入学式挨拶

皆さん、ご入学おめでとうございます。世界中からこのように多くの学生がKCPに入学してくれたことをうれしく思います。

今日は私のクラスにいた2人の学生―仮にAさんとBさんとしますーについてお話しします。

Aさんは、国で日本語をある程度勉強してきて、入学したばかりの頃は、無遅刻無欠席で、授業にも積極的に参加するすばらしい学生でした。しかし、日本の生活に慣れた頃から遅刻・欠席が目立ってきました。学校から注意されるたびに持ち直すのですが、気がついたらまた元に戻っているということの連続でした。Aさんに事情を聞くと、これではいけないということはよくわかっていると答えましたが、本当はわかっていなかったのだと思います。ついつい楽なほうへ流れてしまったのでしょう。先学期が始まるときも背水の陣で臨むと言っていましたが、その決意の通りに体が動いたのは1か月だけで、学期末にとうとう退学を決意しました。

Bさんは、日本語がほとんどゼロで入学しました。文法のテストでは合格点は取れるのですが、勉強が進むにつれてそれを会話に応用できない自分に気付きました。アルバイトを始めましたが、そこで使う日本語は単純なものばかりで、Bさんの会話力向上にはあまり役に立ちません。そこで、Bさんは、毎日学校へ早く来て、その日の担当の先生と会話練習することを思い立ちました。そして、それをすぐに実行に移しました。まだ始めてから1か月ほどですが、期末テストが終わってからも、毎日きちんと約束をして、その時間通りに登校し、練習していきます。

AさんもBさんも、根はいい学生です。しかし、これではいけないと思ってから、自分自身を変えていくことができたかどうかが、2人の明暗を分けたのです。Aさんは生活態度を根本から改めることができず、Bさんは自分の弱点に正面から向き合い、それを克服しつつあります。Aさんの心には、留学に失敗したという気持ちが残るでしょう。会話の練習に限らず、Bさんのように授業前に勉強するといってきた学生は今までにもたくさんいましたが、ほとんどが半月もしないうちに挫折しています。このような勉強や練習は、1週間や2週間では目に見えた効果は表れません。だからと言ってやめてしまうのではなく、その苦しい時期を乗り越え続けられ学生が、成果を手にするのです。

もちろん、私が皆さんに望んでいるのは、Bさんのような留学生活です。自分の目標をしっかりと見据え、それを達成するには何をすればよいかを真剣に考え、一見遠回りに思えても最善と信じる道を歩み続けることが肝心です。皆さんがそういう道を歩むのであれば、私たち教職員は、喜んでそのお手伝いをしましょう。

本日は、ご入学、本当におめでとうございました。

暗黒の1年半

10月8日(木)

進学コースの新入生へのオリエンテーションをしました。「普通に勉強しているだけでは、今皆さんが考えている大学や大学院には絶対には入れません」というように、今回は厳しい話ばかりしました。

昨日のレベルテストでレベル1(一番下のレベル)に判定された学生は、レベル3で来年6月のEJU、レベル5で11月のEJUを迎えます。入試の早い大学に入りたかったらレベル3でのEJUが、国立大学を狙うならレベル5でのEJUが、勝負となります。また、大学院志望なら、レベル3か4の時に大学院の先生方と自分の専門について議論しなければなりません。いずれにしても、生易しいことではありません。

有名校とか国立大学とかって考えているなら、他人の3倍も5倍も勉強しなければ目標に到達できません。美術系の人も、自分の作品や美に対する考えなどが説明できるだけの日本語力が、面接試験のときまでに必要です。入学するのは1年半後ですが、入試はそのずっと前にあります。今日本語力がゼロに近い人が、そのときにしかるべき力をつけているには、並大抵の勉強では間に合いません。

だから、KCPにおいては楽しい留学生活など望むべくもありません。勉強に追われる毎日で、真っ暗闇になるに違いありません。人生で最も勉強する1年半になることでしょう。

…そういう話を一方的にしました。甘っちょろい考えで勉強を始めたら、卒業時にこんなはずじゃなかったと後悔するのは学生自身です。だから、そういう芽を徹底的に摘み取りました。もちろん、こちらも本気で全力を傾けて指導していきます。本気で全力だからこそ、生半可な覚悟では困るのです。オリエンテーションに参加した新入生たちには、この辛く苦しい1年半の先に夢の楽園があると信じて、この厳しさに耐え抜いてもらいたいです。

いててて

10月7日(水)

どうも腰痛がひどくなってきてたまりません。おとといあたりからちょっとおかしいなと感じていたのですが、今は椅子に腰掛けていてもうずくような痛みを感じます。というか、痛みに関しては、立っているほうが楽なくらいです。午前中、新入生のレベルテストの試験監督をしましたが、ずっと立って歩き回っていました。動いていればそうでもないのですが、立ち止まったり座ったりとなると、痛みがじわーんと神経を刺激してくるのです。

