ビッグデータの活用

3月29日(水)

読解の授業でビッグデータに関する文章を読んだので、期末テストの作文はビッグデータに関するテーマにしました。ビッグデータなどに関しては私なんかより学生たちのほうが詳しいだろうと思っていたら、作文を読む限り、そうでもなさそうでした。もちろん、大学院でその方面の研究をしようと考えている学生は、採点に困るような“論文”を書いてきました。しかし、読解の授業をさぼっていたのではないかと思いたくなるような作文もありました。

ビッグデータから個人データの収集を強く連想しすぎ、個人データの盗用・悪用に話題が傾いてしまって、ビッグデータを活用した世界、活用されすぎた社会というところに思いが至らない学生が目立ちました。

私はK書店のポイントカードを持っています。本を買うたびにポイントをためています。ある時、私にお勧めの本のメールが届きました。その中に、紹介文を読んでぜひ欲しくなった本がありました。しかし、私はその本をK書店では買いませんでした。これ以上私の好みをK書店に把握されたくなかったからです。K書店は、悪意がないどころか善意の塊で、ビッグデータに基づいて私にその本を紹介したのでしょう。その情報は、私にとって有意義でした。でも、私は自分の心の中をのぞき見されたような薄気味悪さというか、不快感を禁じえませんでした。結局、K書店はビッグデータでお客を1人失いました。私が自分でK書店に足を運び、その本を見つけたら、疑いなくK書店で買いました。ポイントもたまるし。

こんな話を書いた作文に出合ったら、私はどんな採点をしたでしょう。

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すっきりさわやか

3月24日(金)

学期が終わると、机の周りの掃除をします。3か月間にたまった、授業用のプリントやいろいろなところからもらったパンフレットや参考資料として使った図書などを、捨てたり元の場所に戻したりします。しかも3月は年度末ですから、1年分のそういったものが加わります。中にはシュレダーにかけなければならないものもありますから、結構な時間がかかります。年末にも大掃除をしていますからだいぶ整理したはずなのに、その時に捨てきれなかったものを思い切って捨てるとなると、思いのほかの分量になります。

こういう時は、余計なことを考えてはいけません。直感的に要らないと思ったものはすぐに捨てます。情け心が湧かないうちに処分するところがポイントです。温情はゴミ屋敷ならぬゴミ机に直結します。興味を持ってもいけません。3か月間顧みなかったということは、今後もその書類のお世話になることなど、まずないでしょう。懐かしんでもいけません。せいぜい、シュレッダーに飲み込まれていくとき「さよなら」と手を振るくらいで十分です。

たまりにたまった垢を落としているときに、まれに探していた物が見つかることがあります。でも、私はそんな淡い期待はかけません。それを見つけようと紙を1枚ずつチェックするなんてことはしません。そうです。余計なことは考えないのです。

そういう冷血人間になったおかげで、机の上にそびえていた書類の山も、本棚の本の上にのっかっていた受験講座のプリントの余りも、みんな消えてなくなりました。私の四囲が軽快な装いになりました。

さて、次はパソコンの中です。こちらは“実物”がない分だけ難敵です。来週、腰を据えて整理に取り掛かりましょう。

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別れの日

3月23日(木)

3月は、卒業式が終わっても別れの季節です。期末テストの日をもって退学という学生が、毎年まとまっています。卒業式の後で進学が決まったとか、1月期いっぱいで帰国するとか、そんな学生たちです。

Gさんは帰国組の学生です。A大学には合格しましたが、そこは第1志望からほど遠い大学なので、帰国を決意しました。もう少し力になってあげられたかなと、私自身悔いの残る学生です。そのGさん、私が期末テストの担当クラスの教室で準備をしていたほんの数分の時間に、「明日帰国するので期末テストは受けられません」という電話をくれたそうです。最後に一言、ことばを交わしたかったな。昨日も会っていたのですが、「明日、また会えるから…」と、ごく当たり前に「さよなら」と言って教室から送り出してしまいました。

YさんとZさんは進学組です。この2人は来ないんじゃないかなと思っていたら、案の定でした。次の行き先が決まると、モチベーションを維持するのは難しいのでしょう。Gさんも含めて3人分の空席が、やけに目立ちました。この3人に再び会う日が来るのかな…などということを考えながら、試験監督をしました。

