Category Archives: 生活

呼びかけられる

3月4日(水)

学校の外を歩いていたら、「校長先生」と呼びかけられました。学生は学校へ来ていないはずだけど、手続きか何かあったのかなと思って振り返ると、ゴーグルにマスクで顔を覆った白髪の方が立っていました。ゴーグルの中の目は明らかに私を見ていますが、はて、この方はいったい誰でしょう?

と考え込んでいたら、「先生、今、お昼ですか」とさらに聞かれました。その声を聞いて、「あ、Hさんだ」とわかりました。Hさんは先週まで毎朝職員室のお掃除をしてくださっていました。お掃除のときはゴーグルもマスクも付けていませんでしたから、一瞬誰だかわかりませんでした。朝は人が少ないから目も鼻も口も出していても平気だけど、人が多い時間帯に街なかを歩くときは用心しているとのことでした。

オンライン授業になってからは、職員室に出入りする人数がぐっと減りましたから、朝のお掃除はお休みになっています。おしゃべり好きのHさんとの世間話の時間がなくなってしまいました。Hさんは世間話の話題を見つけるのがとても上手で、定番のお天気から町内会の様子、花園小学校や新宿御苑など付近の公的機関の動き、安倍さんの話やご自身の身の回りのことなど、ありとあらゆることを取り上げます。地元出身の区議会議員さんも〇〇君ですからね。子供の頃を知っていたらそう呼びたくなりますよね。

このネットワークの広さ緻密さや話の面白さは、私なんか見習いたくても到底無理でしょう。誰に対しても気さくに話しかけられるからこそHさんに情報が集まり、その情報を有効活用することで中心人物になり得るのです。私は、せめてそういう方と知り合いになることで、自分にとって有意義な情報を得ていくことにしましょう。

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明るい街

2月25日(火)

うちの近くのコンビニが、今月から深夜営業をやめています。コンビニ店員が集まらず、深夜営業が厳しくなっているというニュースはだいぶ前から耳にしていましたが、自分の身近なところでその影響が出るとは予想外でした。私はコンビニのヘビーユーザーではありませんから、深夜の1時から朝の6時まで5時間コンビニが閉まっても大きな影響はありません。そもそもその近辺はコンビニ過密地区で、このコンビニが休んだところで、徒歩1~2分範囲に3軒のコンビニがあります。だから、1軒が深夜営業をやめたところで、よほどそのコンビニのコーヒーとかお弁当とかが好きでないかぎり、困ることはありません。

深夜営業をやめることで人件費は節約できそうです。しかし、店の照明はつけっぱなしですから、電気代の節約にはなっているようには見えません。まあ、今はLED照明でしょうから、照明の電源を落としたところで大した節約にはならないのかもしれません。

でも、やっぱり気になります。もったいないなあと思ってしまいます。同じことが、コンビニのそばのショッピングモールにあるドラッグストアにも言えます。こちらは夜の9時から翌朝10時まで閉店なのですが、私が帰る時間にも、出勤する時間にも、店内の照明が煌々とついていることがあります。また、回転寿司屋も、1か月に2日、従業員のために休業にしていますが、その2日は、どういうわけか、店の照明はつけっぱなしです。

夜中に明かりがあると安心すると言いますが、これらの店のまわりには街灯が明々とついています。上述のように、付近に開いているコンビニがたくさんありますから、その店の明かりが消えたところで急に寂しくなるわけではありません。

せこい話で恐縮ですが、最近気になっていることです。

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インタビュー

2月21日(金)

Lさんは京都の大学への進学が決まっています。そのきっかけとなったのが、夏に京都の大学のオープンキャンパスを見に行くツアーに参加したことです。午後、そのツアーを主催した京都の団体が、今年の夏に行う予定のツアーのプロモーションに使う動画を撮りに来ました。

動画と言ってもLさんへのインタビューが中心で、向こうの担当者からの質問にLさんが答えるという形で撮影が進められました。Lさんにはだいぶ前に知らせておいたのですが、約束の時間のかなり前からちょっと目が泳いだような顔つきでラウンジにスタンバっていました。

インタビューが始まっても、明らかに緊張した表情と声で受け答えをしていました。しかし、答えの内容は立派なもので、インタビューの聞き手の方も感心していました。日本語教師的に評価すると、単語で答えることが全くなかったのと、主語と述語が食い違うねじれ文もなかった点に、心の中で思わずガッツポーズをしてしまいました。時々言いよどむこともありましたが、話が変な方向へ進んでしまうこともなく、言いたいことがよくわかる答え方をしていました。

