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実質総代

3月4日(月)

KCPの卒業式では、卒業生総代は設けていません。ただ、最初に証書をもらう学生だけ証書に書かれている文面を全て読み上げます。それ以外の学生のは“以下同文”で、名前以外は読みません。そういうわけで、実質的には最初に証書をもらう学生がその年の卒業生の顔となります。

今年の顔はBさんでした。1年以上最上級クラスに在籍し続け、去年の6月のEJU日本語では全受験生の最高点(実質満点)、同じく7月のJLPT・N1では満点の合格、そして国立大学への進学も決まっており、学生も教師も誰もが認める卒業生№1です。もちろん、予行演習の通りに証書を受け取り、最後の最後まで他の学生に範を垂れてくれました。

Bさんには、私も密かにお世話になりました。中間・期末テストなどでは、まず、Bさんの答案を採点します。そうすれば、模範解答を作らずにすむのです。Bさんの答えが、私の求めていた答えの水準よりも高すぎて、逆に模範解答にならなかったことすらありました。

こういう軸になる学生が抜けてしまった穴を、一体誰が埋めるのでしょう。去年はBさんが担ってくれるだろうなという予感がありましたが、今年はこれといった学生が思い当たりません。でも、おととしだって、その前の年だって、そう思いながらも4月期の終わりごろには頼りになりそうな学生が現れてきました。自分たちが最上級生だという自覚が、今年は勝負の年だという覚悟が、学生を育てるのだと思います。

Bさんは「長い間、お世話になりました。ありがとうございました」と言って、卒業式場を後にしました。明日から私は初級クラスの担当です。Bさんに続く人材を育てねば…。

一瞬

3月1日(金)

2階のラウンジに、バス旅行の写真コンテストの応募作品が張り出されています。どの作品も「タイムトラベル」というテーマにふさわしく、“江戸”を感じさせてくれます。その中でも入賞作品は、ドシロウトの私が見てもすばらしく、なんだか写真の中に吸い込まれそうになります。

どの写真も、日光江戸村の中のほんの一瞬を切り取ったものですが、その一瞬が実に輝いているのです。よくぞこの一瞬にシャッターを押したものだと感心することしきりです。私は写真を全く撮りませんから、どんなにすばらしいシャッターチャンスが目の前に現れても、それに気づくことすらありません。感激できる瞬間をみすみす見逃しているのです。もったいないなあと思います。同時に、1秒にも満たない輝ききらめきときめきざわめきをがっちり捕らえる、カメラマンたちの反射神経と美的感度の鋭さと構成力に舌を巻くばかりです。

ケータイやスマホでだれでもいつでもいくらでも気軽に写真が撮れるようになりました。そのため、撮ったけど一度も見られることなく消去される写真も山ほど生まれましたが、そうした犠牲の上に頂点も高くなったと言われています。“数撃ちゃ当たる”ではありますが、その玉石混交のなかから“玉”を選び出す眼力も養われているのでしょう。

2階の写真で私が最も瞬間性を感じたのは、M先生の真剣白刃取りです。筋肉の躍動感が伝わってきました。きっと体を鍛えているのでしょうね。学生の前でそれこそ日本の伝統芸能を見せようと思ったんじゃないかな。

さて、月曜日は卒業式。卒業生が見せるKCPで最後の笑顔を切り取った写真を見てみたいです。

不審者出没?

2月28日(水)

来週の月曜日に卒業式を控え、授業時間を割いて卒業生たちの予行演習をしました。6階の講堂のステージを使い、本番と同じようにステージに上がり、証書をもらい、文集を受け取り、ステージを下りるという動作を確認しました。日本人にとっては当たり前の証書のもらい方も、日本文化に深く傾倒した学生にとってさえ戸惑うもののようです。みんな、私の説明をいつになく真剣に聞いていました。

卒業式は学校で一番大きな儀式ですから、厳かな雰囲気を持たせたいです。ですから、キメるべきところはビシッとキメてほしいのです。だらっと手を出して証書を受け取るようなことはしてほしくありません。いかに親しき仲とはいえ、私に微笑みかけてくるようなこともやめてもらいたいです。そんな細かいことまでは言いませんでしたが、今までとは違うぞという空気は感じ取ってもらえたと思います。

困るのは、この予行演習に参加しなかった学生どもです。授業を欠席するほどですから、そもそもが怪しいやつらです。それに加えて要領をつかんでいませんから、怪しさ倍増なんていうものではありません。月曜日の本番では、おどおどしながら私の前に出てくるのでしょうね。

