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1月25日(木)

養成講座・中上級文法の最終日。私は、文法は1つの体系であり、それを「初級文法」「中上級文法」と分けることには反対です。しかし、養成講座の他の授業との兼ね合い上、そういう形で授業をしています。とはいうものの、私の「初級文法」が厳密に初級クラスで扱う文法かというと必ずしもそうではありません。説明の都合上、上級で勉強する内容の一部も含まれています。

さて、最終日。「中上級文法」では教師としての例文の作り方も教えています。例文を作ることを通して、文法項目の理解が深まると信じています。また、例外規定とか場面の制約とか、そういった事柄も見えてきます。例文は学習者に提示するのみならず、教師自身がその文法を研究する際にも有効です。私は例文を作るのが好きですから特にそう感じているのかもしれませんが、受講生のみなさんにもぜひこの感覚を味わってもらいたいと思っています。

例文の作り方のコツを伝授したうえで、中上級の文法、主力はJLPT・N1とN2になりますが、の探検に踏み出しました。どの期もそうですが、「そんなこと、考えたことがなかった」という感想につながります。そりゃあそうですよ。ネイティブだからこそ気が付かないというのの連続です、文法は。

しかし、N1,N2の文法というくくり方は、今回が最後になるかもしれません。文科省や文化庁が日本語学校のあり方について盛んに口出ししていますから、それに合わせるとなると、授業内容の大幅な組み換えが必要となるでしょう。その方が、私の考え方に近づくような気もしますから、多少は期待しておきましょう。

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1月24日(水)

KCPの学生の多くは進学します。そのために日本語を勉強しているわけですが、ともするとJLPTやEJUの対策に向かいがちです。そうすると、読解や文法などには力を入れますが、往々にして発話関連はおろそかにされてしまいます。でも、入試にも面接がありますから、発話がいい加減なままでは学生たちの夢は実現しません。

今学期は水曜日に初級クラスに入っていますから、そこで発音を鍛えてやろうとあれこれ画策しています。私は、初級クラスでは比較的アクセント記号を多用します。このクラスでもディクテーションの時間をはじめ、チャンスを見つけてはアクセント記号を意識させています。

漢字の宿題に「呼んでください」がありました。絶好球と思って、「読んでください」も板書して、アクセントが同じか違うか、それぞれどんなアクセントか聞きました。クラス中大混乱でした。正解を示すと、ぼそぼそつぶやきながら書き写していました。もちろん、最後は「タクシーを呼んでください」「教科書を読んでください」をコーラスしました。

その後も、指名した学生の答えのアクセントが違っていると言い直させたり、教科書に出てくる語彙の関連語のアクセントを聴いたりなど、いじり倒しました。私がこのクラスに入るのは週に1回だけですが、少しでも足跡が残せればと思っています。

私のような上級をホームとしている教師にとって、初級の授業は種まきです。今学期まいた種を夏か秋に刈り取れればうれしい限りです。

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口先と実行

1月23日(火)

超級クラスの短作文の問題です。(   )に適当な語句を入れて文を完成させてください。

口先だけで何もやらないのは信用されない。何事もただ(   )のみです。

…いかがでしょう。これをお読みのみなさんは、どんな言葉を入れましたか。

超級クラスの学生たちは、いろいろな答えを出してくれました。行動する、やる、実行する、行うのような、英語で言えば“do”っぽい答えが多かったですが、「言葉」的な答えも数名いました。

この問題を作った先生も、私も、前者の系統の答えを求めていましたが、決して成績の悪くない学生たちが後者を書き入れていました。口先だけで何もやらないのは信用されない。何事もただ言葉のみです――うーん、理解できません。どういう発想でこの答えが出てきたのか、わかりません。

そこで、学生たちの話をよく聞いてみると、「“口先だけで何もやらない”のは、すなわち、言葉のみで実行が伴わないということだ」と言いたかったようでした。確かにそういう解釈も成り立ちます。多少強引な気がするのは、私がこういう解釈に不慣れだからでしょうか。

