Category Archives: 自分自身

山を越えたら山が消えた

2月25日(土)

卒業認定試験もバス旅行も終わり、卒業生が大半を占める超級クラスを担当する私にとっては、大きな山を越えた感じがします。もちろん、卒業式の日までは油断できませんが、ゴールが見えてきました。

朝一番から、今まで積み上がる一方だった机の上の書類の山を、次から次と処理して大きく減らしました。授業でやったプレゼンのコメント票も、当人が卒業する前までに渡さなければ、何の意味もありません。発表内容を思い出しながら書くのは大変かなと思いましたが、どの発表も特徴があって、メモを見たらプレゼンしている各学生の姿がありありと脳裏に浮かんできました。それだけ印象が強いということは、優れた発表だったのでしょう。

11月のEJUの問題集が発売されましたから、一刻も早く理科と数学の模範解答を作りたいのですが、さすがに、まだ、そこまでの余裕はありません。これは、卒業式以降になりそうです。でも、新学期が近づいてきたら、またそんな暇はなくなりますから、のんびりしているわけにはいきません。6月のEJUの前には、この問題を学生にやらせなければなりませんからね。

2月25日といえば、日本の高校生にとっては国公立大学前期日程の試験日ですが、留学生にとっても少なからぬ国公立大学の試験日です。日本人には後期日程が残されていますが、留学生はもう後がありません。Wさん、Cさん、Lさん、Xさん、Hさん、…、みなさん、どうでしたでしょうか。実力を遺憾なく発揮できたでしょうか。結果がわかるのは卒業式以降ですから、教師にとっては「果報は寝て待て」みたいなところがあります。

手袋がない

2月20日(月)

土曜日の帰りに道でこけて手をついたときに、手袋の指先が破れてしまいました。小さな穴ですが、指先がくっきり見えてしまい、貧乏くさいことこの上ありません。家には予備の手袋がありませんから、昨日、新しい手袋を買おうと家の近くの店を回りました。しかし、手袋がないのです。あっても、ちょっとねえ…というものばかり。今週はバス旅行で日光へ行きますから、手袋は必須です。軍手ならありますが、それじゃ様になりませんから、どうしましょう。

破れてしまった手袋は、百均で買ったものですから、捨てるにしても惜しくはありません。でも、暖かいし、手袋をはめたまま本のページがめくれるし、とても気に入っていました。だから、昨日もまず百均をのぞいたのですが、“さくらコレクション”とかというのになっていて、私がはめていた手袋は既にありませんでした。

確かに、2月も下旬ですから、春物が売られているのはわかります。しかし、まだ2月ですからこれからも寒い日があることは間違いないのに、手袋のような冬の小物が消えてしまっているのは納得がいきません。店としてはもう売れ行きが衰えているものより、これから売れるはずのものに売り場を使いたいのでしょう。こけて手袋を破いてしまったのは自己責任で、あと1か月ほど冷たい手をこすり合わせて過せということなのでしょうか。

今朝は冷え込んで、たとえ指先が破れていても、手袋は欠かせませんでした。しかし日中は結構気温が上がったようで、最高気温が19.7度と言われると、やっぱり今さら冬物を買おうというほうが間違ってるかなって気にもなります。そんなもうすぐ春の陽気をよそに、午後は今週末受験という学生4人の面接練習をしました。あと数日のうちに、みんなうまく仕上げてくれるといいのですが…。

なんて言ったらいい?

1月19日(木)

「先生、ちょっと相談があるんですが…」「何?」「今度アイドルKの握手会があるんです。その時、Kと3秒だけ話すことができるんですが、何を話せばいいですか。『頑張って』とか、そういう普通なのはいやなんです。かっこいいこと言って、私のこと、覚えてもらいたいんです」「じゃあ、国の言葉で『頑張って』とか『応援してます』とか言ってあげたらいいんじゃない」「ダメダメ。それもよくあります。3秒、一言でKに覚えてもらえるような…」

と、Hさんから頼まれたのですが、3秒でアイドルの心をつかむような言葉など、急に聞かれたって思いつくわけがありません。かといって、よく考えたところでそんな気の利いたフレーズが湧いてくるとも思えません。実際、こういう時って、ファンの人たちはどんな言葉をかけているのでしょう。Hさんのように覚えてもらおうなどと意気込んで握手会に臨むのでしょうか。私は経験がありませんから、よくわかりません。

