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やる気

11月28日(水)

午後の授業の前に、Oさんの面談がありました。Oさんはクラスの平常テストをあまり受けていません。受けたテストも不合格ばかりです。追試や再試も、いくら促してものらりくらりと言い逃れをして、結局どうにもなっていません。当然、中間テストは悲惨きわまる成績でした。

まず、この点を追及すると、今学期はやる気が湧かないと言います。だから、一時帰国して心機一転を図りたいと言い出す始末です。一時帰国ではなく永久帰国のほうがOさん自身のためだと言ってやりました。でも、一時帰国から戻ったら、絶対にやる気が戻り、期末テストまで一気に突き進めるのだそうです。私の感覚では支離滅裂な話ですが、Oさんの頭の中では論理性があるのでしょう。

中間テストの文法は、合格点に遠く及ばない点数でした。明らかに勉強しておらず、正解だった答えも今学期新しく覚えた事柄ではなく、始業日の時点でOさんの頭の中にあったと思われる語彙や文法で書かれていました。書の証拠に、今学期習った文法を使って会話を作る問題は、規定の長さを超えたからその分の点数がもらえただけで、会話のセリフはレベルが低すぎる内容でした。

こちらを指摘すると、Oさんは押し黙ってしまいました。「このテストの結果は、10月、11月、この2か月、あなたは全然進歩しなかった、日本語のレベルが少しも上がらなかったということです。無駄な時間を過ごしたということです。日本にいただけ、教室にいただけで、ぼんやり時計を見ていたのと同じです」と、その傷口に塩をすり込むようなことを言ってやると、さすがにこたえたようでした。

Oさんは、今度の日曜日、ろくに勉強しないままJLPTのN2を受けます。そしてそのまま一時帰国します。教師からのプレッシャーから解放され、のびのびできて、活力が戻るのでしょうか。

紙くずが落ちていました

11月20日(火)

10時半に前半の授業が終わり、外階段を使って1階の職員室まで戻ろうとしたら、私の少し前をSさんが歩いていました。Sさんは私に気付いていないようで、1列に並んで前の学生の後について黙々と階段を下りていました。

5階、4階、3階と下りて、2階に着く直前の階段の上に紙くずが落ちていました。Sさんの前を歩いていた学生たちは気付いていないのか、気付いても無視しているのか、誰も拾いませんでした。私が拾わなきゃと思っていたら、Sさんが軽く腰をかがめて拾い上げました。そして、それをポケットに突っ込み、1階に下りたらそのまま学校の外へ行ってしまいました。コンビニへでも行ってくるのでしょうか。

Sさんは、入学後しばらくは毎朝早く学校へ来て、ラウンジで勉強していました。出席率は100%でした。しかし、最近は欠席が目立ち、ついに先月は1か月の出席率が80%を割り、欠席理由書を書く事態に陥ってしまいました。進学先が決まり、いくらか気が緩んだ面もあったと思います。

このまま悪い学生に落ちぶれて卒業していくのかと危ぶんでいただけに、さりげなく紙くずをつまみ上げた姿がより一層輝いて見えました。先週、最近校舎のあちこちに汚れが目立つようになったので、校内美化に努めてもらいたいという話を全校的にしたばかりでした。それに応えてくれたSさんの根本の部分は、決して腐ってはいなかったのです。すぐそばで見ていた私まで、心が洗われる思いがしました。

おかげで、清々しい気持ちで後半の選択授業、午後の面接練習と受験講座に取り組めました。

1時間待ち

11月13日(火)

午前の前半の授業が終わり、選択科目の教室に移動するために後片付けをしていると、Hさんが教室に入ってきました。Hさんは前半の授業を休んでいます。「どうして休んだんですか」「先生、すみません。踏み切りで1時間止められました」「踏み切りで止められた?」「はい、車に乗っていたんですが、踏み切りで全然動かなくて遅刻しました」「Hさんのうちはどこですか」「池袋です」…。

要するに、友達と一緒にタクシーで学校へ来ようとしたか、友達に車で送ってもらおうとしたかで、運悪く池袋駅近くの開かずの踏み切りに捕まり、1時間身動きが取れなかったようです。それならどうして車を降りて電車で来ようとしなかったかと訴えたかったのですが、次の予定が迫っていたのでHさんを釈放しました。

