痛い目に遭わないと

2月17日(月)

先週の土曜日は、RさんのI大学受験日でした。お昼過ぎに、そろそろ面接の頃だろうかと思いましたが、その後は仕事に取り紛れてすっかり忘れていました。

昨日、仕事用の受信トレイを開いてみると、土曜日の夜にRさんからのメールが来ていました。本人の反省の弁が縷々書かれていました。今までに何回も面接練習をし、そのたびにあれこれ注意してきたのに、その注意が身に染みていなかったんですね。痛い目に遭って初めてそういうものなのかと理解できたのでしょう。

話すスピードが速すぎると言い続けてきたのですが、土曜日も全速力でしゃべってしまったようです。面接官が非常にゆっくり問いかけてきたのが、実は自分への注意だったのかもしれないという気付きがあった点は、進歩があったと認めてあげてもいいでしょう。

ぞんざいな言葉を使いがちな口癖も、たっぷり出てしまったようです。これも、それに気づいた点は偉いですが、抑えることができなかったのですから、面接官の印象は芳しくなかったでしょうね。

Rさんは、速くしゃべることが日本語の上手さを表すと信じていた節がありました。そうじゃないんだ、相手に伝わる話し方をすることがコミュニケーションの要だ、そして、面接はコミュニケーション力のテストでもあると、Rさんの耳はタコだらけになっているはずなのですが、まだ足りなかったようです。

結局、私の言葉もRさんに響いていなかったということは、私のコミュニケーション力も知れたものだったということです。幸いにもというか、Rさんはもう1校受験します。その面接では、Rさんの実力をいかんなく発揮させてあげたいものです。

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ご利用いただけます

2月15日(土)

「当店では、各種QRコード決済がご利用いただけます」という表示を見かけたら、あるいは店員さんからこのように言われたら、みなさんはどうお感じになりますか。私は苦笑いしながらスマホの操作を始めるでしょう。

国文法の問題です。“いただきます”は、尊敬語ですか、謙譲語ですか。高校までの国語の時間に、謙譲語だと習ってきたはずです。謙譲語の主語(動作主)は誰ですか。“私(たち)”ですね。

ここで、もう一度「当店では、各種QRコード決済がご利用いただけます」を見てください。誰が“ご利用いただけ”るのですか。素直に解釈すれば、来店したお客さんですよね。つまり、この文は謙譲語の動作主がお客さんになっているのです。何と失礼なことでしょう。これが、私の苦笑いの原因です。

もちろん、店の側にそんな気持ちなどみじんもないことは百も承知しています。だから苦笑いしつつもスマホを操作し、支払おうとするのです。でも、文法の誤りは見逃すわけにはいきません。

この手の誤りは、至る所にあります。「こちらから富士山がご覧いただけます」「こちらにキーを差し込んでいただくと、部屋の電気がつきます」「特急券のないお客様は、ご乗車いただけません」…。なぜ、みんな平然と同じ誤りを犯しているのでしょう。

文化庁は、2007年に謙譲語を2つに分けました。謙譲語Ⅰは、申し上げる、伺うなど、謙譲語Ⅱは、参る、申すなどです。謙譲語Ⅱは丁重語とも呼ばれ、物事を相手(多くの場合、目上)に向かって丁重に伝える時に用います。「社長、お時間です。会議室に参りましょう」「社長、お時間です。会議室に行きましょう」の2つを比較すると、前者の方が丁寧な感じがしますね。参るのは、私だけではなく、社長もです。会議室にいるのがお客様ではなく、社長にとっては部下ばかりでも、“参る”という謙譲語Ⅱが使えるのです。物事を丁重に伝えるのですから、同僚に対して“おい、佐藤、時間だから会議室に参ろうぜ”などとは使えません。“おい、佐藤、時間だから会議室に行こうぜ”なら問題ありません。“参ろう“は、丁寧さのない普通体の1つであり、終助詞“ぜ”は、丁重さとは正反対の雰囲気をもたらします。

“いただく”は、本来、謙譲語Ⅰですが、これを謙譲語Ⅱと勘違いして使っているのが“ご利用いただけます”だと考えられます。“ご利用いただけるよ”は丁寧さのバランスが悪いですよね。

でも、全国津々浦々にこのような誤用が浸透しているとなると、もはや誤用ではなく、“いただく”に丁重語としての機能が加わったと考えるべきでしょう。とはいえ、学生には“ご利用になれません”と教えるでしょうね。JLPTなどで間違えられちゃったら困りますから。

