農業とは

7月24日(月)

子どもの頃、父の仕事の都合で、田舎に住んでいました。父はサラリーマンでしたから、私が直接農業にかかわることはありませんでした。しかし、友達には農家の子どもがたくさんいましたし、農家の方から野菜や果物、時にはお米など、農作物をいただくこともよくありました。また、学校からの帰り道などで農作業を見かけることも稀ではありませんでした。父の転勤で住んだ東京23区にも、子どもの足で行ける範囲に、わずかではありますが、畑がありました。

先週から、上級の読解教材で農業についての文章を扱っています。そのテキストに、文章の中心人物であるMさんが田植え機に苗をセットする写真が載っていました。学生に「これ、何の写真かわかる?」と聞いてみましたが、誰もわかりませんでした。それはそうでしょうね、学生にとって、田植えなんてなじみがありませんから。

私が小学生だった今から半世紀ほど昔は、農業はまだまだ日本の中心でした。しかし、工業やサービス業などが新しい産業として注目を集め、農業はそれらに比べると時代遅れというイメージでした。それゆえ、就業人口も減りつつありました。

現在はどうでしょう。日本の農作物は、海外で偽物が出回るほど高い評価を得るようになりました。平成前半あたりに比べると、バイオテクノロジーを駆使するなど、近代的なイメージが強まっているのではないでしょうか。耕作放棄地などという経済的な問題もありますが、“斜陽”しきって上向きの勢いを感じます。

学生たちの国では、農業はどんな位置付けがなされているのでしょう。読解が進んだら、聞いてみようと思っています。

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一夜明けると

7月21日(金)

朝、始業の3分前に教室に入ったら、学生が9人しかいませんでした。その後もう1人来て、出席を記録するためのタブレットがなかなか立ち上がらないために遅刻にならずに済んだ学生が2名いましたが、欠席者多数というのが最終状況でした。このクラスは、昨日のコトバデーの発表が、練習からは想像もつかないくらいとてもよくできたので、大いに褒めてあげようと思っていました。でも、この状況を目の当りにしたら、そうした気持ちも失せてしまいました。コトバデーで活躍した面々も休んでしまったことが残念でなりませんでした。

この学校の学生たちは、どうもそういうところが甘いんですねえ。「今週は昨日で燃え尽きたから」などと思っているのかもしれませんが、それは言い訳にもなりません。クラスの発表にも個人のスピーチにも、さらにはクラスの発表終了後のクラブ活動の発表にも参加していて、そのすべてに全力を注いでいたLさんが朝からちゃんと出ていたのですから。ついでに言うと、Lさんは午後の日本語プラスの授業にも出席しました。

欠席者が多かろうが、授業は予定通り進みます。私みたいなひねくれ者は、欠席が多いと出席した学生にサービスしたくなります。授業の各科目でちょっとずつ広い範囲を教えたり、逆に出席した学生たちに合わせてわからないところを丁寧に教えたりします。少なくとも、出席した学生に損したなんて思われたくないですからね。

コトバデーの練習で時間を使いましたから、これから夏休みまでギアを入れ替えてぐいぐい引っ張ります。暑い夏場こそ、進学する人たちにとっは自分を鍛える時季ですから。

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みんな口を開けて

7月20日(木)

去年のコトバデーも、曳舟文化センターで行うことになっていました。しかし、感染者の急増とみんなが声を発するというイベントの性質から、規模を縮小して校内での実施となりました。そんなわけで、曳舟文化センターの前まで来た時、長い道のりだったなあと、道の反対側から見上げてしまいました。

私は、例年通り、審査担当。自分のクラスの練習風景を見ている限り、イベントとして成り立つのだろうかという、一抹ではない規模の不安を抱いていました。

手紙部門は、課題に沿って自分たちで手紙を創作し、それをメンバー数人で分担して「読む」というものです。「読む」とは、文字通り原稿のメモを見て、そこに書かれている文を音読することも、原稿を暗記してそれをステージの上から声に出すということも意味します。後者のような発表をするには、かなりの練習量と向上心が必要です。手紙の文章が自分のものになっていれば、「読む」のではなく、「語る」ことができます。聴衆としたら、語ってもらえたほうが心に響きます。このような「語る」ことができたクラスが、初級にもいくつかありました。アクセント、イントネーションに至るまで、かなり訓練してきたのでしょう。上級では、明らかにメモを読んでいるのですが、それが語るになっている学生も少なくありませんでした。さすがと言うべきでしょう。