3秒で人の心を捕らえるには、どんなことをすればいいでしょうか。何も答えてあげられないままHさんが去った後も、しばらくそんなことを考えていました。寸鉄人を刺すような激励か愛情表現かはたまたギャグか、そんなうまい言葉はないものでしょうか。小説やドラマの中のように、一瞬にして聞き手の顔色が変わるような言葉は、そうそう転がってはいません。

教師の言葉に瞬発力を伴うのは、説教の時が多いように思います。学生を黙らせたりぎゃふんと言わせたり、その状況に応じたセリフが浮かんでくることもあります。しかし、その応用でアイドルにかける言葉を考えるのは、無理があります。自分の想像力のなさに肩を落とすしかないようです。

一人旅は苦手?

1月12日(木)

始業日なのでいろいろな先生がいらっしゃると思ったからでしょうか、授業後の時間帯を狙って、12月に卒業したKさんが来ました。Kさんはお正月休みに関西を旅行し、そのお土産を持ってきてくれました。

Kさんは、京都、奈良、大阪、神戸を回り、姫路城まで足を伸ばしました。姫路城や奈良公園の鹿や北野の異人館や京都で食べた茶そばなど、関西各地に足跡を残してきたことがよくわかる写真を見せてくれました。とても楽しそうな旅行だと思ったのですが、1人旅だったので寂しくてたまらなかったそうです。旅行中、しょっちゅう国のお母さんやM先生に電話をかけていたとか。

私が毎年5月の連休に1人で関西へ行って楽しんできた話を聞いて、Kさんも関西1人旅を試みたそうですが、Kさんとしては失敗だったようです。Kさんはよくしゃべる人ですから、周りに話し相手がいないと張り合いがなく、それで寂しいと感じたのでしょう。そんなKさんに対して、私は1日中全く口を利かなくても平気な人間ですから、1人旅を寂しいとは全く思いません。

私は自分が見たいと思ったところにはじっくり時間をかけて思索にふけりたいし、そこで得た感動は他の人とシェアするより1人で心行くまで味わいたいです。また、私は歩くのが好きですから、関西で言えば琵琶湖畔の浜大津から山科まで、琵琶湖疏水に沿って寄り道しながら歩いてしまうくらい、平気でします。これもひたすら汗を流すだけですから、誰かと一緒にするような旅ではありません。要するに、自分の興味の対象に浸りきるわがまま人間なのです。

Kさんと私とでは、旅に対する姿勢が根本的に違うのであり、Kさんが私のまねをしたら、やっぱり満足できないでしょうね。感激を分かち合うところに旅の真髄を感じようとするのですから。

5月の連休には、また、関西旅行に行きます。その計画を少しずつまとめつつあるところです。

病院にて

1月6日(金)

3か月に1度の目の定期検診のため、病院へ行きました。私が通っている病院は電子化が進んでいて、再診の場合は診察券を機械に通すだけで受付が終わり、その足で眼科の診察室前まで行くと、ほとんど待つことなく名前が呼ばれ、予備検査を受けるという流れになっています。

しかし、診察を受けない月が3か月以上続くと、機械が診察券を受け付けてくれません。前回の診察が9月末でしたから、10・11・12月と診察を受けない月が3か月続いたため、今回は人間のいる受付窓口で手続をしなければなりませんでした。保険証と予約のチェックが済めばOKなんだろうと思っていましたが、一向に名前が呼ばれません。持って行った雑誌を何ページも読んだころに、ようやく名前が呼ばれました。その後はいつものペースで診察が進みましたが、融通が利かない話だなあと思いながらまぶたをひっくり返されたりしていました。

受付が機械化されていなかったら、9月末の次の受診が12月末だろうと1月初めだろうと、待ち時間は、ほどほどに待つという意味においては、変わらなかったはずです。厳密には窓口の方のチェック項目が1つか2つ増えているのかもしれませんが、それが患者の待ち時間に影響を及ぼすほどのことはありません。通常の受付業務が機械化されると人間による受付に比べて待ち時間は短縮されます。しかし、通常ではないと判定された受付は、通常の受付に比べて待ち時間が大きく延びることになります。