もう一つ心配なのは服装です。面接試験に着ていくような服を着て来いと伝えましたが、欠席学生には伝わっていません。燃えないごみでも捨てに来たのかと言いたくなるようなかっこうで出現するやからが、毎年何名か必ずいます。私のクラスのCさんも、最近さっぱり姿を見かけません。ジャージ姿のぼさぼさ頭で、眠そうな顔をしながら式場にぬっと現れるのではないかと気をもんでいます。

密かな天気予報

2月23日(土)

今学期は、始業日の前から天気予報を追いかけてきました。バス旅行当日の天気をきっちり予報しなければならなかったからです。栃木県日光地方の週間予報をずっと記録し、1週間前に出された予報がどのくらい当たるか追跡していました。

結論から言うと、思っていたよりも当たっていました。ただし、予報は、日光江戸村そのものずばりではなく、日光市今市のですから、当てやすかったとは思います。今市はぎりぎり北辺であっても関東平野ですし、関東平野なら冬は基本は晴ですから。日光江戸村は、今市から鬼怒川を7~8キロほどさかのぼった谷あいにあります。その分雪も降りやすいですし、川に沿って吹き抜ける風が思わぬいたずらをしないとも限りません。

現に、江戸村のはずれのほうには溶けかけた雪がわずかに残っていました。また、今市の予報は1日中晴でしたが、江戸村はくもりがちの時間帯もありました。風はけっこう冷たく、私は手袋をして歩きました。そうはいっても雨には降られず、また、凍えるほどの寒さでもなく、そういう点では今市の予報でも十分役に立ちました。

2月21日について言えば、週間予報が出たときからずっと晴ベースの予報で、現実にも晴でした。前日か遅くとも当日未明のうちに低気圧が関東近辺を通り抜け、21日は好天という予報でした。低気圧は予報より早く、19日のうちに抜けた模様で、1週間前の予報では雨だった20日も、実際には晴れでした。もし、バス旅行が20日だったら、バス旅行実施可否の最終決定日に、自信を持ってGOサインを出せたかどうか疑問です。

この次に私が真剣に予報を出さなければならないのは、4月の学期が始まってからの御苑でのお花見の日でしょう。芝生に腰を下ろすとなると、前夜の雨や当日朝の冷え込みによる朝露まで考慮に入れる必要があります。また、4月ともなれば日差しが思いのほか強いので、そちらの心配もします。責任感で胃は多少痛くなりますが、その痛みが楽しみだといったら、Mでしょうか…。

忍者大流行

2月21日(木)

「先生、忍者ですか」と、何人に聞かれたでしょうか。今回のバス旅行では、日光江戸村内でKCPの教職員のだれかが忍者となって5種類の江戸時代グッズのどれかを持って歩いているので、その教職員を見つけてシールをもらい、5種類コンプリートすると、記念品がもらえるという企画を実施しました。それで、学生たちは私も何か持っているのではないかと見て、忍者か聞いてきたというわけです。中にはあからさまに「先生、シールありますか」と聞いてくる学生もいましたから、そういう学生には「シールはないけど、ごみならあるよ」と、ポケットからくしゃくしゃに丸めたビニール袋を出すと、あわてて逃げていきました。

私が引率したクラスでは、Yさんが見事に5種類のシールを全て集めました。どんな賞品かは知りませんが、今学期で帰国するYさんにとっては、いい思い出になったのではないでしょうか。Yさんに限らず、卒業予定の学生たちは、KCPでの生活の名残を惜しむかのように、江戸村のアトラクションを楽しんだり屋台で買った串などを食べたりしていました。

今までになく人気を集めていたのが、手裏剣道場でした。その前を通るたびに誰かが出入りしていましたし、手裏剣を的に命中させてゲットした賞品を見せびらかしている学生もあちこちにいました。KCP忍者とかいってあおったからでしょうかね。

もちろん毎度おなじみの変身を楽しんだ学生もいました。和装をすると、普段顔を合わせている学生も見違えてしまいます。着付けが上手だからという面も見逃せませんがね。私も毎度おなじみの変身をしました。今年もお大尽様をさせていただきました。学生から「江戸村の役者さんみたいですね」と言われて、「KCPをやめたらここに就職しようかな」なんて、いい気になっている私がいました。

比例

2月18日(月)

中間テストがありました。午前中は卒業クラスの試験監督をしました。今学期は私が入っていないクラスですが、大半が以前受け持っていたり選択授業のクラスにいたり受験講座を受けていたりということで、何がしかの接触がある学生でした。そりゃあ、2年近くいたらどこかで引っ掛かりがあるものですよ。

