Monthly Archives: 5月 2019

採点泣き笑い

5月20日(月)

テストが終わると、教師は採点です。中間テスト当日、作文を3人分読んで頭が痛くなり、週末は何もせず、今朝は新規まき直しで読解の採点に取り組みました。

こちらは、問題が易しかったのか、温情をかけるまでもなく、どの学生も合格点を取っていました。文章の内容が理解できていないというよりは、理解した内容を表現するところでつまずいて、失点につながったという学生がほとんどでした。新入生のSさんなどがその典型です。

「よくやった」と言ってやりたいところですが、欠席がちの学生まで合格点が取れているので、そいつらが休んでもどうにかなると変な自信を持つようにならないか心配です。休んだら進級できないんだぞと痛い目に遭わせなければならないのです。こちらはSさんとは逆に、答えるコツを身に付けてしまっているので、勉強不足でもどうにかなっているのかもしれません。

私の採点担当は初級ですが、上級のEさんは、中間テストの直前に、上級の読解はテキストが難しくて、時間をかけて勉強しないと点数が取れないとこぼしていました。上級は、読解に限らずどの科目も、日本人と伍して勉強したり(アルバイトではない)仕事をしたりする際に困らないだけの日本語力をつけることを目標としています。Eさんだって、来年の今頃は、日本語で大学の講義を聞き、日本語の専門書を読み、日本語でプレゼンテーションし、日本語でレポートを書かなければならないのです。たかだかKCPの上級の読解テキストが難しいなどと嘆いている暇はありません。

採点したテストは、明日もう一度見てみます。採点ミスがないかどうかはもちろんのこと、採点基準がぶれていないか、減点幅が妥当かも見直します。そして、成績表に記入します。その時点で、学生の運命が決まるのです。

静かに退室

5月17日(金)

いろいろな意見があるでしょうが、最近の学生は行儀がよくなったと思います。

中間テスト、期末テストのときは、最後の試験科目は答案用紙を提出したら帰ってもいいことになっています。毎日、授業後は椅子を机の上に載せて帰るルールになっていますから、中間・期末の日もそうします。

数年前までは、クラスの他の学生がまだ試験問題に取り組んでいるのに、ガラガラガッシャーンと大きな音を立てて椅子を載せ、ドアも自然に閉まるに任せてバッターンという音をさせていました。しかし、近ごろの学生は、音を出さないように椅子を両手で持って静かに載せるようになりました。教師がそうするように厳しく指導した形跡はないのですが、どのクラスに試験監督に入っても、例外なく椅子を丁寧に載せるようになりました。

先日、外階段を降りるとき、何気なく校庭を見下ろしていたら、テーブルの周りの椅子を動かして6、7人で談笑していたグループが、椅子をもとの位置にきちんと戻してから帰って行くのが見えました。時間的に見て中級か上級の学生と思われますが、心の中で「えらい!」と叫んでいました。昔の学生だったら、1つのテーブルに7つぐらいの椅子をほったらかしにして帰ってしまったでしょう。

でも、机の中に鼻をかんだティッシュを突っ込んだままにして帰ってしまう学生は後を絶ちません。教室内は飲食禁止だと口を酸っぱくして注意しても、こっそりお菓子やパンを食べている学生がいることは明らかです。もう一歩だなあと思います。教師が目を光らせていなくても、陰日向なく周りを考えた行動ができるように持っていければいいですね。

きれいな教科書

5月16日(木)

Nさんは、昨日とおととい、欠席でした。明日に中間テストを控え、昨日のテストを受けたいと言ってきました。昨日受けた学生たちには採点して返却し、授業中にフィードバックまでしていますから、成績はつきません。それでも勉強のために受けたいとのことでしたから、受けさせました。

Nさんの答案を採点すると、何と不合格点。フィードバックのときにこういう答えはこういう理由でダメだと注意したのをそのまま書いている問題もありました。授業を聞いていないんだなあ。

練習問題扱いとはいえ不合格ですから、教科書やノートを見てもいいから正しい答えを書けと言って、自分で直させました。だいたい直せたのですが、いくつかの問題はどうしてもわからないようでした。Nさんの教科書を手に取り、その問題が書いてあるページを開くと、何の書き込みもないではありませんか。そこを勉強した日に欠席したのか、出席しても教師の話を聞いていなかったのか、Nさんの頭にはその付近で学ぶべきことが全然入っていないことだけは確かです。