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変更

2月14日(金)

朝、Iさんが担任のK先生に何事か言いに来ました。そのK先生が私に「Iさんが先生の選択授業に出たいと言っているんですが…」と聞きに来ました。私の選択授業は“身近な科学”で、Iさんの興味の向かう先とはだいぶ違うと思います。Iさんが学期初めに選んだ選択授業は、“美術館に行こう”でしたから。

K先生からさらにもっと話を聞いてみると、美術館に行くのは面倒くさいから、どこにも出かけない選択授業に変えたいということでした。Iさんは自分で“美術館に行こう”を選んだんですよ、学期初めに。第2志望に回されたとかじゃありません。それぞれの説明を読んだ上での選択です。上級の学生ですから、その説明文がわからないなどということはありません。読んでもわからなかったのだったら、上級にいる資格がありません。中級どころか、初級に落ちてもらいたいくらいです。

先週も行きたくないとごねて、結局選択授業の時間は帰ってしまったそうですから、しかたなく引き受けました。身近な科学の時間になっても、Iさんは話を聴こうというそぶりも見せませんでした。ひたすらスマホ三昧です。教室の一番隅っこの席に陣取っていましたから、まじめに聴いている学生に悪影響はないだろうと思い、無視しました。そんな学生にかかわりあっている時間がもったいないですから。

要するに、Iさんは、自分のごく狭い興味対象外には、無関心なんですね。新たな分野を開拓しようなどとは全く思わないのです。進学先は決まっていますが、こんな気持ちじゃ、進学先でもろくな勉強はできないでしょう。でも、進学先はKCPの選択授業みたいに気安く変えることはできません。

1年後、いや、半年後、Iさんはどこで何をしているのでしょう。

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明日が来ない?

2月13日(木)

Jさんは先学期入学で、日本語力の面からは優秀な学生です。プレースメントテストの結果中級クラスに入れたのですが、授業初日に上級クラスに移りたいと訴えてきました。Jさんの話を聞くと、中級の学生は絶対に使えないような表現が随所に適切に見られました。これなら確かに中級は易しいかなと思い、上級クラスに移しました。

しかし、その後がいけません。出席率は50%前後を低迷し続けています。授業に出てきてもやる気が感じられず、爆睡の日も珍しくありませんでした。向学心というものを、かけらも持ち合わせていないように見受けられました。クラスの先生はみんな手を焼いていました。

そのJさん、今朝もいませんでした。今学期になってから1回か2回しか会っていないような気がします。Jさんは1時間ぐらいかけて、千葉県から通ってきます。家賃が安いところを探し歩いたら、東京の外になってしまったと言っていました。そうやって不動産屋さんを歩き回って希望により近い物件を見つけ出せるほどの日本語力を持っていることは認めますが、定期代まで考えると、果たしてどれだけ節約になったのか、微妙なところです。

授業後、無駄になるだろうなと思いつつ、Jさんに電話をかけました。すると、つながりました。欠席の理由を聞くと、朝寝坊したので授業の後半から出ようと思ったけど、電車で寝過ごしてしまって、今さら学校へ行ったところで欠席扱いになるだろうと、そのまま帰ってしまったとのことでした。たとえわずかな時間でも、学校に顔を出そうという気には、ならないんですね。

入学以来4か月余りになりますが、出席率は、ここにはとても書けないほどのひどさです。「このままの出席状況だと、4月以降の登録は認められません」と厳しく出ると、「明日から毎日出席します」と平身低頭のふりをします。今まで同じような会話を、何人もの先生としてきているはずです。「Jさんの明日は、いつ来るんですか」と皮肉ったらキョトンとしていたこともありました。

あしたは学校でJさんの姿が見られるでしょうか。明日のクラスは向かいの教室ですから、ちょいとのぞいてみるつもりです。

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自己紹介

2月12日(水)

水曜日のお昼の時間には、大学進学準備の授業をしています。26年4月進学予定の学生たちに、進学準備の基本のところから手ほどきしていきます。今まで、進学するまでの工程表のモデルを見せてこれからいかに忙しくなるか自覚させたり、入学までにいつどのくらいのお金が必要か説明したり、大学のホームページの探し方や見方を教えたりといったことをやってきました。今回は、志望理由書や面接の受け答えの基礎になる部分を取り上げました。

これまでに見てきた学生たちは、一般に、口を酸っぱくして注意し続ければ、志望校についてはどうにかいろいろな情報を手に入れられるようになり、それを志望理由などに取り込むこともできるようになります。しかし、自分自身について上手に語れる学生は少ないです。これをどうにか解消しようと思って、特に力を入れてみようと思った次第です。