「病院で診てもらえば?」って言われそうですが、慢性の腰痛ですから治療を続けたところで治癒に至る見込みはありません。どんな名医でも、当面の痛みを和らげて目先の不快感を取り除くぐらいのことしかできません。ただ、今は新学期の準備でパソコン仕事が多い時期ですから、座っているだけで痛いというのは辛い症状です。超級クラスの教材を見つけ出したり作ったりしなければならないのですが、読解教材の候補をじっくり読み込んだり、文法教材のアイデアを形にしたりする気力も湧かず、新入生オリエンテーションの会場設営なんていう、動いていられる仕事ばっかりしています。EJUの数学の問題の解答作りもしなければならないんですがね…。

学生からは志望理由書の添削の依頼が2通来ました。プリントアウトして、試験監督で教室を歩き回りながら赤を入れ、パソコンの前に座る時間は最短にして、送り返しました。頼りにされているとあれば、それに応えなければなりませんからね。

さて、これから帰宅ですが、地下鉄で座れないのが、腰にはちょうどいいくらいです。

母語で学問

10月6日(火)

日本中で大村智さんがノーベル医学生理学賞を取ったことを喜んでいますが、私は中国人の屠呦呦さんが同時に受賞したことのほうに注目しています。なぜかというと、屠さんは中国から出たことがないからです。

今までにも中華系または中国出身で外国籍を取った人が自然科学系のノーベル賞を受賞したことはありましたが、数はあまり多くありません。中国の研究者は、海外に出て行く傾向があります。そこですばらしい業績を残した人も少なくなかったですが、ノーベル賞という超最高級のレベルにはなかなか手が届きませんでした。これには言語の問題があるんじゃないかと思います。

中国語を母語とする人が英語圏に留学すると、当然、英語で物事を考えねばなりません。しかし、その研究者にとって英語は第2言語ですから、母語に比べたら思索が深いところまで届かなかったのではないでしょうか。それゆえ、いい線までは行くんだけれども、最後の絶壁を登りきれず、最高峰には立てなかったのではと見ています。

屠さんは純粋に中国で生まれ育って教育も研究もすべて中国国内です。中国人が中国語で思索すれば(論文は英語で書いたでしょうが、研究についての議論は中国語で行われたでしょう)最高峰に到達できることを実証した点が画期的だと思うのです。屠さんは84歳と、私の母と同世代の方ですが、中国語で学問することの可能性を、身をもって示した功績は、もしかするとノーベル賞そのものよりも大きいとさえ思います。

中国の学生がみんなこんなことを考えるようになると、中国からの留学生が日本へ来なくなって、KCPは商売上がったりになってしまうかもしれません。いや、たぶんそうはならないでしょう。留学は学問を究めるためだけにあるのではありません。世界を広げ、相互理解を深め、地球の未来を明るいものにするためにあるのです。

心配

10月5日(月)

朝、仕事をしていたら、7時半ごろ、電話が鳴りました。「はい、KCP地球市民日本語学校でございます」「あのー、Tさん(英語圏学生の担当者)はいますか」「いいえ、まだ来ていません。8時半ごろ来ると思います」「そうですか…」

しばらく考えている様子がうかがえ、やがて、意を決したように、「Eですが、S先生からメールをもらいました。期末テストの漢字が悪いですからもう一度テストをします。いつですか」「あさって、10月7日水曜日の午後4時からです」「あさっての午後4時にKCPへ行けばいいですか」「はい、そうしてください」「水曜日の4時ですね」「はい、そうです」…という調子に、不安でならないようで、何度も確認していました。

Hさんは何校か受験する計画で、着々と出願準備を進めています。午前中、その相談に学校へ来て、出願書類の1項目ずつ、私と一緒に確認しました。「本番の面接の時、眼鏡をかけた顔とかけない顔と、どちらがまじめそうに見えますか」「Hさんならどちらでもまじめそうに見えますよ」「でも、第一印象がとても大事ですから…」「じゃあ、受験票の写真に合わせなさい」「はい、わかりました。それと、服装はこれでいいですか(と、スーツ姿を改めて私に見せました)」「OK」「ネクタイの締め方もこれでいいですか」「大丈夫」「面接の受け答えのしかたですが、いつから練習を始めたらいいですか」「もう少し本番が近づいたら練習しましょう」…こちらも、細かい点まで気になるようで、行ったり来たりしながらあれこれ確認していきました。

そんな話をして席に戻ろうとすると、「今、Eさんからメールがあって…」と、S先生に呼び止められました。“今朝、学校に電話をかけました。知らない先生が漢字のもう一度テストは水曜日の4時からだと言いましたが、本当ですか”と書いてありました。本当に心配でたまらないんですね。