もちろんこれでは日本社会において通用しませんから、「口先だけで何もやらないのは信用されない。それではいけないので、言葉にした事柄は必ず実行しなければならない」という解釈を伝えました。学生たちはこの考えを理解しましたが、心からは納得していない顔つきでした。

最近は、「犬も歩けば棒に当たる」にも2通りの解釈があると言います。だとすると、この問題にも2通りの答えがあってもいいのかもしれません。上述の解釈は、私のような年寄りの発想に基づきます。若い人の考えは、学生たちと同じかもしれません。なんといっても、言葉は生ものですから。

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魔法の杖

1月22日(月)

土曜日にK先生からお借りした杖を持って銀座線に乗ると、席を譲ってもらえました。新宿御苑前から赤坂見附までの丸ノ内線は、高々数分ですから、どっしり腰を落ち着けてしまうと立ち上がる時にかえってしんどそうなので、ドアの際に立っていました。

赤坂見附から上野までは20分ぐらいありますから、実質片足で立ち続けるのは避けたいと思っていました。しかし、入ってきた銀座線はいつもより混んでいるくらいでした。ですからドア際の手すりを確保して姿勢を整えたところ、すぐそばに座っていた若い女性が「どうぞ」と声をかけてくださいました。

私もこういう場面で席を譲ろうとして断られてなんとなく気まずい空気を感じたことがありましたから、ありがたく席に着きました。席を譲ってくださった女性は、新橋か銀座で降りたようです。彼女が降りる時にもう一度お礼を言おうと思っていましたが、見逃してしまいました。

金曜日は杖を持っていませんでしたから、優先席のそばに立ったものの、席を譲ってもらえませんでした。杖の威力は偉大です。逆に考えると、杖を持っていないけれども席を必要としている人が、今まで私の周りにも結構いたということになります。席を譲ることはやぶさかではありませんが、私は席に着くと本を読むことに熱中しますから、譲って差し上げるべき人がそばにいても見逃していたことは多々あるに違いありません。

当分はステッキパワーで席を譲ってもらうとして、足が元に戻ったらちょくちょくあたりを見回して恩返しをしていきたいものです。

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やさしい気持ち

1月20日(土)

けがをした足を引きずって交通機関を利用すると、東京はまだまだバリアだらけだと気付かされます。新宿御苑前駅は、私が生まれる前にできた駅ですから、バリアフリーの発想はありません。地下の浅いところにホームがありますが、そこに至るまではすべて階段。朝、荻窪行きから降りると、私がいつも使う改札口に出るには、階段通路で線路の下を潜り抜けなければなりません。これを避けるためには、新宿三丁目まで乗り越して、ホームの反対側の池袋行きで1駅戻るという手を使うほかありません。また、後付けでエレベーターなどが設置されましたが、KCPとの間の往復の場合、それを使おうとすると、かなり遠回りになります。

乗り換えの赤坂見附はホームの反対側へ移動するだけですが、上野駅はまたしても手すりにしがみつかなければなりません。とどめは自宅最寄りの南千住で、後付けのエレベーターは途中で乗り換えが必要です。

どの駅もそうですが、下りのエスカレーターがありません。しかし、足が悪い者にとっては、上りよりも下りの階段に負担を感じます。こういう話は以前から聞いていましたが、今回身をもって痛感させられました。また、エスカレーターがあっても、エスカレーターから降りる時にバランスを崩しそうになります。もうほんの50センチばかり、エスカレーターの平坦部を伸ばしてもらえると、降りるのが楽になるはずです。

これからは、足の悪い方に少しは優しくなれるような気がしてきました。

今朝、K先生が杖を貸してくださいました。杖を使うと歩幅がだいぶ広がります。昨日は御苑の駅まで15分ぐらいかかりましたが、杖を使って校内を歩いた感じからすると、半分ほどの時間で行けそうな気がします。気持ちが少し明るくなりました。

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骨折

1月19日(金)