大多数の患者が通常の受付ですから、機械化による時間短縮効果は非常に大きいです。私もいつもはその恩恵に浴しています。しかし、通常でなくなると、待ち時間の長さがとてつもなく長く感じられるのです。実際には機械化以前の受付時間と大して変わらないと思いますから、感覚的な問題にすぎません。ですから、病院トータルとしては、患者の待ち時間は大幅に短縮されているはずです。そうは言っても、いや、それだからこそ、通常ではない場合の「待たされた」感が強調されてしまい、そればかりが記憶に残ってしまいます。

通常ではない場合などそう頻繁にあるわけではありませんから、そのときは我慢すればいいのでしょう。でも、それは我慢である限り、機械化の負の側面であることには変わりありません。通常受付ではない患者の犠牲の上に、多くの患者の利便性が図られていると言えないこともありません。

新学期の超級の教材探しをしているからでしょうか、頭の中が理屈っぽくなっています。

名古屋の山

1月4日(水)

年末年始の休みは、名古屋へ。いかにも旅行者然としたいでたちだったのですが、名古屋駅のホームで「すみません。この電車は松本へ行きますか」と聞かれました。まさか、こちらが日本語教師だと気付いて聞いてきたわけではないでしょうが、私は旅先でも不思議と外国人からモノを聞かれます。発音の感じからすると、中国人や韓国人でも、東南アジアの人でもなく、ブラジル人ではないかと思いました。

名古屋の市営地下鉄の主な駅では、日本語、英語のアナウンスに続き、中国語、韓国語、そしてポルトガル語のアナウンスが流れます。それぐらいポルトガル語話者≒ブラジル人が多いのです。いや、愛知県に住んでいる外国人の絶対数で言えば、ブラジル人は中国人や韓国人よりも多いですから、英語の次にポルトガル語が流されてしかるべきなのです。

愛知県は、人口に対する外国人の割合が、東京都についで2番目に高い県です。東京は首都という特殊事情で外国人比率が高い面が見逃せませんから、実質的には愛知県が一番だとも考えられます。元日は泊まったホテルのすぐそばの神社へ初詣に行きました。そこにもブラジル人と思しき人たちが焚き火にあたっていました。この人たちがどんな宗教観を持っているかまではわかりませんが、焚き火に手をかざす姿は周りに溶け込んでいました。

行きの新幹線からはまっ白な富士山が見えました。「幸せの左富士」も見えました。松阪まで足を伸ばしたとき、方角と形から富士山だろうと思われる山の頂上部が見えました。名古屋の街中からは、富士山は見えませんでしたが、御嶽山を始め、木曽の山々が見えました。こういう山々を見て、ブラジル人は故郷の山を思うのでしょうか。それとも、雪をいただいた山など見ても、ブラジルの山とはあまりにも違うので、何も感じないのでしょうか。

推薦書と大掃除

12月27日(火)

仕事納めの日ですが、朝から推薦書を3通書きました。もちろん、推薦書はそう簡単に書けるわけではありませんから、学生の人となりや教室での様子、今学期で言えばBBQ大会などの集団行動での活躍ぶりなどを参考に、書き上げて生きます。志望校や専攻など、これから先のことをどれだけ真剣に考えているかも、当然織り込みます。こういう頭脳労働は、朝の頭がすっきりはっきりしている時間帯に限ります。そして、他の先生方や職員の皆さんがいない静かなときに集中してやります。

そして、大掃除。1年の垢を落として、気持ちよく新年を、新学期を迎える準備をしました。本当は、新学期の準備も多少はしたかったのですが、それは年が明けてから。

さて、私は、明日の今頃は、名古屋です。

寿司屋

12月7日(水)

初級レベルでは、何月何日に授業をどこまで進めるという進度表がかなりがっちり作られています。クラスによって進み方に差があっては、そのレベル全体でテストをすることすらままなりません。学期が終わった時点でクラスごとに習ったことが違っていたら、次の学期のクラス編成ができません。そもそも、授業の品質ということを考えたら、どのクラスも同じように進んでしかるべきです。

中級から上級でも同じような傾向が見られます。進度表どおりに進むのが大原則ですから、いろいろと紆余曲折はあっても、毎学期ゴールは同じです。また、教材が決まっていますから、学期によってクラスによって着地点がばらばらということはありません。

しかし、上級を突き抜けて超級になると、進度表はありますが、担当教師の自由裁量に任されている内容もあります。超級の場合、クラスごとにレベルが違い、また、進路に合わせてクラスを作ることもあり、毎学期判で押したような進度表というわけにはいきません。時事ネタや日本事情的な内容となると、いつ何を取り上げるかは教師が決めることが多いです。