声優に挑戦部門では、映画やアニメの一場面を、声優になったつもりでそのセリフを言うというパートと、セリフそのものを創作するというパートに別れました。映像のスピードに全然追いつけない状況の練習風景を見てきた私にとって、会場のスクリーンに大写しになる登場人物の口の動きに合わせて、あたかもその登場人物がしゃべっているかのごとくセリフを語る学生たちに驚くばかりでした。初級でも、その段階にまで仕上げてきたところがありました。そういうクラスが多くて、審査は非常に苦労しました。

スピーチコンテストには、自薦の学生7名が望みました。自薦だけあって、どれも中身が濃く、また、よく練習してきたことが十二分にうかがえました。自分自身の悩みを率直に語る姿に共感を覚えた学生も少なくなかったのではないかと思います。

学生たちの指導をしてくださったボランティアの方も、会場まで来てくださいました。終了後に私が声をおかけする前に、「とても楽しかったです」と感想を述べてくださいました。

その一方で、学生たちやクラスの力作を全く無視して、スマホの画面に集中している大馬鹿者が何人かいたことも記しておきます。

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納税意欲

7月19日(水)

先日、信号待ちの時に、暇つぶしに交差点の近くにあったたばこの自動販売機を眺めました。今は、たばこが1箱600円もするんですね。びっくりしてしまいました。私が学生の頃は、100円台だったような気がします。たばこを吸わない人間の記憶ですから、信頼性は著しく低いですが…。

そのうち税金はいくらぐらいでしょう。300円ということはないと思います。400円ぐらいは取られているんじゃないかな。1日1箱の人は、月に1万円、年間12万円ぐらいの税金を払っていることになります。なんと納税意識が強いことでしょう。私は、たばこだけでなく、お酒もやりませんし、車も持っていませんから、所得税と住民税と消費税以外はろくに税金を納めていません。

明日のコトバデーを控え、各クラスは練習に余念がありません。私のクラスの練習に立ち会い、先週とは比べ物にならないほどの進歩に目を見張りました。その一方で、最近学生の喫煙マナーが乱れていますから、学校近辺でむやみにたばこを吸って教職員に摘発された学生を相手に、注意を与えました。明日の会場は喫煙厳禁です。トイレなどで吸われでもしたら、KCPは出入り禁止になってしまいます。タバコを吸った学生個人の問題にとどまりません。

その際に、たばこの値段の話題を持ち出しました。学生たちも、600円は高いと感じているようでした。でも、やめられないみたいです。「私の代わりに日本の国に税金を払ってくれてありがとう」と言ったら、苦笑いをしていました。その学生は、概略10万円ちょっとを日本国政府に寄付してくれています。

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早くも…

7月18日(火)

学期が始まって10日余り、授業日で8日目ですが、レベル1でも、クラス内で早くも差がつきつつあります。MさんやJさん、Yさんは目立たないながらも必死に食いついていこうという意欲が感じられ、よくできるとは言いかねますが、授業内容は理解しているようです。一方、CさんやHさんは、危険水域に紛れ込んでいます。

Mさん、Jさん、Yさんたちは、私の説明や板書を母語に直してメモしています。顔つきも明るく、明らかに線がつながっている様子です。毎日かなりの時間を予復習に投入しているようですが、その甲斐あって着実に力をつけてきています。日々、わかること、日本語で表現できることが増えて、手ごたえを感じていることでしょう。

Hさんは、まず、欠席が多いです。出席しても眠そうにしています。今学期は2回目のレベル1ですから楽勝だと思っているのかもしれませんが、すでに貯金はほとんどありません。話せないことが最大の問題点です。休んでいるうちに新入生にどんどん抜かれていきます。Cさんはいまだにひらがなカタカナが覚えられません。ですから、ディクテーションは全滅です。ただし、ローマ字を見る限り、音が全然聞き取れないわけではないようです。発達障害か何かを疑ったのですが、そうでもなさそうです。

Mさん、Jさん、Yさんたちは、お友達のEさんを見習って、積極的に口を開くようになれば、どんどん伸びていくでしょう。教師は、挫折しないように支えていくことを念頭に置いて引っ張っていけばいいでしょう。

Hさんは、勉強嫌いだとしたら、困りものです。遊び癖がついてしまったとすると、復活させるのはかなりの難事業です。Cさんには、字を覚えてもらわなければなりません。そうでないと、テストで点数が付きません。

クラスの学生の顔と名前が一致してきましたが、それと同時に課題も湧き上がってきました。

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いい例文?

