Category Archives: 日本語

穴だらけのテキスト

7月16日(土)

Mさんは、実にまじめな学生です。受け持ったすべての先生が、異口同音にそう言います。日本で大学進学しようと考え、EJUに備えています。しかし、大学進学の前に立ちはだかる大きな問題があります。それは、極端に漢字に弱いことです。

日々の授業で行われる漢字テストは、範囲も狭いこともあり、合格点が取れます。しかし、範囲が広がる中間・期末テストとなると、苦しくなってきます。単漢字が定着していませんから、漢語となるとさらに厳しいものがあります。漢語を構成する個々の漢字の意味を総合して、その漢語の意味を類推するという、日本人なら小学生ぐらいでもごく当たり前にやっていることができません。

影響が漢字テストだけでとどまっていればいいのですが、レベルが上がるにつれて読解のテキストの読み込みに苦労するようになってきました。学校の読解は、予習もできるし、授業で丁寧に教えてくれるし、どうにかなります。試験範囲もわかっていますから、合格点が取れます。しかし、EJUの練習問題となると、手も足も出なくなってしまいます。「読解の本文は穴だらけです」と言っていました。

Mさんに読解の練習問題をさせて、どうやってその答えを選んだか説明してもらいました。解き方そのものは間違っていません。解法のテクニックも適切に使っています。しかし、単語の意味を勝手に想像するため、時として議論があらぬ方へと向かってしまうのです。

もうすぐ、6月のEJUの成績が、Mさんのもとにも届きます。Mさんは250点と言っていますが、果たしてどうでしょう。11月までにどこまで伸ばせるでしょうか。

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オンラインがいい

7月15日(金)

Tさんは、来月半ばに大学院の入学試験を控えています。これを皮切りに、9月末までに数校受験します。朝の丸ノ内線の混雑を見ると、感染が心配なので、オンライン授業に切り替えたいと言います。

現在、新規感染者数は増勢を強め、第7波に突入したと言われています。Tさんの心配ももっともなところです。ところが、夕方から始まる塾には毎日通うと言います。塾が終わる頃は退勤ラッシュの時間帯で、朝ほどではないにせよ、電車はかなり混雑しています。

その辺を突くと、自分が塾で感染して、それに気づかずにKCPで対面授業を受けたら、教室のみんなを感染させてしまうかもしれないので、KCPはオンラインにしたいといいます。その塾はすでに感染者が出ているから、これは現実に起こりうる話だとも言います。それだったら、まず、塾に近づくのをやめるべきではないでしょうか。

どうです、この論理の破綻ぶりは。とても大学院で研究しようと思っている人の思考回路ではありません。要するに、塾には行きたいけど、KCPの授業は受けたくないのです。塾の授業はTさんの母国語で行われますが、KCPは母国語禁止です。Tさんにとっては、この差が非常に大きいのです。

Tさんの日本語で、一発で理解できたのは、混んでいる丸ノ内線に乗りたくないからオンラインにしたいという部分だけです。それ以降は、何回も聞き返したり想像力を存分に働かせたりして、どうにか、断片的でも、内容をつかんだという次第です。日本語学校の教師すらこんなに苦労しないとわからない日本語が、大学院の先生方に通じるとは思えません。

Tさんに何より必要なのは、普通の日本人がわかる日本語を話す力です。それを身につけるには、逃げ隠れせずKCPへ来て、日本語で考え話さなければならない環境に身を置き、実際に口を開くことです。

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進学先では

7月11日(月)

先週のこの稿に書きましたが、今週は学生の進学先となりそうな学校の方がおいでになります。週明け早々、2校の方とお会いしました。

その2校のお話、非常に似通っていました。まず、留学生の数は、受験者、在校生ともに減っているけれども、合格ラインは変えないという点です。合格ラインを下げて入学させても、甘い基準で入った学生は授業についていけないし、就職や進学となった時に厳しい目に遭うので、結局その学生のためにならないと言っていました。私もそう思います。進学はできたけれども留学にはならず、ついには退学というのでは、青春の無駄遣いです。もちろん、経済的損失も小さくはないでしょう。さらには、「どうせ自分は」とかという形で精神的に歪んでしまったら、一生を台無しにしかねません。

次に、入学試験ではコミュニケーション能力を重視するという点です。オンライン授業は、知識を身につけるなど、学業そのものに遜色を感じることはないけれども、教職員との間の微妙なコミュニケーションがうまくいかないことがあるようです。メールでお知らせを流すと、学生は受信するや翻訳アプリに持って行って、母国語で理解するそうです。そのため、教職員が日本語で強調したつもりの事柄が、留学生にだけ伝わらないことがあると嘆いていました。

