Category Archives: 卒業生

光と影

7月11日(木)

午後、E大学の留学生担当の方2名がが、今シーズンの入試制度の説明にいらっしゃいました。1名は先日お電話でお話しした方で、もう1名は、KCPの卒業生でSさんでした。顔を見た瞬間、思わず指を差して「あーっ」と言ってしまいました。

Sさんは、8年前にKCPを卒業してE大学の大学院に進学して、その後、E大学の留学生担当の職員になったとか。そんなに前になるかなあ。KCPにいたころと全く変わらない顔だけど(だから、指差しちゃったんですが)。話し方は、さすがに仕事をしているだけあって、かなり鍛えられていました。最近KCPからE大学に進学した学生の状況の説明なんか、堂に入ったものでした。

国にいたころや来日当初は、こういう将来など、予想だにしなかったでしょう。日本で働くつもりではあったでしょうが、一般企業に就職するかそこで経験を積んで起業するかなどということを、漠然と考えていたに違いありません。いろんな偶然が重なってE大学に職を得ることになったのですが、E大学在学中、学業面でも学業外でも光る存在だったからこそ、お声もかかったのです。

Sさんの話は喜ばしい限りですが、ショッキングな話も。E大学も日本の高校の夏休みに合わせてオープンキャンパスを開きますが、そのオープンキャンパスが予約制になったのです。以前からオープンキャンパスに予約制を取り入れている大学はありましたが、最近はどこの大学でもと言いたくなるほど広がりました。当日フラッと行って見られるオープンキャンパスが少なくなりました。

E大学の方のお話によると。不特定多数を相手にするのではなく、E大学に進学を希望する気持ちの強い人たちに手厚く対応したいので、予約制にしたそうです。定員厳格化の影響かもしれないとも思いました。でも、予約制にした大学のインターネットでの予約申込書が、同じひな形から作られているのを見て、言いようのない恐ろしいものを感じました。こういう形で個人のデータを採取し、そこから何かを得ようとしている巨大な影がぼんやり見えました。何となく、息苦しくなりました。

ある先輩

6月22日(土)

「もしもし、金原先生ですか。私、Pです。2010年に卒業してS大学に進学したんですが、覚えていらっしゃいますか」「ああ、Pさんか」「はい。そのあとT大学の大学院に入って、修士を取って就職して、今年4年目です」「はーあ、そんなになるんだねえ」「卒業してから初めてなんですけれども、学校にお邪魔したいんですが、今週のご予定はどうでしょうか」「今週かあ…。金曜日が期末テストだからそれまでは時間がないんだよね。土曜日なら空いてるんだけど」「土曜日だったら会社がありませんから。何時がよろしいですか」「土曜日なら、今のところ何時でもいいよ」「じゃあ、1時に伺います」「1時だね。じゃ、待っています」

…という電話のやり取りをしたのが、確か火曜日。お昼前から結構な雨になったので、果たして来られるだろうかと思っていたら、1時2分前ぐらいにスーツを着た若者が受付に姿を現しました。Pさんでした。さすがビジネスパーソン、どんなに雨が強くても、約束の時間には遅れません。

Pさんのころは旧校舎でしたから、まず、校舎が新しくなったことにびっくり。ざっと案内すると、2階のラウンジの自動販売機を見て、「私のころはこういうの、ありませんでしたね」とポツリ。Pさんに限らず、古い卒業生はみんな同じ感想です。

話を聞くと、KCP入学当初は専門学校で技術を身に付けて帰国するつもりだったそうです。KCPでいろいろな授業を受けたり周りの友達から刺激されたりしているうちに大学に行きたくなり、大学進学の勉強を始めました。首尾よくS大学に入学しましたが、学部の勉強だけでは飽き足らず、T大学の大学院に進むことにしました。大学院は留学生入試があることを知らず、日本人学生の試験を受けたそうです。修士課程を終えて、今は霞が関にある会社に勤めています。

こういうPさん、後輩の手助けをしたいと言ってくれました。自分が力になれることなら、ぜひ協力したいとのことです。うれしいじゃありませんか。10年ぶりでも何でも、学校を思い出して、足を運んで、こういうことを申し出てくれるんですから。来学期での実現に向けて、進めていきたいところです。

書初め

6月4日(火)

