Category Archives: 日本語

違いがわかる?

11月1日(月)

月曜日に私が担当している中級クラスには、初級文法の復習の時間があります。初級の教科書から取ってきた例文や、語彙だけ少し中級っぽくした文から作った問題を宿題にして、その答え合わせをしています。

初級クラスでこの問題をしたら、習った文法はできる、未習はできない、難しい語彙はわからないとなるでしょう。中級となると、その文法を習った後にいろいろな文法を習っています。その中には似たような形や意味のものも含まれています。すると、初級の学生は間違えないような問題を間違えたり、初級とは違った間違え方をするようになったりします。知恵熱みないなもんでしょうかね。

そうなることは織り込み済みというか、それを整理するのがこの授業の意義です。たとえば、「て形+あります、います、おきます」などの補助動詞の意味や使い方とか、「と、ば、たら、なら」の違いとか、あるいは初級の学生は思いつかないような場面で使えるかとか、1ランク上の質問が出てきます。それも、週を追って高度になりつつあります。学生たちも、この授業の活用法が見えてきたのでしょう。

この授業は、ドリルや会話といった練習が主眼ではなく、学生に文法項目の再確認・再認識をしてもらうことが目的です。ですから、「東京(  )暮らしています」に「で」を入れるか「に」を入れるかで生じる微妙な意味の違いを通して、助詞の「で」と「に」の意味・用法を見つめ直すなどということもします。

上級になったら、この授業で扱っているような小技をピシッと決めて、引き締まった日本語を書いたり話したりしてほしいです。それが、進学してから役に立つ日本語なのです。

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彼女は悲しげな表情で去っていく彼に手を振った

10月20日(水)

文法の例文に、“彼女は悲しげな表情で、去っていく彼に手を振った”というのがありました。学生にコーラスさせた後、「悲しげな表情の人は誰ですか」と聞きました。「彼女」という声が多かったですが、「彼」と言った学生もある程度いました。

最初、「かれぇ? なーに考えてんだ、こら!」と反応してしまいましたが、よく考えたらそれもあり得るのです。教科書には“彼女は悲しげな表情で、去っていく彼に手を振った”と書かれていますが、読点の位置をちょっとずらして、“彼女は、悲しげな表情で去っていく彼に手を振った”としたらどうでしょう。悲しい人は彼になってしまいます。

文字にすれば両者の違いは明らかですが、音声だけだったらどちらにも受け取れるのです。もちろん、授業の場合は教科書がありますから、この例文からは悲しげなのは彼女だという結論にしかなりません。しかし、教科書を読まない、ないしは読点に頓着しない学生が、彼は悲しげだと受け取ったとしても、不思議ではありません。

学生と教師の間に誤解が生じることがよくあります。多くの場合が、学生の理解力不足、教師の説明力不足に起因しますが、こんな読点の位置の食い違いが原因となっているケースもあるのではないでしょうか。話し言葉の場合、話し手は自身の頭の中で組み立てた文を音声として発信し、聞き手は受信した音声を自身の頭の中で再構築し理解します。教師は“彼女は悲しげな表情で、去っていく彼に手を振った”のつもりで言っても、学生は“彼女は、悲しげな表情で去っていく彼に手を振った”と受け取ることだって、十分にあり得ます。その差は、ほんのちょっとした間の置き方の違いにすぎないのですから。しかし、教師は学生の理解力不足を信じて疑いません。

音声言語は証拠が残りませんから検証のしようがありませんが、こういう行き違いがなかったか、胸に手を当てた次第です。

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東京ドーム

10月18日(月)

今、扱っている読解のテキストに、説明をわかりやすくするには「東京ドーム3個分」などというたとえを使うといいという一節がありました。“A氏は東京ドーム3個分の敷地の大豪邸に住んでいる”と言ったらわかりやすいでしょうか。とんでもなく広いということは伝わりますが、それ以上ではないでしょう。それよりも“うちの敷地の1000倍だ”などという方が、実感が伴うのではないかと思います。東京ドームよりも自分ちの方がはるかに身近ですからね。でも、それでは一般の人にはわかりません。だからこそ、具体的イメージは犠牲にしても、東京ドームなのです。

