Category Archives: 生活

気がかり

12月9日(木)

「なんじゃ、これは!」。Tさんの文法例文を見た時、心の中で思わず叫んでしまいました。授業中、私の話を全く聞いていなかったとしか思えない、勘違いというよりは方向違い、次元が違うとすら言っていいくらいの謎の例文が書かれていました。

Tさんは、外部の奨学金の受給生になるくらいの、成績も人柄も素晴らしい学生です。教師からの信頼も厚いです。そんなTさんが授業を聞いていなかったわけがなく、事実、指名された時にはちゃんと例文を読み、授業内容に関して的を射た質問もしてきました。それなのに、例文だけが「なんじゃこら!」なのです。

朝は、いつもと変わらず、授業の始まる10分前には教室に入っていました。Gさんのように、二度寝したら目が覚めたのが12時でした、などと間の抜けたことはしません。毎朝している漢字復習テストも、いつものように満点でした。SさんやYさんの授業中のスマホいじりは毎度のことですが、もちろん、Tさんはそんなことはしていません。意味不明の例文を書く要素が全く見当たりません。

そういえば、月曜日の文法テストは、Tさんらしからぬ間違いがあり、いつもよりぐっと点が下がりました。そして、この例文です。外見からはわからない、悩みや問題を抱えているおそれもあります。確かに、受験はこれからで、しかも難関校を狙います。プレッシャーにさいなまれていたとしても、不思議はありません。しかし、心が乱れる刀自も乱れることがよくあるのですが、Tさんの字は今までと変わらず、丁寧で几帳面で漢字にはすべてふりがなが付されています。

例文は、授業で言ったことを、提出された例文用紙にもう一度書いて、添削して返します。明日、担任でもあるH先生に様子を見てもらうことにしました。

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11月12日(金)

午前中、職員室で仕事をしていたら、宅配便屋さんが大きな段ボール箱の荷物を運んできました。「あっ」と言って、F先生が受け取りました。F先生のお父様からの、毎年この時期に届く荷物でした。「お世話になっている先生方へ」ということで、地元・長野のりんごを送ってくださるのです。

箱を開けると、ほのかな香りを放ちながら、真っ赤なりんごが並んでいました。今年はいつもの年より熟れているようです。去年あたりはうちへ持って帰ってから1週間ぐらい置いたような記憶がありますが、今年のりんごは今晩食べてもよさそうです。

私にりんごを見る目がないのか、単に安物だからいけないのか、毎年F先生のご実家からのに勝るりんごは食べていません。適度な歯ごたえと独特な舌触りと甘さだけではない味覚と、幾重にも楽しめます。年に1回のお祭りみたいなものですね。

私は東京生まれなので、Fさんにとってのりんごのような物がありません。東京バナナや雷おこしじゃ季節感が漂いませんしね。大昔なら浅草海苔という手もあったかもしれません。そういう意味で、誰もが納得する絶対の切り札を持っているのはうらやましいです。

そういう長野も油断はできません。温暖化が進むと、長野はりんごではなくみかんの産地になってしまうのだそうです。長野県は教育県ですから、いざとなったら栽培法の研究を進め、みかんを現在のりんごの地位にしてしまうことでしょう。愛媛みかんにも勝ってしまうかもしれません。でも、やっぱり、「長野みかん」ではなく「長野りんご」を食べ続けたいです。

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首の皮一枚

10月27日(水)

秋が深まるとともに、出願もたけなわとなってきました。そうすると毎年のように問題になるのが推薦の扱いです。大学の指定校推薦は募集人数も少なく、かなり厳しい基準が設けられていますから、私たちが面接して、学校として推薦する学生を決めます。そうやって厳選したつもりでも、指定校推薦で合格が決まった学生が不行跡を重ねる例が皆無とは言えません。

専門学校の場合、大学の指定校推薦に近い推薦制度を有している学校もありますが、出願に必須の書類として推薦書を挙げている学校が、もしかすると大多数と言ってもいいかもしれません。専門学校の心中を勝手に想像すると、通っている日本語学校との間に、推薦書を書いてもらえるくらいの関係が築けていれば、うちの学校に入ってからも大きな問題を引き起こさないだろうと考えているのでしょうか。逆接的に、推薦書すら書いてもらえないような学生は、相当質の悪い学生だという判断なのかもしれません。