昨日の夜、家の近くのスロープを下りていたら、左足をくじいてしまいました。「痛い!」と思いましたが、どうにか歩けましたから、足を引きずりながら家まで帰りました。

風呂に入り、寝て、今朝になると、痛みがひどくなっていました。左足に体重をかけると、痛みが走ります。昨日はまだすたすたと歩けましたが、もう無理でした。でも、午前中、代講が利かない授業を2つ抱えていますから、匍匐前進してでも学校までたどり着かなければなりません。いつもの半分ほどの歩幅で駅に向かいました。駅では、いつもは使わないエスカレーターに乗り、ホームに出ました。

電車は、なんたって早朝ですから、楽勝座れました。しかし、乗換駅では、いつもはダッシュしてきわどいタイミングの電車に乗り込むのですが、もちろんそんなことはできません。そろりそろりと歩いて、いつもより1本遅い電車に乗りました。御苑の駅から学校までも、牛歩戦術でした。いつもは、家から学校まで、スマホの歩数計で1700歩あまりですが、今朝は3300歩を超えました。やはり、歩幅が半分なのです。

教室まで行くのも、いつもは絶対に乗らないエレベーターのお世話になりました。どうにか授業をこなし、午後、学校の近くの整形外科へ行きました。靖国通りを渡る時は、次の青信号まで待ちました。通りの真ん中に取り残されたら寿命が縮まってしまいます。

レントゲンを見た医者は、「足の小指の骨が折れてますね」と一言。痛いわけです。靴を脱がされ、足を固定してもらい、帰ってきました。全治4週間。意外と重かったです。「ほっときゃ治るよ」なんて思わないでよかったです。

さて、これから足を引きずりながら帰ります。固定された足には、整形外科で貸してもらったサンダルが。乗換駅の階段が辛そうだな…。

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陰ながら

1月18日(木)

Yさんは、今学期、日本語プラスの文科系の数学に登録しました。残念なことですが、文科系の数学は途中で挫折する学生が多いです。因数分解、2次関数、順列・組合せ・確率、三角比、平面図形など、文科系の学生にとっては高く長い山脈が待ち構えています。これを乗り越えてほしいのはやまやまですが、数学に力を入れるあまり総合科目がお留守になってしまっては、元も子もありません。そもそも日本語に力を入れてほしい学生だっています。ですから、数学の授業の初日に、今までに、いつ、どれくらい数学を勉強してきたか、受験においてどれくらい数学が必要かといったことを確かめることもあります。

Yさんに数式の展開と因数分解の公式を見せると、国の高校で勉強したと言いました。じゃあということで、公式を見ながら展開の問題をしてもらいました。すると、ある意味予想通り、すぐにつまずいてしまいました。勉強したことは確かでしょうが、すっかり忘れてしまっていることもまた事実です。問題を解いていくうちに勘を取り戻すといったこともなく、ギブアップ状態でした。

Yさんの志望校を聞くと、F大学でした。しかも文学部志望ですから、EJUの数学は必要ありません。日本語で1点でも高い点数を取ることに全精力を傾けるべきでしょう。そういうことを話すと、Yさんはほっとしたような顔をして、あっさり数学の授業をキャンセルしました。

ろくに教えもせずに引導を渡した形になり、多少心は痛みました。しかし、しかし、週にたった90分の数学がYさんの重荷になるのだとしたら、全体としてYさんの力を伸ばすことにつながるのだと思います。これから1年間、陰からそっと見守っていくことにしました。

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新顔

1月17日(水)

今学期は水曜日が初級クラスの日です。代講として、いわばパートのオジサン的に入るのではなく、クラスの担当教師として入るのですから、学生をきちんと把握していかなければなりません。

このクラスの学生で顔と名前が一致するのは、わずかに1名。先学期、初級の大学進学授業に参加していたGさんだけです。しかし、Gさんはいじられキャラではなさそうですから、Gさんを転がしながら文法導入というわけにはいきそうもありません。それなら正攻法で行くしかないかと思っていたら、Lさんがいい味を出してくれました。Lさんを使いながら授業を進めることにしました。ほかにもTさんやNさんなど、頼りにできそうな学生が何名か見つかりました。このクラスは、こういった面々を軸に授業を組み立てていけそうです。