その東京ドームにしても、伊勢丹新宿本店の延べ床面積の方が広いとなるとどうでしょう。伊勢丹が広いと受け取るか、東京ドームが意外と大したことがないと感じるか、人それぞれでしょう。観客席も取っ払った東京ドーム全体に売り場が広がっていたら、見て回る気がなくなるでしょうね。だから、東京ドームも広いのかなあ。

東京ドームの面積は、200m四方よりももう一回り大きいくらいです。ということは、東京ドーム3個分とは、200m強×600m強ということです。御苑と三丁目の駅間距離が700mですから、御苑の一番西側と三丁目の一番東側で600m強でしょうか。その間を幅200mで占領するとなると、相当なものです。

さて、学生の反応はどうだったかというと、Gさんから「東京ドームって何ですか」という質問が真っ先に出ました。Gさんは野球に関心なさそうだもんね。

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しんじょく

10月13日(水)

昨日のクラス、実は最後に作文を書かせました。わりと書きやすいテーマでしたから、30分ぐらいあれば書けるだろうと、授業終了約35分前から始めました。しかし、授業内の書き終えた学生はわずかに数名、書き上げるまでに1時間近くかかった学生もいました。また、書いている最中に見回ると、原稿用紙に名前を書いていない学生が何名もいました。もしかすると、この学生たちは原稿用紙に文章を書くことに慣れていないのだろうかと思いました。

その作文を読みました。やはり、手書きで原稿用紙1枚とかの長さの文章を書くということをやってこなかったのではないかという感を深めました。まず、漢字の上に振らせている読み仮名がボロボロでした。「新宿」が「しんじょく」ですよ。「思った」が「おまった」ですよ。中級になったのにひらがなを間違えているとしたら情けない限りだし、実際に「しんじょく」とか「おまった」とかと発音していたら絶望的です。時制がいい加減な文は数限りなく、「見った」のような活用ミスも少なくありませんでした。「ほしいだ」のようにい形容詞に「だ」をくっつけてしまった例も目立ちました。

文のレベルでつまずいていますから、文章で何かを訴えるはるか以前で終わっています。どうにかこうにか400字のマスを埋めたという原稿用紙ばかりでした。この作文は“お手並み拝見”ですから、成績評価対象外です。でも、評価したら大半の学生がCで、最高でもBどまりでしょう。

このクラスの作文は、私が担当します。教え甲斐があると思うことにしましょう。

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お年寄りが多い

10月12日(火)

「中級の目標の1つは、さまざまな社会問題について日本語で話せるように、意見が言えるようになることです。じゃあ、Gさん、今の社会問題って、例えば何ですか」「…お年寄りの人の数が多いことです」

中級に上がったばかりの学生にとっては、ちょっと難しい質問だったかもしれません。「お年寄りの人の数が多いことです」と答えたGさん、社会問題の本質はわかっています。でも、この表現は、いかにも初級ですね。Gさん、教師にとっては絶妙の答え方をしてくれました。心の中で手を合わせました。

「はい、そうですね。お年寄りが増えたので、日本ではいろいろな問題が起きています。でも、中級は『お年寄りの人の数が多い』とは言いません。『高齢化が進んでいる』という表現を勉強します。この言葉、今は難しいと思いますが、ちゃんと勉強すれば、レベル4が終わるころには、誰でも使えるようになります。“ちゃんと勉強すれば”ですよ。勉強しなかったら3か月後も『お年寄りの人の数が多い』のままです」

中級の初日は、このぐらいガツンと言って、今の自分の足りなさ加減を認識させなければなりません。先学期受け持った学生たちも、レベル4の初日は似たようなものでした。しかし、期末タスクでは、「高齢化が進んでいる」ぐらい普通に使っていました。日本で進学したかったら、中級で語彙と文法のレベルを上げ、抽象的な議論に耐えられる日本語力を付けなければなりません。そして、上級では「高齢化が進展している」となるのです。

2か月以上ぶりの対面授業でした。やはり、学生からの圧力が違いますね。そして、学生とのやり取りがポンポン弾むのがうれしいところです。

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語れる日本語

10月7日(木)

