残り半年

7月3日(月)

昨日の「どうする家康」で、瀬名と信康が自害しました。それは史実であり当然の流れなのですが、そこに至るまでの流れ、この2人の描き方が今までのドラマや小説などと大きく違いました。瀬名役が有村架純だと発表された時点から、過去の大河ドラマとは異なる瀬名になるのではないかと思っていましたが、その通りでした。

そもそも、役名が「築山殿」という住まいの名前ではなく「瀬名」という本人の名前になっているあたりから、瀬名個人にスポットを当てたストーリーが期待できました。ドラマ内では、常に自分で考えて行動する人物であり、個性が際立つ存在でした。武田氏に通じていたというのも、受け身ではなく瀬名の側から動いてのこととして描かれていました。もっとも、瀬名というのが築山殿の本名かどうかは、史料的には裏付けられていないそうですが。

この瀬名の描き方に対しは、おそらく批判も出てくるでしょう(もう出ているかもしれません)。でも、私にはこれまでの瀬名があまりに悪人過ぎたと思えます。山岡荘八から「おんな城主 直虎」まで、姉さん女房の悪女ばかりでした。そこから大きく脱し、なおかつ史実とされていることには従い、新たな瀬名を視聴者に示した脚本家・古沢良太の力量には恐れ入るばかりです。

瀬名が自害したのは、1579年。ドラマの始まりは桶狭間の戦いですから、1560年。ドラマ開始から半年で、まだ19年しか進んでいません。家康は1616年没ですから、この後37年生きます。今までの倍近い時間を同じ半年で描けるのでしょうか。少々心配です。

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ルーチンワークがなくなって

7月1日(土)

昨日の朝まで、KCPの教職員は出勤したらまず体温を測り、それを所定の用紙に記録していました。しかし、今朝からはそれがなくなりました。3年前に測り始めようとした時は、そのさらに数年前のSARSの際に買った体温計を倉庫から発掘してきて使おうとしました。しかし、長年湿っぽいところに放置しておいたのがいけなかったのか、34.2度などという数字を平気で連発してくる代物で使い物にならず、結局新しいのを買いました。

その後、毎朝几帳面に体温計をおでこにあててピッとやって示された体温を記録し続けました。私の場合、冬は35度台後半、夏は36度台前半という日が多かったです。先週は毎日36.2度でした。恒温動物であることを存分に証明した3年間だったとも言えます。そうそう、朝起きた時に体温を測ることにもなっていました。こちらも日々の変動はほとんどなく、実に安定していました。

そういった毎朝の体温測定から、7月1日をもって解放されたというわけです。最初の頃は、それまでめったに体温など測らなかったこともあり、ピッとやるたびに臨戦態勢という感じで気が引き締まりました。でも、去年あたりからは、「36.3、勝負!」なんて心の中でつぶやきながら表示窓をのぞいていました。そういった臨戦態勢もお遊びもなくなったことが、私にとっての解放でしょうか。

とはいえ、全国的に見ると、感染者がまた増えてきました。沖縄は最高記録を更新し、本物の臨戦態勢のようです。「第9波」という声が高まりつつあります。油断はできません。

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マイナンバーカードを使いました

6月30日(金)

今朝、3か月ごとに定期的に通っている病院へ行って、いつものように自動受付機に診察券を突っ込んで受付を済ませ、待合室に向かおうとしたら、「マイナンバーカードを持っている方は2番窓口へ」という掲示が目に入りました。受付がすんじゃったんだから、診察が終わってから行ってみることにしました。

無事診察が終わり、支払いの手続きのために窓口へ行き、保険証を見せました。「ありがとうございました」と保険証を返されたので、後ろに並んでいる人もいなかったこともあり、「受付機のところにマイナンバーカードを持っている人は窓口へって書いてあったんですが…」と聞いてみました。すると、「カードをそちらの機械の読み取り部に入れてください。そのあとは画面タッチでお願いします」と指示されました。その通りにすると、「次回からマイナンバーカードをこちらにかざすだけで保険証の確認ができます」と言われました。どういう仕組みになっているかよくわかりませんが、この病院では私のマイナンバーカードと保険証とがつながったみたいです。

