Category Archives: 行事

足ふきマットを買いました

7月11日(木)

“三密”などという言葉が生まれる以前からですから、5年ぶりぐらいになるでしょうか。バザーが復活しました。小雨がぱらつく中、校舎の軒先と1階のロビーに品物を並べ、午前クラスの休憩時間、10:30に開店。私は授業がありましたからずっと張り付いているわけにもいかず、ちらっと様子を眺めただけでしたが、思ったよりにぎわっていました。三密と指摘されてもしかたないくらい学生が集まっていました。

授業が終わり、午前の学生が帰り、授業前に立ち寄る午後の学生も教室へと消えた頃を見計らって、お店をのぞいてみました。今回は食器がたくさん売れたとのことでした。まだお皿やカップなどが残っていましたが、私はそういうのには興味がありません。文房具はノートしか残っておらず、これまたパス。ネクタイがたくさんあると言われましたが、私の心に響くデザインはありませんでした。

私の目を引いたのは、足ふきマットでした。タオルを何枚も使った手作りで、100均やホームセンターなどで売られている安っぽいものとは、厚みも手触りも段違いです。1枚1000円と、ちょっと値段が張りましたが、KCPのバザーはチャリティーバザーですから、普段寄付などということには縁遠い私にとって、人のためにお金を使う絶好の機会です。そんなわけで、2枚買いました。ここで支払った2000円は、どこかで中抜きされることなく確実に困っている方々に届きますから、安心できるのです。

これからは、以前のように毎学期バザーが開かれることでしょう。だいぶ遅れましたが、楽しみがまた1つ復活しました。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

背中を押す

6月10日(月)

開場の12時少し前に私が挨拶をしていると、学生が入口からちらっと顔をのぞかせました。ほどなく挨拶が終わり、会場の外で待っていたその学生に中に入るようにと言いました。さらにもう3名ほど、続いて入場しました。今年の大学・大学院進学フェアは、こうして始まりました。

12時は、中上級クラスはまだ授業中ですから、1番に入った学生たちはみんな初級の学生です。でも、果敢に志望校のブースに向かい、拙いながらも日本語で質問していました。大学や大学院の話を聞くというよりも、自分の日本語がKCPの先生以外の日本人に通じたことを喜んでいるようにも見えました。

12:15、午前の授業が終わると、中上級クラスの学生がやって来ました。こちらは今年が勝負ですから真剣です。でも、その真剣さがあだとなり、きちんとした日本語で質問しなければと思ってしまった学生が少なくなかったようです。Sさんもその1人で、どこのブースにも行こうとしませんから、たまたま席が空いたA大学のブースに座らせようとしたら、「先生、ちょっと緊張しています」と言って動こうとしませんでした。でも、勇気を振り絞ってA大学の先生と話をしてみると案外通じたのか、C大学、H大学、F大学などを回っていました。教師の役割は、学生に大学・大学院で勉強したいことを聞いて、それにふさわしい大学のブースに学生を送り込むことです。Sさんのように、背中を押せば前進できる学生が多いのです。

今年の進学フェアは、国立大学のT大学とY大学が参加してくださいました。どちらのブースも、多くの学生でにぎわっていました。この中から何人でもいいですから、本当にT大学やY大学に進学する学生が現れたら、企画した側としてはうれしい限りです。

フェアの終了間際に、何校かの先生に直接お話を伺いました。「いい学生さんが多いですね」と、半分ヨイショでしょうが、そう言ってくださいました。本当にいい学生だったかどうかは、半年前後先の入試の結果でわかります。気を引き締めて指導してゆかねばなりません。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

発掘

5月22日(水)

来月、校内で大学大学院進学フェアが開かれます。それに参加してくださる大学の紹介資料を作っています。学生が知っている大学と言ったら東大と早稲田ぐらいですからね。その東大と早稲田も、名前を知っているという程度で、どれだけ“すごい”大学なのかは、誰も知らないでしょうね。そんな程度の情報しか持ち合わせずに志望校を決めたら、間違いなく後悔します。そうならないように、学生の選択肢を少しでも広げようと、進学フェアを開催するのです。