多くの学生が引っかかるのが、出席率です。Oさんはかろうじて出席率の基準をクリアしました。ほぼ全学生が、レベルが上がるにつれて出席率は下がりますから、かろうじてクリアということは、初級の頃の貯金で滑り込んだということです。直近の数値ではアウトです。また、例年ならビザ更新後の出席率も考慮するのですが、Oさんも含めて、今年はビザ更新をした学生がほとんどいません。Oさんはこの点でも救われています。

このまま推薦したのでは相手方に対して不誠実です。ですから、Oさんには今後出席率が基準を下回るようなことがあったら、出願校に連絡して推薦を取り消すという条件を付けることにしました。

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寒さに感じる

10月19日(火)

なんだか急に季節が進んじゃいましたね。昨日あたりから肌寒ささえ感じています。始業日前日・先週の月曜日までは夏装束で半袖だったのに、午後の授業を終えて職員室に下りてきたら、T先生やH先生が毛布にくるまって仕事をしていました。

教室でも、いつの間にかドアが閉まっていました。換気のために、対面授業の時は窓もドアも開け放つことになっているのですが、あまりの風通しのよさに、ドアの近くの席にいた学生が閉めたのでしょう。

そのせいかどうかわかりませんが、私のクラスは欠席が3名。伊達の薄着じゃありませんが、ろくに布団もかけずに寝たり、着たきり雀でいたりして熱を出している例も少なくありません。当節、熱は風邪なのかインフルエンザなのか、はたまたPCR検査行きなのか、判断がつきません。健康には十二分に留意しなければならないのに、その辺が抜けているんですねえ。

予防という概念が薄いのでしょうか。そうだとすると、将来を見込んで行動するという計画性も足りないということにもなります。これでは進学もうまくいきません。場当たり的な対処を繰り返していたら、どこかで破綻をきたします。目の前のことばかりに集中していると、あさっての方向に進んでいくことだってあります。

これは、学生の作文にも言えます。骨格をメモしてから書くようにと指導したのですが、書きながら考えるの成れの果てみたいな、論旨が二転三転するスリリングな作品もありました。窓を開けっぱなしで寝たなどという生活態度とぴったり一致します。

週間予報を見ると、朝が10度、日中が20度ぐらいの日が続くようです。このまま冬装束に突入しそうです。

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子育ての適地

10月1日(金)

おとといの期末テストで、私が担当しているレベルでは、簡単に言うと、「子育てするなら都会と田舎とどちらがいいか」というテーマで意見を書いてもらいました。私が採点した約20名のうち、田舎がいいと書いた学生は1名でした。「都会」が多いだろうとは思っていましたが、ここまで差がつくとは予想外でした。

多くの学生たちが挙げた理由は、教育でした。田舎ではいい教育が受けられない、子供の能力を引き出すなら都会で質の高い教育を…というのがその趣旨です。自国では得られない教育を求めてわざわざ日本まで来ている人たちに尋ねているのですから、当然の意見かもしれません。

もう一つ、このクラスの学生の大多数は都会の生活しか知らないようです。はっきりそう書いている学生も何名かいました。田舎は旅行で訪れるなら魅力的だが、住むのは嫌だといわんばかりの文章もありました。そうなると、田舎で子育てというのは想像もつかないでしょう。まあ、学生たち自身、育てられている最中ですからね。

更に言ってしまうと、「都会」「田舎」の定義が学生側と教師側でずれていたかもしれません。仙台は、東北の人にとっては別格の大都市です。しかし、東京と比べたら街の規模が全然違います。大阪だって、東京から見たら、生駒山地が迫っている田舎町になりかねません。また、学生たちが想像した田舎とは、山奥の一軒家のようなところかもしれません。その証拠に、都会がいいという理由に、田舎は不便だというのがいくつか見られました。さらに想像力をたくましくすると、自分が都会で暮らしたいから、子育ても都会と言っているのではないかと思われるふしも見られました。都会は就職しやすいなどというのは、子供じゃなくて自分自身のことじゃないかな。

こういう発想ですから、東京を離れようとしないのです。唯一「田舎」と答えた学生は、行き過ぎた競争社会を批判し、目の前の成果にとらわれて都会を選んではいけないと説いています。文法のミスには目をつぶって、Aをつけました。