でも、これは私にとってメリットがあるのかというと、非常に怪しいです。違いは、診察が終わってから窓口に保険証を提示するか、診察前にマイナンバーカードを機械に通すかだけです。マイナンバーカードを機械に通したからと言って受付がすむわけではなく、自動受付機のお世話になることに変わりはありません。つまり、マイナンバーカードを機械に通すために、今までより1回余計に窓口まで足を運ぶことになるのです。要するに、病院は手間が省けますが、その省けた手間が私におっかぶさってきただけです。病院の手間が省けた分だけ、10円でもいいですから診察料が安くなるならいいですが、そんなことはないでしょうね。

誰かが悪いわけじゃありませんが、なんとなく損した感じがしました。こんな人が日本中にたくさんいるんじゃないかな。だから、マイナンバーカードって評判がよくないんじゃないかという気がしました。

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盛り上がりの陰で

6月29日(木)

昨日の午後、アメリカのプログラムの学生たちは、数グループに分かれて都内へ見学に出かけました。午前の授業は、見学してきたことの発表会でした。6階の講堂がさらっと埋まるほどの学生の前で、パワーポイントを使ってプレゼンテーションしました。私のクラスの学生たちをはじめ、日本語がほとんどできない学生も多いため、発表そのものは英語でした。日本社会の見学、文化体験が主たるテーマでしたから、満足に使えない日本語よりも、自由に意思疎通ができる英語で自分たちの見聞をみんなで共有することに重きを置きました。

逆にこちらは学生たちの話が完全には理解できませんでしたが、発表した学生たちの新鮮な驚きは十分に伝わってきました。学生たちはといえば、英語での発表だったからなのでしょうか、質疑応答が活発でした。その様子を見ながら、今学期や先学期のタスク発表の様子を思い出しました。沈黙が続いて、教室内に重苦しい雰囲気が漂うこともたびたびありました。

学生にとっては外国語である日本語での発表を聞き、その日本語で質問するというのは、中上級の学生たちにしても重荷だったのかもしれません。ただ、気になったのは、聞き手の学生たちの表情でした。生き生きしていたアメリカのプログラムの学生たちに対して、中上級の学生たちには“させられている感”が見られました。受験勉強以外には興味が持てないのでしょうか。知的好奇心の欠如とは思いたくありません。

予定の時間をオーバーして発表・質疑応答が行われている間、7月期の期末タスクはどうすればいいかなあなどと考えていました。

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東京で好きな物

6月28日(水)

お昼少し前に、先週金曜日に入ったクラスのアメリカのプログラムで来ている学生たちが、職員室に現れました。習ったばかりの文法や単語を使って、教師にインタビューしてくるというタスクのためです。職員室にいた教師が3人ずつぐらいの学生から、インタビューされました。

私のところへ来た学生は、「はじめまして。Aです。どうぞよろしくお願いします」「はじめまして。Cです。どうぞよろしくお願いします」はじめまして。Jです。どうぞよろしくお願いします」とあいさつしました。しかし、AさんとCさんは金曜日に私と会っています。2人もそれはわかっているはずですが、「はじめまして。…」と言ってしまいました。おそらく、先生が授業で示した例の通りにあいさつしたのでしょう。

初級の最初の頃の学生たちですから、聞けることはたかが知れています。「何時に学校へ来ますか」「何時まで働きますか」「趣味は何ですか」などという程度です。ところが、Jさんは「東京で好きな物は何ですか」と、予想外の質問をしてきました。一瞬答えに詰まりましたが、逆質問してもJさんを困らせるだけです。ですから、「好きなところ」とか「好きな建物」とかではないかと想像し、「スカイツリーです」と答えました。すると、それを聞いたCさんが「sky tree は、いいです。私も好きです」と、英語だけきれいな発音で突っ込んでくれました。どうやら、そんなに的を外さなかったようです。

授業後、担当した先生に話を聞くと、みんな満足したようです。またしたいと言っていたそうです。大半の学生が、生の日本人と話したのは初めてだったでしょうから、そのぐらいの感動があってもおかしくはありません。この感動を忘れないでほしいですね。忘れ去ってしまうと、中級あたりで沈殿することになってしまいますから。

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アンダー1階

6月22日(金)