そういう彼らが、KCPで最後の試験に呻吟しています。ある学生にはここが踏ん張りどころだと心の中で応援し、別の学生にはいい気味だと冷たく見ていました。申し訳ないけど、授業態度が悪かったりそもそも欠席が多かったりする学生は、あんまり応援したくありませんね。えこひいきするわけではありませんが、ひたむきに努力を重ねている学生は、そっとおしりを押してあげたくなります。

さて、夕方から、その学生たちの採点をしました。おしりを押したくなった学生は、手心を加えるまでもなく合格点を取り、応援したくない学生は多少甘めに付けたところで不合格でした。教師の好みに合うとか合わないとかという以前に、授業をまじめに聞いていない学生は点が取れないのです。きっちり授業に参加してきた学生は、それなり以上の成績を収めるものです。

テストの採点と並行して、バス旅行の準備が進められています。明日はしおりを配って行程の説明をします。日光江戸村の中でいつ何を見るかも決めていかなければなりません。教師は行き帰りのバスの中で何をするかも決めておかねばなりません。バス旅行が終わったらすぐに卒業式です。あれこれ行事が重なって忙しいのが、毎年のこの時期です。

成人の日

1月15日(火)

昨日は1月の第2月曜、成人の日で休みでした。成人式らしい人を2人ばかり見かけました。でも、私の感覚では、成人の日はいまだに1月15日です。調べてみると、ハッピーマンデー制度によって成人の日が1月15日ではなくなったのは2000年のことで、もうすぐこの制度ができてから生まれた人たちが成人式を迎えるのですね。

今年のKCPの成人式は、古式に則ったわけではありませんが、本日・1月15日でした。この日が成人の日だったのは元服の儀式が行われたことにちなむので、本当は軽々しく動かすのはいかがなものかと思います。でも、元服の頃の1月15日はもちろん旧暦で、現在の暦とは時期がだいぶ違いますから、あんまりこだわってもしょうがないとも言えます。

式は昼休みに行われました。せっかく本来の成人式の日である1月15日になったのに、儀式らしく正装で参加した学生が少なかったのは残念でした。でも、きちんと成人式の意義を理解してスーツ姿で来てくれた学生を見ていると、うれしくもあり、こちらも気を引き締めねばと思えてきます。

大人になるとは、“すごい”と思われることが少なくなることだと挨拶しました。できて当たり前、して当然と思われることが多くなるのです。それは責任が増すことにも自覚が求められることにもつながります。こういった周りからの期待に応えていかねばならないというプレッシャーも感じることでしょう。それらを乗り越えて、家族からも友人からも教師からも一目置かれる存在になることが、大人になることなのだと思います。

正装で式に臨んだ学生たちは、大人の自覚が芽生え始めているんじゃないかなと思いながら、スピーチを終えました。

入学式挨拶

みなさん、本日はご入学おめでとうございます。このように世界の各地から大勢の方々がこのKCPに入学してくださったことをとてもうれしく思います。

先学期、新聞記事を教材にした上級クラスでの読解の授業でのことです。今の日本のありようを批判的にとらえたその記事を読んだある学生は、「東京は日本で一番有名な町だけど、日本を代表する町ではない」と自分の意見を述べました。

その記事は東京の現状について書かれているけれども、今の日本が遍くそうだというわけではない。東京の人はここに書かれているようにふるまうけれども、東京以外に住んでいる人たちの行動様式はこれとはだいぶ違う…ということが言いたかったようです。

実に鋭い意見だと思いました。その学生は日本へ来て1年半ほどですが、日本をよく観察しています。また、日本をより深く知ろうともしています。確かに、東京が抱える諸問題と東京以外の地方の喫緊の課題には大きな差異があります。例えば東京は電車の混雑をどうにかしなければならないことが鉄道会社にとっても行政にとっても大きな問題ですが、乗客が減り続けて廃線の危機に瀕している鉄道会社とそれをどうにか防がねばと頭を悩ませている自治体も数多くあります。そういうことも踏まえ、東京を知ったとしても日本を知ったことにはならないと言おうとしたのでしょう。

また、東京は国際的な町だとも言われます。しかし、これは裏を返せば世界のどこの大都市とも共通性があり、みなさんの国の大都市の様子に一番近いのが東京だということでもあります。東京の生活に慣れたといっても、それは自分の国の町からほんのちょっと外側にある町の空気が吸えるようになったというに過ぎません。

東京だけを見て日本を知った気にならないでください。みなさんが国で得てきた現代の日本像は、東京像と言っても差し支えないでしょう。その日本像を東京で再確認するだけでは、わざわざ日本へ来た意味がありません。しかも同国人のコミュニティーの中で暮らしていくとしたら、国で勉強していたほうがよっぽど効率的かつ経済的です。