普段見ていると、進学してから日本人に伍していけるかなあと感じさせられていましたが、いざとなったらしゃべれるものなのですね。学生たちは私たち教師が知らないところで成長していくものなのです。いや、成長していくだけの力があったからこそ、大学に合格したのかもしれません。

夜、3年前に京都の大学に進学したJさんが、就活だと言って顔を見せてくれました。もう少し正確に言うと、昼間から怪しげな人影がロビーをうろちょろしていたのですが、誰なのかわからず放っておきました。改めて呼び出され、声を聞いたらJさんだとわかりました。一回りやせて精悍な顔つきになっていたので、すぐにはわからなかったのです。話を聞くと、かなり密度の高い学生生活を送ってきたようです。第一志望の大学に進学できたのですから当然の結果かもしれません。

3年後、LさんもJさんのように充実した学生生活だと報告してくれるでしょうか。

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大遅刻

2月20日(木)

10時2分、学生たちに文法の問題をやらせていると、ドアが開き、Yさんが入ってきました。1時間2分の大遅刻ですが悪びれる風もなく、空いていた席に着きました。学生たちが取り組んでいるプリントを渡すと、当たり前のごとくそれを受け取り、問題に取り組み始めました。

YさんがK大学に受かったのは先月のことでした。日本語ゼロでKCPに入学し、コツコツ努力を重ね、超級レベルに上り詰め、そして、名門大学に合格したのです。Yさんに関わったすべての先生が祝福し、Yさんも少しはにかみながらそれに応えていました。

しかし、Yさんが休み始めたのはそれからです。やや病弱なところがあり、それまでにも学校を休んだことはありましたが、平気な顔で遅刻したり、欠席理由が寝坊になったりし始めたのは、合格からです。受かるまでは、悲壮感を漂わせながら授業に食らいついていましたが、今はタガが緩み切った表情をしています。

毎年、志望校に合格してから株が下がる学生はいますが、Yさんの落差は屈指のものです。K大学合格までYさんを応援していた先生方が最近のYさんの姿をご覧になったら、さぞかし落胆なさるでしょう。私も初級でYさんを受け持ちましたが、今のYさんはまるで別人です。燃え尽きたというのとも違います。

HさんもLさんもJさんも株価低迷組です。人はどうして何かに挑戦し続けないと堕落してしまうのでしょう。ひたむきに挑む姿は美しいですが、望みがかなった後にこそ、その人の本性が現れるのだとしたら、汗の結晶の輝きはかえって罪です。

午後は年末までだらけていたWさんの3回目の面接練習でした。今までになく目が真剣でした。力が伸びてきている感じがします。期待していいのでしょうか。

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お金持ち

2月19日(水)

今シーズンの受験も終盤戦です。国立に勝負をかけている学生はともかくとして、去年のうちから受けているのにまだ決まっていない学生もいます。また、どうしてもこの3月で出たいけど、どこにも入れないでいる学生も何人か聞いています。志望校に受からなかったら帰国と、自ら背水の陣を敷いているプライドの塊も見かけます。

そんな中、W大学の先生に会いました。まだ進学先が決まっていない学生がいるという話をすると、「ぜひうちの大学に送り込んでください」と。授業料減免もするから、そういう学生に薦めてほしいと言って、要項をくださいました。

どんな学生でもいいのかというとそうではなく、経費支弁がしっかりしていることという条件を付けられました。つまり、家にお金がある学生なら歓迎するというわけです。アルバイトに走らなければ、きちんと教育すると言いたいのでしょう。

私がKCPに勤め始めたことは、“学生=貧乏”という不動の方程式がありました。アパート、学校、バイト先の3地点に囲まれた地域を、魔のトライアングルとも呼びならわしました。怪しいアルバイト先を確認しに行ったり、勉強とアルバイトとどちらが大事なんだと学生に迫ったりしたものです。今も、もちろん、アルバイトをしている学生はいますが、アルバイトに生活が懸かっている学生はいません。

今は、着たきり雀みたいな学生もいなくなりました。持ち物が豪華になりました。着ているものがおしゃれになりました。Cさん、Oさん、Sさん、Yさん…毎日しゃれた格好で登校してくる学生は枚挙にいとまがありません。そんな経済力を見ると、W大学が要求する基準は満たせそうです。学生の中には、日本に残るためにW大学進学を選ぶ人もいるかもしれません。そんなときのために、友好的に笑顔で接しました。