テストが終わり、教室の整備をして、ゴミを捨てに廊下に出ると、Wさんが立っていました。こちらを見てぴょこんとお辞儀をしました。私も軽く会釈を返して教室に戻り、答案用紙などの荷物を持ってまた廊下に出ると、まだ立っていました。明らかに私を待っていた顔つきでしたから、「Wさんにも、もう会えないんだね」と声を掛けました。Wさんは京都の大学に進学します。「これからが、Wさんが本当に勉強したいことが勉強できる時間なんだから、体に気を付けてね」「はい、ありがとうございます。先生に一言挨拶をしたくて…」

うれしいじゃありませんか。先々学期と、おととし、オンライン授業をやっていたころに教えただけの学生が、わざわざお礼を言いに来てくれたなんて。Wさんは、この稿に何回か登場しています(そのたびに仮名が違いますから、これをお読みのみなさんが、Wさんの登場した稿を見つけるのはほぼ不可能でしょうが)。担当じゃないときも、秘かに応援していました。こういう学生だからこそ、応援したくなるのです。この気持ちを忘れなかったら、京都の大学でも、そこを卒業してからも、きっと素晴らしい人間関係が築けることでしょう。

何だか、とても気持ちのいい日になりました。

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前途多難

3月22日(水)

上級クラスは、実力テストを行いました。今学期、主力メンバーが卒業で抜けてしまったので、来学期のクラス編成の参考資料にします。

問題は、来学期上級クラスに新たに加わる予定の学生も受験しますから、やさしめのものから上級の中でも上位の学生の実力が判定できそうな問題まで、難易度の幅を広く取りました。また、文章力を見るために、簡単な作文問題も入れておきました。

Sさんは早々に問題を解き終え、スマホをいじり始めたので、スマホを指さして注意。すると、かばんの中から授業には全く無関係の本を取り出して読もうとしたので、「あなたはテストの受け方を知らないんですか」と小声で注意。本はしまったものの、どこからか買い物のレシートを出して広げようとしたので、さらに注意。すると、「もう終わりました」と言うので、明らかに問題の指示とは違う答え方をしているところを「これはどうなんだ」と指すと、渋々答えを見直し始めました。

授業後、そのSさんの答案を採点すると、私が指したところは、結局問題の指示通りには答えられていませんでした。他の問題も、“できない学生ではない”という程度の出来でした。でも、Sさん自身は、おそらく、あんなのちょろいと思っているのでしょう。こんなあたりに、Sさんが今シーズンの受験が全滅だった原因があるように思えました。そこを改めない限り、Sさんが心の底から笑える日は来ないでしょう。

やはり結果が思わしくなかったKさんは、作文問題がまるっきりでした。Nさんは実力不足。受験を何となく先延ばしにしたJさんは、その気持ちがわかるような成績でした。

こうした学生たちをどう指導していけばいいのでしょうかね、これから1年…。

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新たな出発

3月20日(月)

卒業式後に私が受け持っている上級クラスの学生は、その多くが、今シーズンの受験が残念な結果に終わっています。私たちの指導が甘かった、学生が高望みしすぎた、受験を甘く見ていた、…いろいろな原因が考えられますが、何はともあれ、2024年度入試に向けて新たなスタートを切ったところです。

Kさんは、入学時から24年4月進学というつもりでいます。今までは気楽な留学生活だったかもしれませんが、もうそんなわけにはいきません。Kさんの志望校は、6月のEJUで高得点が必要です。できる学生ですが、もう少し目の色が変わってほしいところです。

Hさんは受験の結果に満足できず、もう1年勉強することにしました。卒業式前に比べていくらか前向きの姿勢になりましたが、こちらもさらなる奮起をしないと、来年の今頃は妥協に妥協を重ねた進学となっているかもしれません。教師として、要注意です。

Gさんはクラスを明るくしてくれるのはありがたいのですが、日本語がいい加減なのはいただけません。質問や課題に対する答えが雑です。マークシートはどうにかなっても、筆答問題や面接は乗り切れないでしょう。本人がどれだけ自覚しているか、これからどれくらい勉強に身を入れられるかにかかっています。

Lさんはほぼ毎日学校へ来るのですが、ほぼ毎日遅刻です。今朝は珍しく9時前に教室にいましたが、これを毎日続けられるように生活習慣を改めるところが、Lさんのスタートラインです。