ですから、努めて外を向いてもらいたいのです。自分の国では体験できないことを体験するのが留学の意義だとしたら、1つでも多くの異質に触れることで留学の価値が決まるのだとしたら、東京で学校の宿題とゲームにだけ明け暮れる生活は意味がありません。留学を通して新たな視点を養いたかったら、居心地の悪さは覚悟の上で、苦労が伴うことも承知の上で、新たなフロンティアへと踏み出して行く必要があります。

さらに、外国人労働者受け入れ拡大政策によって、日本の国の外国人に対する姿勢が大きく変化しようとしています。みなさんがKCPを卒業し、日本で進学し、その進学先を卒業する頃には、留学の意義と価値が今以上に問われる社会になっていることと思います。留学という隠れ蓑をまとい、サブカルを楽しむだけの学生生活を送っていたら、数年後の日本社会から弾き飛ばされてしまうでしょう。

しかし、これは同時に、東京だけではなく日本を真に理解し、日本社会やひいては世界に貢献しようという人材に成長していけば、未来は限りなく広がってくるということをも意味します。視点を東京の外に移し、自分の国も日本も東京も客観視できる目を養ってください。そのためには、私たち教職員一同、喜んで手をお貸しいたします。

本日は、ご入学本当におめでとうございました。

2年前の宿題

12月22日(土)

12月の卒業式は対象者が少なく、入学の学期がみんな同じなので、毎年暖かい雰囲気になります。多くの学生が初級から上級まで経験していますから、多くの先生の手を経ており、先生の顔とそのレベルでの思い出が直結しています。同じ行事や経験を共有していますから、不思議な連帯感も流れています。

今年もそういう感覚が色濃く現れた卒業式となりました。私にとっては、2年前の入学式での校長挨拶の内容を覚えていてくれたことがうれしくもあり、驚きでもありました。2年前、私は入学生に宿題を出し、その答えは卒業するときに教えると挨拶の中で述べました。その宿題について聞いたら、何名かが2年間ずっと気に留めていてくれたのです。

その宿題とは、日本人は映画のエンドロールを最後まで見る人が多いが、それはどうしてかというものでした。まあ、留学生は日本で映画を見る機会はそんなにありませんから、答えにたどり着けなかったのはやむをえないところがあります。でも、それを考え続けることで日本人の心のひだの一端にでも触れることができたとしたら、宿題を出した側としては大満足です。

さて、その答えですが、日本人は物作りに携わる人に敬意を払う文化が根付いているというのが、私の意見です。映画ならカメラを回した人やタイムキーパーや衣装さんや、監督や俳優以外の映画作りに携わった人にもしっかり拍手を送ります。これ以外にも、物事を陰で支えている人にも注目する人は多いです。これは、日本の美風だと思います。近頃、その美風が損なわれてきているのではないかと、少々心配しています。

卒業生たちは、明日からそれぞれの道を歩き始めます。

何も見ずに

11月2日(金)

私が西立川駅に着いたのは8:20頃でしたが、すでにいつも朝早く学校へ来る学生が何名か開門を待っていました。昭和記念公園でBBQをするときいつも心配なのは、電車が止まることです。中央線が運転見合せなどということになったら、行事自体を中止しなければならないかもしれません。でも、そんなことはなく、三々五々、先生も学生も集まり始めました。

BBQが始まると、私はいつものように火付けお世話係です。火をつけるとみんなうちわであおぐのですが、炭に火が燃え移るまでは我慢しなければなりません。炎を吹き消してしまうことにもなりかねませんから。そして、炭が赤くなったら、真上から思い切りあおぎます。酸素をどんどん送り込んで、火勢を強くします。でも、ここで寝ている赤ちゃんに風を送るようにやさしくあおいでいるんですよね、学生たちは。私が腕がちぎれんばかりにあおぐと、みんな目を丸くして見ていました。

BBQ恒例の料理コンテストは、きのこ料理というお題で各クラスが腕を競いました。今年は予選があって、予選通過作品のみ本選審査員が賞味するということになっています。さすが、予選を勝ち抜いてきただけあって、私のところまで運ばれた料理は一流のものばかりでした。甲乙つけがたいところを無理やり順位付けをして、審査員が一斉に発表したところ、私が選んだ料理は多数決で敗れてしまいました。でも、お金を払ってでも食べたい一品、いや逸品料理でした。

料理コンテストが終わると、すぐにごみの分別チェックです。中には分別がまるでできていないクラスもあり、一緒に分別し直していたら、持って行った軍手がぬちゃぬちゃになってしまいました。ペットボトルのラベルをはがしてつぶして持って来たクラスもあったんですけどね。

気がついたら解散時刻。そういえば、園内の花や紅葉を全然見てなかったなと思ったのも、後の祭りでした。