さて、その紹介資料を作るには、まず、それぞれの大学のページを参考にします。キャンパスの所在地、学部・研究科の構成、学部と大学院の学生数、学部卒業生の大学院進学率など、大学の基礎データを集めます。授業中に毎日1校ずつ各クラスでその日の先生に紹介していただくので、詳しいことまでは載せません。詳細はフェア当日に担当の方に聞いたり、もらったパンフレットで調べたりしてもらいます。

ところが、この基礎データがサイトのわかりやすいところに置いてある大学と、なかなかたどり着けない大学とがあります。A大学は学部と大学院研究科の全体像がつかめず、B大学は大学院進学者数を見つけるのに一苦労どころではなく、C大学はキャンパス所在地を示すわかりやすい地図がなく、…という調子で、思ったより仕事がはかどりませんでした。

ここで精根を使い果たしてしまうと、その大学を学生に印象付けるネタを探してこようという気が湧いてきません。D大学もそんな大学でした。こちらは多少付き合いがありましたからいくらか情報があり、それを基に学生が食いつきそうな画像を見つけ出しました。

私がこんなに苦戦するのですから、学生がある大学について知ろうと思っても、入試日程やせいぜい奨学金ぐらいしか情報が得られないかもしれません。そうすると、その大学は、学生にとってその他大勢の1つに過ぎません。これでは受験生の確保も危ういのではないでしょうか。

私だって、調べた結果興味が深まった大学には、フェアの当日さらにもっと話を聞いてみようと思うでしょうし、学生にも薦めてみようとするでしょう。そうすると、私の口車に乗って、1人ぐらい出願し受験し合格し、入学するかもしれません。

大学のみなさん、お忙しいこととは存じますが、使いやすいホームページを作ってくださいね。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

好天に恵まれました

5月17日(金)

朝から快晴。7時に本川越駅に着きました。先生方への事前説明で示したおすすめコースを歩いて氷川神社へ向かいました。大正浪漫通りにはたくさんの小ぶりのこいのぼりが、四万十川などで行われているような、川の両岸を差し渡してたなびかせるのと同様に、道をまたいで泳いでいました(ところが、いつの間にか片付けられてしまい、昼間通りがかったときには、夢幻のごとく、何もありませんでした)。富士見櫓跡に上ると、マンションのすき間から富士山の頂上部が見えました。新河岸川遊歩道から木立の向こうに氷川神社の大鳥居が見えると、やっぱり立派だなと感じました。菓子屋横丁は店がまだ開いておらず、観光客も皆無でした。蓮馨寺は、毎朝お参りしていると思われる地元の方が数人手を合わせていました。境内を掃除している方もいましたが、こちらも毎朝なのでしょうね。

1周して駅に戻ると、先生方が少しずつ集まり始めました。その後学生も来始めましたが、学生も教師もみんな直射日光を避けて日陰に集まったため、駅構内から出る通路を塞いでしまいました。これは反省事項です。

あれほど時間厳守と指導しておいたのに、定刻になっても学生の集まりは7~8割だったでしょうか。“いい学生”と評判の学生も、定刻過ぎの電車で到着し、慌てて集合場所に向かっていました。冷たくおっぱなして出発しても、結局こちらの手に負えなくなるだけですから、待たざるを得ません。これは永遠の課題です。

時の鐘付近で学生の整理に当たっていると、超級クラスのグループが来ました。正午少し前だったので、12時に鐘が鳴ると教えると、写真を撮りながら待っていました。私も時の鐘を聞くのは初めてでした。自動で撞木が鐘から離れ、今か今かと待ち構えていると、撞木が解き放たれて鐘を撞きました。思ったより小さな音(それでも付近には十分響きました)でした。鳴っていない鐘を見上げているくらいが、想像力が掻き立てられて、かえって面白いんじゃないかなと思いました。

超級グループの学生たちが鐘を聞いた後すぐに立ち去ろうとしたので、時の鐘の奥に祭られているお稲荷さんを拝んだかと尋ねました。拝んでいないと答えたので、「ここは合格に著しいご利益があると言われているのに、そこにお参りせずに行ってしまうんじゃ、お前ら全員だめだな」と脅したら、慌てて拝みに行きました。みんな、受験に関しては必死なんですね。