Eさんは、初級の先生方からは「いい学生」と言われていますが、上級で見ている私の目には、そうは映りませんでした。今学期このクラスに入ったO先生に「Eさんはいい学生だったのに…」とさんざん言われ、4月の入学式には先輩として参加することになり、若干自覚が芽生えてきたようです。顔つきが変わり、発言が増えてきました。

Rさんは、このクラスでは一番下ではないでしょうか。授業に対しては積極性が出てきましたが、提出物を見るとまだまだです。6月のEJUに間に合うかなあという感じさえします。自覚を促すとともに、よほど強力に引っ張らないと、志望校には手が届かないでしょう。

なんとなく、4月以降の骨格が見えてきました。

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マネパ追求

3月18日(土)

タイパという言葉に出合い、その意味するところを知ったとき、ずいぶんシビアな世の中になったものだと思いました。確かに私もそういう発想で動くことがあります。しかし、それに名前を付けて常に意識するというレベルには到底至っていません。せいぜい「時間を大切に」「時間の無駄遣いはやめましょう」という程度です。タイパで動く人たちから見ると、かなり牧歌的に映るでしょう。

ところが、最近は、マネパというのがあるそうです。マネーパフォーマンスの略です。欲しいと思ってから支払い完了までの効率の良さを指すのだそうです。タイパとも密接に関連しているようです。

マネパ追求の人たちは、ECサイトでの支払いをより簡潔にと考えています。クレジットカードの番号入力がうざったいので、BNPLに向かうというわけです。こうなると、そもそもECサイトをほとんど使わない私は蚊帳の外です。たとえそこで買い物したとしても、クレジットカードの番号ぐらい入力するでしょう。少なくとも、入力するためのわずかな時間を目の敵にすることはしませんね。

時間もお金も可能な限り自分のために使いたい、自分の心が燃え立つ物事(だけ)に時間もお金も注入したいという意識の表れだとしたら、理解できないわけではありません。でも、それだと何だか生き急ぎすぎている感じがします。否定や批判はしませんが、私はそこまでする気はありませんね。

私のマネパは、クレジットカードやICカードで止まっています。スマホの“〇〇pay”も使っていません。腕時計でピッとかっていうのも、あんまり魅力を感じませんね。20代から40代くらいで身についた文化が私にとって分相応の文化のようです。とすると、マネパ最前線の若者たちも、21世紀半ばになっても時代遅れのQRコード決済にしがみついてる、なんてことになるのでしょうか。

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グローバリゼーションかな

3月17日(金)

私の周りにたまたまそういう学生が集まっているだけかもしれませんが、最近、心に問題を抱えている学生が増えたような気がします。

昨日、Pさんは、1時間以上ずっと語り続けました。私にとっては取り留めのない話に過ぎませんでしたが、Pさんにとっては来日以来の思いを語ったのかもしれません。自分の生い立ち、両親のこと、ネットで知り合った日本人の友だちからの言葉、…と話があちこちに飛んで、なかなか追いつけませんでした。入学直後は将来に対する不安から激情をぶちまけたこともありましたから、それに比べれば大きな進歩です。でも、1時間以上分の澱を心の中にため込んでいたのです。誰にも聞いてもらえなかったら、またどこかで爆発したかもしれません。

Zさんは受験がうまくいかず、タガが外れてしまったようです。今週はまともに登校したのがたった1日しかありませんでした。水曜日は、「真夜中過ぎまで勉強したので、朝起きられませんでした」という欠席理由を伝えるためだけに、授業後わざわざ学校へ来ました。欠席者にはこちらから電話を掛けますから、その時に答えてもらえばよかったのですが、先生に直接言うというのが、Zさんなりの誠意の示し方だったようです。何人もの先生から、授業中に内職をしてはいけないと注意され続けてきましたが、とうとう治りませんでした。内職の結果が大学入試全滅です。真夜中過ぎまで勉強したというのは事実でしょうが、集中力が全く伴っていなかったに違いありません。

こういう学生たちを見ていると、受験は今でも戦争なんだなあと感慨にふけってしまいます。私のころは大学の定員が少ないことに起因する“戦争”でしたが、今はグローバリゼーションの末端がKCPにまで到達し、学生たちがその波をかぶっている図が思い浮かびます。

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手がかからない

3月16日(木)

アメリカの大学のプログラムでKCPへ来ている学生の会話テストを終えて1階に下りてきたら、10日に卒業したJさんがいました。JさんはR大学、S大学、T大学などに受かり、4月からT大学に通うことになっています。その体験談を書いてくれた上に、私と一緒に写真に納まりに来てくれました。