まず、レベル1で使うような自己紹介シートを用意しました。名前、出身地ぐらいは誰でも言えますが、その出身地はどんなところかとなると、上級の学生にとっても難問です。「中国の北京から来ました」は簡単に言えますが、北京がどんな街かとなると、北京が有名な街だけに、かえって難しいのです。ましてや、それを通して自分を印象付けるとか、志望動機に関連付けるとかとなると、もはや手も足も出ません。

その他、いろいろな課題を与えましたが、学生にとっては10年後の自分というのが最難問かもしれません。でも、10年後の理想像ぐらい持っていないと、大学での勉強の目的や目標もあいまいになってしまいます。逆に、10年後にこうなっていたいから、大学ではこういう勉強をする必要があり、その勉強ができるのはこの大学だと語れれば、志望理由まで自然につながってきます。

こういった自己紹介を、来週までの宿題にしました。来週のこの時間を楽しみに待つことにしましょう。

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カワキ教授

2月10日(月)

「先生、私はこのカワキ教授の研究に興味があります」と言いながらYさんが見せてくれたB大学のページには、“乾教授”と出ていました。確かに、“カワキ教授”と読めないこともありません。でも、大学の面接試験で“カワキ教授”などと言ったら、一発アウトでしょうね。

日本人の名字は10万種類を超えるとも言われています。人口が10倍以上の中国の名字よりもはるかに数が多いのだそうです。ですから、常識では読めない苗字が出てきたとしても不思議ではありません。というか、一筋縄では読めない名字の子がクラスに1人や2人いて当たり前でした。

私も、90%以上の確率で、初対面の人から“カネハラさん”と呼ばれます。“キンバラ”は重箱読みですから、訓読みの組み合わせの“カネハラ”と読みたくなるのもわかります。ですから、病院などでは2つの名前に聞き耳を立てていたものです。最近は個人情報保護からなのでしょうか、受付番号で呼ばれることが多いですから、そこまで気を張る必要もなくなりました。

それはともかく、たとえ読みにくい名字であっても、読み間違いはいけません。今シーズンも、“カワキ教授”以外にも何人かの先生の読み方を学生に注意してきました。でも、ちょっと注意して大学のページを見れば、先生の名前の読み方はどこかに書いてあるものです。研究論文一覧を見れば、“…Inui”などと著者名が書いてありますから。

さて、Yさんは12日がE大学の合格発表です。ここに受かっていれば、余裕を持ってB大学に臨めますが、果たしてどうでしょう。

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それぞれの結果

2月8日(土)

12月のJLPTのデータをまとめました。良い方にも悪い方にも、大きな番狂わせはありませんでした。授業中ほとんどしゃべらないAさんが意外と高い点数でN1に合格したことや、授業中の様子を見ている限りAさんよりずっとよくできそうな感じがするNさんが落ちたことぐらいでしょうか。12月の時点でレベル1だったTさんが、ぎりぎりではない点数でN2に受かったことは、レベルだけを見れば番狂わせに加えてもいいですが、毎日Tさんを見ていたクラスの先生はどうご覧になるのでしょうか。

番狂わせはなくても、毎回出てしまうのが、合計点では合格ですが、ある科目が合格基準点に達していないために不合格になってしまう例です。読解が60点満点で9点では、聴解が満点でもN2の実力があるとは言えないでしょう。基準点未満の科目があって落とされる学生は、ほぼ全員漢字がネックになっています。Gさんの先学期の面接記録を読むと、予復習は全然していないと書かれていました。また、中間テストに比べて期末テストは、成績がガタッと落ちていました。これからすると、むしろ、聴解でよく満点が取れましたねということになります。

就職が決まっているHさんはN1に合格しました。技術を見込まれて入社試験に通ったとはいえ、N1はあって困るものではありません。日本でずっと暮らしていくつもりなら、なおさらのことです。

ZさんがN1の、CさんがN2の、それぞれ校内最高点というのも妥当なところでしょう。CさんはN1を受けても受かったかもしれません。

一番困るのは、出願したのに受験しなかった学生たちです。試験日に体調不良だったのかもしれませんが、試験日に体調を最高のコンディションに持って行くのも、試験の1科目です。

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静けさ

2月7日(金)

