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好ましい変化

9月27日(金)

期末テストの試験監督をしましたが、偶然にも午前午後とも同じ教室でした。

午前は上から2番目のレベルのクラス。どの科目も難しい問題で、みんな制限時間いっぱいまで粘って答えていました。でも、提出された答案を見ると、結構空欄がありました。勉強不足だとしたら、ちょっと心配です。

午後は一番下のクラス。できる学生は時間をかなり余していました。「あと10分です。もう一度自分の答えをよーく見てください。「〃」があります・ありません、「っ」があります・ありません、長い音ですか、短い音ですか。大丈夫ですか」と注意を促してやると、それまで机に突っ伏していた学生も最初の問題から真剣に見直し始めます。

午後のクラスは、その後で教室を掃除しますから、椅子をひっくり返して机の上に上げてから帰ることになっています。期末テストの日も同じです。提出した学生は、机の上の消しゴムのかすを小さなほうきで集めて捨てて椅子を上げて帰ります。昔は、すぐ隣で真剣に問題に取り組んでいる友達がいるのに、ガラガラガッシャーンと大きな音を立てて椅子を上げる学生ばかりでした。どうしてこんなに気が利かないんだろうと思ったものでした。しかし、ここ数年は、周りに気を使って、音を立てないように椅子を上げる学生がほとんどになりました。

KCPの教師の指導が劇的に変わったという話は聞いていません。学生の質が変わったんだなと思います。周囲の状況に合わせられるようになったのです。両親がそうしつけるようになったのか、学生の国が豊かになって心にゆとりができたのか、どんな理由かはわかりません。でも、好ましい方向に変わってきたことだけは確かです。

成績も進学実績も、好ましい方向に動いてくれないものでしょうか…。

落とし物忘れ物

8月27日(火)

夏休み中、学生たちは思い思いに羽を伸ばしたようです。Hさんは青春18きっぷを買って、榛名山まで行ったそうです。KCPの学生で夏休みに榛名山に登った学生は初めてじゃないかな。誰でも行きそうな観光地ではなく、渋い選択だと思います。

しかし、Hさんは、その青春18きっぷも入っている財布を、横須賀で落としてしまいました。気が付いてすぐに警察に届けたといいますから、初級にしてはいい度胸であり、あっぱれです。

幸い、その財布はとても親切な方に拾われました。その方は財布の中にあった学生証を見てKCPに電話をくださり、配達記録郵便でKCPに送ってくださることになりました。それが、昨日の話。

しかし、現時点でまだ届いていません。先方もいろいろと事情がおありでしょうから、昨日のうちに送れなかったのかもしれません。ただ、Hさんはちょっと焦っています。明日の授業後、飛行機で広島へ行き、木曜日と金曜日は大学院の入学試験を受けることになっています。それだけならいいのですが、広島からの帰路は、週末を利用して、青春18きっぷでこの夏最後の旅を企画しているのです。

Hさんは財布を落としたために、夏の旅が危うくなっています。実は、私も九州旅行中に忘れ物をして危うい目に遭いました。

平戸では温泉旅館に泊まりました。大浴場と露天風呂と2か所でお風呂をたっぷり味わい、部屋へ戻ってきたら、鍵がないではありませんか。2か所の脱衣室とその間の廊下やエレベーターなどを2往復して探しましたが見つかりませんでした。仕方なくフロントでカギをなくした旨を訴えると、合鍵で部屋を開けてくれました。しかし、部屋の金庫に全財産を入れ、その鍵も部屋の鍵と一緒だったため、一挙に無一文になってしまいました。フロントの方は、やさしい顔つきで探しておくと言ってくれましたが、不安を抱えたまま床に就きました。

翌朝、こわごわとフロントに電話をかけると、露天風呂の近くの冷水器の上に置かれていたとのことでした。確かに、冷水器で水をたくさん飲みました。鍵は戻ってきたものの、こういうミスは今までしなかったのになあと、自分の記憶力と異常時対処能力の衰えを実感させられ、少し寂しくなりました。

Hさんの青春18きっぷが明日の昼までに届くことを祈っています。

V字回復

8月16日(金)

日本語学校に通う留学生は、出席率が悪いと留学ビザの更新ができなくなります。学生の本分は勉強ですから、学校を休んであまり勉強していない学生は、ビザがもらえなくて帰国となってもやむを得ません。