幸い天気もよく暖かかったですから、校舎の外の校名板をバックに写真を撮りました。もちろん、マスクを外して。やっぱり、マスクを取ると気持ちがいいですね。

さて、そのJさんの体験談ですが、「金原先生に大変お世話になりました」と書いてあるそうですが、私はあまりお世話をした記憶がありません。理科系志望の学生ということで、先学期、担任のK先生に頼まれて定期面談をしたくらいです。今学期は私の担任クラスでしたが、Jさんは受験で忙しく、私は他の学生の尻を叩くのに追われて、ゆっくり話す暇もありませんでした。

Jさんが私に恩義を感じているとしたら、先学期の面談の際に、私が理科系だったら国立に行けとアドバイスしたことではないでしょうか。それぐらいしか思い当たりません。国立に行けと言いつつも、独自試験の対策を手伝ったわけでも、面接練習をしたわけでもありません。Jさんは実に手のかからない学生でした。無理やりこじつければ、私のアドバイスがきっかけとなって、T大学の試験勉強に身を入れるようになったといったところでしょうか。

T大学は4月1日が入学式で、すぐにオリエンテーションだそうです。Jさんなら有意義な勉強をしてくれるでしょう。将来名を成してくれることを期待しています。

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変じゃないよ

3月15日(水)

昨日、O先生からAさんの様子がおかしいというメールが入りました。Aさんは水曜日の受験講座数学を受講しています。担任の先生とは違う角度からAさんを観察してみようと思いました。

教室に入ると、Aさんはいつもの席に座っていました。定刻に授業を始めると、最初のうちは下を向いていました。やっぱり何かあるのかなと思っていましたが、練習問題を配るといつものように熱心に取り組み始めました。そしてその問題の解説を始めると、顔を上げてホワイトボードとモニター画面に集中するようになりました。うなずいたり自分の答えと見比べたり、いつものAさんに戻っていました。

その後も、後ろの席に座っていたYさんに聞かれた問題を教えたり、図を描きながら問題に取り組んだりと、前向きな姿勢で授業に参加していました。私が配る練習問題は後ろのページに答えがつけてありますが、それに頼らず自力で解こうと真剣に取り組んでいました。

授業が終わると、しばらく友だちと軽口をたたき合った後、「さようなら」と明るい声であいさつをして帰っていきました。これなら心配はないと思いました。

受験講座では、日本語のクラス授業とは違った一面を見せる学生がけっこういます。よく回らない口で果敢に質問してくる学生や、顔をゆがめながら課題に取り組む学生や、逆に日本語の授業とは打って変わっておとなしくなってしまう学生や、本当に色とりどりです。

クラブ活動は、おそらく受験講座以上に通常クラスとは違う学生の顔が見られることでしょう。学生を多角的、多面的に見ていくことが、学生を伸ばす一助となると思っています。

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桜に見送られて

3月14日(火)

開花予想の16日よりもさらに2日早く、桜が咲き始めてしまいました。四ツ谷駅の桜は、私が通過するころはまだ闇の中なので(正確には、電車内が明るすぎて外が見えないだけなのですが)、どんな状態になっているか確かめられません。まさか、四ツ谷で夜が明けるようになる前に散ってしまうなんていうことはないですよね。

その、ちょうど桜の開花宣言が出された日に、E専門学校の留学生担当Tさんがいらっしゃいました。退職のご挨拶にわざわざ来てくださったのです。E専門学校には、今年も私のクラスの学生2名が進学します。今までずいぶん長い間、本当にお世話になってきました。

Tさんは、KCPで開く進学説明会には毎年参加してくださいました。不思議なことに、他校のブースに学生がいなくても、Tさんのまわりには人だかりができるのです。そんなときも、慌てることなく、要領よくかつ各学生に向き合っていました。だから、毎年、E専門学校に進む学生がいるのでしょう。

学校関係者が退職するとき、たいていは一斉メールで挨拶状が届くだけです。郵便で挨拶状が来ることは、最近ではめったにありません。ましてや、ご本人が、引継ぎなどのお忙しい時間を塗って足を運んでくださるなんて、絶えて久しくありません。Tさんは私とそんなに年が違わないはずですが、私がここまで義理堅くできるかと問われると、ちょっと自信がありませんね。

Tさんを見送るために咲き始めたんじゃないかというタイミングの開花宣言でした。

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