それにしても、Hさんは東京で1年半も暮らしているのに、車の中でボーっと1時間も待っていたなんて、いったいどういう神経をしているのでしょう。この1年半、日本の社会を全然見てこなかったのでしょうか。日本はクルマ社会ですが、東京で一番信頼できる交通機関は電車であり、クルマは、快適かもしれませんが、時間の計算の立たない移動手段です。こんな、東京人にとっては常識以前のこともわからなかったとしたら、Hさんは家と学校と、せいぜいアルバイト先にしか足を踏み入れていないのでしょう。それも、決まりきった道を通って。もしかすると、国の仲間だけと付き合い、日本のニュースには全く触れず、スマホで国のサイトばかり見ていたのかもしれません。日本語は多少じゃべれるようになったかもしれませんが、これでは社会性はまったく身についていません。

選択授業は、Hさんとは違うレベルの学生向けの小論文でしたが、社会性のある意見が出てくるか、若干暗い気持ちで授業に臨みました。

学園祭で休み

11月1日(木)

午後、職員室で受験講座の準備をしていると、2人の学生がもじもじしながら声をかけてきました。そのちょっと前から職員室内のテーブルで何か書いていましたから、どこかのクラスの再試の学生かもしれません。私のクラスの学生ではありません。でも、私のそばに何人かの先生がいらしたにもかかわらず私に声をかけてきたということは、時節柄、進学相談かもしれません。「えっ、私?」と聞きながら2人の顔をよく見てみると、今年の3月に卒業したRさんとSさんではありませんか。さっきまで取り組んでいたのは、近況報告の用紙でした。

聞いてみると、学園祭で休みだからKCPまで顔を出しに来たそうです。週末まで、Rさんの大学は5連休、Sさんの大学は4連休です。

「そんなに休んじゃったら、高い授業料、もったいないじゃない」「あ、そういえばそうですね」「学園祭は何もしないの?」「はい、やる気になっているのはごく一部の学生で…」「RさんもSさんも一部じゃないほうなんだ」「ええ、まあ」

…というような会話を交わしながら2人の近況報告を読むと、理系のRさんはけっこう忙しそうですが、文系のSさんは“遊びと両立”なんて書いてあるくらいですから、そんなに忙しくもないようです。学生たちは、入試の面接練習の時には「勉強のほかにサークル活動もして…」などと言っていますが、実際には無所属が多いみたいです。日本人と交わるにしても、限られた範囲なのでしょう。

明日はKCPの学園祭みたいなBBQ大会です。各クラスでそれぞれ準備が進んでいます。お天気は心配ありませんが、料理の味はどうでしょうか…。

時代を画す

10月11日(木)

仕事の合間に見たインターネットのニュースによると、来年の2月から丸ノ内線に新車が導入されるそうです。新型車は丸ノ内線のラインカラーである真っ赤な車体で、伝統のサインカーブをまとっているそうです。連結器の近くの窓は、四角ではなく丸窓です。今までの丸ノ内線の車両とはかなり趣が異なるようです。

今走っている丸ノ内線の車両は、もう30年にもなるそうです。私はもう1代前の車両も知っていますから、いまだに“新型車両”という気がしていましたが、30年といえば減価償却はとっくの昔に終わっていますよね。そして、30年といえばちょうど平成の長さです。平成を走り抜けたのが、今の丸ノ内線の車両なのです。そうすると、来年登場する新型車両は、現皇太子さまが天皇として在位している間じゅう走り続けるのでしょうか。

私のうちの近くを走っている日比谷線も、去年あたりから新型車両が走り始めました。来年ぐらいまでが端境期なのでしょう。こちらの車両も、1988年から走り始めたとのことですから、やはり30年です。また、沿線の築地から市場が移転するのと同時期に車両が入れ替わるというのも、1つの時代が終わったことを象徴するようで、感慨深いものがあります。

一般家庭のクルマは10年も乗らないでしょうから、このような形で時代を感じることはないと思います(個人的な思い入れは別ですが)。それに比べると、電車という公器がそれにかかわる人たちに与える影響力は大きなものです。だから、どんなに乗る人の少ないローカル線でも廃止となると反対運動が起きるのでしょう。

KCPだって、これにかかわった人たち、すなわち卒業生やかつての教職員のみなさんの心に何がしかの痕跡を残してきたはずであり、今後も残し続けていくでしょう。責任重大だなあと思います。