Kさんもビザが危ない学生の1人です。先学期も私が受け持ちましたが、風邪を引いたとかお腹が痛いとか言いながら、よく休みました。本人はそんなに休んでいないつもりだったのかもしれませんが、出席率は毎月80%を割り込み、欠席理由書を書かされていました。それだけ派手に休むものですから、授業内容がきちんと頭に入るはずもなく、期末テストでひどい点数を取り、進級できませんでした。

先学期の期末テスト後に一時帰国したのはいいのですが、国でインフルエンザにかかって日本へ戻るに戻れなくなり、今学期初めて登校したのは始業日から1週間以上も過ぎてからでした。当然その間も出席率は下がり続け、もはや1コマたりとも休めなくなりました。

もう終わったなと思っていましたが、学校へ来始めてからは遅刻が数えるほどある程度で、毎日学校へ来ています。今月は、なんと、出席率100%です。それでも入学以来の出席率は70%台で、依然ビザ更新危険水域にあります。これからも全く油断はできません。

出席率はまだまだですが、成績は上がりました。やっぱり授業は切れ目なく聞き続けなければ実力向上につながらないのです。授業が面白くなれば学校に通うのも面白くなり、さらにもっとわかるようになり…という正のスパイラルに乗ったように思えます。

明日から夏休みです。Kさんの正のスパイラルが休み明けにも維持されていることを祈るばかりです。

大洪水

8月15日(木)

西日本に台風が近づいているという話をしたら、Sさんが自分の故郷もついこの前台風に襲われて大洪水になったと言って、その時の写真を見せてくれました。Sさんの友人が送ってきたもので、屋根まで泥水につかった車が何台も写っていました。大雨で堤防が決壊したのでしょう。

Sさんも、家族や友人を相当心配したようです。長い時間連絡が取れなくなってしまった友人もいたと言っていました。授業で「今、気になっている人」というテーマで自由に会話をさせたら、Sは「家族」と言ってきました。大洪水のことを知らずに「どうして?」と聞いたら、「秘密です」という答えが返ってきました。町が湖みたいになっていましたから、無事は確認できてもこれからしばらくの生活は不自由なものになるに違いありません。Sさんはそういうことをみんなの前で言いたくなかったのでしょう。

聴解の教材の中に、「気象庁」という言葉が出てきました。気象庁は何をするところかと聞いてみると、学生たちは声をそろえて天気予報と答えました。「それから」と言って答えを促すと、「台風」という声が上がりました。「西日本は台風が来ていますよねえ。それから?」と別の答えを求めましたが、それ以上の答えは出てきませんでした。

気象庁は台風情報も出しますが、河川の洪水予報も出しています。河川の水位が大きく上がると見たら、氾濫警戒情報とか氾濫危険情報とかを出します。自治体はそれをもとに住民に避難勧告を出します。こういう仕組みがSさんの故郷にあるのかどうかは知りませんが、たとえ仕組みがあって避難できて命は助かったとしても、町の再建には時間がかかることでしょう。

Sさんの故郷の写真を見ていたら、去年の倉敷の大洪水を思い出しました。広範囲が水浸しになり、いまだに再建途上です。九州北部の集中豪雨に見舞われた地域も生々しい傷跡が残っていると言われています。「100年に1度」が毎年のように発生しています。これも地球温暖化の影響なんだろうかと、Sさんと話し合いました。

偉大な時計

8月10日(土)

職員室の自分の席で仕事をしていて時刻を確認するときには、左上の柱に掛かっている時計を見上げます。右前方にも時計が掛かっていて、しかも視線を動かす角度はずっと小さいのに、首を回さないと見られない左上の時計を見てしまうのです。そもそも私は、風呂に入るとき以外は、寝る時ですら、腕時計をしていますから、ほんのちょっと視線を落とすだけで時計の文字盤が視野に入るのです。それでも、自分の席にいる時は、腕時計ではなく、左上の時計なのです。

先月、その時計が故障してしまいました。この校舎の新築時から5年と少々時を刻み続けてきましたが、止まってしまいました。当然、時計は外され、修理に出されました。そのため、左側を見上げても、空振りです。日に何度となく、空振りを繰り返します。腕時計や右前の時計を見ればいいのに、ないことがわかっているのに、反射的に首を左に動かし、「あ、そうだ」と満たされない気持ちになるのです。

今、左上の時計は復活しています。しかし、いつ復活したのか、さっぱりわかりません。あんなに空振りを繰り返していたのですから、復活したらうれしくなって小躍りしてもおかしくないはずでしたが、まったく気づきませんでした。そこに時計があるのがあまりに当たり前で、時計が戻っても新鮮な刺激にならなかったのかもしれません。

「空気のような存在」という表現がありますが、左上の時計はまさにこれだったのです。消えて初めてその存在の偉大さに気づいてもらえるなんて、自己主張せず、でもさりげなく存在感を示す渋い役者のようじゃありませんか。そう思いながら、改めて時計を見上げています。

夏はいつから?