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佐藤さんが大手町で

9月14日(火)

聴解の問題をやると、学生たちは、問題の答えはそこそこわかりますが、問題に出てくる人名はじめ、固有名詞の聞き取りが本当にできません。山田さん、田中さんぐらいまででしょうか、どうにか聞き取れるのは。クラスの大半が「佐藤さん」を聞き取れなかったことだってあります。

でも、日本人の名前は山田さん、田中さんばかりではありません。それどころか、日本人の名字の種類は、人口10倍以上の中国よりはるかに多いと言います。それを全部聞き取れるようになれとは言いませんが、主だったなまえが聞き取れなかったら、日本で生活していく上で厳しいんじゃないかな。

なまえは、「さん」とか「先生」とか「部長」とか、敬称や肩書・職名といっしょに使われることが多いです。そういうマーカーが付いていますから、その気になれば聞き取りやすいんじゃないかなあ。でも、問題を解こうとしている学生にとっては、人名は枝葉末節にすぎないのかもしれません。

地名は、ある程度の生活感がないと身に付かないでしょう。KCPの学生は、ほぼ全員、「大久保」を知っているでしょうし、だから地名として聞き取れると思います。でも、「大手町」は、縁が薄いので、耳が反応しないと思います。県名だって、何かのつながりがない限り、無理です。

学生たちには、受験勉強の先を見越した勉強をしてもらいたいです。聴解のテクニックを身につけて終わりじゃなくて、日本で生活していく上で必要な力を付けてほしいです。そのためには、やっぱり種をまき続けるしかないのだと思います。

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最後の御奉公を

9月4日(土)

お昼に入ったお店のテレビで、パラリンピックが放送されていました。私はオリもパラも興味を失っていましたから、7月のオリ開会式はじめ、今まで全然見ていません。だから、料理が来るまで、中継には目もくれずに本を読んでいました(小野不由美は読み始めると止められません)。

そのオリパラを強引に開催した菅さん、辞めちゃうんですね。Go to トラブルと言いたくなるような政策を出し続けたあげく、1年でクビという図式です。この稿でも何回か登場していただきましたが、優しい言葉をおかけした記憶はありません。

登場の時点からして怪しかったですからね。なんだか知らないけど、一番なってほしくない人が首相になっちゃったというのが、1年前の印象でした。6割とか7割とかという支持率を不思議な思いで見ていました。でもというか、やはりというか、竜頭蛇尾でした。日本語学校に関わりのあるところで言えば、去年の秋に一瞬だけ鎖国が解かれて新入生が入国してきましたが、その後は今に至るまでさっぱりです。現在、11月のEJUや12月のJLPTを日本で受けるつもりの学生が大勢海外で待っています。菅さん、最後のひと花で何とかしてくれませんか。

菅さんが首相に就任した日、全国の新規感染者数は541人、累積感染者数は約7万7千人でした。それが、今や、新規は日々2万人近く、累積は150万人以上となっています。感染の抑制は完全に失敗ですね。ワクチン接種はだいぶ進みましたが、予定通りとは言い難いのではないでしょうか。「経済優先のつけが…」などとも言われていますが、優先したわりには景況は思わしくありません。一見プラス成長ですが、去年の指標が悪すぎただけで、「ましだ」というに過ぎません。

菅さんは今年の誕生日で73歳です。あと数年したら、首相経験者ですから、旭日大綬章をもらっちゃうんですよね、きっと。

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新しいスピーチコンテスト

9月2日(木)

久しぶりのスピーチコンテストを、初めてのオンラインで開催しました。私は審査とりまとめ役でしたが、集計方法などで戸惑いました。各教職員、それぞれの担当でそれぞれの苦労があったようです。昨日までリハーサルを繰り返しましたが、実際にやってみると意外なところから問題が噴出してきました。致命的な失敗はありませんでしたが、明日に向けての反省材料はたっぷりあります。そうです。今回は2日間の分散開催なのです。