外歩きをする課外授業は、“天気よければすべてよし”みたいなところがあります。最終集合場所の蔵里にやってきた学生たちは、みんな満足そうでした。歩き疲れたDさんやGさんたちのように、しばらくの間座り込んでいる学生もいました。ここでも定刻になっても現れない学生がいて、教師が連絡を取る場面が見られました。体験イベントに夢中になっていたとのことでしたから、担任の先生からは大目に見てもらえたようです。

私は、うっかり、夕方歯医者の予約を入れてしまったので、へとへとの体を引きずって歯医者へ行きました。口を開けたまま、寝てしまいそうになりました。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

拍手拍手

3月14日(木)

昼休みに、6階の講堂で、演劇部の「レ・ミゼラブル」が公演されました。ちょうど1週間前、卒業式の際の発表があまりにもよくできたので、卒業式に参加しなかった在校生にも見てもらおうという意味もありました。レ・ミゼラブルには卒業生も登場していましたが、その卒業生たちもわざわざ演じに来てくれました。

四谷区民センターとKCPの講堂ですからね、舞台装置の差はいかんともしがたいものがあります。ステージそのものも狭いし…。でも、演劇部のみなさんは、それにもめげずに熱演してくれました。1週間前の驚きと感動が、鮮やかによみがえってきました。何といっても、四谷区民センターよりもずっと近くで学生たちの演技が見られたのがいちばんよかったですね。

カーテンコールでは何回も大きな拍手が沸き起こりました。ステージ上の面々も、仕事をやり遂げた自信に満ちた笑顔を見せていました。演劇部のN先生が「演劇部に興味を持った人は、ぜひ4月から一緒に活動しましょう」と挨拶していました。これに応えてくれる学生がどのくらい出てくるかな。次の発表はコトバデーあたりでしょうか。練習期間はたっぷりあります。卒業式に負けない公演に仕上げてもらいたいですね。

さて、この公演、新聞部の学生たちが取材していました。Nさんなんかはインタビューされていました。どんな記事になるんでしょうか。期末テスト前にはラウンジの掲示板に張り出されるのでしょう。今から楽しみです。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

スピーチ付き卒業式

3月11日(月)

卒業式後、当日式に参加できなかった卒業生が、証書をもらいに来ています。無断欠席の場合は取りに来ても証書は渡しませんが、事前連絡があった卒業生には職員室で渡すことにしています。

この後日の証書授与には、1つだけいいことがあります。当日は受け取る人数が多いので、証書の読み上げは最初の1人だけで、あとは「おめでとうございます」と声をかけながら手渡しします。しかし、“後日”は、卒業生を向き合って「おめでとうございます」だけでは間が抜けていますから、証書の文面をフルに読み上げます。その場にいる教職員が拍手で祝福します。そういえば、当日はすべての卒業生に拍手ではありませんね。

このように温かい雰囲気の中で証書がもらえるのですが、もらった卒業生はスピーチを求められます。これも卒業式当日にはない特典と言えないこともありませんが、当の本人にとっては、このスピーチはなかなかの難関のようです。

Kさんは、教室では気の利いたことを言ったり、他の学生とは違った観点から意見を述べてくれたりと、話すことに関しては教師も一目置いていました。本人も自信を持っていたのではないかと思います。ところが、証書をもらった後にスピーチを求められると、「2年間、KCPで勉強しました…」など、レベル1程度の文しか出てきません。スピーチをしてもらうと予告しておきませんでしたから、また、お世話になった先生、見慣れぬ顔の先生、職員室にいる教職員全員の注目を浴びていますから、緊張していたことは確かでしょう。結局、語彙的にも文法的にもレベル1の範囲を出ることのない挨拶に終わってしまいました。