7月25日(木)

早起きの人間は、日の長さを朝の早さで感じます。目が覚めてからどのくらいで明るくなるか、駅までの道の街灯がついているかいないか、一番電車の車窓から見える太陽の高さがどのビルぐらいかなどといったことで、夏になったとか秋が近いとか思うものです。

ところが、今年は、夏至のちょっと後から曇りや雨の日ばかりで、日の出から間もない太陽を目にすることがずっとありませんでした。今朝、本当に久しぶりに、東の空の真っ赤な太陽が見られたのですが、だいぶ低い位置になっていました。なんだか、知らないうちに夏の盛りが過ぎ去ってしまったようで、いくばくかの寂しさに襲われました。

もちろん、本物の夏はこれからです。真夏日熱帯夜はしんどいですが、冷房の効いたビルや電車に滑り込んだ時の快感や、寝苦しいとき開け放った窓から履いてきた風などに夏のさわやかさを見出します。でも、昨日梅雨明けの機会を逸してしまった関東地方は、週末も雨だそうですから、夏の訪れは来週にずれ込みそうです。

梅雨が明けても、夏らしい強烈な日差しが来るのか、少々不安です。梅雨の湿度を保ったまま、気温だけがじわっと上がり、蒸し暑さに拍車がかかった、過ごしにくいこと極まりない夏になりそうな気がします。梅雨が明けた地方も、今一つスカッとしない夏のようですから。

朝のお掃除をしてくださるHさんは、小学生とラジオ体操をしてからこちらへいらっしゃいます。本気でラジオ体操をすると結構暑くなるようで、汗をふきながら事務室に入ってきます。こんなことをすれば夏らしさを感じられるんだろうかと、曇り空とHさんとを見比べながら思っています。

天候不順

7月13日(土)

去年の関東地方の梅雨明けは6月29日でした。私は梅雨の中休みと判定し、もうひと山来ると踏んだのですが、気象庁に完敗でした。6月から夏本番となり、去年の今頃は外に出るたびに大汗をかいたものでした。それに引き換え、今年はどうでしょう。6月28日を最後に、真夏日がありません。それどころか、最高気温ですら20度をかろうじて上回るにすぎません。

長袖のシャツをすべてしまい込んでしまった私は、部屋の隅っこに丸まっていたカーディガンのようなものでどうにか寒さをしのいでいます。今週は、結局、毎日お世話になってしまいました。校舎の中にいる時はともかく、朝晩は本当に助かっています。明日はうちの前のユニクロをのぞいて、もう少ししゃきっとしたのを手に入れようかな。

週間予報を見ると、来週もパッとしないお天気が続きそうです。このままでは、梅雨明けが発表されなかった1993年並みになりそうです。あの年は、7月なのに外で中継していたアナウンサーの息が白く映りましたからねえ。眠りから覚めたセミがあまりの寒さに飛び上がれず、道端で死んでいました。日照時間を比べたら、今年はその1993年すら下回っています。

こうまでなると、熱帯夜が恋しくなってきますから、勝手なものです。この時期、私の通勤時間帯には、バス停のベンチで気持ちよさそうに眠っているオジサンがいて、羨望の念を覚えるものですが、今年は全く見かけません。たとえ見かけても、気の毒に思ってしまうでしょう。

去年は、毎学期恒例のバザーが、あまりの暑さのために中止になりました。今年は、雨で中止になりそうな雰囲気です。地球温暖化が、巡り巡って、こういう妙に涼しい夏や、やたら雪の多い冬をもたらしているそうです。毎年日本のどこかを襲ってくる“〇十年に一度の大雨”にも関係していると言われています。地盤が緩んだところに地震が発生したら…。文字通り“日本沈没”になりかねません。

外を歩いている人たちが傘をさしています。また雨が降り出したようです。

日本時間

7月8日(月)

Xさんは、先学期の期末テストで、文法の点数が合格点にちょっと足りませんでした。だから、期末テストの範囲の文法を使った例文を書いてくるという宿題を出されました。午後、その宿題を持って来ました。

例文を読んでみると、確かに勉強の跡は見られました。しかし、「てんきよほ」だったり、「また」と「まだ」が区別できなかったり、「泥棒が入って台所でケーキを食べられました」だったりなど、看過できない間違いも少なからずありました。