昨日の夜、職員室の入り口から呼ばれ、推薦書を書いてほしいと頼まれました。私のクラスの学生でもないし、先学期受け持った学生でもないし、「私はあなたをよく知らないんですが、推薦書に何をどう書けばいいんですか」と聞きました。すると、「先生、Wですよ」という答えが返ってきました。思い出しました。去年S大学に進学したWさんでした。最後の学期は、私が担任でした。だから、推薦書と言えば私が書くことになります。

推薦書の材料にもしようと思って、詳しく話を聞いてみました。WさんはT大学の大学院に進学することを目的に来日したのですが、2018年度入試では失敗しました。それで、やむなくS大学に編入学しました。そういえばそんな事件がったなあとだんだん思い出してきました。そして、今回、T大学大学院に再挑戦するそうです。その出願書類の1つが、日本語学校からの推薦書なのです。

Wさんは、KCP在籍中、毎日図書室が閉まるまでずっと勉強していました。鋭いタイプの学生でも、要領のいい学生でもありませんでしたが、努力を継続できる学生でした。S大学に進んだ後も、T大学大学院への進学という大目標は決して忘れず、日本語の勉強をコツコツと続けてきました。それが実を結び、今では日経新聞が読みこなせるようになりました。ちょっと質問してみましたが、問題意識をもって日経を読んでいることがよくわかりました。

その他、将来計画なども聞き、推薦書のネタを十分に揃えました。そして、今朝、朝一番にWさんの推薦書に取り組みました。下書きから清書まで、1時間ちょっとでできました。今シーズン初の推薦書は、気持ちよく書けました。

活躍

4月15日(月)

4月も半ばになると、進学した学生の噂もちらほら聞こえてきます。Aさんは新入生の中で目立っているとか、Bさんは日本語がよくできるから褒められたとか、そんな話が舞い込んできて、思わずニヤッとすることもあります。

しかし、いい噂だけではありません。Cさんは早くも出席率が50%ぐらいに低迷しているとか、Dさんは授業についていけずに頭を抱えているとか、心配な話も飛び込んできて、ドキッとしたりヒヤッとしたりさせられます。

出席率50%のCさんは、KCPにいたときから遅刻欠席が多くて問題を抱えていました。KCPは出席にはうるさいとされていますが、先生方にあれこれ注意されたにもかかわらず、出席状況が改善されませんでした。進学したら頑張るという本人の言葉を信じて送り出しましたが、頑張るには程遠い現状のようです。

だいたい、KCPの教師からあれだけうるさく言われても出席の悪かった学生が、進学したからといって急に朝早く起きられるようになって遅刻もせずに学校に通うようになるなんて、めったにあるわけがありません。KCP卒業時点で出席率が80%を切るような学生は、日本で勉強する資格がないとさえ思っています。ただ、まれに進学先で大化けする学生がいますから、“夢よ再び”と思ってしまい、進学先に送り出すのです。

その後、E専門学校の留学生担当の方がいらっしゃいました。「今年もよろしくお願いします」というお決まりのあいさつの後、E専門学校では、3名が合格しても日本語学校の出席率が悪すぎてビザがもらえなかったとおっしゃっていました。KCPから進学した学生は、みんな95%ぐらいの出席率でしたから問題ありませんでしたが、80%ぐらいで理由書を書かされた例もあったそうです。だから、E専門学校は、応募者に90%以上の出席率を求めることにしたそうです。

今年は、昨年以上に出席率が進学の可否を左右しそうです。

ある帰国

4月5日(金)

新学期の準備をしていると、卒業生のWさんが帰国のあいさつに来ました。専門学校を卒業し、国の会社に就職するのだそうです。その会社とは、日本人なら誰でも知っているM社の海外支社で、職員室にいた先生方全員、すごーいと思わず感嘆の声を上げてしまいました。その声を聞いたWさん、ちょっぴり誇らしげでした。

就職後は、専門学校で勉強した知識や技術を生かして、新商品の開発に取り組むようです。日本の本社にも出張があり、その時にはまたKCPに顔を出すと言ってくれました。Wさんの凱旋を心待ちにしていましょう。M社は人口減で先細り感のある日本市場よりも、海外での事業展開に注力しています。そういう意味で、WさんはM社のエリートコースに第一歩を踏み出したのかもしれません。