朝の一騒動

9月12日(水)

朝、ようやくパソコンが立ち上がった頃、電話が鳴りました。学生からの欠席連絡かと思ったら、「Dタクシーです」というではありませんか。「お宅の学生さんがうちの車に忘れ物をしたんですが、どうしましょう?」「ああ、わざわざご連絡ありがとうございます。本人に伝えますので、学生の名前を教えていただけませんか」「すみません。学生の名前はわからないんですが」「え? じゃあ、どうして私どもの学生だとわかったんですか」「試験の成績通知書が入っていましてね、そこに学校の名前と電話番号が書いてありまして…」。どうやら、EJUの成績通知書に書かれた電話番号を見て、電話を掛けてくださったようです。

いろいろやり取りをして、学生のアルファベットの名前を聞きだし、システムで検索すると、上級クラスのBさんだということがわかりました。思うに、Bさんはアルバイトの帰りか飲んだ帰りかにタクシーを使い、降りたときに落としたか座席に置きっぱなしにしたかだったのでしょう。Bさんの住所と、Dタクシーの事務所はさほど遠いところではありませんから。

それから、Bさんにメールを送り、Dタクシーの事務所へ忘れ物を取りに行くように指示しました。在留カードが入っているとのことでしたから、ほったらかしにはできません。メールを送ったのが6:10ごろ。

その後は1日中授業や面接などで忙しかったのですが、Bさんのことはどこか気になっていました。でも、Bさんからは何の連絡もありません。クラスの授業には出ていたようですが、私には何も言ってきていません。在留カードやらEJUの成績やら、Bさんにとっては大切なものも入っているのに、どうしたのでしょう。明日の授業が終わったら、明日の先生に聞いてみましょう。

欠席メール

9月10日(月)

8時過ぎにXさんから、エアコンをきかせすぎて熱を出したので休むというメールが届きました。熱があるときに休むのはしかたがないことですが、Xさんは最近休みがちで、今月の出席率は60%。このまま休むと50%になってしまいます。そういう意味のメールを送ると、数分後に「じゃあ行きます」という返信が来ました。

Xさんのクラス担当のF先生によると、Xさんは9時には教室におり、ごく普通に授業を受けていたとのことです。Xさんのうちは学校まで歩いて10分ほどですから、私からのメールを見てからうちを出ても、始業には間に合います。9月の出席率に驚いて泡を食って学校へ来たことは明らかで、要するにずる休みしようと思ったのです。

Yさんは毎月出席率が80%を切っているため、事務所で来学期の授業料を受け取ってもらえそうにありません。私のところにどうしましょうと相談に来ましたが、私が言えることは、期末テストの日まで休まずに来いというだけです。Yさんもまた、なんとなく行く気がしないからとかという程度で気安く休み、ここに至ってしまいました。しかも、授業料を受け取ってもらえないのは、今回が初めてではありません。学習しないというか、期末テストまでの2~3週間だけ必死に通えばあとは適当でよいという悪知恵だけつけたというか、困ったものです。

Xさん、Yさんのほかにも休み癖がついてしまった学生が少なくありません。大志を抱いて留学してきたはずなのに、それをすっかりどこかに置き忘れています。Xさんは今学期の新入生ですが、これではさきがおもいやられます。Yさんは高い潜在能力を持っていながら、それが「潜在」のまま終わりそうです。一番残念な思いをするのは、私たち教師ではなく、当の本人なのですがねえ。

災害授業

9月6日(木)

課外授業で、有明にあるそなエリアとパナソニックセンターへ行ってきました。パナソニックセンターは去年の水上バス旅行の際に行きましたが、そなエリアはまるっきり初めてでした。

課外授業における教師の役割は、まず、学生の見守り役です。解散時まで学生の安全を図るのが最大の職責です。しかし、そなエリアの展示物はそれを忘れさせる迫力がありました。ネタバレになりますからあまり詳しくは書けませんが、大震災に見舞われた直後の東京(と思しき街)を再現したり、防災の心掛けや災害に遭ってしまってからの心構えが説かれたり、避難所で使うこまごまとしたものの準備方法が実地で学べたりしていて、思わずのめりこみたくなってしまいます。

そなエリアは首都圏が大きな災害に見舞われたときに対策本部が置かれるところで、その司令室も階上から見学できました。屋上ヘリポートは見に行きたかったのですが、本務を思い出してとどまりました。仕事を離れ、個人的にじっくり見学したいと思いました。

