夏をしのぐ

8月4日(金)

Tさんは初級クラスの学生です。初級の授業は午後1時半からですから、通学時間約50分のTさんの場合、12時過ぎに家を出れば楽に授業に間に合います。ところがTさんは、10時ごろに学校へ来ます。

授業に間に合うかどうかだけを考えれば、昼ご飯を済ませてから家を出ても遅刻することはないでしょう。どこかで昼食をとるにしても、出るのが11時半では早すぎるくらいです。どうして10時ごろに学校にいるのだと思いますか。

それは暑さを避けるためです。Tさんの家から最寄り駅までは、歩いて20分ほどです。その間、快晴の空から降り注ぐ直射日光を浴びたら、駅に着くまでに大汗をかいてしまいます。それを避けるために朝だいぶ早く家を出るのです。確かに、電車は、ラッシュの終り頃ですから、まだ混んでいます。しかし、電車内はエアコンが効いていますが、駅までの道のりや、新宿御苑前からここまでは、エアコンがありません。35℃以上の暑さの中を歩くのは、自分にはには耐えられないということです。それに、学校へ来れば勉強の雰囲気が整い、予習も進み、一石二鳥です。

今年の夏は半端じゃありません。国連事務総長が言うように、まさにboiling です。暑い盛りの時間に炎天下を歩くのは、避けられるのなら避けた方が100倍も1000倍も賢明です。今朝は7:20に早くも気温は30℃になりましたが、Tさんが本来登校する時間帯は35℃を上回りました。5℃涼しかったら、体が受ける負担はかなり違うでしょう。

来週は曇りがちで猛暑日からは脱しそうですが、湿度は高そうです。Tさんの早出は、しばらく続くことでしょう。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

単語テスト

8月3日(木)

どんな言語でも、単語を覚えなければその言語が使えるようにはなりません。私だって、中学高校の時には英単語を覚えたし、大学では必修のドイツ語の単語を必死に覚えました(テストの直後に自動消去されましたが)。手は出したけど単語を覚えようとはしなかったフランス語と韓国語は、定型表現か耳で覚えた言い回ししかできません。

初級クラスで単語テストがありました。Xさんは単語テストがあるのをすっかり忘れていて、私が教室に入ったときに至っても、教科書やノートをひっくり返しながらなんとか頭に詰め込もうとしちる最中でした。今までのテストは、文法もディクテーションもその他すべて、合格点付近をうろうろしているMさんは、家で覚えてきたようですが、不安げな顔つきでした。

チャイムが鳴り、出席を取り終わると、情け容赦なくテストを始めました。試験時間は十分すぎるくらいありますが、覚えてこなかった学生にとっては、地獄の苦しみが長引くだけで、何のメリットももたらさないでしょう。よくできるYさんやFさんにとっては、2/3ぐらいは暇を持て余していたかもしれません。最後まで粘っていたのはMさんなどほんの数名でした。

さて、採点してみると、YさんFさんは満点、Xさんは健闘むなしく合格点には遠く及ばず、Mさんはきわどい所でどうにか合格でした。何のことはない、テスト前に予想した通りじゃありませんか。要するに、Mさんレベルまでは単語を覚えるいい機会になりましたが、それよりも下の、今覚えなければこの後落ちていく道しかないという学生たちは、覚えるきっかけを失った、チャンスが生かせなかったということです。

中間テストまでちょうど1週間。来週の木曜日は、みんな笑いましょうね。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

暑い

8月2日(水)

朝、教室に入ると、まだ始業10分前だというのに、昨日・おととい休んだKさんがいました。私が授業の準備をしていると、近寄ってきて「先生、授業の後、時間がありますか。進学について相談したいです。それから、昨日とおととい休んだことについても」と言ってくるではありませんか。欠席理由については話を聞かなければと思っていましたから、もちろんOKです。

授業中のKさんは特に変わったところもなく、いつものように発言したり机にもたれかかったりしていました。クラスの学生も、そんなKさんにツッコミを入れたりディクテーションの答えを教え合ったり、ごく普通に相手になっていました。