学生たちは学期休みですが、KCPの教師はアメリカのプログラムで来日した学生の授業をしています。私も午後の授業を担当しました。

いつもは一番下の、日本語ほとんどゼロのクラスを担当することがほとんどでしたが、今年は下から2番目のクラスを教えることになりました。手始めに自己紹介をしてもらったら、できるんですね、これが。一番下のクラスだと、名前を言うのがやっとくらいなのですが、ランクが1つ上がるだけで、「初めまして」とか「どうぞよろしくお願いします」とか、前後に付け加える言葉がスムーズに出てきました。また、「アメリカの〇〇から来ました」スムーズに出てきましたし、同じ出身地が続くと「私もアメリカの〇〇から来ました」とやってくれました。想定していたレベルよりも高くて、面食らってしまいました。

こうなると、余計なことを教えたくなるものです。絵を使って「1階、2階、3階、…」をやった後、地下1階を指さして「ここは?」聞くと、「アンダー1階」とか「グラウンド階」とかという答えが返ってきました。「地下1階」と正解を教え、さらに地下鉄の“地下”と同じだと付け加えました。でも、デパ地下は遠慮しときました。

そんなことより何より、3年数か月ぶりにマスクなしで授業をしました。“5類”以降、マスクをしない学生も出てきましたが、クラス授業ではずっとマスクを着用してきました。でも、午前中、このクラスの教室をちらっとのぞいたら、みんなマスクをしていませんでしたから、私もしないことにしました。新学期は、通常クラスもマスクなしで行こうかな。

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平均すると同じだけど

6月22日(木)

先週実施した上級の実力テストの結果を分析してみました。クラス平均を出すと、上のレベルのクラスから下のレベルのクラスまで、下克上が起こらずきれいに並びました。レベル感の差がいくらか不均等なのが気になりましたが、順当な結果です。

ところが、平均点がほとんど同じクラスのヒストグラムを比較すると、全然違っていました。ピークの位置が、Aクラスは40点台、Bクラスは60点台、Cクラスは50点台なのですが、ピーク前後のすそ野の広がり方でうまく調節ができてしまったみたいで、平均点はいずれのクラスも50点台で、さほど違いませんでした。標準偏差を求めると、Cクラスが幾分小さい程度で、これまた大差はありませんでした。

DクラスとEクラスは、平均点はEクラスのほうが3点弱高いです。しかし、ヒストグラムにすると、Dクラスのピークは80点台、Eクラスのピークは70点台でした。ところが、Eクラスの最低点は50点台なのに対し、Dクラスには40点台、30点台もいました。この学生たちが足を引っ張って、Dクラスの平均点はEクラスを下回ったのです。集団内のばらつき度合いを表す標準偏差は、Dクラスのほうが5点ほど高いです。平均点だけ出して満足していてはいけないんですね。

さて、これと期末テストの結果も踏まえて、7月期のクラス編成をしなければなりません。点数順に輪切りにしてしまえれば楽なのですが、進路指導をはじめ、他の要素も考慮しなければなりません。クラス授業だと、教師としては、リーダー的な学生が1人は欲しいです。学生間の相性もありますしね。頭が痛い季節が来ました。

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しちがつよっか

6月21日(水)

7月期に入学する学生3名に、オンラインで面接をしました。プレースメントテストでほとんどの新入生のレベルは決定できるのですが、上のレベルと下のレベルのボーダーライン上だったり、各科目の成績がアンバランスだったりする場合には、新入生本人にインタビューしてレベルを決めます。新入生のレベルは、高すぎても低すぎてもいけません。レベルの見極めが大切です。

最初の学生はCさん。仮レベル4ですが、よく話せます。大学院進学希望とのことでしたから、専門的なこともちょっと聞いてみました。すると、答えられるかなと思って聞いたことにも、こちらの興味を引くような話をしてくれました。今学期受け持ったクラスもレベル4でしたが、そのクラスの中でも上位の学生と同等の会話ができました。4の終わりの学生と同じということは、新学期レベル5ですね。

次はKさん。こちらの判定はレベル5ですが、話した感じはCさんより少し劣りました。口の滑らかさはCさんですね。来日の日付を「さんじゅうがつ」なんて言ってしまうあたり、話し慣れていないのかな。その30日に来日し、毎日KCPに通えば、どうにかなるかもしれません。しかし、JLPTの成績は、CさんよりKさんの方が20点ぐらい上なんですね。プレースメントテストで測れる力はこちらの点数に近いですから、妥当な評価だったのでしょう。