7月15日(土)

昨日の中級クラスで書いてもらった文法の例文を添削しました。中級も後半となると、普段あまり見聞きしない表現を勉強するようになります。初級文法のようにどんな場面でも使えるような文法ではなく、ある条件がそろうと威力を発する表現が中心となります。文法の授業も、その“ある条件”を強調して、こういう場面で使うんだよという練習をします。

そのうえで例文を書くのですが、そうすんなりこちらの思い通りの例文が仕上がるわけではありません。勘のいい学生は思わずニヤリとしてしまうような例文を書きます。その文法の特徴をつかみ、それを上手に応用します。助詞を間違えるくらいはしますがね。教科書の例文を少しいじったのを書いてくる学生もいます。こちらは想像力がないのかもしれません。想像力はあるけれども、そちらに走りすぎて“ある条件”を忘れてしまった学生も、必ず出てきます。軌道修正すれば、使えるようになる可能性を秘めています。

Cさんが気の利いた例文を書いてきました。本筋から外れたところでミスがありましたが、ポイントは押さえていました。その後何人かの例文を見た後で、Wさんの例文を読むと、どこかで読んだような例文でした。Cさんと、間違え方まで同じ例文でした。2人は隣の席ですから、助け合ったのかもしれません。さらに、Tさんもほぼ同じ例文でした。Tさんは席が離れていました。ということは、私に隠れてスマホで検索したのでしょう。そして、3人が同じサイトを見たに違いありません。

私の授業が伝わらなかったところは反省すべき点です。でも、スマホから拾った例文を書いても、力はつきません。この3人がどうかわかりませんが、中には自分が書いた例文はネットの辞書・文法書に載っていた例文なのに、どうして〇じゃなくて直されるんだと、返却された例文を見て訴えてくる学生がいます。こういう理由でこの例文は間違っていると説明しても、そういう学生に限って、納得しようとしません。

学生たちがAIに頼って例文を書いたらどうなるんだろうと考えることがあります。もしかすると、私がにやりとした例文は、AIが作っていたのかもしれません…。

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解く? 解かない?

7月14日(金)

私が受験生の頃から、試験ではできる問題を確実に解いて点数を積み上げることが大事だと言われています。これはEJUでも何ら変わることはありません。受験のテクニックばかり教えるのは、学生に真の力をつけることにはなりません。しかし、学生に点を取らせることが学生の将来を切り開くことにつながるというのも、一面の真実です。しょうもないテクニックを知っているかいないかで合否が分かれるかもしれないのですから。

日本語プラス数学コース1では、解ける問題から解けという指示を出しています。問題Ⅰから順番に問題Ⅳまでやるのが正統派なのでしょうが、問題Ⅱがいくら考えても解けなくて、問題Ⅲ・Ⅳまで進めなかったとしたら、大損失です。ことに、問題Ⅲは得意分野で、試験終了間際にちらっと見たら楽に解けそうな問題だったなどといったら、精神的ダメージも尋常ではないでしょう。

だから、考えてもわかりそうもない問題は後回しにして、解けそうな問題から手を付けて点を稼ぐことが好結果につながるのです。数学コース1は、東大でも狙わない限り満点じゃなくても問題はありません。問題Ⅱでつまずいて平均点にも及ばない成績になってしまう方が、重大な結果をもたらします。

そんなことを言ったら、Lさんが「でも、問題Ⅱを解かないで問題Ⅲを始めたら、問題Ⅲは絶対間違えてはいけないと思って、とても緊張すると思います。そうなったら、得意分野の問題も解けなくなってしまいます」と反論しました。Lさんは物事を引きずる性格なのでしょうか。そこはすぐに頭を切り替えて問題Ⅲに集中してもらいたいです。“1問必殺”みたいな感じで、目の前の問題に全力を傾けてもらいたいです。解けなかった(解かなかった)問題はきれいさっぱり忘れて…というのは、そんなにまで難しいことなんでしょうか。Lさんにとっては至難の業なのかもしれません。そこを鍛えていくのが、私の仕事みたいです。

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20万円の靴

7月13日(木)

レベル1のクラスでは「いくらですか」を勉強しました。値段を答えるとなると、万の単位までは言えるようにならなければなりません。英語はthousand, million, billionと3桁ごとに単位が変わっていきますが、日本語は万、億、兆と、4桁ごとです。ちょっとお遊びで“100000000”を読ませたら、「1万万」という答えが返ってきました。それはともかくとして、“32千円”などという予算か何かの表に出てくるような言い方をする学生がたまにいますから、それをつぶさなければなりません。