KCPの学生たちは、多くが日本で大学や大学院に進学しようと考えています。その先はどうなのかというと、特に大学進学を目指している学生は、まだ若いということもあり、漠然としています。最終的には日本で就職したいとか日本の会社で働きたいとか言っていますが、どこまで強くそう念じているかは疑問です。

日本の会社に入ることが最終目標なら、日本の大学や大学院に入ることはその手段にすぎません。Wさんのような道もあるのです。むしろ、そちらの方が確率が高いかもしれません。KCPとしては、1人でも多くの学生が“いい大学”に入ることが、学校としての実績につながりますから、ありがたいです。でも、学生の人生というスパンで考えた場合、それでいいのかどうかわかりません。

そんなことより、私はWさんの日本語に感心しました。社交辞令ですけどもなどと言いつつ、心配りのある言葉が次々と出てきました。できる学生でしたが、さらに磨きがかかった感じがしました。専門学校の2年間、中身の濃い勉強をしたことが容易にうかがわれました。

明日は、新たな夢を抱いた学生たちが入ってきます。

首席卒業

3月26日(火)

午前中の期末テストが終わり、午後のクラスの試験監督に向かおうとしていた時、N先生が採点担当になっている答案を受け取りに見えました。そして、「こんなのが入ってきたんですよ」と言いながらN先生が差し出したスマホを見ると、S大学に進学した卒業生からのメッセージがありました。学科首席で卒業し、4月から大学院に進学するそうです。

それは非常にめでたいのですが、N先生も私も周りの先生方も、みんなその卒業生の名前が思い浮かびません。顔は覚えているのですが、名前はどうしても出てきません。そのメッセージが名無しの権兵衛というのが一番いけないのですが、でも、みんな優秀な学生だったことだけは覚えているのです。

名前が気になりながら試験監督をし、戻ってきてから数年前の古いデータを当たりました。「N先生、Tさんですよ」と告げると、N先生始め名前をどうしても思い出せなかった面々が、みんな膝を打ちました。

Tさんはレベル1でKCPに入り、着実に進級を重ね、国立のS大学に進学しました。S大学よりも偏差値的に上の大学も狙えましたが、Tさんのしたいことに関してはS大学は定評があるので、あえて上位校は受けませんでした。でも、こうして学科首席で卒業となると、S大学は本当にSさんに合っていたのだと思います。私もこういう進路指導をしたいと常々思っています。名の通った大学に進学することだけが、その学生にとって幸せだとは限らないのです。

学生は情報を持っていません。私たちだって何でも知っているわけではありませんが、学生よりは大きな目を持っています。それをいかに学生のために生かしていくか、さあ、4月になったらまた新しい学生の進路指導をしていかなければなりません。

それよりも前に、卒業生の顔と名前を忘れないようにしなきゃね。

謎の書類申請

3月8日(金)

昨日分のブログをアップしたあと、ちょっとした事件が発生しました。

私のクラスだった卒業生のXさんが書類の申請に来ました。対応したM先生によると、Y専門学校に合格して、学校から出席成績証明書と卒業証明書を出すように言われたとのことです。「明日持って行くと言っているけど、とんでもない」と憤慨していました。“書類は申請から受取りまで3営業日”と、今までに何回も伝えてきましたから、Xさんがこのルールを知らないはずがありません。ここは私が出て行って、ギュッと締めてやろうと思い、Xさんの立っているカウンターに向かいました。

「Y専門学校に合格したんですか」「はい」「それで、明日までに出席成績証明書と卒業証明書が必要なんですね」「はい」「普通は出願する時にそういう書類が必要なんですが、学校から何も言われなかったんですか」「はい」「いつ、明日までに出席成績証明書と卒業証明書が必要だと言われたんですか」「…」「「ずっと前から言われていたんですか」「…」「じゃあ、どうして持って行く日の前日まで書類の申し込みに来なかったんですか」「…」「黙っとらんで説明せんかい」とカウンターをたたくと、Xさんは文字通り顔を引きつらせ、縮み上がりました。そして、衝撃の告白が始まりました。

要するに、Y専門学校は出願すらしていない、別の専門学校への出願に必要なのでその書類がほしい、だが、その専門学校の名前がわからない、だから、Y専門学校に出すふりをして書類をもらおうとした…ということなのです。空いた口がふさがらず、怒る気力すら萎えてしまいました。

