Category Archives: 生活

備えてますか

5月27日(土)

昨晩は帰り支度を始めたころに地震がありました。職員室にいた教職員全員が「あ、地震」となりましたが、誰の電話にも緊急地震速報が入らず、大した規模ではないということもすぐわかりました。

ネットを見てみると、千葉や茨城では震度5強だったと報じられていました。この地域では、半月ほど前にも同じような規模の地震がありました。群発地震というほどではないのでしょうが、少々気になる動きです。

学校を出ると、街の中は異常なしでしたが、丸ノ内線・銀座線はところどころ徐行運転でした。千葉方面に向かう鉄道は、運転見合わせだったようです。

家の中も、本棚の本が飛び出したなどということもなく、異常なし。いつものようにお風呂に入ったりネットを見たりして寝ました。夜中に余震もなかったのでしょう。今朝も、いつもの時間に目を覚ましました。

学生はどうだったんでしょうね。土曜日は学生が来ませんから直接話は聞けませんでしたが、「困った」という電話もかかってきませんでしたから、おそらく何事もなかったのだと思います。

でも、1階であれだけ揺れを感じたのですから、教室はもっと揺れたのではないでしょうか。授業中だったら、学生たちは大騒ぎだったに違いありません。

「地震雷火事親父」と言われます。地震は人がよって立つ地面そのものが揺らぐのだから、怖いものの第1位なのだと何かで読んだことがあります。確かにそうですね。地震は突然襲ってきて逃げようがありません。

とすると、地震慣れした東京の人間よりも、地震のたびにビクついている学生たちの方が、人間として、生物として、まっとうなのかもしれません。私なんかはいつも大笑いしていますが。

でも、怖がるくせに備えはしないんですよね、学生たちは。来週は、授業でそんなあたりをつついてみましょうか。これから長い日本での留学生活では、地震と共存ですからね。

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ちょっとした隙に

5月9日(火)

会話の授業で、連休中にどんなことをしたか聞きました。本栖湖へ行ったとか、かつてのホストマザーを訪ねたとかという学生は滑らかな日本語で私の問に答えてくれました。一方、ずっと勉強していたとか、ゲームばかりしていたとかという学生は、たどたどしい日本語に戻っていました。大遅刻で入室したEさんに至っては、遅刻の理由を聞くと、「アラームが起きませんでした」と意味不明の回答をしてくれました。Eさんも連休中は引きこもり状態だったそうです。たった1週間足らずですが、日本語から離れてしまうと、こうもできなくなるものかと驚かされました。

それでも、“友達から連休中の様子を聞き出す”という課題を与えて、強引に会話の授業を進めました。最初は調子が出なかった学生も、スマホの写真を見せたり見せてもらったりしながら、自分の連休を語ったり友達の話にツッコミを入れたりするほど復活してきました。日本を離れていたTさんも、連休の思い出話で友達を笑わせたり感心させたりしていました。

その一方で、Yさんのグループは黙り込んでしまいました。あまりに話が弾まないので、私が話の接ぎ穂を拾い出して学生に渡すのですが、教室をぐるっと回ってまた来ると、またみんなでスマホをいじっています。Yさんは国にいる恋人と毎日長電話、Sさんはひたすら勉強、Cさんはアルバイトでしたが使う日本語は限られていた、という調子で、日本語でコミュニケーションをとる生活は送っていませんでした。

毎日学校に通って直接日本語に触れることで保たれていたバランスが、この連休で日本語じゃない側に大きく傾いてしまったようです。“日本語学校の存在価値を改めて感じた”などとのん気なことは言っていられません。すぐにどうにかしないと、このクラスの学生は悲惨な運命に襲われるでしょう。

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12時間寝たい

4月24日(月)

変化の表現の勉強で、「(可能動詞辞書形)ようになります」「(動作動詞辞書形)ようになります」という文型を取り上げました。「速く走れるようになりました」とか「毎朝散歩するようになりました」とかという文の勉強です。前者は“できない”から“できる”への、能力の変化、後者は“しない”から“する”への、習慣の変化を表します。そんな解説と練習をし、授業の最後に、「~ようになりたいです」という文で、こんなふうに変わりたいということを学生に言ってもらおうと思いました。「進学するまでに日本語が上手に話せるようになりたいです」なんていう答えが出てくればよしとするつもりでした。

いくつか答えが出てきましたが、Aさんのは「毎日12時間寝るようになりたいです」というものでした。若干違和感がありますが、文法的にどうのこうのと議論する前に、毎日12時間寝ることを習慣化したい、1日の半分を寝て過ごす生活を送りたいという感覚に驚かされました。さらに、Aさんの文(意見)にうなずく学生が非常に多く、唖然とするほかありませんでした。