デザインの基礎を勉強します

10月3日(土)

学期休み中だというのに、授業あり、会議あり、面接練習ありと、忙しい1日でした。期末テストの作文の添削をしなければならないのですが、それが全然進んでいません。1人原稿用紙2枚で、40枚近い原稿用紙が私の机の上を占拠しています。

面接練習は、10月から中級に上がるHさん。芸術系の大学を狙っています。しかし、答えが全然芸術家っぽくありません。大学でデザインの基礎を勉強しますって、ありきたりの答えにも程がありますよ。創造力、発想力って何ですか。どうやって伸ばすつもりですか。そんな言葉を組み合わせるだけなら、芸術の素養が欠如している私でも言えます。実技が多少よくても、そんな答えだったら落とされます。

そうは言っても、Hさんだって日本語で日本式の面接を受けるのは初めてです。できないほうが当たり前です。ここでぼこぼこにされて、どこまで這い上がれるかで合否が決まるといったところでしょうか。本番までもう少々時間がありますから、何とかしてくれるでしょう。私に悪いところを指摘されまくった程度で再起不能なほど落ち込むようじゃ、日本で留学なんて土台無理です。芸術系だったら、精魂こめた作品を完膚なきまでにけなされることだってありえますからね。

それはさておき、もう10月ですから、先月あたりまでに各大学に出願した学生が続々と面接試験を迎える時期です。Hさんぐらいのできなさ加減の面接練習を、いくつもこなしていくことになるでしょう。こちらもそれなり以上の覚悟を決めていかなければ…。

自分の成績

10月2日(金)

金曜日ぐらいに成績が出るよって伝えておいたので、午後ぐらいからその問い合わせが来はじめました。毎学期そうなのですが、電話を掛けたりメールを送ったりしてくるのは、成績に問題がない学生ばかりです。点数が足りない学生に限って、何も言ってきません。怖くて聞けないという面もあるでしょうが、そういう学生はそもそも成績に関心が薄いようにも思います。年功序列じゃないけど、3か月間勉強したんだから、当然進級させてくれるんだよねっていうくらいにしか思っていないんじゃないかな。

電話を掛けてきたHさんは、余裕で合格の学生。Hさんの性格を考えると、掛けてきて当然かな。Cさんも一時はどうなることかと気をもみましたが、きっと直前に猛勉強をしたのでしょう、合格点はしっかり確保しました。Zさんも、授業態度が悪くて私に叱られたこともありましたが、やるべきことはちゃんとやっていて、合格。

自分の成績に関心の薄い学生は、平常テストで不合格でも再テストを受けようとしません。そのため、悪い成績がそのまま記録に残り、学期を通しての成績の足を引っ張ります。間違えたところを勉強し直して再試を受ければ、その項目が頭に残り、中間テストや期末テストではできるようになります。それをしていないんだから、中間や期末でまた同じところを間違え、不合格に直結します。

そういう学生がおとなしくもう一度同じレベルをすることを受け入れてくれればいいのですが、えてしてそうなりません。というか、進級にやたらこだわることが多いのです。だったら学期中からするべきことをしておけよって声を大にして叫びたいのですが、叫んだところで問題の解決にはなりません。学期納めの茨の道が待ち構えています。

病院通い

10月1日(木)

昨日は1日かけて病院を2か所回りました。本当はもう2か所ぐらい行きたいのですが、そもそも、この年になれば体じゅうにガタが来て、いくら病院回りをしてもきりがありません。機械でいえば、経年劣化というやつです。酷使したり耐用年数が近づいたりすると、だんだん調子が悪くなるっていうあれです。風邪みたいな病気は日頃の生活管理で防げても、老化現象はいかんともしがたいです。「老いる」が意志動詞ではないのが何よりの証拠です。それに、学期休みだからってそうそう休んでばかりはいられませんからね。

朝、受付が始まる15分ぐらい前に病院に着いたのですが、私の受付番号は183番でした。総合病院ですからいろいろな診療科を合わせて183番であり、私の診療科は受診者が少なく、診療時間が始まったら、予約時間通りに、すぐに順番が来ました。時間があるだろうと思って待合室にある無料の血圧測定器で血圧測定をし始めたら、名前を呼ばれてしまったくらいです。でも、隣の診療科は多くの受診者が来ていて、こちらの待合室にまで流れ込んでいました。

老人病のご他聞に漏れず、私の場合も慢性疾患ですから、完治は望むべくもなく、いかに現状維持を続けるかがキーポイントです。昨日の担当医も、「あと40年か50年使うつもりで、ずっと見ていきましょう」と、半分は揶揄でしょうが、そう言っていました。病院通いをしていない部分に関しても、病院へ行ったところで劇的な改善は見られないでしょうから、行こうと思わないのです。今通っているのは、ここが壊れたら人生の楽しみがなくなりそうだという器官の病気です。

