20万円の靴

7月13日(木)

レベル1のクラスでは「いくらですか」を勉強しました。値段を答えるとなると、万の単位までは言えるようにならなければなりません。英語はthousand, million, billionと3桁ごとに単位が変わっていきますが、日本語は万、億、兆と、4桁ごとです。ちょっとお遊びで“100000000”を読ませたら、「1万万」という答えが返ってきました。それはともかくとして、“32千円”などという予算か何かの表に出てくるような言い方をする学生がたまにいますから、それをつぶさなければなりません。

「Kさん、いい靴ですね。そのくつはいくらですか」なんていう形で、値段を聞いたり答えたりさせました。Kさんの靴は20万円だそうです。「この時計は18万円です」なんていう答えもありました。学生が身に付けているものや持ち物は、高いものが多かったです。話をいくらか盛っているかもしれませんが、いくらかは事実でしょう。私なんか、夏はユニクロで身を固めていますから、靴まで入れてやっと1万円を超える程度、時計がそれと同じくらいといったところでしょうか。視界はしっかり確保したいのでメガネは多少奮発していますが、それを加えても学生を上回らないかもしれません。

私がKCPにお世話になり始めた頃は、“学生=貧乏”という不滅の定理がありましたが、今は“学生=金持ち”のほうが恒等式に近いような気がします。これも、日本の国力の衰えという意味での時代の流れなのでしょうか。円安のため、かつて海外へ出て行った工場が国内に回帰しつつあるのだそうです。20万円の靴の国でつくられた品物は、我々一般庶民には手が届きそうもありません。

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教え子

7月12日(水)

中国の外国語学校の学生さんと引率の先生が、KCPを見学にいらっしゃいました。月曜日から東京に滞在なさっているそうですが、暑さはだいぶこたえているようでした。そんな中、わざわざ足を運んでくださるというのですから、こちらも昨日から学校中を掃除してお迎えしました。

朝、いらっしゃったら、玄関付近で自由に写真を撮っていただくことになっていたのですが、あまりの暑さのためすぐにエアコンの効いた部屋へ(この時点ですでに33度)。KCPでの留学生活の紹介の後、学生さんたちにとって大いに関心のある日本での進学について説明しました。学生さんたちの日本語はほとんどゼロですから、引率の先生に通訳していただきました。

私の説明が終わると、次から次へと質問が出てきました。こちらの予想を上回る関心の強さで、予定を20分もオーバーし、昼ご飯を食べる時間がなくなってしまうのではないかと心配になるほどでした。KCPの在校生もこのくらい進学について真剣に考えてもらいたいものです。日本にいると情報過多で、かえって興味を失ってしまうのでしょうか。

午後は初級クラスを見学したり、クラブ活動に参加したりしてもらいました。最後に感想を聞いた時、日本の文化に触れられていい経験ができたと言ってくれました。そうそう、お昼に食べた日本のラーメンは、塩辛かったそうです。これも、日本の食文化の一端です。

実は、朝、引率の先生に驚かされました。「L先生からの手紙です」と封筒を手渡されました。中を読むと、L先生とは私が教えたLさんでした。現校舎が建つ前の、旧校舎の時代の学生です。名前を見た瞬間、10年以上の記憶が鮮やかによみがえりました。今は、外国語学校の先生だそうです。Lさんは何事にも全力で取り組んでいました。そのLさんの教え子たちなら、何でも吸収しようという姿勢も引き継いでいて当然です。

大急ぎで手紙の返事を書いて、引率の先生に託しました。

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上から下まで

7月11日(火)

午前中は、N先生の代講で最上級クラスに入りました。私の上級クラスを担当していますが、そのクラスよりも2段階か3段階ぐらい上のレベルです。教科書もスラスラ読めるし、出てくる質問も鋭いし、だからそれに答える私の日本語もかなり高度なのですがそれを一発で理解してしまうし、私のクラスでは絶対にありえない光景が繰り広げられました。日本人に話すのと全く同じ調子で話しても、何ら不都合を感じませんでした。

Lさんは、新入生ですがこのクラスに入りました。もちろん、国でかなり勉強してきました。そのLさんが、授業後に、新宿区で運営している会話クラブに参加したいがどうすればいいかと聞いてきました。はっきり言って、初対面の私にいきなりこんなことを質問する度胸があれば、会話クラブなどに通う必要はありません。通ったら、先生になれるでしょう。日本人の指導員から通訳を頼まれるのではないでしょうか。そういう積極性、問題を解決しようという意志、常に上を見る姿勢などがあればこそ、Lさんの日本語力が培われたのに違いありません。