KさんよりおとなしいFさんは、言うに及ばずです。どうにかこうにか「ありがとうございました」にたどり着いたといったところでした。

毎年、こんな感じです。堂々とスピーチできるのは、ほんのわずかです。もちろん、コトバデーを見てもわかるとおり、全校生の前で立派なスピーチができる学生もいます。卒業式で学生企画の司会を立派にやり遂げた学生もいます。でも、人前で話すことのKCP全学生の平均値は、まだまだと言わざるを得ないでしょう。来年度は、卒業式後に証書をもらいに来た時に立派なスピーチができる学生を育てたいものです。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

愛着の度合い

3月7日(木)

卒業式は、卒業生に学校に対する愛着の度合いがわかります。

無断欠席は、論外。私のクラスではAさん、Bさん、Jさん。この3人は出席していてもやる気があるのかないのかわからず、特に今学期は消化試合的な態度が見られました。卒業式には来ないかもしれないと思っていたら、予感が当たってしまいました。

普段着での出席は、もらえるものはもらっておこうという発想でしょうか。Dさん、Yさんあたりは、そこまで悪気はないのかもしれませんが、「フォーマルな服装で」と言っておいたのにラフな格好なのですから、学校への愛着は薄いのかな。

それなりの格好で来ているけど、証書の受け取り方がいい加減な学生は、予行演習欠席か、予行演習はしたけれども、そんなに真剣ではなかったので頭に残っていなかったのでしょう。あるいは、本番で悪い例をたくさん目にしたので、それに合わせて予行演習の手順を省略してしまったとも考えられます。私の手から奪うようにむしり取っていった学生たちは、何かうらみでもあるのでしょうか。

きちんとした作法で証書を受け取った学生は、KCPに愛着を感じてくれたと考えていいでしょう。悪い噂しか入ってきていなかったTさんがきっちりやってくれました。先生方の愛情に、やっと気づいたのでしょうか。最後の最後で見直しました。

受け取った後で何か一言つぶやいた学生は、学校に対してなにがしかの感謝の気持ちを表したいのでしょう。Pさんは「お世話になりました」と言ってくれました。「ありがとうございました」は結構多かったですね。このレベルの学生は、しっかり目を合わせて受け取ってくれます。こちらも「本当におめでとう。これからが本当の留学だからね」と声をかけてあげたくなります。

特別な服装で壇上に登った学生は、単に目立ちたいだけかもしれませんが、式を盛り上げよう、楽しもうという気持ちも感じられます。王様にも見えてしまう民族衣装をまとったEさんが登壇するや、会場全体から歓声があがりました。Sさんも国の伝統衣装を着てきてくれました。問題児のRさんに式後に服装を褒めると、うれしそうに服の解説をしてくれました。意外といい奴だったのかな…なんて思ってしまいました。

みんな、出ていってしまいました。明日から、学校が寂しくなります。1年後の別れがたい別れの日に向けての歩みが始まります。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

3月の定番2

3月6日(水)

明日に迫った卒業式を前に、卒業証書の受け取り方の練習をしました。KCPの卒業式は、壇上でひとりひとりに証書を手渡します。その証書を受け取る作法を教えるのです。

日本人の教師は、いつどこで教えられたのか、年齢によらず、片手ずつ出して証書の横をつかんで受け取って礼をする作法を、細かいところは多少違っていても、知っています。しかし、それは日本独特のものであり、学生たちは、国籍を問わず、そんな作法は知りません。卒業式のセレモニーとしての格調の高さを維持する上でも、学生たちにはあの作法を覚えてもらわなければなりません。何も教えないと、ステージのまんまん中で校長に正対して、早くよこせと言わんばかりにいきなり両手の手のひらを上に向けて差し出す学生が続出します。

最初に教師が実演しながら受け取り方を説明します。次に、学生たちに実際にやってもらいます。ステージのどこにスタンバイして、証書と記念品を受け取ったら、どこからステージを下りて自席に戻るかという、証書受け取りの前後も含めて予行演習します。

教師が実演したくらいですから、また、こういうことはするなと注意もしていますから、受け取り方はわかっているはずです。でも、毎年のことですが、教えられたとおりにきちんとこなす学生と、何じゃお前はと言いたくなる学生とが出てきます。後者はスマホに集中していたのでしょう。正対した時の目を見れば、前者か後者かだいたい見当がつきます。失敗は今ここでしておいて、明日きちんとやってくれればそれでいいんですがね。