授業はzoom、買い物や食事は無言で、ニュースは母国語で、アルバイトはしないとなると、学生は自分の日本語を試すチャンスがなく、したがって自分の日本語力に自信が持てないのではないでしょうか。だから、日本語で書かれたお知らせはすぐ翻訳してしまうし、レポートなども母国語で書いて翻訳となってしまうのです。学生たちだってそれがベストだとは思っていないでしょうが、そうしないと安心できないに違いありません。

今、KCPで学んでいる学生たちにはそんな思いをさせたくありません。そうならないためのプログラムを用意していますから、ぜひついてきてもらいたいです。

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大成長

7月9日(土)

午後、パソコンに向かってうなっていたら、「金原先生、きれいな女子大生が会いに来てくれましたよ」と声を掛けられました。職員室の入り口に、2年前の卒業生のGさんとWさんが立っていました。KCPにいた頃と比べてすっかりあか抜けていて、掛け値なしに”きれいな女子大生“でした。

話を聞くと、KCPに入学したのは高校卒業直後だったとのことですから、失礼を承知で言わせてもらえば、山出しだったわけです。右も左も日本語もわからず入ってきて、KCPでがっちり訓練され、進学先でさらにもまれて、気が付いたらすっかり大人になっていたのです。そうそう、「あか抜けたね」と言ったら、「そうですか。あんまり変わった気がしないんですが」と、明らかに言葉の意味を理解している反応が返ってきました。

2年前の卒業生ということは、第1波で卒業式が中止になった代です。密にならないように、予約制で証書を取りに来てもらった時にも、GさんとWさんは一緒でした。進学してからはオンライン授業で苦労もしたようです。2人とも授業は対面が好きだと言っていました。

Gさんは、もうすぐインターンシップをします。もう3年生ですから、それぐらい不思議ではありません。就職前提じゃないと言っていましたが、全然考えていないわけでもないでしょう。でも、大学院進学の目もありそうなことを言っていました。

Wさんは、自分の大学の学生課でアルバイトをしています。たくさん書類を提出し、面接に通って採用されたそうです。80%は日本人学生を相手に話を聞いたり指示を出したりで、留学生相手に母国語を使うのはせいぜい20%だとか。日本人学生のアルバイトと同列に扱われているようです。それから、学部で2人しかもらっていない奨学金ももらっているとか。KCPにいた時から頑張り屋さんでしたから、らしいなっていう感じでした。

KCPへ来たのは、別の用事で曙橋まで来て、地図を見たらすぐそばだと気がついたからだそうです。うれしいじゃありませんか。そうやってわざわざ足を延ばしてくれるのは。

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期待していいかな

7月8日(金)

中級の新入生のLさんは進学コースでの学生です。しかし、受験講座の受講登録がまだでしたから、始業日の授業が終わった後に呼び出して、話を聞きました。

大学で何を勉強したいか聞いたところ、たちどころにZ大学とJ大学の名前を出し、学科名まですらすらと答えました。ここまでよどみなく志望校学部学科名を言える学生は、在校生の中でもそんなに多くはありません。しかも、Z大学もJ大学も超有名校ではありませんが、知る人ぞ知るというタイプの所です。国で日本の大学についてきちんと調べてきたことがうかがえます。

受験講座の科目の説明をしても、一発でこちらの話を理解し、的を射た質問を返してきます。こういう学生は、話していて気分がいいし、予定外のことまで教えたくなります。実際、Lさんにも、Z大学やJ大学に進んだ学生の話をしてしまいました。

来日したばかりの新入生となると、中級あたりに入っても、こちらの言葉がうまく通じないことがよくあります。文章を読んで理解することはできても、同じ内容の談話を聞き取って理解して反応するだけの力がないのです。Lさんもそういう学生だと思って、最初、話すスピードを抑えたり言葉のレベルを下げたりしましたが、いつの間にか上級並みの話し方をしていました。

Lさんよりもだいぶ上のクラスの教科書販売にて。冗談めかして「Aさんには、この教科、難しいんじゃないかな。こっちの方がいいと思うよ」と言って初級の教科書を渡そうとすると、「あ、大丈夫です」と手を横に振ります。もちろん、Aさんの言いたいことはわかりますよ。コミュニケーションは取れていますよ。でも、Aさんのレベルなら、「これだったら、私、先生ができますよ」とか、「もう、全部頭に入ってます」とかって切り返してほしかったですね。