午後は、レベル1でした。「これは誰の本ですか」などという練習をしました。これはこれで面白いものです。理解力は最上級クラスですが、教師から何でも吸収しようという意欲はレベル1です。それに応えようとすると、自然に声もアクションも大きくなります。省エネ授業などできません。それゆえ、疲れる度合いは最上級クラスの5倍ぐらいになるでしょうか。でも、その疲れ方はスポーツに似ていて、さわやかさを伴います。

このレベル1の学生の中から、最上級クラスまで上り詰める学生が現れるでしょうか。その姿を見てみたいものです。

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工夫、雨水

7月10日(月)

上級の読解で、ギリシアのパルテノン神殿のエンタシスについて触れられていました。その部分の段落を学生に読ませると、「…エンタシスというこうふが施されています。…」と読んでくれました。次の学生も「…こうしたこうふによって…」と読みました。

学生が「こうふ」と読んだところは、「工夫」と書かれています。20人も学生がいれば、1人ぐらい何か言う学生がいるだろうと思いましたが、誰も何も言わずスルーしそうになりましたから、「それは“くふう”と読むんだよ」と、こちらから教えました。

「工夫」は、“くふう”と読むか“こうふ”と読むかによって意味が全然違います。学生たちは“こうふ”の意味で本文を理解していたのでしょうか。それとも、「工夫」には意味が2つあるけれども、こちらの意味がこの文にはピッタリくるということで、読みなど確かめずに理解してしまったのでしょうか。いや、そもそも「工夫」を“くふう”と読むなど夢にも思わず、意味だけ調べてわかったつもりになってしまったのかもしれません。

そのもう少し先に「雨仕舞」という言葉が出てきました。こちらはきちんと調べたようで、“あまじまい”と正しく読んでくれました。しかし、その直後に現れた「雨水」は、しっかり“あめみず”と読んでしまいました。「雨水」は漢字を見ただけで意味がわかるので、わざわざ調べることもなかったのに違いありません。「雨〇」は“あま〇”と読むことが多いと補足説明しました。

もっとも、「雨水」は、二十四節気では“うすい”です。また、工場では「雨水(うすい)のピット」などというように、“うすい”と読むことがよくあります。実は、私は、気を付けないと“うすい”と読んでしまう派なのです。

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初熱帯夜

7月8日(土)

今朝の東京の最低気温は25.2度で、どうやら今シーズン初の熱帯夜だったようです。予報を見ると、来週は毎日熱帯夜の真夏日みたいです。しかも、最高気温は33度ぐらいまで上がるそうです。“曇り時々晴れ、降水確率40%”ぐらいの日が続きますから、梅雨明けはまだまだでしょう。

始業日前にやっていたアメリカのプログラムできている学生への授業で、“暑いです=hot”を入れて、「毎日、暑いですね」なんてやっていました。すると、Tさんが、“How do you say humid?”と聞いてきました。アメリカの学生たちにとっては、東京の夏はhotではなくhumidなのです。「蒸し暑い」と答え、直訳するとsteamy hotになると付け加えると、教室にいた全学生がうなずいていました。Tさんは、早速、「毎日、蒸し暑いですね」などと言っていました。

Tさんは“蒸し暑い”がよほど気に入ったのか、“蒸し”の部分を“無視”と同じアクセントで発音し、強調していました。アメリカの内陸部出身だそうですから、気温が高いのはともかく、湿度が高いところで暮らすのは初めてなのに違いありません。ですから、自分のhometownと東京との違いは“蒸し”だと主張したいのでしょう。

Tさんは、ゆうべの熱帯夜はどう過ごしたでしょう。湿度は一晩中70%前後でしたから、エアコンつけっぱなしだったかもしれません。でも、それは一歩間違えると風邪にまっしぐらです。蒸し暑い夜への対処法なんて、ガイドブックにもネットのサイトにも載っていないでしょうから、自分で編み出すしかないのかな。それも、留学の思い出として、笑い話にしてもらいたいです。

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同じことをしても

7月7日(金)

今学期の金曜日は中級クラスです。昨日出された読解の宿題を回収して中身をチェックしました。

提出しなかった学生たちは論外として、提出した学生の中で最悪だったのはHさんです。読解の教科書を読んで教科書に載っている問題に答えるのですが、Hさんは教科書に付いている答えを丸写しして提出していました。これでは力が付きません。宿題をする意味が全くないじゃありませんか。