学生たちは受験勉強などで寝不足感が強いのかもしれません。そうだとしても、12時間は寝すぎでしょう。しかも毎日ですよ。20歳代の輝かしい若い時間を、惰眠をむさぼって過ごそうというのです。年寄りの私に、その若い時間を分けてほしいです。柔軟な頭脳と、あふれる体力と、焦点がピシッと合う目と、あなたたちが使わないのなら、私にくださいよ。

40年前の私は、そんなに寝たいと思ったかなあ。記憶が薄れてしまっていますが、徹夜マージャンした翌日も、そこまで寝ようとは思わなかったでしょう。

あ、もしかすると、彼らはスマホから逃避したいのかな。

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外国料理

4月21日(金)

読解テキストに関連した宿題として、学生自身の国の料理で、外国料理をアレンジしたのものを探してくるというのがありました。マクドナルドやケンタッキーが自国風に味付けされているとか、寿司のネタに日本ではありえないようなものを入れているとか、想像できそうなできなさそうな答えが寄せられました。

40年近く前のことですが、私は新入社員として山口県にある工場に配属されました。その工場の食堂のテーブルに、キムチの素という瓶が置かれていました。普通の白菜の漬物にそのキムチの素をかけるだけで白菜キムチができあがるという、オレンジ色のドロッとした半液体の調味料です。

当時は韓流ブームのはるか前でしたから、東日本で生まれ育った私には、キムチはなじみのない食品でした。工場の人たちが、しょうゆの代わりにそのキムチの素を白菜に漬物にかけて、ごく当たり前に食べているのを見て、さすが山口県は韓国に近いだけあるなあと感心していました。

なんとなく好奇心が湧いてきたので、ある日、少し勇気を出して即席白菜キムチを作って食べてみました。これが辛いのなんのって。食べ物を残すのは嫌いですから小皿の白菜キムチをどうにか平らげましたが、二度と手を出すまいと強く心に誓いました。同時に、こんなものを毎食口にしている韓国人の味覚を大いに疑いました。

その数年後、ソウルまで1万円足らずで行けるというチケットが出たので、初めて韓国の土を踏みました。あれ以後キムチの素には一切手を出していませんでしたが、せっかく本場に来たのだからと、食卓の上に合ったキムチを、ほんの一口、記念に味見しました。

口に入れた瞬間辛さが舌を刺激し、失敗したと思いました。しかし、そのうちに辛さ以外の味が広がりだしました。これをおいしいというのであれば、韓国人の味覚って繊細じゃありませんか。あのキムチの素で満足している日本人の方がどうかしていると思いました。

ネットで調べると、現在、某大手食品会社がキムチの素を出しています。それがあのキムチの素なのかはわかりませんが、キムチが一般化した今は、きっとおいしくなっているに違いありません。私がこの読解の宿題をするなら、この話を書きます。

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+3.5度

4月6日(木)

東京の桜は、もうすっかり普通の木になってしまいました。丸ノ内線四ツ谷駅からちらっと見える桜も、すっかり若葉です。花園小学校の桜も、先週あたりはかろうじて木の下のベンチでお花見をしながらランチとしゃれ込んでいるグループもいましたが、今はもう、うつむいてスマホをいじっている人ばかりです。

気象庁の発表によると、東京の3月の平均気温は、平年より3.5度も高く、史上最高だったそうです。東京に限らず、全国的にかなり暖かな3月だったようです。もちろん寒い日もありましたが、私も早々に真冬装束を解き、卒業式のころから春の装いです。もうコートをクリーニングに出しても後悔することはないでしょう。

昨日の入学式も、新入生を歓迎に来てくれた在校生の中には、半袖の学生が何名かいました。私はさすがに半袖を着る気にはなりませんが、半袖の学生を見ても寒そうだとは思いませんでした。通訳をしてくれたMさんなんかも余裕の表情でした。

平均気温が1度上がるだけでも大変なことになると世界中で大騒ぎしているのに、3.5度も上がってしまった東京はどうなるのでしょう。半袖姿の学生が自然に見える程度で済むとは思えません。7月、8月あたりに3.5度高くなったら、暑さのために臨時休校などということもあり得ます。今年の夏も電力に余裕がないと言いますから、みんなが一斉にエアコンを使って、東京がブラックアウトなんて悪夢すら考えられます。

明日から新学期です。学期の後半は、クールビズでノーネクタイです。まさか、連休のころから蒸し暑くて夜も眠れない…などということはないでしょうね。

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入学式挨拶(2023年4月5日)

みなさん、ご入学おめでとうございます。いつの学期もそうですが、新入生の、意欲あふれる、希望に燃えた顔を目の前にすると、私も心が浮き立つと同時に、気が引き締まる思いがします。