学生もけっこう夢中になっていて、タスクシートの質問の答えを真剣に探していました。中には友達の答えを丸写しする学生もいましたが、じゃあ展示物や体験コーナーに興味を示さなかったのかといえばむしろその逆で、そっちに熱中しすぎて答えを見つけに行くのが面倒くさくなってしまったようです。

今朝ほども北海道で震度7を記録する地震がありました。そなエリアのスタッフも盛んにそれを話題にしていました。学生たちが、日本にいる間にそういう目に遭わなければ幸いですが、その保証は全くありません。不幸にも被災してしまった時に、その傷口をできるだけ小さくし、一刻も早く立ち直れるように、というのがこの課外授業の主旨でしたが、学生たちは感じ取ってくれたかな…。

予算5000万円

9月4日(火)

「先生、東京のマンションはどちらがおすすめですか」と、Tさんから突然聞かれました。一瞬どういうことかわからなくてあれこれ聞き返してみると、Tさんのご両親がTさんのために東京でマンションを買ってくれると言っているのだそうです。ですから、都区内で買うとしたらどの辺のを買うのがいいかという質問でした。

「予算は?」「5000万円ぐらいです」「5000万あればこの近くでもいいのが買えると思うよ。富久クロスは億ションだっていうけど」…ということで、諸費用込みで5000万円ほどの物件を探しているようです。Tさんは大学院に進学して、もしかすると研究員として日本に残るかもしれません。そう考えると、5000万円で子どもにしっかりとした生活の場を与えるというのも、親としては妥当な投資のような気もします。Tさんが日本で仕事を続け、家庭を持ち、生活の基盤を築くのならそのマンションを持ち続けてもいいし、帰国するのならその時点で売り払っても子どもの充実した留学生活に寄与したとして、よしとするのでしょう。

富久クロスの億ションの話をしたらちょっと目つきが変わりましたから、Tさんの親御さんはもしかすると5000万円どころかもっと出すかもしれません。バブルの頃の日本人も、アメリカあたりでこんな勘定をしていたのでしょう。これが国の勢いの違いかなあと思います。先進国の中で日本だけがこの20年ほどの間で経済成長がほとんどありません。低成長といわれているヨーロッパ各国でさえ、経済規模が1.5倍ぐらいになっているそうです。

Tさんが5000万円か1億円のマンションで学生生活を送ってもいいですが、学生の本分と親御さんへの感謝は忘れないでもらいたいです。根がまじめなTさんならそんなことはないと思いますが…。

甘い生活

9月3日(月)

最近、財布をなくしたといって事務所へ来る学生が増えたように思えます。また、忘れ物として財布が届けられることも何件かあります。授業後、教師や日直が教室を点検して机の中に置きっぱなしになっている財布を見つけることもあります。残念ながら、「なくした」のほうが出てくる件数よりも多いため、なくしたと訴えてきた学生全員の手に財布が戻ってはいません。

詳しく話を聞いてみると、鞄のファスナーなどを閉めずに、口が開いた状態で教室やラウンジなどに置いたという例も見られます。確かに盗るやつが一番悪いですが、これなんかは盗られた方も重大な不注意を犯しているといわざるを得ません。誰もいない部屋に貴重品の入った鞄を置いたままどこかへ行ってしまうというのも、いかがなものかと思います。自分の国でも同じようなことをしてきたのでしょうか。

日本は治安がいいとよく言われます。しかし、それは程度の問題であって、悪人が全くいないという意味ではありません。本屋やコンビニなどでは万引きが増えているといいます。人ごみではスリに用心するのが常識です。もちろん、置き引きに遭わないように自己防衛しなければなりません。KCPの学生は、無邪気というか、無防備というか、そこのところの脇が甘いんじゃないかなあ。オリエンテーションでさんざん注意はしているんですけどね。

最大限の注意を払ってなおかつこうなってしまったのならともかく、抜け落ちがたくさんある状態で不愉快な目に遭ったとしたら、だから日本は暮らしにくいとか、想像とは全然違ったとか言ってほしくありません。冷たい言い方ですが、そこでなくしたお金は授業料です。授業料は1回払えば十分です。

留学生活を楽しみたかったら、必要最低限の身を守る姿勢ぐらいは身に付けておいてほしいです。