Hさんは、ぎりぎりの成績で進級した学生です。期末テストの読解は不合格点でしたが、先学期は進級できなかったこともあり、お情けで進級させてもらったのでしょう。ですから、もともと読解の力が強いとは言いかねます。それゆえ、自分の力だけでは教科書の問題を持て余してしまったのでしょう。

一方、Yさんは自分の力で問題を解き、なおかつ答え合わせまでして、間違えたところを赤ペンで直したものを提出してきました。ここまでしてくれると、教師はほとんどすることがありませんから、Yさんの間違え方をじっくり観察しました。Yさんは、問題の答えになる部分を教科書からそのまま抜き出してくることはできますが、そこから要点を切り出してまとめるということができません。これは、Yさんに限らず、中級の学生全般に言えることです。逆に言うと、これができたら中級卒業でしょう。

Yさんは自分の答えを直しながら、何を考えたでしょう。足りない点に気づいてくれたかな。同じように教科書の答えを見ていたHさんは、何も考えていなかったでしょうね。始業日2日目で、もう、同じ教材から得た物の差が目に見えてしまったような気がします。

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顔と名前

7月6日(木)

今学期私が担当する上級クラスは、先学期のクラスで考えると大きく2つのグループから成り立っています。お互いほとんど接触がなく、何も手を打たないとクラス内に壁ができてしまうかもしれません。ですから、始業日恒例の自己紹介に代えて、数人ずつの小グループをいくつか作り、そのグループのメンバーの顔と名前を覚えるようにと指示を出しました。

ここまで言えば、上級の学生ですから、名前を言い合ったり簡単な自己紹介を始めたり、さらには雑談に発展したりと、グループのメンバーを自分の頭に印象付けようと工夫をしていました。メンバーを組み換えると、1回目より要領よく顔と名前を覚えようとしていました。

もう少し詳しく観察すると、グループ内で自然発生的に生まれたリーダーがノートか何かを回して、各人の名前を書かせているところと、そうではなくて、音やリズムを頼りに顔と名前を一致させようとしているところがありました。上級だとやはり文字を介したほうが覚えやすいのでしょうかね。

私が新しいクラスの学生の名前を覚えるときは、名前に特徴的な漢字が含まれていたら、その漢字をキーにして顔と名前を記憶します。名前の読み・発音が独特なら、それと顔を紐づけます。外見が印象深かったら、もちろん、それが幹となり、名前その他がそれにぶら下がります。

このクラスでは、文字派が若干優勢でした。最後にクラス全員の顔と名前を覚えましょうということになったら、「先生、ホワイトボードに1人ずつ名前を書いていってください」ということになりました。過程はどうであれ、クラスのみんなが、みんなの名前を覚えて仲良くなってくれたらそれで目標達成なのですから、言われたとおりに名前を書きました。

クラスメートの名前を覚えてくるのを宿題にして、明日のM先生に引き継ぎました。M先生は、明日の朝いちばんで、「この学生はだれ」とやってくださることでしょう。

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入学式挨拶

みなさん、ご入学おめでとうございます。世界中の国々の、このように多くのみなさんが、KCPを留学の場として選んでくださったことをうれしく思います。

今学期、KCPはコトバデーを開催します。この後すぐに紹介しますが、コトバデーとは、簡単に言うと、全ての学生が日本語を「話す」いろいろなタイプの発表に携わるイベントです。

言語には音声言語と文字言語がありますが、人類が最初に得たのは音声言語です。コンピューターのプログラム言語のような人工的な言語は別として、日本語も英語も韓国語も中国語もフランス語もスペイン語も、自然言語は音声言語あっての文字言語なのです。コトバデーは、KCPで学ぶ学生も、教える教師も、言語の原点、「話す」ことに立ち帰る、全校挙げての活動です。

このコトバデー、実は昨年が第1回でした。3年前から全世界を襲ったパンデミックによって、KCPも授業形態を大きく変えることを余儀なくされました。当時の学生も教師も全力を尽くしましたが、一番大きな影響を受けたのが、学生の話す力でした。教師は、オンライン授業で学生の話す力を伸ばすことの難しさを痛感させられました。学生の日本語を話す力を取り戻すにはどうすればよいか、そのための第1歩が、コトバデーでした。

これから始まるコトバデーに向けた活動を通して、みなさんに何よりも味わってもらいたいのは、日本語を話す、日本語で心の内を語る、考えを述べる、コミュニケーションを取ってお互いを知り合う、そういったことの楽しさです。日本語というみなさんにとっての外国語によって、相手に理解してもらえた、相手のことが理解できた、その瞬間の喜びです。その喜びをさらに深めるために勉強を続けていけば、自ずとみなさんの日本留学の目的も達せられることでしょう。