Lさんが何学期かKCPで過ごして、Aさんのレベルに上がってきたとき、ちょっと試してみたいですね。

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期末テスト当日の朝

6月21日(火)

朝、まだ他の先生方がいらっしゃっていない時間に、電話が鳴りました。「はい、KCP地球市民日本語学校でございます」「〇×クラスのTです」「あ、Tさん、おはようございます」「おはようございます。実は、私、昨日、友達のうちに泊まったんですが、そこに鍵を忘れてしまって、今、うちに入れないんです」「それは大変ですね」「はい。今日、期末テストですが、受けられなかったらどうなりますか」「受けられなかった場合は、あさって、23日に追試をしますから、それを受けてください」「今日の午後は受けられませんか」「午後は初級クラスの期末テストがありますから…」「私、23日は大阪に行くことになっているんですが…」「でも、追試は23日だけですから、その日に受けてください」「はい…。とりあえず、わかりました」

Tさんは今学期の新入生で、中級クラスです。どういう事情で友達のうちに泊まったかはおいといて、中級でこれだけのやり取りができるとはと感心しました。上のやり取り、ほとんどTさんの言葉そのままです。発音イントネーションも自然だったし、事情を説明して自分の要求を述べるという話の進め方も理にかなっています。最上級クラスにだって、こんな話し方ができる学生は少ないでしょう。これだけ話せれば、大阪へ遊びに行っても楽しいでしょうし、何か得るものもあるはずです。

しかし、聞くところによると、Tさんは漢字が弱いそうです。進学を狙っていますが、漢字に足を引っ張られかねない状況です。そんな弱点を克服して、持ち前のコミュニケーション能力を生かして、日本で身になる勉強をしてもらいたいです。

今、調べたら、Tさんは数分の遅刻で期末テストが受けられたようです。大阪も楽しんで来てください。

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明日の今頃は

6月18日(土)

明日に今年1回目のEJUを控え、今学期最後の受験講座の授業をしました。EJU日本語の読解と聴解の問題をやりました。この期に及んで何か教えるとか、語彙や文法を覚えさせるとか、そういうことはしません。“本番前日だから休む”ではなく、“普段と同じように登校する”という、平常心のようなものを持ってもらいたいと思っていました。

でも、そんな精神論だけでは戦時中の竹やり訓練みたいになってしまいますから、私の思考回路を披露することにしました。学生の目の前にある問題を私が解いた時、どこを読み、何を考え、どう推論し、答えに至ったかを説明してみました。学生は、思ったより感心しながら聞いていました。

読解問題を解くにあたっては、最初から最後までベターッと読んで選択肢を選ぶだけが能じゃありません。受験のテクニックを使って解いた問題もあれば、筆者の論理を読み取って答えを導き出した問題もあります。老獪なと言いましょうか、学生たちにはちょっとまねできない手を使うことだってあります。

本当は、1行目から最終行まで、文章をじっくり味わった上で問題に向かってほしいです。しかし、それでは40分間に25問を“処理する”のは難しいでしょう。そう。まさに処理です。文章の内容について深掘りしたり、関連事項に当たったり、想像力をたくましくしたりすることなく、問に対してまっすぐ向かっていくことが求められます。

EJUの読解の過去問の原典を探し出して、それを上級クラスの教材として使ったこともあります。味読し、議論し、その文章でたっぷり楽しませてもらいました。案外読み応えのある文章を使ってるんですよ、EJUは。来学期になるか、その次の学期になるかわかりませんが、いつか、また、そんな授業をしてみたいです。

授業終了時に、「明日の今頃は、もう日本語の試験は終わってるのかな」と言ったら、学生たちははっとしたような顔になりました。ご健闘をお祈りいたします。

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多様性

6月17日(金)

おとといに続いて、アメリカのプログラムで来ている学生へのインタビューをしました。

Pさんは去年からオンラインでKCPの授業を受けていましたが、時差の関係で苦労が多かったです。だから、どうしても日本で授業が受けたくて、今学期来日しました。日本語の勉強は、文法は難しいですが、漢字は街なかにあふれているので、それを見ながら勉強するのが楽しいと言っていました。何より、日本人と話すのが好きで、あちこちで話しかけているようです。カタコトより多少ましかなという程度ですから、話し掛けられた日本人も、同情と言いましょうか、やさしい気持ちになるようです。