もうちょっと年を取って、医療費無料化の対象になったとしても、いそいそと通うようにはなりたくないです。注射や採血などは全然怖くないし、どんな苦い薬でも平気な顔で飲めます。また、最近の病院はホテルみたいなすばらしい施設を持っているところも増えてきています。でも、やっぱり、行くのは必要最低限にしたいです。

採点結果

9月29日(火)

今学期もばたばたしているうちに、期末テストの日を迎えてしまいました。私が担当している超級クラスは、私が問題を作り、私が印刷し、私が採点するという、問屋制家内工業みたいなしくみになっています。というわけで、学生一人ひとりの顔を思い浮かべながら愛をこめて作った問題をやってもらいました。

文法は、中間テストがちょっと易しかったようなので、ちょっぴり気合を入れて作りました。最初に採点したHさんが1問間違えただけの98点でしたから、今回も高得点続出かなと思いきや、あとの学生はやっと合格点程度。私の愛が通じた(?)のは、Hさんだけのようでした。

Hさんはその文法がどういう場面で使われ、どんなニュアンスを持っているかをしっかりつかんでいます。だから、文意に合わせて動詞を変形させる問題も、使役とか可能の否定とか、そういうのにも対応できるのです。その文法を使う話者の気持ちも理解しているし、状況も思い描けますから、適切な選択肢も選べれば、気の利いた例文も書けるのです。単に文法項目を丸暗記しただけでは、ここまではできません。

漢字はPさんか大健闘。4月に入学した当初は、漢字、特に書き取りがまるっきりダメでした。これではいけないと思ったPさんは、中級の漢字からやり直し、中級の教科書を買って勉強し、中級クラス用の漢字テストを受けて実力チェックをしてきました。その甲斐あって、クラスで1番にこそなれませんでしたが、それに迫る成績で、平均点を大幅に上回っていました。もはや漢字は得意科目ではないでしょうか。見違えるような躍進ぶりです。

Pさんの国にも「継続は力なり」と同じようなことわざがあると思います。それを信じて努力が続けられたところが、Pさんの偉いところです。学生は三日坊主が多いのですが、Pさんはその貴重な例外です。この調子で行けば、志望校のほうから歩み寄ってきますよ。

読解はまだつけていません。ちょっと怖いようなところもあります。HさんやPさんは、読解でも好成績なのでしょうか…。

戦いは続く

9月28日(月)

今学期の授業最終日は、代講が入ったため、午前も午後も授業となりました。どちらも私が担任のクラスなので、しっかりと責任を果たさなければなりません。

午前は超級のクラスで、試験範囲で残っているところをすべてやり終えました。欠席がちょっと多かったのが気になりますが、出てきた学生には明日の試験の山場をきちんと伝えましたから、まじめな学生が有利になるはずです。

午後は初級のクラスで、こちらは今学期の復習が中心でした。自分ではできるつもりのSさんは助詞をたくさん間違え、同じくOさんは動詞の自他の区別が付かず、文法を理解するのが精一杯のKさんは習った単語がすっぽり抜けていて、授業中すぐケータイをいじっていたZさんは摩訶不思議な文を作り、いつも落ち着きのないLさんは問題をよく読んでおらず、そして全員に共通なのは、カタカナ語の定着の悪さです。“インタネット”“テプル”などなど、気持ちはわかるけど違うんだよなっていう書き方をするのです。

もちろん、私たち教師は努力していないわけではありません。「学生たちはカタカナ語が弱い」というのは教師の共通認識で、ディクテーションなどレベル全体で決められた場以外でも事あるごとにカタカナ語のチェックをしています。それでも日常語のミスさえなくせません。さすがに、午前中の超級クラスの学生は“インタネット”“テプル”みたいな間違いはしませんが、“アカウンタビリティー”とか“”ディスカウントショップ“とかってなると、苦しくなる学生もいます。だから、カタカナ語対策は、学習者にとっても教師にとっても、永遠の課題と言えましょう。

“インタネット”“テプル”と書くということは、その学生はそういう発音をしているということです。発話の中では文脈から単語が推定でき、学生が“テプル”と発音しても我々の聴覚はそれを“テーブル”と自動修正してしまいます。初級の発音チェックの時は、この自動修正のレベルをうんと下げて、陰険かつ意地悪くかつ執拗に、学生に指摘します。1学期間それをやり続けても、まだ不十分なのですから、やはり長期戦を構えるしかないのです。

授業後、日が暮れてから、午後クラスのKさんとHさんが未提出の宿題を出してきました。そんな何週間も前の宿題など、突っ返してもいいのですが、2人とも進級ボーダーライン上なので、その場でチェックし、間違いを指摘し、直させました。明日、その効果を発揮してくれるでしょうか…・