他人の教科書をあんまりしげしげとのぞき込むのもいかがなものかと思い、Nさんの教科書を隅から隅まで見ることはしませんでしたが、なんだか妙にきれいな教科書でした。同じ時に買っているはずのXさんやYさんの教科書は、かなり年季が入っているように見えるんですがね。XさんもYさんも、昨日のテストは90点台でした。

Nさんは、自分から昨日のテストを受けたいと申し出ました。だから、全然やる気のない学生だとは思いません。しかし、楽に勉強したいのでしょうね。日本で進学するつもりだそうですが、それが実現したとしても、このままでは実り多き留学にはならないでしょう。中間テストが終わったら、そこから指導しなければなりません。

指導料?

5月15日(水)

朝、仕事をしていると、よく学生から欠席連絡のメールが入ります。今朝は、まず、Lさんから。大学の卒業式のために一時帰国していました。日本に戻ってくる飛行機が遅れたようで、1時過ぎに成田から送信しています。「もう1日休ませてください」というのもやむを得ないところでしょう。

次はFさん。じんましんが出たそうです。昨日は元気そうだったんですがね。あさっての中間テストが大事ですから、早く病院へ行ってもらうことにします。

それからGさん。漠然と体調不良としか書いてありません。昨日も休み、授業後こちらからかけた電話にも出ませんでした。まさか中間テストの勉強のために休んでいるのではないでしょうが、ちょっと怪しいにおいがします。

この3人には、ちゃんと読んでいるぞと知らせる意味も含めて、返信メールを送りました。Gさんには出席率に関する注意も書き添えました。

授業後、これまでの文法テストが不合格だった学生3名に再試を受けさせました。私は午後も授業がありましたから、明日、私のクラスを担当なさるH先生(午前中は他のレベルの授業でした)のお手まで煩わせることになりました。再試はテストを返して終わりではなく、間違えたところをわかるまで教えます。だから、手間がかかるのです。

昨日のクラスにも、テストがあった日に欠席した学生に追試を受けさせたり、不合格者に再試を通して指導したりしました。このように、欠席者、不合格者は、休まず授業に参加して合格点を取る学生に比べて手がかかります。欠席が続いたり成績が一向によくならなかったりしたら、さらに強力な指導をします。出席率や試験の成績に反比例した授業料を取りたいくらいです。

明日、Gさんは来るでしょうか。来たら、特別授業料をたっぷり取って、欠席に対する指導をし、あさっての中間試験に備えさせなければなりません。

手を挙げる

5月14日(火)

5月31日(金)の運動会の出場選手を決めました、いや、運動会は全員参加ですから、各学生の出場種目を決めたと言うべきでしょう。

昨日のT先生から、種目説明をしたけれども反応がよくなかったとの引き継ぎを受けていたので、かなり難航するのではと案じていました。今週末の中間テストに向けて追い込みの時期であり、これにあまり長い時間をかけたくありませんでしたから、いよいよの場合は強権発動かなと覚悟していました。

リレーの選手を募ると、Yさんが「1人どのくらい走るんですか」と聞いてきました。体育館の中なので1人100m弱だと答えると、Yさんが立候補してくれました。

これでクラスのみんなの気持ちがやってみようという方向に動いたのか、リレーはあっという間に埋まり、他の種目も順調に埋まりました。しかし、1つだけ人気のない種目があり、そこだけ決まりませんでした。「誰かいませんか」と何回か促したところ、Cさんが引き受けてくれました。

Cさんはすでに自分が出たい種目にエントリーしていて、さらにもう1種目出てくれたのです。力ずくで決めるには至らず、教師としてはありがたい限りでした。おかげで、ひそかに見積もっていた時間の半分もかからずに本日最大のタスクを終了することができました。

Yさんのように沈滞ムードを打ち破ってくれる学生、Cさんのようにみんなの尻込みする仕事を引き受けてくれる学生がいると、クラスはうまくまとまります。みんな押し黙って、その雰囲気に耐えられず誰かがスマホでもいじり始めようものなら、教師は激怒しなければなりません。いらぬ説教で時間をつぶすことに陥ってしまいます。担任教師のありがたいお小言など、誰も聞きたくはないはずです。