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これから出願

2月18日(火)

中間テストがありました。しかし、3月卒業予定者は、来週卒業認定試験がありますから、別メニューでした。私も、日本語教師養成講座の講義を担当しましたから、試験監督には入りませんでした。

養成講座の前半の講義を終えて、職員室に戻りがてら卒業予定者の別メニューの教室をのぞこうとしていたら、Sさんがその教室に入ろうとしました。コートを着てかばんを持っていましたから、“ちょっとトイレ”というのではなさそうでした。朝寝坊して今やっと学校に着いたという風情が漂っていました。私と目が合うや気まずそうな顔をして、教室に入っていきました。

養成講座が終わって職員室でコンピューター仕事をしていると、Sさんが、出席成績証明書がほしいと言ってきました。出席成績証明書は、先々週あたりに一度出しているので、その時に出願した学校はどうなったかと聞くと、落ちたとのことでした。それで、今から間に合う学校に出願するために証明書を申し込んだというわけです。

Sさんは優秀な学生です。教室では積極的に発言し、その発言も的を射ています。それゆえ、クラスメートもSさんの発言に注目しています。ただし、これは、Sさんが学校へ来た日のことです。そうです。Sさんの最大の弱点は、出席率が悪いことです。筆記や面接でどんなに点を稼いでも、今のご時世、出席率が低かったら絶対に受かりません。Sさん自身もその点は自覚していますが、どこかなめてかかっているところがあり、教師にどんなに注意されても、遅刻や欠席を繰り返します。あんなに頭がいい学生なのに、どうして過去から何も学ばないのだろうと不思議に思います。

もう後がありません。「頑張れ」と言ってやりたいところですが、みんなで声を合わせて言ったところで、向こうが出席率の数字で切ってきたら、それでおしまいです。「後悔先に立たず」を学んで国へ帰るなんてことにならないように祈るしかできません。

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新店舗開店か

1月30日(木)

全国的にはわずかではありますが減ったのに、学校の近くにまたコンビニができるようです。店員募集の張り紙がありました。新宿1丁目って、そんなに魅力ある地域なんでしょうか。大きな事務所や工場があるわけでもなく、新しい集客施設ができたわけでもなく、東京医大も富久クロスも新宿御苑も大きい通りの向こう側ですからねえ。コンビニが増えてもゼロサムゲームだと思います。

それから、店員やアルバイトが集まるのでしょうか。最近の日本語学校の学生は、KCPに限らず、あまりアルバイトをしません。付近にこれだけお店(=アルバイト先)が多いと、店の近辺で普通に募集しただけでは効果がないんじゃないでしょうか。安倍さんじゃないけど、広く募らなきゃ。

今週は、ある財団に奨学金受給者として推薦する学生を決める面接をしました。面接をした学生は1人を除いてアルバイトをしていませんでした。住んでいるところの家賃も10万円近いのが普通で、かつてのように勉強とアルバイトの両立に頭を悩ませることもありません。奨学金は、生活費を支えるというより、名誉のためにもらうためになりつつあります。

最近、バスや電車が、運転士がいなくて減便されるという話をよく聞きます。電車はゆりかもめみたいに無人運転の方向に進んでいくのでしょうか。丸ノ内線がワンマン運転を始めた時はびっくりしましたが、そうしていなかったら、今頃朝のラッシュ時の運転本数が減って遅延が慢性化して、KCPの学生の遅刻が激増していたとも考えられます。また、コンビニも、中国でやっているような無人店舗が広まっていくこともあり得るでしょう。そうなれば、新しいコンビニも生まれやすくなるかもしれません。

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マスクだらけ

1月27日(月)

今朝の電車――私が乗るのは1番電車ですからそんなに込んでいるわけではありませんが――で、私が座ったシートの人たちは、全員マスクをしていました。マスクをするとメガネが曇るので、私は可能な限りマスクをしませんが、世の中はそんな甘っちょろいことを言ってはいられなくなりつつあるようです。

昨日、うちの周りを歩いていたら、ドラッグストアをはじめ、どこへ行ってもマスクは10枚までとか最大5箱とか数量制限がついていました。それでも買い物かごいっぱいにマスクを積み上げてレジに向かう人が大勢いました。