オンライン授業のためスピーチの練習の機会が少なかったのではないかと心配していましたが、それを跳ね返して立派なスピーチをしてくれました。今までに比べて開催時期が遅いことが有利に働いた面もあるようです。授業や面接では発音の悪い学生をたくさん見てきましたが、さすがにクラス代表に選ばれただけあって、きれいな発音を聞かせてもらえました。発音はやっぱり訓練の量がものをいうのですね。

ただ、自室でパソコンに向かって話しているからでしょうか、熱弁が少なかったように感じました。印象的なスピーチは、会場の生の反応との相乗効果で生まれるものです。拍手や笑い、うなずきに支えられて練習以上のスピーチを繰り広げる学生がいたものですが、今回はそういう大化けのスピーカーはいなかったようです。

自室からのスピーチならではの工夫もありました。自分が飼っているペットを見せてくれたり、いかにもリラックスした表情で話していたりなど、今までとは違った雰囲気のスピーチもありました。

さて、明日はどんなスピーチが聞けるのでしょうか。

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欠席理由

8月26日(木)

JLPTの団体申し込み者の成績が届き、データを見てみた時、あまりの欠席者の多さに愕然としました。しかし、よく調べてみると、海外にいる学生が、7月のJLPTの頃には入国して受験できるだろうと思って出願したのに、実際には入国できずに受験もできなかったという例が、欠席者の3/4を占めました。そういう学生を除き、日本にいたのに受験に行かなかった学生となると、その割合は、むしろ例年より低いくらいでした。

7月のJLPTの申し込みは3月から4月にかけてでしたから、その頃は6月半ばに入国し、7月4日に受験するというプランも現実味がありました。オリンピックもやることだし、選手が入国するなら留学生も入国できるだろうという楽観的見通しを否定はできませんでした。

受験できなかった学生にとっては、受験料が無駄になってしまったこともそうですが、この試験でN1かN2を取って来春進学するという計画が瓦解の危機に瀕していることの方が厳しいです。去年と同じように、秋に一瞬門戸が開き、その時に入国するという道があるのでしょうか。ここ数日、東京の新規感染者数は先週に比べて減っていますが、絶対数は相変わらずです。全国的には右肩上がりのところが多く、全く予断を許しません。

入国できないがゆえに受験できなかった学生の中に、私のクラスのHさんもいました。N1ですからたやすいことではありませんが、何でも吸収しようと意欲的なHさんなら手が届かなかったとも限りません。初級ですがオンライン授業で実力をグングン伸ばしていたMさんやWさんだって、N2を受けていたら結果が楽しみでした。

最大の問題は、日本にいたのに受験しなかった学生どもです。感染予防にかこつけたのではないかと疑いたくなる名前もちらほら。海外で切歯扼腕している学生たちに比べたら、ずっと恵まれているのに…。

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声の主

8月12日(木)

お昼を食べに出かけようとしたら、「先生、こんにちは」と声をかけられました。3月に卒業したKさんが書類の申請に来ていました。Kさんは卒業の学期に受け持った学生で、正直に言って成績はあまりよくなかったですが、クラスを盛り上げてくれました。堂々と言った答えが間違っていて、自然にクラス全体を和ませるというタイプの学生でした。そう、Kさんの方から声をかけてくるなんて、いかにもKさんらしいです。

Kさんは、日本で働くことを目指しています。だから「成績はあまりよくなかった」ではいけないのですが、テストでは測りにくいコミュニケーション力を持っています。日本語は下手なんだけど、なぜか通じちゃうという学生が時々いますが、Kさんもそういう学生でした。そのためなのかもしれませんが、手を差し伸べたくなる学生でもありました。たぶん、進学先でもそういうキャラを発揮しているんじゃないかな。

また、Kさんはクラスの日直の仕事をまじめにやり遂げる学生でした。指名されると机といすを几帳面に並べ、消毒のアルコールをふりかけ、机の中に忘れ物がないかしっかり調べてくれました。適当に済ませてさっさと帰ろうとする学生も多い中、Kさんのこういう愚直さは好ましく映りました。

Kさんの場合、エントリーシートがどうのこうのという就職戦線を勝ち抜くというよりも、人柄が武器となって、人づてに就職先が決まるんじゃないかって気がします。その方がKさん自身にとっても幸せなのではないでしょうか。時間もなかったし、こういう時期でもありますからゆっくり話せませんでしたが、Kさんの顔つきには自信が感じられました。

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