。受身を使わなくても話が通じるからって許してきた我々教師もいけません。

明日は、このクラスで使役の復習です。

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“選ぶ”力

10月24日(月)

Sさんが教室に入ってきたのは、朝一番で行った漢字テストが終わった頃でした。連絡事項を伝え、文法の授業を始めると、Sさんは文法の教科書のほかに図書館で借りたと思われる本を机の上に出しました。私の話などろくに聞きもせず、そちらばかりに目をやっていました。

Sさんは、入学したときに自分で交渉して進学コースにコース変更しました。やる気のある学生だと思っていたら、今はこの体たらくです。クラスメートの例文に、「Sさんは先生に叱られるのをものともせず、よく遅刻する」と書かれる始末です。出席率を調べてみると、遅刻だけでは説明がつかない数字になっています。気安く休んでいるんでしょうね。でも、すでにビザが危ない領域に入っていますから、かなり厳しく指導しないといけません。

文法の次の読解になると、教科書を出しません。机の上には別の本とタブレットが載っていました。無視して授業を始めましたが、全く悪びれる様子がありません。Sさんの机をドンとたたくと、一瞬教室が凍り付きました。

「読解の教科書は?」「忘れました」「じゃあ、私の教科書を使いなさい」と言って、強制的にタブレットなどをしまわせました。教師にこんなことをされないと、授業に気持ちを向けなくなってしまったのでしょうか。早速教科書を音読させると、漢字にフリガナがついていますから一応読めますが、あまり上手じゃありませんね。

授業後、朝受け損なった漢字テストを受けさせました。採点してみると、合格点には遠く及びませんでした。ゆうべ勉強しなかったに違いありません。文法の例文も、形式的に書いただけという感じがしました。6月のEJUではまあまあ以上の点を取り、7月のJLPTはN1に合格しましたが、日本語を“選ぶ”能力だけ突出しているのかもしれません。不安を掻き立てられるSさんの授業態度でした。

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