Category Archives: 日本語

点をやるものか

9月13日(月)

「どうしたの? なんか機嫌が悪そうだね」「うん。それがさ、昨日の晩、『残業させられた』」

『  』に言葉を入れて会話を完成させなさいという問題です(会話はもう少し続きます)。それに対して、クラスの中でできる方に入るCさんの答えが、『残業させられた』でした。Cさんなら問題の主旨をくみ取って、他の学生への説明に使えそうな例文を作ってくれるだろうと期待していましたが、裏切られました。

もちろん、昨日の晩残業させられたので機嫌が悪いという、Cさんが言わんとしたことは理解できます。しかし、実際の会話でこう言うかといったら、絶対に言いません。“どうしたの?”という状況説明を求める問いかけに対して、“残業させられた”という、事実+使役受身が醸し出す不快感だけを提示することはありません。最低でも文末に“んだ”を付けて、“どうしたの?”に対する説明だというニュアンスを加えることが必要です。“んだ”が状況説明を表すというのは、初級ですでに勉強しています。それが定着していないのです。

「もう二度と『   』ものか」の『   』に適当な言葉を入れて文を作るという宿題に、Kさんは『行く』とだけ書いて平気で出してきました。前後の文脈なしで「もう二度と行くものか」という文を読んだら、当然、“どこへ”と聞きたくなります。つまり、説明不足なのです。そういうことをコメントし、「こんな例文に点をやるものか」と書いて、明日返却します。

Cさん、Kさん以外の学生も似たりよったりです。授業中も授業後もボコボコにしていますから、学生たちはへこんでいることでしょう。でも、私がしゃべり方を学期の最初とはかなり違えていることを、学生たちは気付いていないでしょう。目にはさやかに見えねども、力はついているんですよ。

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「て」「、」

9月8日(水)

昨日は文法のテストがありました。それを採点すると、学生たちがいかにテスト問題を読んでいないかが如実にわかります。授業中の私たち教師の注意を、聞いていないないしは忘れてしまっていると言ってもいいでしょう。

助詞など機能語の使い方を問うので「ひらがな」で答えるようにと明記してあるのに、わざわざ漢字を書いてXになるなどというのが好例(?)でしょうか。しかも見当違いの言葉だったりすると、3点の問題だけど7点ぐらい引いてやりたくなります。「勉強した文法を使って」という指示を無視して、初級の文法で安易に答えているようなやつは、ZOOMの待機室から呼んでやらないぞ。初級クラスのURLを送りつけてやりましょうか。

“初級の文法で安易に”というのは、作文でも見られます。その最たるものが、て形で文をつなぐことです。「ワクチン接種をして、感染が防げる」でも言いたいことはわかりますが、「ワクチン接種をすれば、感染が防げる」の方が、ずっとこなれた日本語です。中級ともなれば、て形そのものを間違えることは少なくなりますが、だからと言って何でもかんでもて形で表現しようとしてはいけません。

て形で文をつなぐなら、まだましです。その下には「、」で文をつないだ気になっている豪の者が多数います。「大学を卒業した、日本で就職したい」など、「、」の代わりに「ら」を入れたら文法的には全く問題がないのに。

ところが、最近読んだ磯﨑健一郎の「新元号二年、四月」は、読点だけで延々と文がつながっていました。もちろん、芸術的な意図に基づいているのですが、学生の作文を思い出させられて、ストーリーに集中できませんでした。これも職業病ですね。

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活用

9月3日(金)

スピーチコンテスト2日目。オンラインという条件をうまく生かしてスピーチをした学生が、高い評価を得ました。スピーチは、大きなホールのステージ上に据えられた演台に立って行うものという、私のような古い頭の人間の固定観念を打ち破ってくれました。言ってみれば、所与の環境に順応し、むしろそれを活用する能力に長けているのでしょう。

スピーチの内容も、「こういう状況に負けずに頑張ろう!」などという威勢の良すぎるものではなく、自分の考えを堅実に述べたり、習った文法を駆使して自分の生活を活写したりというように、聞き手の心をとらえるものが多かったです。審査員のみなさんからも、感動したとか考えさせられたとかという感想が寄せられました。