先週のこの稿で武漢の肺炎が下火になることを祈っているなどと書きましたが、状況は日々刻々悪化しており、患者も死者も積み上がってきています。それゆえの全員マスクであり、マスクの販売制限です。流行っているのは日本ではなく、海を隔てた中国ですが、昨年は1千万、すなわち日本の人口の8%に近い人が中国から来ているのですから、油断は禁物です。

問題となっているコロナウィルスは、普通の風邪のばい菌です。肺炎だとか死ぬとかと言う物騒な話とは無縁のはずです。でも、おそらくどこかで(人類にとって)悪い方向の変異を受け、こうなってしまったのでしょう。さらに、人から人への感染力も強くなったとかで、もはや単なる風邪の病原菌などと軽く見るわけにはいきません。

現時点では感染が疑われる学生は出ていませんが、先週末の春節で大騒ぎした影響がいつ現れるかわかったもんではありません。今晩から明朝にかけて雪かもしれないという予報が出ていますが、そんなことよりこっちの方に気をもまなければなりません。早く春が来ないかなあ…。

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伝わっていますか

1月25日(土)

電車の車内アナウンスに、録音の音声による英語アナウンスが加わったのは、もうだいぶ昔のことと思います。ところが、最近、特に去年あたりから、車掌さんの肉声による英語アナウンスをよく耳にするようになりました。私が通勤に使っている東京メトロは、その日の車掌さんによってしたりしなかったりというのが現状です。

しかし、この肉声英語アナウンス、果たして通じているんだろうかと思うことがよくあります。年末に行った名古屋では、“アライビングアットカナヤマ。ドアーズオブライトサイドウイルオープン”とカタカナで書きたくなるようなアナウンスでした。“あらいびんぐあっと…”と、ひらがなの方がぴったりしそうな車掌さんもいました。東京のも似たり寄ったりです。

若い車掌さんなら、大学でかなりがっちり英語を鍛えられているはずですから、“Arriving at …”とやってほしいところですが、そういうアナウンスはなかなか聞けません。私が気持ちよく聞き取れるということは、その発音はネイティブのものからほど遠く、いかにも日本的発音だということです。悪い意味の横並び意識が現れ、わざと下手にしゃべっているのでしょうか。

私のクラスのアメリカから来ている留学生・Aさんに、自動音声アナウンスと肉声アナウンスとどちらがよくわかるか聞いてみたいと思っているのですが、授業の後はいつも忙しくて、そのチャンスがありません。非難の声が強かったらとっくの昔にやめているはずですから、それなりに支持されているのかな。日本人は手作り感に弱いですが、英語を頼りに来日している外国人の皆さんはどうなのでしょうか。

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集中

1月22日(水)

学生たちはしわぶき1つせず黙々と卒業文集の清書をしています。専用の原稿用紙に黒のフリクションではないボールペンで書くのですから、失敗は許されません。だから、おちゃらけた態度にならないのはわかりますが、これほどまで集中するクラスは珍しいです。

先週の水曜日に下書きを書いてもらって以来、昨日までかかって添削しました。日本の生活の苦労、勉強ができなかった苦しみ、新しい友達ができた喜び、未知の世界を垣間見た驚き、将来の夢、何年か後の自分への手紙、来日直前の自分へのアドバイスなど、実にバラエティーに富んでいました。

どの学生も何らかの形で挫折を味わい、それを克服して、今、こうして卒業を目の前にしているのです。来日したばかりのころに比べれば、何倍も強くなったはずです。だからこそ、かつての自分にアドバイスができ、将来の自分に「初心を忘れるな」なんてメッセージが送れるのです。

緊張気味の表情で原稿用紙に向き合っている学生を眺めながら、この学生たちと同時期に入学して、すでに帰国した学生たちのことを思い出しました。日本の生活になじめなかったり、日本語の壁が乗り越えられなかったり、誘惑に負け続けたり、健康を害したり、志半ばで帰国した学生たちが敗北感一色になっていないことを祈るばかりです。

今ここで清書に集中している学生たちも、これがゴールではありません。4月以降、私学したら、今まで以上の試練が待ち受けているに違いありません。その試練を切り抜けるだけの基礎学力と常識と精神力を、私たちは授けてきたつもりです。顔を伏せてボールペンを動かしている学生たちを、卒業後も陰ながら応援していきます。

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