絶対値で評価したら、Pさんの発話力はまだまだです。聞き手の”同情“に頼らなければ、コミュニケーションを取るのは難しいでしょう。しかし、待ちの姿勢ではなく、何でも吸収しようという気持ちも強いです。このままいけば、JLPTのN1合格とか、EJUの日本語で高得点とかというのとは違った方向で日本語力を高めていけるでしょう。まあ、Pさん自身はN1合格を目標としているようですが…。

KCPの強みは、こういう学生もいるところです。みんながみんな大学院や大学や専門学校への進学を目指すのではなく、そういうのとは違う座標軸、評価基準を持った学生も机を並べているのです。Pさんは進学希望の学生たちを、素直に“すごい”“よく勉強している”と感心しています。進学希望の学生も、Pさんから刺激を感じてもらいたいところです。実際、こういう学生から何かを感じ取れた学生は、充実した留学生活が送れるとともに、日本語の実力も大きく伸ばしました。

Pさんが本当にN1を目指すのなら、来年は上級です。最近も、Gさん、Bさんなど、アルファベットの国からの学生が上級まで到達し、クラスに活気を与えていました。Pさんにもそういう存在になってほしいと思いました。

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モニターの中の若者たち

6月16日(木)

来学期の学校行事に関連して、現在、1階の受付前の大型モニターには、過去のスピーチコンテストのダイジェスト版映像が流れています。スピーカーだけでなく、応援の様子も入っています。何年前かわからないくらい昔の映像も含まれていますから、懐かしい顔も時々出てきます。ここに映っている(元)学生たちは、今、どこで何をしているのでしょう。どこで何をしていてもいいですが、できれば日本語を使って幸せに暮らしていてほしいものです。

一説によると、日本で進学した留学生のうち、卒業できるのは6割ほどだとのことです。残りの4割は、理由は各人各様でしょうが、中途退学しています。もちろん、専門学校や大学に在籍し勉強しながら受験準備をして、次の年に“もっといい大学”に進学した学生も少なくありません。経済的理由で帰国を余儀なくされた学生も、毎年一定数はいることでしょう。一番悲しいのは、日本語力不足で退学せざるを得なくなったというパターンです。

大学などはそんなことにならないように、入学試験の時点で面接やら小論文やらで受験生の日本語力をチェックしています。しかし、“対策”が進みすぎると、入試の時点ではなく、入学後に挫折が待ち受けています。進学したら日本語と真正面から向き合う時間なんか、そうたやすく取れません。だから、日本語学校にいるうちに、進学してから困らないだけの日本語力を付けておかなければならないのです。私たちがいくら言っても、この単純な事実が学生たちに伝わらないんですねえ。

映像の中で、マスクをせずに、語り、訴え、主張し、何かを伝えようとしていた学生たち、縦横無尽にステージ上を動き回っていた学生たちが、そのはつらつとしたパワーを進学先でもいかんなく発揮し、“6割“の関門を突破したと信じたいです。

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伝わってほしいけど

6月9日(木)

木曜日の夕方は、初級の学生への進学授業です。日本の大学に進学するにはどんな準備が必要か、いくらぐらいお金が必要か、どんな勉強をしておかなければならないか、そんなことを中心に話しています。私の話す日本語と日本語で書かれたパワーポイントでは、初級の学生には通じませんから、通訳にも入ってもらっています。

話しながら教室を見渡してみると、私の話を聞こうとしている学生とそうでない学生と、如実に分かれます。聞く気のある学生は、私の日本語を聞き取ろうとし、少しでもわかればうなずき、最後に通訳で内容を確認しているようです。日本語を聞こうとしない学生は、通訳の先生の言葉にだけ耳を傾け、内容を理解しようとしています。

私の話から直接でなくても、私の伝えようとしたことが伝われば、この授業の目的は一応達せられたことになります。しかし、それは形の上だけ、機能面の話に過ぎません。日本語のまとまった話を聞いて理解する訓練を、初級のうちから始めておいてもらいたいのです。初級の先生が話す、語彙コントロールの十分利いた日本語ではなく、難しい単語がふんだんに織り込まれた話から、自分に関わりのある事柄を、初めのうちは断片的でもいいですから、つかみ取る訓練をしてもらうのも、隠れた目的です。

こちらも、学生たちにどうしても知っておいてほしいですから通訳を付けていますが、通訳の話す学生自身の母語に頼り切られてしまうのは、面白くないです。せっかく日本で対面授業を受けているのですから、そのメリットを最大限享受してもらいたいです。

気が付いたら、今学期の木曜日は、あと来週だけです。学生たちは、多少は私の日本語が聞き取れるようになったのでしょうか。

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