初級のスピーチは、自分の身の回りのことをまとめてスピーチにするものです。そういうレベルの語彙や文法しか勉強していませんから、世界経済の動向をとうとうと語っても、それは自分の言葉ではなく、聞き手に響くこともありません。今回は、その「自分の身の回り」を、種々の機器やテクニックを活用して今までになくリアルに表現していました。また、大ホールでのスピーチではよくつかめない表情も、パソコンの画面上では手に取るようにつかめます。おそらく本人は気付いていないでしょうが、一瞬の目の輝きや表情筋の動きが百万言よりも雄弁に言わんとしていることを語っていました。

ただ、スピーカーはやっぱりクラスの代表なんですよね。初級のみんながこんな表現力を持っているわけではありません。スピーチを聞いた学生は、大いに刺激されてほしいです。これもまた、スピーチコンテストの意義・目的の1つです。

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さんななめよん

8月25日(水)

我が社は3:1の割合で、パート社員が多い――これは中級の漢字の教科書に載っている例文です。3:15は読めても、3:1は読めないだろうと思い、「さんたいいち」と教えてあげました。ZOOMの画面は、全学生がメモを取っている様子を映し出していました。ここまで準備すれば、この文は誰でも読めるはずです。現に、私が指名したLさんはすらすら読んでくれました。

「じゃあ、Lさん、3:1の割合ということは、この会社はパートの社員がどのくらいいるんですか」と聞いてみました。75%という答えが返って来ればいいことにしていましたが、Lさんの答えは「さん、ななめ、よん」。教室のホワイトボードに大きく「3/4」と書いたら、Lさんは盛んにうなずいていました。

その「3/4」を指さして、「誰か、これ、読める人」と聞いても反応なし。「Wさん、あなたは理科系だから読めるでしょう」と、6月のEJUでも優秀な成績を収めたWさんを指名しました。しかし、「読めません」と一言。しょうがないので、「よんぶんのさん」と大きく板書しました。そして、「これは小学生でも読めます。大学や大学院に進学して“さんななめよん”なんて言ってたら恥ずかしいですよ。というか、話が通じません」などと脅している間に、こちらもみんなノートに書き写しているようでした。

中級ともなれば、けっこう小難しい表現も勉強し、それを作文などで応用する学生も出てきます。しかし、分数が読めなかったり、足の裏がわからなかったりというように、意外な落とし穴をかなり抱えています。これをお読みの日本人のみなさん、「さんななめよん」などと言っている外国人を見かけたら、優しく接してあげてください。学校の授業ではなかなかそこまで手が回らないのです。

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最大の問題は

8月5日(木)

9月になると、大学の指定校推薦の出願が始まります。学生が出願に必要な書類をそろえるのに必要な時間を考えると、今すぐ募集して、夏休み前ぐらいに校内面接をした上で、9月出願の大学に推薦する学生を決めなければなりません、そういうわけで、今週から指定校推薦の案内をしています。

Cさんが、S大学の指定校推薦に興味があると言ってきました。出席率やEJUの成績など、S大学が提示している推薦条件は満たしています。もちろん、S大学はCさんが勉強したいと思っていることが勉強できます。

このまま指定校推薦入学の校内審査に応募するかと思いきや、S大学の前にR大学を受けると言います。そして、R大学に受かったらそちらに進みたいとのこと。合否発表が10月下旬で、「否」だったらS大学の指定校推薦に応募するというのがCさんの本当の希望のようです。S大学は第2志望で、その大学がたまたま指定校推薦をしているので、一丁やってやるかというのが本音なのでしょう。

それも困ったものなのですが、さらに大きな問題があります。Cさんの日本語です。EJUの日本語みたいな4択問題なら点が取れるのですが、話したり書いたりとなると、発音や文法がボロボロで意味不明になります。上述のやり取りも、相手が私ですからどうにか通じたのであり、S大学やR大学の先生だったらCさんの考えは全く通じないに違いありません。昨日の作文は、その私ですらさじを投げてしまいました。「何を言っているかわかりません」と書いて、Fを付けました。

Cさんには、大学に入りたかったら話し方の特訓が絶対必要だと言っておきました。志望理由書は教師の添削で何とかできても、面接の受け答えはごまかしようがありません。Cさんはどんな結論を出すのでしょうか。

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7月31日(土)