今ここにいらっしゃるみなさんのKCPで日本語を勉強する目的は何ですか。大学の単位を取るため、日本で進学するため、日本で暮らすためなど、各人各様でしょう。もちろん、みなさんそれぞれの目的に向かって進んでいってください。ですが、もう一つ、1人の日本人としては、日本語を学ぶことによって日本や日本人を知るということも、2番目か3番目の目的に付け加えてほしいところです。日本で生活し、日本語で日本人とコミュニケーションを取ることで、日本とはこんな国なんだ、日本人ってこんな考え方をするんだなどということを、実感を持って理解していってもらいたいのです。そして、親日家にはならずとも、知日家にはなってほしいと思っています。

単に日本語を勉強するだけなら、わざわざ日本へ来る必要などありません。日本で、生身の日本人教師から直接日本語を習う意義を再認識し、この留学をより一層有意義なものへと作り上げていってください。みなさんは、非常にラッキーなことに、入学してすぐ、コトバデーという、日本語を掘り下げるチャンスがあります。これも有効に活用してください。そのためなら、私たち教職員一同、喜んでみなさんのお力になります。

本日は、ご入学、本当におめでとうございました。

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AIと教師

7月4日(火)

文部科学省が、小中高校の作文などの創作活動で生成AIを使用するのは不適切だという指針を発表しました。使いこなすことの重要性にも触れつつ、小中高校では自分の頭で考えることを優先する姿勢を示しています。同時に、情報モラル教育を推し進める必要性も訴えています。

当然ですね。AIに考えてもらって原稿用紙に書くのだけ自分でするなんて、剽窃と言われてもしかたがありません。それが高じると、読みもしないのに「東野圭吾の『放課後』の感想文」などと入力して、感想文だけ“書いて”しまうなどということすらやる子供が現れてくるかもしれません。

しかし、よく考えたら、今までも夏休みの宿題に親が手を入れることがありましたよね。親の代わりにAIが手助けをしたと考えれば、AIに頼るのだけ禁じるのは不公平だと言えないこともありません。宿題には、親も絶対に手出しをしてはいけないということになっていくのでしょうか。

そこまで言うのなら、私たちだって危ないです。今まで何人の学生の志望理由書を書き換えてきたでしょう。志望校と志望学部学科、日本留学に至るまでの学生の生い立ち・心の動き、進学してから、そして卒業してからの構想、そういったことを聞き取って、根本的に書き直したこともありました。それほどではなくても、志望理由書のサンプルを示してこういう書き方をしろという指導は、今年もすでにしています。

こういうのって、AIが作文を書くのと大して変わりませんよね。ということは、この仕事はAIに代替可能だということでしょう。各大学に合わせた志望理由書が書けるレベルまでAIを鍛えるのに時間と労力を要するかもしれませんが、できない話ではなさそうです。

いや、それよりも先に、志願者本人が書いた文章かどうか判定するAIの方が先に開発されるような気もします。狐と狸の化かし合いみたいなことは、したくないものです。

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残り半年

7月3日(月)

昨日の「どうする家康」で、瀬名と信康が自害しました。それは史実であり当然の流れなのですが、そこに至るまでの流れ、この2人の描き方が今までのドラマや小説などと大きく違いました。瀬名役が有村架純だと発表された時点から、過去の大河ドラマとは異なる瀬名になるのではないかと思っていましたが、その通りでした。

そもそも、役名が「築山殿」という住まいの名前ではなく「瀬名」という本人の名前になっているあたりから、瀬名個人にスポットを当てたストーリーが期待できました。ドラマ内では、常に自分で考えて行動する人物であり、個性が際立つ存在でした。武田氏に通じていたというのも、受け身ではなく瀬名の側から動いてのこととして描かれていました。もっとも、瀬名というのが築山殿の本名かどうかは、史料的には裏付けられていないそうですが。

この瀬名の描き方に対しは、おそらく批判も出てくるでしょう(もう出ているかもしれません)。でも、私にはこれまでの瀬名があまりに悪人過ぎたと思えます。山岡荘八から「おんな城主 直虎」まで、姉さん女房の悪女ばかりでした。そこから大きく脱し、なおかつ史実とされていることには従い、新たな瀬名を視聴者に示した脚本家・古沢良太の力量には恐れ入るばかりです。

瀬名が自害したのは、1579年。ドラマの始まりは桶狭間の戦いですから、1560年。ドラマ開始から半年で、まだ19年しか進んでいません。家康は1616年没ですから、この後37年生きます。今までの倍近い時間を同じ半年で描けるのでしょうか。少々心配です。

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