最後のLさんは、レベル1にするか2にするかの判定です。独学で8か月やってきたとのことですから、その独学のやり方により、1にも2にもなります。「いつ、日本へ来ますか」と聞いたら、Lさんは「しちがつよっかです」と即答。「ななげつよんにち」とかという、独学の初級の学生が犯しがちなミスはせず、発音もきれいに答えてくれました。これは、レベル1に入れてひらがなの練習からさせたら気の毒かな。

入学式で、この3人に会うのが、今から楽しみです。

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楽しかった考

6月20日(火)

久しぶりにアメリカの大学のプログラムで来ている学生の修了式に出席しました。今学期私のクラスだったDさんやTさん、先学期教えたMさん、オーラルテストで接触のあったJさん、Aさんなどが今学期で勉強を終えて帰国しますから、ちょっと顔を出そうと思ったのです。

修了証書を渡した後で、修了生には日本語でスピーチをしてもらいます。みんな、多少はヨイショもあるでしょうが、日本語の勉強や日本での生活は楽しかったと言います。だけど、これは、修了証書をもらった時点で思い出の美化がなされ、苦しかったことの記憶は薄れてしまった面も多分にあると思います。

DさんやMさんは非常に優秀な学生でしたからそうでもなかったでしょうが、Tさんは漢字に悩まされ続けました。漢字がわからないことが、読解や文法にも響き、テストで合格点が取れないこともありました。入学時は日本語ゼロだったのに、今はそういうスピーチができるまでになったことに喜びを感じているのでしょう。

KCPで勉強する学生の中には、アメリカの超一流校の学生もいます。そんな学生も、テストで合格点が取れなかったら再試を受けなければなりませんし、時間内に作文が書けなかったら授業後に残されます。本人が言わない限り、クラスの学生は、その学生がそんな大学の学生だということを知りません。自分より日本語ができない学生と見ているかもしれません。そうなると、超一流校のプライドもズタズタでしょう。

それでも「楽しかった」ということは、歯ごたえのあるタスクに巡り会えた喜びの表明のような気もします。そうだとすると、さすが超一流校の学生だけのことはありますね。

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強者がより強く

6月19日(月)

今学期最後の授業で、私のクラスは文法の復習が中心でした。復習問題が宿題として出されていましたから、まずはその答え合わせ。でも、宿題をやってきたのはできる学生がほとんどで、本当に復習してほしい学生ほど、白紙でした。テストじゃなくて宿題ですから、わからなかったら教科書でもノートでも先生に添削してもらった例文でも今までの平常テストでも、参考にできる資料はいくらでもあるはずです。そういうのを引っ張り出して見直したり振り返ったりするのが面倒くさかったのでしょうか。確かに、昨日EJUがあり、そちらを優先しなければならなかったでしょう。でも、EJUを受けたDさんやKさんはちゃんとやって来たのに、EJUを受けなかったSさんやYさんがやって来なかったのはどういうわけでしょう。

宿題もやって来ないし今までの成績も悪いしという学生を何とか救おうと、間違えやすいところ、似たような表現の使い分けなどを板書すると、それを1字たりとも見逃すまいと書き写すのは、NさんやLさんのような成績のいい学生です。私がターゲットにしていたJさんやMさんたちは、板書を見ているだけでした。「あんたたちのために説明してるんだよ」と、声を大にして訴えたかったですが、私に言われて渋々ノートを取るようでは、授業後にそれを見直すこともないでしょう。

その後、金曜日にやったテストを返却し、間違えた学生が多かった問題について考え方、解き方を、「教科書の〇ページを見てください」と指示しながら説明しました。ここでも、耳を傾けていたのは、その問題が正解だった学生たちでした。結局、できる学生はより一層基礎が固まり、できない学生はスカスカのままでした。聴解の練習教材も公開していますが、これを活用するには、きっと、わざわざ練習する必要のない学生たちばかりなのでしょう。

できる学生はさらに実力を伸ばし、できない学生は停滞から脱する見通しも立たず、という状態で今学期の授業が終わってしまいました。お金はお金持ちのところにどんどん吸い寄せられ、貧乏人はいつまでたっても貧乏なままという世の中の構図が、お金を日本語の実力に置き換えると、このクラスにぴったり当てはまります。

これを打破できなかったあたりが、今学期の反省点であり、来学期の課題です。

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