2人がそういうことまで読んで声を上げたり手を挙げたりしたしたのかはわかりませんが、近ごろ多い自分のことしか考えていない利己主義学生でないことは確かです。今学期は学生に恵まれたと思いました。

瞬発力

5月13日(火)

「えーと、Kさん、あなたはいつ日本へ来ましたか」「1か月前に来ました」「そうですか。もう、日本の生活に慣れましたか」「いいえ、まだ慣れていません」「うん、いい学生ですね」…と言って、私が板書したのが、「1か月前に日本へ来たばかりですから、まだ日本の生活に慣れていません」という文です。

「~したばかりです」という文法を導入するのが目的で、その直前に勉強した「~したところです」との違いを強調するために、今学期の新入生のKさんに活躍してもらいました。「~したところです」は本当に直後でないと使えませんが、「~したばかりです」は、話し手や書き手がそれをしてから間がないと思っていれば使えるということを訴えるのに使ったのです。

私は教室の中の流れを授業に取り入れることをよくします。教案を立てても現場で変更ということがよくあります。というか、それがほぼ毎日です。むしろ、教室でのやり取りの中から導入の糸口を見つけることに生きがいを感じているといった方が正確です。とっかかりがどうしても見つからなかったら、しかたなく教案の通りにしています。

目の前の状況や学生と教師のやり取りがそのまま文法の導入につながるのですから、学生にとってもわかりやすいだろうと、私は勝手に信じています。少なくとも、授業にきちんと参加している学生は、どんな場面でその文法を使うか実感できるんじゃないでしょうか。

こういう、その場で思いついたことや教室の空気をパッと授業に生かせなくなった時が、私の引退の潮時だと思っています。例文や説明のセリフがすぐに浮かび上がってこなくなったら、日本語教師を続けても面白くないでしょうね。今のところ、まだまだ持ちそうな気がしていますけどね。

来ません

5月10日(金)

朝、教室に入ると、Sさんがいませんでした。YさんとJさんもいませんでしたが、こちらは大学の卒業式で一時帰国という届が出ています。でも、Sさんからは何の連絡もありませんでした。

授業後、Sさんに電話を掛けました。呼び出し音が鳴りましたが、「またお掛け直しください」でした。その後しばらくして、Sさんからメールが届きました。昨夜、アルバイト先の人と飲みに行って、帰宅したのが3時で、だから朝起きられなくて学校を休んだという内容でした。3時といえば、私が目を覚ました時間じゃありませんか。要するに飲みすぎで休んだということです。

出席状況のデータを見ると、Sさんは3月から欠席が増えています。2月までは100%に近い出席率だったのに、3月以降は70%台に落ちています。これはここで踏みとどまらせないと、ずるずると落ちていくパターンです。甘い顔をしていると、休み癖がついてしまい、来年の3月、行き場所がなくて帰国を余儀なくされてしまいます。

SさんよりひどいのがFさんです。こちらはすでに休み癖がついてしまい、病気だと言えば堂々と休めると思っている節が見られます。その証拠に、来日以来病院へ行った形跡がありません。入学からの出席率がすでに70%をかろうじて上回るところにまで落ちています。ビザの切れ目が縁の切れ目になりかねません。本当に病気なら休まなければなりませんが、病気にならないことも留学生の大きな仕事です。生まれつき病弱なら、留学生活に耐えられないとして、帰国を促されるでしょう。

Fさんにはそういう話をしました。来週から行いを改めてくれれば、まだ間に合います。改まらなかったら、日本へ来たのは勉強のためじゃないんですねということで、ご帰国願うほかないでしょう。

食らいつく

5月9日(木)

受験講座の理科は、EJUの過去問に取り組んでいます。先月まではその日の授業で取り上げた事項に関する問題だけでしたが、今月からはフルセットの問題に挑戦してもらっています。

これまでとは違って範囲が広いので、どこで勉強した知識を使えば答えられるかわからない、どのように推論していけば結論に至るか見えないなどというのが、学生の本音ではないかと思います。しかし、ここで意気消沈しては、高得点は望めません。問題文を読んだら解答への道筋が見えてくるくらいにならないと、勝ち目はありません。

平均2分ぐらいで1問を解かなければならないEJUの試験方式に疑問を感じないわけではありませんが、現実問題として、それに対処できないと大学進学できないのですから、学生を鍛えていくほかありません。学生の方も、茫然自失としているのではなく、残りの1か月でどうにかするんだという気構えで挑戦を続けてほしいです。