これからみなさんの留学生活が始まるわけですが、留学生活を続けていくうえで一番難しいことは何だと思いますか。それは、今みなさんが抱いている意欲や希望を抱き続けることです。2023年4月5日の、好奇心に満ちた新鮮な心を、みなさんがKCPを去る日までずっと持っていることが、何より難しいのです。

今更言うまでもないことですが、親元を離れ、自分の生まれ育った国の外で、ましてや言葉も満足に通じない環境で、生活するのみならず、今後のみなさん自身の人生の成否をかけて勉学に集中することは、並大抵の難しさではありません。この困難を見事に乗り越えて志望校に進学したり日本で職を得たりした先輩たちも大勢います。その反面、いろいろな要因で挫折を余儀なくされた先輩方がいたこともまた事実です。

かつては、学費や生活費を稼ぐためのアルバイトに追われて勉強どころではなくなってしまった学生をよく目にしました。しかし、今はみなさんの国が裕福になりましたから、そういう学生はめっきり少なくなりました。その代わり、精神的に追い詰められて留学の目的を果たせなくなってしまう学生が増えてきました。優秀な頭脳を持ちながら、その頭脳を活かすことなく不本意な選択に甘んじざるを得なくなってしまった学生の姿は、見るに忍びないものがあります。

こうした学生の多くは、視野狭窄に陥り、近視眼的な発想しかできなくなっています。今、この場にいるみなさんは、視線を、漠然とした形ではあっても、「将来」に向けています。それがみなさんの意欲の原動力であり、希望の源です。逆に、「将来」を忘れてしまって、目の前の愉悦に逃避したり恐怖におびえたりしているようだと、留学生活に息苦しさしか感じられなくなるでしょう。

そんな時は、私たち教職員を頼ってください。私たちは、今までの留学生の成功例も失敗例も数限りなく見てきました。その経験をもとに、なにがしかのアドバイスをして差し上げられるでしょう。時には、そのアドバイスはみなさんにとって耳の痛い話になるかもしれません。しかし、その耳の痛さを避けていては、自分の現状と入学式の日の心意気との落差から目を背けていては、問題は解決しません。危ない状態から立ち直った学生は、私たちの意見に耳を傾けています。あるいは友達の差し伸べた救いの手にしっかりつかまって這い上がってきました。

私たち教職員はみなさんを見守っています。スランプだなと思ったら、遠慮なく頼ってください。みなさん自身が気づかなくても、様子がおかしいなと思ったら、こちらから声をかけることもあります。そして、私たちと語り合うことをきっかけにして、留学の第一歩を力強く踏み出そうとしている今のみなさんを取り戻してください。これが、みなさんがご自身の留学を成功に導く鍵です。

本日は、ご入学、本当におめでとうございました。

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優秀な学生

3月30日(木)

Rさんは新学期から最上級クラスに進級します。こう書くと素晴らしい学生のように思えるかもしれませんが、本当は3月にKCPを卒業して、4月から大学院に進学するつもりでした。受験に失敗したのかというとそういうわけでもなく、出願しそびれてもう1年になってしまったというのが実情です。

Rさんは、のんびりした性格のようです。まず、毎朝のように遅刻します。「もう1本早い電車に乗れ」と何回注意したでしょう。私だけじゃありません。歴代の担任の先生全員からです。大学院への出願も、研究計画書の執筆が思うようにはかどらず、結局あきらめざるを得ませんでした。

先日面接したときには、研究計画書は書き直そうと思っていると言っていました。予定より1年遅れになってしまったのですから、より完成度の高いものを追い求めるのは当然かもしれませんが、今すぐにでも着手しないと、また志望校の出願に間に合わないということになりかねません。6月のEJUが終わったら動き始めるつもりだなどと時間感覚のかけらもないような計画を語っていましたから、ねじを巻きました。

最上級クラスに入るくらいですから、優秀ではあります。しかし、このままではその優秀さを発揮するチャンスが訪れないかもしれません。シャカシャカ動いてチャンスをつかんでほしいところですが、教師が何も言わなかったら、6月のEJUどころか夏休みが過ぎても何もしていないと思います。

こういう学生が一番もどかしいです。焦っているのは周りの教師ばかりで、Rさんの頭の中には何の計画も立っていないんじゃないかな。新学期になっても遅刻ばかりしているようだと、相当危ないです。一体、どうやったらRさんの心に火がつくのでしょう。

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すっきりさわやか

3月24日(金)

学期が終わると、机の周りの掃除をします。3か月間にたまった、授業用のプリントやいろいろなところからもらったパンフレットや参考資料として使った図書などを、捨てたり元の場所に戻したりします。しかも3月は年度末ですから、1年分のそういったものが加わります。中にはシュレダーにかけなければならないものもありますから、結構な時間がかかります。年末にも大掃除をしていますからだいぶ整理したはずなのに、その時に捨てきれなかったものを思い切って捨てるとなると、思いのほかの分量になります。