終業のチャイムが鳴ると、予行演習を済ませた学生たちが帰っていきました。明日は会場の四谷区民センター集合ですから、もしかすると、予行演習でさんざん叱られたのが、この校舎の最後の思い出になってしまったかもしれません。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

過半数確保

2月27日(火)

卒業認定試験翌日の上級の教室は、悲惨なものでした。9時1分前ぐらいに教室に入ると、片手をちょっと上回るほどの学生しかいませんでした。階段を駆け上がった方が早いのにエレベーターを待って乗ってくる学生がいますから、その学生たちに合わせてノロノロとタブレットを立ち上げ、出席を取る準備をしていると、予想通り、数名の学生が駆け込んできました。これでやっと過半数が確保できました。

教室を見渡すと、もともと出席率の高い学生と、出席率が悪いのでビザ更新に備えて0.1%でも数字を上げておこうと学校へ来ている学生と、その中間の学生と、それぞれ1/3ずつぐらいでしょうか。私が学生の立場だったら、やっぱり休んじゃうかなあ…。私はケチですから、支払った授業料分は取り返さねばと、しぶとく通い続けるような気がします。

ゆうべから今朝授業が始まる直前にかけて、昨日の認定試験の採点をしました。私が作問したクラスは、どこも「できるやつはできる、できないやつはできない」という順当な結果に落ち着きました。テストの時の“わからなかった”という記憶を学生たちが鮮明に持っているうちにテストの反省会を開きたかったのですが、過半数をやっと超える程度ではその意味も薄れてしまいます。でも、せっかく来た学生には有意義な授業をしてあげたいですから、予定通りに授業をしました。テスト前の授業では気づかなかった点に目を向けられた学生もいたみたいです。

それから、あさってのディズニーシー行きの説明もあったのですが、こちらも欠席組には伝わっていません。ネット経由でアップしてあるしおりを見てもらうほかありません。でも、行事の時って、説明を聞いていない学生に限って何かしでかすんですよね。一抹の不安が拭い切れません。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

20歳のお祝いの言葉

今日は1月15日です。この1月15日は、昔は小正月と呼ばれていました。小正月には、小豆粥を食べたり豊作祈願をしたりなど、それぞれの土地で、その土地ならではの多種多様な行事が行われてきました。その中で、江戸時代までどの土地でも行われていたのが、元服でした。

元服とは、男子の場合は、名前を幼名から大人の名前とし、髪型や服装も大人のものへと変える儀式でした。女子は、元服の際に初めて大人の服を着て、母親などに教えてもらって大人と同じ化粧をしました。要するに、子どもが大人になったことを周りの大人がお祝いするのが元服でした。

1999年までは、1月15日は成人の日と呼ばれ、全国各地で新たに20歳になった若者を祝福してきました。その後、成人の日は1月の第2月曜日となり、今年はちょうど1週間前の8日でした。また、2022年から成人年齢が18歳に下げられ、成人の日の対象者も18歳の人たちにしたところも多いです。

しかし、伝統的な意味での成人の日は、今日、1月15日です。KCPでは、20歳になった、あるいはもうすぐなるみなさんの大人の仲間入りをお祝いしようと、このような式を開いた次第です。

大人になったということは、自分の意志で自由に動けるということです。自分の意志で自由に動くということは、その結果に対する責任も自分で負うということです。江戸時代のさむらいは、切腹という形で最終責任を取りました。みなさんもそれぐらいの厳しさを持って、自分自身を律していってほしいものです。

ですから、寝坊して遅刻したとか、宿題やテストから逃げ回るとかというような、責任ある大人の行動とは到底思えないような行いは、直ちに改めてください。大人の振る舞いの積み重ねが、みなさんを成功へと導きます。若者らしいみずみずしい頭脳と大人としての自覚があれば、鬼に金棒です。

以上が、43年前に成人を迎えた私からみなさんへのはなむけの言葉です。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