午前中、進学コースの新入生へのオリエンテーションをしました。もちろん、まだ入国できませんから、オンラインです。初めて顔を合わせでしたが、遅刻者もなく全員出席で、ZOOMの小さな映像を見る限り、真面目に聞いていたようです。

このまま感染状況が落ち着いて、総選挙後にも入国できたとなると、そして“第6波”も訪れないか小さなピークでやり過ごすことができたとなると、この新入生たちには昨年度入学の学生たちのような“もう1年”などという特例措置はなく、23年4月には進学しなければなりません。それだけに、きちんと学力をつけることのみならず、コミュニケーション力も伸ばしていかねばなりません。来年の今頃は、この学生たちも受験の荒波にもまれる運命にあるのです。

そのためには、聞いたり話したりという、引き上げるのが難しい能力を付けていく必要があります。日本国外にいると、その気になってかなり積極的に動かないと、日本語の音声に触れるチャンスは巡ってきません。上述のように程なく入国できたらいいのですが、そうでないと通常授業や受験講座で何らかの形で補っていくことが必要です。受験講座の小難しい話を聞くというのには、そういうメリットもあるのです。

オリエンテーションの後、続けてSさんの口頭試問の練習をしました。週末にR大学の口頭試問を控えているSさんに、理科系の基礎知識に関する質問をいくつかしました。Sさんがしかるべき知識を持っていることはわかりました。しかし、その表現のしかたには疑問符を付けざるを得ませんでした。Sさんに聞いてみると、頭の中で母語を日本語に翻訳して答えたとのことでした。

新入生のみなさんには、受験に臨む1年後、日本語でストックした知識を滑らかな日本語で語ってもらいたいです。そのための訓練が、来週、すぐに始まります。

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ワカシャ

9月24日(金)

私が担当しているレベルの期末タスクは、来週の火曜日が発表の日です。各グループとも、どんな題材で、誰が何について話すという役割分担を決め、みんなに見せるスライドもだいたいでき上がりました。ですから、本番に向けて発表練習の段階に入っています。

原稿を実際に読んでみると、長すぎる短すぎるはもちろんのこと、表現が難しいとか、聞いてもわからないとか、そもそも聞き取りにくいとか、いろいろと問題点が浮かび上がってきます。スライドも、字が小さいとかグラフが読めないとか図や写真の意味がわからないとか、あれこれ指摘すべき点が出てきます。

あるグループの発表練習を聞いていたら、「…私の国では、結婚したがらないワカシャが増えています。…」というフレーズが聞こえてきました。当然、“ワカシャって何?”です。

この学生の原稿には、“若者”と書いてあったはずです。その漢字が正しく読めなかったのです。“若者”という文字を見れば、意味はわかります。その単語を含む文の意味もわかります。しかし、口頭発表はそれだけではいけません。ワカシャでは聞き手に言いたいことが伝わりません。

はっきり言って、中級レベルなら“若者”は読めて当然の漢字です。しかし、この学生はEJUで300点以上取っているにもかかわらず、堂々と“ワカシャ”と読んでしまいました。この読み方が間違っているなど、みじんも思っていない、自信満々の読み方でした。

これをすべてオンラインのせいにするつもりはありませんが、オンラインになってから、読む力と聞いたり話したりする力の乖離が目立ってきたように思えてなりません。教師の目が完全には届かない環境で勉強しているという点も、マイナスの方向に作用していると思います。

ワカシャの後、各ブレイクアウトルームを回って、漢字の読み方を再確認するように指示を出しました。これを週末の宿題にもしました。火曜日が、ちょっぴり怖いです。

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3か月ぶり

9月22日(水)

KCPではレベル3から受験講座が受講できます。先週から今週にかけて、主にレベル2の学生を対象に、進学コースの学生とそれ以外の学生に分けて説明会を開いています。いつもの学期は、レベル2というと知らない顔ばかりで、面白味も何もありません。しかし、今学期は、先学期レベル1のクラスを受け持ったおかげで、知っている顔が結構多いのです。ズーム越しとはいえ、久しぶりに目にする元気そうな顔に、懐かしさを覚えます。学生の方も、クラス授業の時のように盛んにうなずいたりにっこり笑ったりしてくれます。話の内容が内容ですから、みんなの日本語レベルでは追い付かないような難しい言葉遣いもしますが、それを理解しているような顔つきに、学生たちの成長を感じます。