Yさんは必死に食らいついてきている学生です。“?”という顔つきをすることもありますが、私の解説に耳を傾け、自分の手を動かし、その“?”を解消しようとしています。Jさんも自分のペースで理解を深めようとしています。Jさんが目を回していると、頭の整理がつくまで少し間をおいてあげることもあります。

Cさんはちょっと厳しいかな。フルセットになったとたん、戦意喪失みたいなオーラを出しています。6月は練習なんていう気持ちで受けたら、秋までの出願校には入れません。先手必勝という流れがどんどん強まっていますから、どうにか気持ちを奮い立たせてもらいたいところです。

早くも

5月8日(水)

授業が始まってもうすぐ1か月です。クラスの学生たちも私の授業の進め方に慣れてきたようです。こちらの緩急に合わせて集中したり笑ったりするようになりました。大事な話と息抜きの与太話とを聞き分けられるようになり、授業を受ける顔に余裕が感じられます。そうはいっても、学生によってはまだ緊張しっぱなしのようにも見えます。緩みっぱなしで反応が薄いよりはましですが、脱線の部分までも眉根を寄せて聞かれると、なんだか申し訳なく思ってしまいます。

また、習った文法を使わないとしつこく言い直させられるということもだんだん浸透してきて、多少無理してでも背伸びしてみようという意気込みが感じられるようになってきました。文法は、習ってから数週間たって忘れたころにまた思い出させないと定着しません。LさんやZさんやKさんは、「~てしまいます」とか「~ておきます」などが、こちらが使ってほしい時に使えるようになってきました。

でも、作文を読むとまだまだです。長音、促音、濁音などの表記ミスもあれば、サバイバルレベルの単語でごまかしてしまう例もよく見かけます。中級上級に進級したかったら、この壁を乗り越えなければなりません。壁に正面から挑まず、抜け道を通って進級してしまうと、中級になったとたんに伸びが止まって、化石となってしまいます。選択問題で点を稼いで合格点を取ってしまった学生にこういう傾向がみられます。Gさんなんか、そうなってしまうのではないかと、気をもんでいます。

文法テストがありました。1点か2点で不合格になってしまった学生が4名もいました。正確さをもっともっと求めておくべきだったかなあと反省しています。来週末は中間テストですから、急いで立て直さなければなりません。

汗を流して

5月7日(火)

10連休はいかがお過ごしでしたか。私は予定通り関西を歩き回ってきました。五月山公園、小林一三記念館、小谷城址、佐和山城址、丹波亀山城址、長岡京古跡、神戸海洋博物館、青山高原、犬鳴山、…どうです、一緒に付き合いたくないでしょう。関西出身のH先生も、さすがにすべてはいらっしゃったことがないんじゃないでしょうか。

世界遺産クラスの名所旧跡寺社などは、大昔も含めて一度は訪れていますから、そういうところは避けて計画を立てました。しかし、往復で1120円の電車賃を節約するために、どうしても嵐山を突っ切る必要が生じました。行きは8時台だったので、お寺などの開門前でしたから、サクサク歩けました。しかし、帰りは昼下がりでしたから、インバウンド+10連休の観光客で、とんでもない人込みでした。ソフトクリームやらクレープやらコロッケやら、食べながら歩く人が多く、沿道の店は観光客を捕まえんと手ぐすね引いており、歩道は思うように前に進めません。ホコテンでもないのに歩行者が車道にあふれ、道路交通法上は無法地帯と化していました。観光人力車が車と人に進路をさえ着られ、車夫が苦笑いという始末でした。

やはり、自然を愛で、歴史に思いをはせ、美に浸るには、静かであるに越したことはありません。日々の東京の暮らしでできないことといえば、まさにこういうことです。ホテルの朝食バイキングでがっつり食べて、日中はコンビニもないような山野を駆け巡り、夕方疲れ果ててホテルへ帰りつき、大浴場で手足を伸ばし、早寝をするという毎日を送りました。山城をよじ登るとき、汗が噴き出ると、浮世の穢れも流れ出ていくような気がします。そして、頂上から下界を見下ろすと、身も心も清められた爽快さが味わえます。

これだけ遊びまくったのだから、さぞかし仕事への意欲が湧くだろうと思いきや、心は早くも夏休みです…。