「Kさん、いい靴ですね。そのくつはいくらですか」なんていう形で、値段を聞いたり答えたりさせました。Kさんの靴は20万円だそうです。「この時計は18万円です」なんていう答えもありました。学生が身に付けているものや持ち物は、高いものが多かったです。話をいくらか盛っているかもしれませんが、いくらかは事実でしょう。私なんか、夏はユニクロで身を固めていますから、靴まで入れてやっと1万円を超える程度、時計がそれと同じくらいといったところでしょうか。視界はしっかり確保したいのでメガネは多少奮発していますが、それを加えても学生を上回らないかもしれません。

私がKCPにお世話になり始めた頃は、“学生=貧乏”という不滅の定理がありましたが、今は“学生=金持ち”のほうが恒等式に近いような気がします。これも、日本の国力の衰えという意味での時代の流れなのでしょうか。円安のため、かつて海外へ出て行った工場が国内に回帰しつつあるのだそうです。20万円の靴の国でつくられた品物は、我々一般庶民には手が届きそうもありません。

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教え子

7月12日(水)

中国の外国語学校の学生さんと引率の先生が、KCPを見学にいらっしゃいました。月曜日から東京に滞在なさっているそうですが、暑さはだいぶこたえているようでした。そんな中、わざわざ足を運んでくださるというのですから、こちらも昨日から学校中を掃除してお迎えしました。

朝、いらっしゃったら、玄関付近で自由に写真を撮っていただくことになっていたのですが、あまりの暑さのためすぐにエアコンの効いた部屋へ(この時点ですでに33度)。KCPでの留学生活の紹介の後、学生さんたちにとって大いに関心のある日本での進学について説明しました。学生さんたちの日本語はほとんどゼロですから、引率の先生に通訳していただきました。

私の説明が終わると、次から次へと質問が出てきました。こちらの予想を上回る関心の強さで、予定を20分もオーバーし、昼ご飯を食べる時間がなくなってしまうのではないかと心配になるほどでした。KCPの在校生もこのくらい進学について真剣に考えてもらいたいものです。日本にいると情報過多で、かえって興味を失ってしまうのでしょうか。

午後は初級クラスを見学したり、クラブ活動に参加したりしてもらいました。最後に感想を聞いた時、日本の文化に触れられていい経験ができたと言ってくれました。そうそう、お昼に食べた日本のラーメンは、塩辛かったそうです。これも、日本の食文化の一端です。

実は、朝、引率の先生に驚かされました。「L先生からの手紙です」と封筒を手渡されました。中を読むと、L先生とは私が教えたLさんでした。現校舎が建つ前の、旧校舎の時代の学生です。名前を見た瞬間、10年以上の記憶が鮮やかによみがえりました。今は、外国語学校の先生だそうです。Lさんは何事にも全力で取り組んでいました。そのLさんの教え子たちなら、何でも吸収しようという姿勢も引き継いでいて当然です。

大急ぎで手紙の返事を書いて、引率の先生に託しました。

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上から下まで

7月11日(火)

午前中は、N先生の代講で最上級クラスに入りました。私の上級クラスを担当していますが、そのクラスよりも2段階か3段階ぐらい上のレベルです。教科書もスラスラ読めるし、出てくる質問も鋭いし、だからそれに答える私の日本語もかなり高度なのですがそれを一発で理解してしまうし、私のクラスでは絶対にありえない光景が繰り広げられました。日本人に話すのと全く同じ調子で話しても、何ら不都合を感じませんでした。

Lさんは、新入生ですがこのクラスに入りました。もちろん、国でかなり勉強してきました。そのLさんが、授業後に、新宿区で運営している会話クラブに参加したいがどうすればいいかと聞いてきました。はっきり言って、初対面の私にいきなりこんなことを質問する度胸があれば、会話クラブなどに通う必要はありません。通ったら、先生になれるでしょう。日本人の指導員から通訳を頼まれるのではないでしょうか。そういう積極性、問題を解決しようという意志、常に上を見る姿勢などがあればこそ、Lさんの日本語力が培われたのに違いありません。

午後は、レベル1でした。「これは誰の本ですか」などという練習をしました。これはこれで面白いものです。理解力は最上級クラスですが、教師から何でも吸収しようという意欲はレベル1です。それに応えようとすると、自然に声もアクションも大きくなります。省エネ授業などできません。それゆえ、疲れる度合いは最上級クラスの5倍ぐらいになるでしょうか。でも、その疲れ方はスポーツに似ていて、さわやかさを伴います。

このレベル1の学生の中から、最上級クラスまで上り詰める学生が現れるでしょうか。その姿を見てみたいものです。

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