授業後、Kさんは教室に残って、まず、昨日とおとといの欠席理由を。本人は軽度の熱中症と言います。Kさんの生まれ育った町は冬の寒さが有名で、夏はたまに30度を超えることがある程度です。ところが、今年の東京の夏は連日35度以上で、Kさんにとっては生まれて初めての暑さです。気温は夜になっても下がらず、でも電気代節約のためにエアコンをつけずに寝て体調を崩したのが先週のことです。たまらずエアコンを最強にして寝たら、半日以上も眠り続けてしまったというのが、昨日とおとといです。そして、昨日から眠らずに、今朝早く学校へ来たということでした。今学期に入ってから精彩を欠くことが多かったのは、そういうわけでした。

Kさんは来年大学進学を考えています。M大学を第1志望にしています。6月のEJUの成績を見る限り、十分勝負ができます。第2志望のA大学、T大学も有望です。それが、進学についての相談でした。でも、夏になるたびにこれだと、勉強が続けられるでしょうか。3つの大学の、夏休みの期間もきちんと調べたほうがいいかもしれません。

入試のある秋以降は、Kさんの季節です。きっとすばらしい結果を出してくれることでしょう。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

いざ盆踊りへ

8月1日(火)

Eさんは私が教えているレベル1の学生です。いつも明るく活発で、クラスの中心的存在です。国籍性別年齢学歴一切関係なくどんどん話しかけますから、上達も早いです。

午前中、職員室で仕事をしていると、そのEさんがドアからひょこっと顔を出しました。いつもと違って、頭にはピンクの髪飾りが。そして、なんと、浴衣を着て登校してきたのです。授業の後、花園神社の盆踊りに行くためです。「きれいな浴衣ですね」と言うと、にっこり笑って2階に上がっていきました。ラウンジか図書室で予習をするのでしょう。お昼も食べるのかな。

Eさんが来たころから空模様が怪しくなってきましたが、午前の授業が終わるころにはかなり激しい雨が降りました。学生たちは折り畳み傘というものを持ち歩きませんから、1階は帰るに帰れない学生たちでいっぱいになりました。当然、貸し傘はあっという間に底を尽きました。Eさんと同じクラスのJさんからは、土砂降りの雨の映像と、だから外に出られないので遅刻するというメッセージが。

花園神社の盆踊りが中止になるのではないかと心配になりましたが、気象庁の観測データによると雨雲はほどなく途切れ、お天気は回復しそうだということがわかりました。午後の授業の最中には、薄日も差してきました。

授業中、Eさんの浴衣姿は、やはりクラスメートの注目を集めました。こちらもそれをネタに授業を進めました。授業が終わると、Eさんは「先生、さようなら」と、勢いよく教室を飛び出していきました。日が暮れるころ、引率の先生に連れられて、花園神社へ向かいました。

引率の先生から、Eさんが躍っている写真がLINEで送られてきました。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

7月31日(月)

上級クラスで漢字のテストをしました。書き問題の中に“驚”がありました。授業で取り上げていますからできて当然なのですが、残念な結果に終わりました。簡体字を書いてしまう中国の学生がいることは予想していましたが、“驚”の下半分、“馬”が書けない中国人学生が続出したのです。縦棒の数が多すぎたり、横棒の数が足りなかったり、“易”みたいにかいてしまったりと、各人各様と言っていい状態でした。

もちろん、間違えた学生たちも、日本語の漢字の“馬”は読めるし意味もわかるし、読解のテキストなどに出てきても、理解の妨げになることはありません。“驚”も同様です。でも、日本語の漢字を手書きすることはめったになく、そのため漢字の形を正確に覚えなくても何ら支障を来しません。それゆえ、油断していたのではないでしょうか。学生たちの答案用紙には、いろいろな“馬”を書いては消し書いては消しした跡がありました。相当苦しんだものと思われます。

私だって、“鬱”は読めるし意味もわかりますが、書けません。私にとっての鬱が、学生にとっては馬だったに過ぎません。また、日本人だって、今時、漢字の一部としてでも、“馬”を手書きすることはめったにありません。ですから、“驚”が書けなかったからと言って、驚くに値しません。あまり激しく学生を責めてはいけないのかもしれません。いや、でも、“馬”が書けない中国人が何人もいたことは、少なからずショックでした。