自動詞と他動詞が入れ替わっているのは、指摘したらすぐわかります。しかし、これは“AでなければB”という論理に従って答えただけで、本当にその動詞が定着したかと言えば、怪しい限りです。助詞の間違いもそうです。「を」が違うと言われたから「に」と答えておくとかという発想は、その場しのぎに過ぎません。

このまま進級させるのは忍びないのですが、進学のことを考えると同じレベルで足踏みさせておくわけにもいきません。「普通の勉強のしかたじゃ、すぐに勉強がわからなくなりますよ」としつこく注意したものの、上がってしまったら“普通の勉強”しかしないでしょうね。

Xさんは、入学以来、そうやって上がってきたのでしょう。でも、“何となくわかる”では、これ以上日本語力が伸びることはないでしょう。発想を変えなきゃいけないよとは、私以外の先生にも言われているはずですが、身に染みていないんですね。

それよりも何よりも、Xさんの腕時計は、Xさんの国の時刻を示していました。これじゃあ、いくら年月が経っても、日本の生活になじむわけありません。常に国のことを考えていたら、日本語が定着することはないでしょう。Xさんの先が見えたような気がします。

選挙シーズン

7月4日(木)

遅いお昼を食べに外に出ると、遠くから選挙カーの声が聞こえました。そうです。参議院選挙が始まったのです。そういえば、昨夜、帰宅したら選挙の入場券が届いていたっけ。

先月、国会で日本語教育推進法が成立しましたが、これを取り上げて「日本語学校にお金を回しましょう」などと訴える政党なんかあるはずもありません。票につながりませんからね。日本語教育が充実すると、外国人の日本語レベルが上がり、街で働く外国人とのコミュニケーションが容易になり、気持ちよく買いもできたり一緒に働いたりできるようになります。コミュニケーションが取れるようになれば日本人側の“ガイジン”意識も弱まり、外国人にとってはさらに住みよい環境が形成されていくでしょう。また、日本語教育を通じて日本そのものを深く知るようになれば、知日家、親日家が増えていことでしょう。

以上は、日本語教育推進法によって変化すると考えられる、あまりにも楽観的な将来の日本社会像ですが、これぐらいの夢を語る候補者が1人か2人いても、日本語教育業界は罰は当たらないんじゃないでしょうか。参議院の比例区は、こういう全国規模の大所高所に立って物事を考え政策を打ち出すことができる人たちが選ばれるべきなのに、いつの間にか、合区によって議員がいなくなる県の候補を優先的に当選させる枠を設けると法改正がなされていました。国会議員が小粒になり、そこから選ばれる大臣や、その長である首相も小粒になったと言われます。日本の国全体が、大粒を許さない方向に動いているような気もします。

こういったことが、私の勘違いであることを祈ってやみません。

初戦をものにせよ

6月19日(水)

留学生入試のトップを切って、早稲田大学の出願がもうすぐ始まります。そこで、志願者を集めて、卒業証明書など出願書類を点検し、志願表などの作成の注意点を伝えました。

今までいろいろな先生から何度も言われているはずなのに、「必着」の意味がよくわかっていない学生がいました。大学に直接持っていくなどと言っていましたが、入試要項には大学窓口では一切受け付けないとしっかり書かれています。1人の学生を救いました。

受験料の納め方にも質問が来ました。学生たちの出身国は日本より現金を使うことが少ないので、カードやアリペイなどで払うと思っていたら、みんなコンビニで現金で払うとのことで、ちょっとびっくりしました。

みんな志望理由書はこれからだそうです。ペンで書かなければならないので、間違えた時に修正テープを使ってもいいかというのが気になる点です。ダメとはどこにも書いてありませんが、日本人の心理としては、好ましい心証にはならないだろうと答えておきました。800字以上の文章を、精神を集中させて所定の原稿用紙に書かなければなりません。私もあまりしたい仕事ではありません。

早稲田大学は出願書類を電子的に作成するのですが、志望理由書だけは手書きを求めます。ワープロで書かれた文章からは漂ってこない志願者の体臭を感じたいのでしょうか。すべてキーボード入力で済ませられるとなると、志願者の本気度が盛り上がらないように思えます。一画一画丁寧に原稿用紙に刻み込むことによって、早稲田大学で学ぼうという気持ちが高まりそうな気がします。

26日必着ですから、遅くとも25日には郵便局へ持ち込まなければなりません。2020年度入試の初戦が始まりました。