こういう時は、余計なことを考えてはいけません。直感的に要らないと思ったものはすぐに捨てます。情け心が湧かないうちに処分するところがポイントです。温情はゴミ屋敷ならぬゴミ机に直結します。興味を持ってもいけません。3か月間顧みなかったということは、今後もその書類のお世話になることなど、まずないでしょう。懐かしんでもいけません。せいぜい、シュレッダーに飲み込まれていくとき「さよなら」と手を振るくらいで十分です。

たまりにたまった垢を落としているときに、まれに探していた物が見つかることがあります。でも、私はそんな淡い期待はかけません。それを見つけようと紙を1枚ずつチェックするなんてことはしません。そうです。余計なことは考えないのです。

そういう冷血人間になったおかげで、机の上にそびえていた書類の山も、本棚の本の上にのっかっていた受験講座のプリントの余りも、みんな消えてなくなりました。私の四囲が軽快な装いになりました。

さて、次はパソコンの中です。こちらは“実物”がない分だけ難敵です。来週、腰を据えて整理に取り掛かりましょう。

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マネパ追求

3月18日(土)

タイパという言葉に出合い、その意味するところを知ったとき、ずいぶんシビアな世の中になったものだと思いました。確かに私もそういう発想で動くことがあります。しかし、それに名前を付けて常に意識するというレベルには到底至っていません。せいぜい「時間を大切に」「時間の無駄遣いはやめましょう」という程度です。タイパで動く人たちから見ると、かなり牧歌的に映るでしょう。

ところが、最近は、マネパというのがあるそうです。マネーパフォーマンスの略です。欲しいと思ってから支払い完了までの効率の良さを指すのだそうです。タイパとも密接に関連しているようです。

マネパ追求の人たちは、ECサイトでの支払いをより簡潔にと考えています。クレジットカードの番号入力がうざったいので、BNPLに向かうというわけです。こうなると、そもそもECサイトをほとんど使わない私は蚊帳の外です。たとえそこで買い物したとしても、クレジットカードの番号ぐらい入力するでしょう。少なくとも、入力するためのわずかな時間を目の敵にすることはしませんね。

時間もお金も可能な限り自分のために使いたい、自分の心が燃え立つ物事(だけ)に時間もお金も注入したいという意識の表れだとしたら、理解できないわけではありません。でも、それだと何だか生き急ぎすぎている感じがします。否定や批判はしませんが、私はそこまでする気はありませんね。

私のマネパは、クレジットカードやICカードで止まっています。スマホの“〇〇pay”も使っていません。腕時計でピッとかっていうのも、あんまり魅力を感じませんね。20代から40代くらいで身についた文化が私にとって分相応の文化のようです。とすると、マネパ最前線の若者たちも、21世紀半ばになっても時代遅れのQRコード決済にしがみついてる、なんてことになるのでしょうか。

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グローバリゼーションかな

3月17日(金)

私の周りにたまたまそういう学生が集まっているだけかもしれませんが、最近、心に問題を抱えている学生が増えたような気がします。

昨日、Pさんは、1時間以上ずっと語り続けました。私にとっては取り留めのない話に過ぎませんでしたが、Pさんにとっては来日以来の思いを語ったのかもしれません。自分の生い立ち、両親のこと、ネットで知り合った日本人の友だちからの言葉、…と話があちこちに飛んで、なかなか追いつけませんでした。入学直後は将来に対する不安から激情をぶちまけたこともありましたから、それに比べれば大きな進歩です。でも、1時間以上分の澱を心の中にため込んでいたのです。誰にも聞いてもらえなかったら、またどこかで爆発したかもしれません。

Zさんは受験がうまくいかず、タガが外れてしまったようです。今週はまともに登校したのがたった1日しかありませんでした。水曜日は、「真夜中過ぎまで勉強したので、朝起きられませんでした」という欠席理由を伝えるためだけに、授業後わざわざ学校へ来ました。欠席者にはこちらから電話を掛けますから、その時に答えてもらえばよかったのですが、先生に直接言うというのが、Zさんなりの誠意の示し方だったようです。何人もの先生から、授業中に内職をしてはいけないと注意され続けてきましたが、とうとう治りませんでした。内職の結果が大学入試全滅です。真夜中過ぎまで勉強したというのは事実でしょうが、集中力が全く伴っていなかったに違いありません。

こういう学生たちを見ていると、受験は今でも戦争なんだなあと感慨にふけってしまいます。私のころは大学の定員が少ないことに起因する“戦争”でしたが、今はグローバリゼーションの末端がKCPにまで到達し、学生たちがその波をかぶっている図が思い浮かびます。

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