そんなことがあったにしても、ほとんどの学生が合格点を取りました。やっぱりというか、さすがというか、だてに上級クラスにいるわけではありません。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

花火大会

7月29日(土)

4年ぶりに隅田川の花火大会が催されます。見に行くと言っていた学生も何人かいます。先週から今週にかけて、学校で浴衣販売や浴衣の着付け教室をやったのも、隅田川をはじめとする花火大会のシーズンだからです。このように、隅田川の花火大会は、日本社会にとっては、以前の姿に戻れた、夏の風物詩が復活したということで、好ましいことでしょう。でも、私にとってはあまりありがたいことではありません。

私のうちは隅田川のそばにあります。ベランダから隅田川が見えます。ですが、花火が上がるのとは反対側ですから、花火の音は聞こえても、夜空に映し出される光の芸術を楽しむことはできません。それどころか、退勤時の電車が超満員になり、駅のホームも駅からうちまでの道も身動きができないほどになりますから、帰宅するのも一苦労です。ですから、仕事が終わったら、新宿で時間調整をします。紀伊国屋に閉店までいれば、大混雑は避けられるんじゃないでしょうかね。

40年近く前、就職2年目の私は車を買いました。花火大会があるというので、その車で会場近くの山に登りました。山の頂上からなら、街や工場の夜景を背景に、花火が映えるのではないかと思ったのです。ところが、中途半端な距離の中途半端な高さの山からだと、花火は上がっても斜め下ぐらいで、ひどくしょぼいものに見えました。見上げてこそ花火なんだなあと、強く思いました。でも、スカイツリーからだと足もと直下に光のパフォーマンスが繰り広げられますから、また話は別なのでしょう。

来週は、もう8月です。そして、2週間足らずで夏休みです。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

こんなに暑いのに

7月28日(金)

暑い日が続いています。東京の最高気温は36.2度でしたが、全国で暑い方からの第10位が38.5度ですから、2度余りも及びません。こんなに暑いのにベスト(ワースト?)10にも入れないのですから、日本全土が熱波に包まれていると言っていいでしょう。

私がよく行く狭い範囲での感覚でしかありませんが、近ごろは、お昼の食べ物屋さんがいくらかすいているような気がします。昼食を取りながらお店で涼もうとしても、お店までの暑さに耐えられず、そこまでに至らないのかもしれません。近くのお店で我慢しようとか、あまりの暑さで食欲そのものが減退してしまったとも考えられます。新宿駅付近なら地下街に逃げ込むという手もありますが、ここからではその地下街にたどり着くまでにどうにかなってしまいそうです。

わりと最近まで、36.2度なんていうと、年に何度もない異常な暑さでした。気象庁が最高気温35度以上の日を猛暑日と呼ぶようになった2007年あたりから、36.2度がありふれた暑さになり始めたのではないでしょうか。東京の36.2度は、現時点で今年の7位タイです。この調子で行くと、夏の終わりには上位10位から落ちているでしょう。2007年以降、36.2度でその年の最高気温になれるのは、タイも含めてわずかに6回です。2014年までに5回、最後はタイの2019年です。

世界気象機関とEUの気象情報機関・コペルニクス気候変動サービスが、7月の世界の平均気温が観測史上最高になることが確実になったと発表しました。日本全土どころか、全世界が熱波に包まれているのです。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

注意力テスト

7月27日(木)

初級の文法テストは注意力テストでもあります。すべてをひらがなで書かなければなりませんから、濁点や促音の「っ」などを落としたら、即減点されてしまいます。濁音、促音、長音、拗音などに意識を向けさせるためにそうしています。「おはよございます」と書く学生は、たいてい「おはよございます」と言っています。学生が書いた文を読むと、その学生が耳元でささやいているかのごとく感じます。

ただし、これは教師側にしても注意力テストです。教師には、「おはよございます」を確実に発見し、それに×をつける義務があります。漢字かな交じり文に慣れ切っている眼には、ひらがなだけの文は読みにくいことこの上ありません。ましてや私のような老眼は、1クラス分採点したら疲労困憊し、ドライアイがひどくなり、目を開けることすらつらくなります。そうはいってもこれをいい加減にするわけにはいかず、目を皿のようにして答案を2回3回と読み返し、ミスの見逃しがないか確かめます。