今学期の私は、水曜日の超級クラスが自由演技の日です。教材が決まっていると楽なことは楽ですが、忙しさにかまけて通り一遍の授業に陥ってしまうこともあります。教材も授業内容もすべて自分で決めなければならないとなると、確かに大変ですが、その分頭を使うので、達成感みたいなものが味わえます。

今日は安倍首相の真珠湾訪問についての社説2編を取り上げました。訪問の意義やその背景などはもちろんのこと、新聞社による真珠湾訪問の捕らえ方の違いについてもディスカッションしました。「新聞によって記事の内容に違いがあってもいいんですか」という質問も出ました。事実は正確に伝えなければならないけれども、その事実の解釈は新聞社によって違っていてもかまわないと答えると、とても不思議そうな顔をしていました。

今日はいいネタが得られましたが、来週はどうなっていることでしょう。いいネタの心配をするなんて、寿司屋さんみたいですね。

本当にあと1か月?

12月1日(木)

12月です。毎年思うことですが、1か月後にお正月を迎えているなんて、とても信じられません。クラス授業も選択授業も受験講座も山ほど残っているし、期末テストも作らなきゃならないし、採点もしなきゃならないし、面接練習も志望理由書も続々と襲い掛かってきます。仕事納めの日までに、そんなこんなを処理しきれるんだろうかと、不安を感じずにはいられません。そうそう、少ないながらも年賀状も書きます。それから、学校でもうちでも、大掃除を忘れてはいけません。

でも、毎年曲がりなりにも年末年始の休みに突入し、旅行に出て、旅先で年越しそばをいただき、見知らぬ町のお寺かお社へ初詣に行くのです。そこで手を合わせ、新年の誓いを立てます。

学生たちも、忙しい1か月を過ごします。受験日が迫っていたり、年内に出願を済まさなければならなかったり、間もなく合格発表だったり、既に合格が決まった学生の中には、入学手続の期限が年内だったりします。受験が年明けだとしたら、この12月をあわただしく過ごすだけではいけません。人生を分かつ1か月になるかもしれないのですから。

Yさん、Lさん、Cさん、Hさんもそんな学生たちです。まだ行き先が決まっていませんから、1校確保してもうちょい高いところを狙うっていう学生より感じるプレッシャーも大きいです。親しい友人の合格の知らせを喜びつつも、胸中に焦りの種を宿していることでしょう。クリスマスソングがボリュームを増すともに、風がどんどん冷たくなります。無所属新人の学生には、落ち着かない季節、体調を崩しやすい時期をどうにか乗り越えて、3月には笑えるようになってもらいたいです。

頼りすぎ

11月30日(水)

韓国の朴大統領が、どうやら任期途中でやめそうです。大統領が任期を全うせずにやめるのは、現行の大統領制が確立してから初めてだそうです。支持率が5%にも満たないというのですから、こうなるのも当然かもしれません。でも、どうしてやめなければならないようなことをし続けたのかなあと思わずにはいられません。大きな権力を握ると誰でも清廉潔白でいられなくなるものなのかと、そんな権力を手にしたことのない私は漠然と想像しています。

それとも、自分が握っている権力の大きさが怖くなって、近しい人を必要以上に頼ってしまったのでしょうか。一国の大統領ともなれば、常に大きな決断を迫られます。どんな道を選べばいいかわからなくても、どれか1つを選んで実行に移さなければなりません。迷いたくても迷わせてもらえません。そして、その決断に対する責任は負わなければなりません。だから、自分の権力の大きさに押し潰されそうになることだってあるでしょう。そのときに、相談に乗ってもらうとまでは行かなくても、誰かに背中を押してもらいたいと思うことがあったとしても、不思議はありません。

だから、朴大統領を許してあげたいというわけではありません。自分の大きさと釣り合わない器の人物を、ブレーンとして頼り続けてしまったように思えます。大統領のお父さんの時代は、そういうことが許されたのかもしれませんが、現在はそのころとは比べ物にならないほど、国の規模も大きくなり、国際的地位も高まり、国を取り巻く環境も激変しました。それがわかっていないはずがありませんが、大統領がしたことはそういう意味で前期代的なことです。

翻って自分自身を見ると、私も学生の人生を左右しかねない、学校の将来の明暗を分かちかねない決定を下すことがあります。そういう決断の際には曇りのない目で見極めているか、常に自問自答しいます。