Fさんは努力家です。教室では一番前に席を取り、板書は漏らさずノートに撮っています。クラス全体に問いかけると、真っ先に答えてくれます。いつも正しい答えというわけではありませんが、課題に真剣に取り組んでいることがよくわかります。もちろん、宿題を忘れたことなどなく、予習復習をきちんとしていることは疑いありません。

しかし、そのFさんには弱点があります。それは濁点です。濁点の有無のせいで満点を逃した漢字テスト、丸がもらえなかった文法例文、そういった残念の残骸が多数あります。Fさん自身も気づいているに違いありませんが、なかなか直せないようです。

午前中、そのFさんの作文を読みました。今週の課題は創造的な文を書くということで、字数は400~500字でした。クラスの多くの学生が、400字に達しないか、400字になるや終わりにしてしまっているのに対し、Fさんの作品は原稿用紙3枚に及びました。それも、文章がだらだらと続いた挙句の3枚ではなく、創造性たっぷりの文章でした。そこは大いに評価できるのですが、文章が長くなるのに比例して、濁点のミスも増えているのはいただけません。

文意が不明になるような致命的な間違いはありませんが、日本語教師の悲しい性で、濁点の過不足があるたびに立ち止まってしまい、一読しただけではFさんの文章の良さが伝わってきませんでした。濁点を修正した作文を改めて読み直して、ようやくうなり声をあげるのです。

Fさんは、おそらく、日本語の音が正確につかめていないのでしょう。それゆえ、発音も清音と濁音の中間ぐらいになっているのではないかと思います。しかし、マスク越しで、しかも換気のため開け放った窓から外の音が入ってくるとなると、教師がその微妙な発音を確実に捕らえて注意し、言い直させるというのは、至難の業です。

来週からまたオンライン授業です。Fさんのような学生も力を付けていけるような授業を作りたいです。

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不自然

7月26日(月)

4連休直前に書かせた作文を読みました。今回のテーマが「日本へ来た理由」です。それぞれの学生が各自の思いを込めて書いてくれました。さすがに中級ともなれば、意味不明の理由を書き連ねる学生はいません。

しかし、「日本のアニメやゲームに趣味がすごくある」「自分の趣味あるいは大学の研究テーマを自由に考えられるので…」などという文が出てきました。このクラスは中国人が多く、中国語の「興味」には日本語の「興味」に当たる意味もあるので、こういう文を書いてしまうのです。そういう指摘はすでに受けてきているはずなんですがねえ。現に、「日本の文化に関して、興味を持っている」と正しく使っている中国の学生もいます。

「趣味」と「興味」は中国語では意味の重なる部分が大きいのでしょうが、日本語ではむしろ違いの方が際立ちます。そういう言語感覚をいかに身につけるかが、日本語らしい文章が書けるか、聞いていて違和感のない発話ができるかにつながっていきます。このクラスの学生たちは、この点がまだまだ甘いようです。

中国と日本は近いという文脈で、「中国から日本まで3時間だけかかる」という文も見られました。「しか~ない」は、既習の文法なのですが、なかなか使えるようになりません。上級超級の学生ですら、こう書いたり言ったりする例は枚挙にいとまがありません。これなんかも、日本語らしさという点からすると、頭を抱えてしまいます。

「日本へ来た理由」などというのは、入試の面接でもよく話題にされます。そこで変な日本語を使うと、やっぱり印象悪いですよね。

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きょかしょ、りょうこ、げんかのじょ、みがく

7月17日(土)

KCPの初級中級では、漢字を書いたら必ずその上にふりがなを付けることになっています。ふりがなが正しく書けていなかったら、発音も怪しいものです。教師としては、学生に発音を意識させるために書かせています。その学生が日本語の音がきちんとつかめているか確認するためにと言ってもいいでしょう。「車で駅へ行きます」などというのなら、ふりがななしでもいいと思いますが、「四時まで学校で勉強します」などとなったら、本当に正しく読めるかどうか、ふりがなの形で確かめてみたくもなります。

昨日の中級クラスの文法例文を添削していたら、このクラスの学生は気が緩んでいるのか、ふりがなを書いていない例文がたくさん出てきました。ざっくり言って、ふりがなを書かないのは、自分はよくできると過信している感じの学生たちです。そういう学生は、毎日しっかり予習しろと言っているのに、漢字の読み方も調べてこないので、教科書を読ませるとボロボロになります。