「しちがつにじゅうしちにち」「じゅうじよんじっぷん」などというのが並んだ答案用紙を目の前にすると絶望的な気分になると同時に、逆に間違いは1つでも見逃すまいと闘志も湧いてきます。「にほんこをべんきょします」などという文を見つけたら、ここぞとばかりに赤線を引いて減点します。この厳しい姿勢が、学生の正しい日本語を生むのだと信じて採点していきます。満点の答案が出たら、本当に満点にしていいかどうか、隅から隅まで点検します。

これに比べると、上級のテストは緩いなと思います。漢字がきちんと読めなくても〇になってしまうのですから。その分、内容で勝負してもらいますけどね。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

7月26日(水)

6月のEJUの成績が発表されました。学校全体としては悲喜こもごもといったところですが、私のまわりには“悲”の人が目立ちます。

Kさんは初めてのEJUでした。国では大学入試でも電卓が使えるので、EJUも当然そうだと思っていました。しかし、試験当日、試験官から電卓は使用禁止だと言われ、大いに動揺してしまいました。そこから立ち直れず、数学も理科も振るいませんでした。予想を上回るひどさだったようです。電卓が使えないことぐらい、受験票に同封されていた受験に関する注意を読めばすぐわかったはずです。でも、Kさんにとっては、受験で電卓を使うことは常識以前のことだったのでしょう。これも文化の違いだと割り切ってもらうほかありません。

Hさんも、理科数学の成績が伸びませんでした。理科系の大学だと理科や数学で平均点を大きく割り込んでいると、日本語で多少点が取れていたとしても、厳しい戦いになります。担任の先生のところに専門学校のパンフレットを持って来て、「ここにしようと思います」と相談を持ち掛けたそうです。進学に関しては早めに動けと指導していますが、見切りが早すぎます。

CさんとAさんは、日本語で失敗しました。危なっかしいなと思っていましたが、それがそのまま数字になって現れました。実力通りだと言ってしまえば身も蓋もありませんが、鍛え直して再挑戦です。Sさんに至っては、ショックのあまり寝込んでしまったとか。1日寝込むのは認めましょう。でも、明日からは捲土重来を目指してもらいます。

このように書くと、KCPはろくな教育をしていないと思われてしまうかもしれませんが、そんなことはありません。これだけ泣いた人がいるにもかかわらず、各科目の校内平均は全体平均をだいぶ上回っています。ご安心ください。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

うますぎる作文

7月25日(火)

Yさんは、レベル1のクラスの学生です。自分のことについて作文を書きなさいという課題に対して、上級の学生も顔負けの長さと内容の文を書いて提出してきました。こちらが期待していたのは、「私はYです。中国の北京から来ました。KCPの学生です。国の大学で経済学を勉強しました」などというレベルの作文でした。しかし、Yさんの作文は「国の大学では経済学を専攻したものの、アニメをはじめとする日本文化にも興味を抱くようになり、…」というような格調高いものでした。

用紙をひっくり返すと、Yさんが書いた作文メモがありました。ところどころわかる漢字を組み合わせると、このメモを和訳したのがYさんの作文だということが容易に想像できました。Yさんに確かめると、そうだとのことでした。この和訳をYさん自身がしていたら立派なものですが、レベル1の学生ができる範囲をはるかに超えています。案の定、アプリに助けてもらったようです。

Yさんは明るく積極的で、国籍にかかわりなくどんどん日本語で話しかける学生です。宿題もきちんとしてくるし、テストも好成績です。うちでもよく勉強していることがうかがえます。だからこそ、なのでしょうか、自分の思いをどうにか教師に訴えたくて、わかってもらいたくて、思いっきり背伸びしてしまったのでしょう。

先週のコトバデーで、初級の学生向けの通訳翻訳を担ったのは、最上級レベルの学生たちでした。この学生たちは、私たちの書いた日本語をたちどころに自分たちの母語に直し、また、会場で教師の放ったことばを同時通訳並みに学生たちに伝えてくれました。

そういう超級の学生も、今のYさんのように自分の頭や心の中身を日本語にできずにもどかしい思いをした時もあったのです。ですから、Yさんも、まずは機械に頼らず自分の原点を認識してもらいたいです。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