金曜日のクラスはおとなしいクラスで、学生たちはめったなことでは発言しません。でも、指名したらまともな答えが返ってくるのが不思議なところです。能ある鷹は爪を隠すと言えば聞こえはいいですが、発言しないと無能と判断されるのが世の中の常識ですから、このままではKCPを出た後で大損しかねません。

Kさん、Sさん、Cさんなどは、読解の教科書を読ませると実に滑らかに読みます。本人たちも自分は日本語がスラスラ読めるという自信があるんじゃないかと気づいているはずです。だけど、それ以上のことはしないんですねえ。「“逝かせてくれ”とはどういう意味ですか」と聞いても、誰も答えてくれません。Kさんたちなら当然答えられるはずなのに、指名されるまでは口を開きません。その一方で、私が何か説明すると、しっかりノートを取りますから、勉強する気は十分あるのです。

私の授業の時だけそうならば、私の授業の進め方が悪いせいだと言えますが、他の先生方の日も水を打ったような静けさが続くのだそうです。これは、もう、指名するまで口を開かないというのは、このクラスの文化なんですね。先学期もだいたい同じメンバーで、同じような雰囲気だったそうですから、クラスの伝統文化と言ってもいいでしょう。

これだけ堅固な文化を築いてしまったとなると、卒業式までに打ち崩すのは非常に難しいでしょう。でも、卒業後、学生たちの頭に残るKCPのイメージって、どんなものなんでしょう。位い目地しか残らなかったとしたら、教師として辛いなあ…。

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聞いてますか

2月6日(木)

木曜日の後半はディベートの時間です。先週まではディベートのルールや進め方を覚えることを主眼に、どうでもいいテーマで議論をしていました。どうやらディベートの形は覚えたようなので、今週は社会的なテーマで論戦を交わしてもらいました。

社会的なテーマですから、感覚的な発言だけではディベートとして成立しません。ですから、テーマを発表してから15分ほど、そのテーマについてスマホで調べてもらいました。根拠のある発言でディベートを進めてもらおうと思いました。

スマホを使ってもいいと言うと、学生たちは喜々としてスマホを取り出し、思い思いに調べ始めました。しかし、せっかくディベートのチームごとにまとまって座らせたのに、声は全く聞こえてきませんでした。文字通り「黙々」と指を滑らせていました。チーム内で役割分担して議論の材料を探し出し、ストリーを組み立ててもらいたかったのですが、学生たちはスマホの魅力には勝てなかったのでしょうか。

ディベートを始めると、自分たちの主張は曲がりなりにもできました。しかし、相手の主張を受け止めて、それに反論したり疑問点を質問したりすることができた学生は、各チームに1人か2人程度だったでしょうか。反論の時間にも自分たちの主張を繰り返してしまう学生が目立ちました。だから、議論がかみ合っているようで微妙にずれていた発言が、あちこちから出てきました。

ということは、教師がいくら説教しても聞いちゃいないんでしょうかね。それっぽい学生の顔が次々と浮かんできました。

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気の迷いをなくせ

2月5日(水)

久しぶりに推薦書を書きました。昨日、私が担任をしているクラスのHさんから頼まれたのですが、ゆうべはドライアイがひどくて書く気になれず、今朝、授業の準備を終えてから取り掛かりました。しばらく書いていなかったのですぐに筆が進むだろうかと心配していましたが、書き始めたら1行目が終わるころにはペースを取り戻していました。自転車と同じで、体で覚えているんでしょうか。

HさんはKCPに入学してからN2とN1に合格しました。これは、「志願者Hは、当校入学以来、精力的に日本語の習得に努め、JLPTのN2、N1にも合格するなど、順調に日本語力を伸ばしてきた」なんていうふうに推薦書に反映させました。これでペースをつかみ、クラブ活動で活躍したことも書き、読み手にHさんの特徴が見えてくるような推薦書の下書きができました。

これをすぐ清書するかというと、1日置いておきます。明日の朝読み直して違和感がなかったら、本物の用紙に丁寧な字で清書します。こういうのは、書き上げた余韻に浸りながら読み直したって、文章のアラは見えてきません。そういう熱が冷めて、公平かつ冷静に文章を見つめられるようになってからでないと、本当の意味でのチェックはできません。でも、1晩おいてから読み直すと、新しいエピソードを付け加えたくなることもしばしばです。

さて、明日の朝はどんな気持ちでこの下書きを読むのでしょう。あまり迷わずに仕上げたいですが、Hさんはまじめないい学生だけに、推薦書にとっては余計なことを思い出してしまうかもしれません。

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