今学期担当するレベルは、名詞修飾、“たらても”、“んです”、意向形、各種補助動詞など、文の方向性を決める大技から、肝心なところでピリリと利く小技まで、中級以降の日本語力伸長に大きな影響を与える項目が目白押しです。初級でこの辺をいい加減にごまかしてきたから中級以上で苦労している学生を、山ほど見てきています。このクラスの学生にはそんな道に進んでほしくはないですから、こういうところが今学期の運命の分かれ目だよという形で、多少の脅しもかけておきました。

初級の授業は、詳しい説明をするよりも、印象を残すことの方が重要です。初回もそう思ってあれこれやってみましたが、どうだったでしょう。

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書くのを忘れた?

1月16日(火)

このところ、養成講座の授業で上級の文法について話しています。N1の文法項目を淡々と解説するのでは能がありませんし、受講生の方々も退屈極まりないでしょう。ですから、日本語を様々な角度から眺め、それを通じて上級の学習者が身に付けていくべき事柄に触れています。

KCPの上級の学生にとっての難関の1つに、複合動詞があります。食べ始める、持ち上げる、歩き回る、書き直す、走り切るなど、2つの動詞を組み合わせてできている動詞です。例えば、「会議室に大型モニターを 付ける/置く/設置する」などとは言えますが、“取り付ける”は、まず出てきませんね。ましてや“据え付ける”なんて、夢のまた夢です。こんな話をしたら、みなさん不思議そうな顔をしていました。日本人にとっては、「取り付ける」よりも「設置する」の方が難しいですからね。

上級クラスに入るたびに、この学生たちの弱点は複合動詞だと意識して、説明の言葉の中に使ったり、板書したり、学生が複合動詞に触れるチャンスを作っています。作文の添削でも、複合動詞に書き換える形で赤を入れることがよくあります。かなり力を入れているつもりですが、「先生、宿題に名前を書くのを忘れたかもしれません」などという発言が一向に減りません。「書き忘れた」ぐらい、言えて当然だと思うんですけど。

今、目の前に上級クラスの作文の束があります。複合動詞の芽を見逃さず、直していきますよ。学生の作文は、養成講座の教材の宝庫でもあるのです。

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20歳のお祝いの言葉

今日は1月15日です。この1月15日は、昔は小正月と呼ばれていました。小正月には、小豆粥を食べたり豊作祈願をしたりなど、それぞれの土地で、その土地ならではの多種多様な行事が行われてきました。その中で、江戸時代までどの土地でも行われていたのが、元服でした。

元服とは、男子の場合は、名前を幼名から大人の名前とし、髪型や服装も大人のものへと変える儀式でした。女子は、元服の際に初めて大人の服を着て、母親などに教えてもらって大人と同じ化粧をしました。要するに、子どもが大人になったことを周りの大人がお祝いするのが元服でした。

1999年までは、1月15日は成人の日と呼ばれ、全国各地で新たに20歳になった若者を祝福してきました。その後、成人の日は1月の第2月曜日となり、今年はちょうど1週間前の8日でした。また、2022年から成人年齢が18歳に下げられ、成人の日の対象者も18歳の人たちにしたところも多いです。

しかし、伝統的な意味での成人の日は、今日、1月15日です。KCPでは、20歳になった、あるいはもうすぐなるみなさんの大人の仲間入りをお祝いしようと、このような式を開いた次第です。

大人になったということは、自分の意志で自由に動けるということです。自分の意志で自由に動くということは、その結果に対する責任も自分で負うということです。江戸時代のさむらいは、切腹という形で最終責任を取りました。みなさんもそれぐらいの厳しさを持って、自分自身を律していってほしいものです。

ですから、寝坊して遅刻したとか、宿題やテストから逃げ回るとかというような、責任ある大人の行動とは到底思えないような行いは、直ちに改めてください。大人の振る舞いの積み重ねが、みなさんを成功へと導きます。若者らしいみずみずしい頭脳と大人としての自覚があれば、鬼に金棒です。

以上が、43年前に成人を迎えた私からみなさんへのはなむけの言葉です。

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