初級を教える楽しみの1つがこれです。何か月か置いて会った時に、進歩とそれに伴う自信とが学生たちからほとばしり出てくるのを目の当たりにすることができるのです。それを全身で受け止められるのは、初級を教えた教師の特権です。その学生の初級時代を知らなかったら、学生が発するオーラにさえ気が付くことはありません。

そういう学生を中級で教えると、伸びがより一層実感できます。さらに上級でも教えると、よくぞここまで育ってくれたと涙したくなります。先学期教えた面々は順調に力を付けているようですから、レベル4あたりで相まみえたいものです。できることならば、国からオンラインでというのではなく、KCPの教室で、読解のテキストでもネタにして、議論してみたいですね。

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もうすぐ

9月16日(木)

期末テストまで2週間を切り、さらに来週は休日が2日もあるので、各レベルとも期末タスクに取り掛かり始めています。私が担当している中級レベルは、数人のグループで社会問題を取り上げ、それについて自分たちで調べ、パワーポイントを作り、10分程度の口頭発表をすることになっています。オンラインで話し合い、オンラインで発表するというあたりにこちらとしても計算の立たない部分がありますが、目標に向かって前進しています。

大学院志望の学生は、国で大学生だった時に授業やゼミや学会などでプレゼンテーションをしたことがあるでしょう。そういう学生が中心になってグループをまとめてくれれば、大崩れをすることはないだろうと踏んでいます。しかし、大学の先生でも、とんでもなくわかりにくく見にくい資料を作り、理解不能な発表をする人がいます。そういう先生の“薫陶”を受けていた学生がいないとも限りませんから、油断はできません。

このタスクの主目的は、中級レベルで勉強した文法や語彙を実際に使って、例文レベルではないまとまった話を構成することにあります。作文の時間に学んだ、文章の構成もぜひ活かしてほしいところです。そして、畳の上の水練ではない何事かを成し遂げ、日本語力が付いたことを実感してもらいたいのです。それが上級へ向けての自信につながれば、理想的な展開です。

しかし、逆に、できないことを実感してしまう学生もいそうです。それもまた一面の真実ですから、自分の足りないところを知り、その克服を新たな目標とできれば、決して無駄ではありません。最後の2週間、学生も教師も、胸突き八丁です。

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佐藤さんが大手町で

9月14日(火)

聴解の問題をやると、学生たちは、問題の答えはそこそこわかりますが、問題に出てくる人名はじめ、固有名詞の聞き取りが本当にできません。山田さん、田中さんぐらいまででしょうか、どうにか聞き取れるのは。クラスの大半が「佐藤さん」を聞き取れなかったことだってあります。

でも、日本人の名前は山田さん、田中さんばかりではありません。それどころか、日本人の名字の種類は、人口10倍以上の中国よりはるかに多いと言います。それを全部聞き取れるようになれとは言いませんが、主だったなまえが聞き取れなかったら、日本で生活していく上で厳しいんじゃないかな。

なまえは、「さん」とか「先生」とか「部長」とか、敬称や肩書・職名といっしょに使われることが多いです。そういうマーカーが付いていますから、その気になれば聞き取りやすいんじゃないかなあ。でも、問題を解こうとしている学生にとっては、人名は枝葉末節にすぎないのかもしれません。

地名は、ある程度の生活感がないと身に付かないでしょう。KCPの学生は、ほぼ全員、「大久保」を知っているでしょうし、だから地名として聞き取れると思います。でも、「大手町」は、縁が薄いので、耳が反応しないと思います。県名だって、何かのつながりがない限り、無理です。

学生たちには、受験勉強の先を見越した勉強をしてもらいたいです。聴解のテクニックを身につけて終わりじゃなくて、日本で生活していく上で必要な力を付けてほしいです。そのためには、やっぱり種をまき続けるしかないのだと思います。

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