じゃあ、ふりがなを書いている学生が優秀かというと、そうは問屋が卸しません。「教科書」が“きょかしょ”は日常茶飯事だし、「旅行」が“りょうこ”になるのも毎度おなじみです。そういう学生の発話を注意深く聞いていると、やっぱりふりがな通りに発音しているのです。

Gさんはすべての漢字にふりがなを書きましたが、「元彼女」に“げんかのじょ”と振っていました。普通の日本人が”ゲンカノジョ”と聞いたら、“現彼女”だと思うでしょうね。若者言葉を知っているつもりで“ゲンカノ”なんて言ったら、大恥かいちゃいますよ。Hさんは「見学」が“みがく”になっていました。入試の面接で「貴校の施設をみがくした時…」んどと答えたら、面接官に日本語が超下手と思われてもしかたがありません。いや、そもそも話が通じないか…。

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例文

7月15日(木)

日本語教師養成講座は、「中上級の文法」の最終回。最終回は、毎クール、理論というよりは授業準備の実態みたいなことをお話しします。中上級の文法授業にはこんな準備が必要なんだ、こんな苦労をしているんだという舞台裏を少しだけ御覧に入れています。

初級なら、例えばみんなの日本語の文法解説書などが実際に教えるにあたっての手引書になりえます。みんなの日本語の教案を集めたサイトも、簡単に見つかります。中上級の文法となると、そういう書籍やサイトが少ないです。自由裁量の範囲が広いと言えば聞こえはいいですが、現実は道なき道を進むようなものです。

私がよくやっているのは、その文法の意味する範囲を明確化するための例文作りです。いろいろな状況や条件を想定し、その文法による表現が成立するかどうかを見ていきます。一種の思考実験です。こういうことをすると、文型辞典などには書かれていない裏の意味が浮かび上がることもあります。この文法で使う「た形」はテンスの過去なのか、アスペクトの完了なのかなど、普通の日本人にとってはどうでもいいようなことを、例文を作りながらあれこれ考えています。

しかし、こうして発見した新事実を授業で話すかと言えば、そういう機会はほとんどありません。ただ、このような訓練が、学生からどんな質問が出ても対応できるという自信につながっているとは思います。学生の質問に対して、例文で答えることだってできます。

養成講座はこれでしばらくお休みかと思ったら、一休み程度で次の授業が待ち構えています。すぐに準備に取り掛からねば…。

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読めない

7月13日(火)

夕方、私のクラスの学生・CさんがEJUの物理の問題を聞きに来ました。塾でもらったと思われる問題集を見せて、この問題がわからないから教えてほしいと言います。言うだけではなく、鉛筆と計算用紙まで準備していました。今まで何人もの学生が私のところまで理科や数学の問題を聞きに来ましたが、ここまで用意してきた学生はめったにいません。それだけ、Cさんの本気度が伝わってきました。

しかし、聞かれた問題のレベルはあまり高くなく、今、ここでつまずいているとしたら、6月のEJUは期待薄のようです。1問目について私が説明を始めると、問題文で使われている用語の意味を知りませんでした。それを説明すると、あっと言って、鉛筆を動かし、正解にたどり着きました。2問目は、私の説明の途中で、Cさんは重要な条件を読み飛ばしていたことに気づき、再度しっかり問題を読んで、これまた正解を得るに至りました。

つまり、Cさんは問題文の読み取りができていなかったのです。そのため、難易度的には大したことのない問題が解けなかったというわけです。今学期中級に上がったばかりのCさんにとって、日本語で書かれた物理の問題を一読で理解し、その答えを出すのは、かなりハードなタスクなのでしょう。国で勉強したことがあったり、学校ですばらしい成績を残してきたりしても、それをそのまま日本の大学入試に平行移動することはできません。

Cさんのクラスにはまだ1回しか入っていませんが、そのときの印象では、Cさんは決してできる学生ではありません。問題文の読解に苦しむのも不思議ではないという程度です。だから、読解や文法の授業を本気で受けてほしいのですが、今までの経験からすると、そういう学生に限って「物理の勉強が優先」とかって言いだすんですよね。そして、不合格街道をまっしぐらに突き進むのです。

鉛筆と計算用紙を差し出したCさんには、そういう道を歩ませたくないです。

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