数分後、その専門学校はZ専門学校だとわかりました。つまり、Xさんはほんの数分の手間を惜しんで、Y専門学校宛の書類を、X専門学校への出願に流用しようとしたのです。そんなことをしたら、願書を受理してすらくれないでしょう。私に怒鳴られるまで、Xさんは薄ら笑いを浮かべていました。世の中をなめているとしか思えません。

出願がうまくいっていれば、Z専門学校の入試は明日です。あんななめた根性で受験したら、面接官の逆鱗に触れかねません。でも、そうなっても、助けてやろうとも思いません。一旦帰国して、もう少し大人になってから来てもらいましょう。

いつもと違う朝

3月5日(火)

毎朝ロビーかラウンジで教科書を広げていたNさんが、今朝はいつまでたっても来ませんでした。来るわけがありません。昨日で卒業しましたから。

思えばNさんは、1年前に入学したときは、中級に判定されたのに全然コミュニケーションが取れず、初級に判定された友達に私の言葉を通訳してもらう始末でした。口数も少なく、KCPで勉強を続けていけるだろうか、そもそも日本で暮らしていけるだろうかと心配になりました。

でも、クラスでは黙々と勉強していたようで、すばらしい成績で順調に進級を重ねました。また、毎朝ロビーに出没していますから、朝のお掃除のHさんと仲良くなり、世間話をするようになりました。結果的にはこれがよかったのでしょうね。Hさんのような、日本語教師ではないごく普通の日本人と言葉を交わすことで、Nさんのコミュニケーション力は鍛えられたのです。

おそらく来日当初のNさんは、日本語は読んでわかるけれども聞いてわかる力はなかったでしょう。文字を頼りに日本語を理解しようとしていたに違いありません。聞いた音が文字に結びつかなかったら理解不能で、問いかけに対する返事など、できるわけがありません。1年かけてそれを克服し、志望校にも合格し、昨日めでたく卒業となったのです。

夕方、来学期から受験講座を受ける学生たちへのオリエンテーションをしました。日本語を文字で理解し、“きいてわかる”をおろそかにする学生が後を絶たないので、それではコミュニケーション力は育たないし、コミュニケーション力なしでは面接試験は通らず、将来の展望は開けないということを訴えました。Nさんに説いてもらえばよかったかな…。

悩みます

1月17日(木)

年が明けると、主だった私立大学の留学生入学試験は終わり、続々と合否発表が行われます。そして、戦いの場は国公立大学に移っていきます。また、行き場の決まらない学生は、第2期、第3期の募集をしている大学への出願を考え始めます。

Aさんも結果待ちを何校か抱えていましたが、そのうちの1つがだめだったので、もしもの場合に備えて動き始めました。11月のEJUで思ったほどの点数が取れなかったので、国公立の出願戦略も立て直さなければなりません。そういうわけで、午後、Aさんの進路相談に乗りました。

国公立大学の留学生入試は大学ごとに自由に日程を設定してもよいのですが、日本人高校生の入試が行われる2月25日に一緒に実施されることが多いです。ですから、この日にどこの大学を受けるかが最大のポイントになります。それ以外の日に入試がある大学も組み合わせて、Aさんは3校ぐらい受けようと考えています。それをどういう組み合わせにするか、いっしょに考えました。

Aさんは「東京」にこだわりませんから、私が地方にも目を向けろと説得する手間が省けました。Aさんが出した条件に合う大学はどこかということを中心に話を進められました。いくつかの組み合わせパターンを示し、Aさん自身がネットなどで調べて最終決定することにしました。

夕方、去年の卒業生Mさんが来て、近況報告をしてくれました。日本人にとっても難関とされる資格試験に挑戦しましたが、それはさすがに失敗しました。でも、失敗を糧に挑戦を繰り返していけば、卒業までには受かるのではないでしょうか。1年生のMさんは、まだまだ伸び盛りですから。そうそう、髪もちょっと染めちゃってましたから、「恋人できたの?」なんてからかったら、あわてて否定していました。若干怪しいですね。

来年の今頃、AさんもMさんと同じように、うまくいったこともいかなかったこともにっこり笑って報告に来てくれるでしょうか。それは、今週末から始まる合格発表と、国公立出願戦略にかかっています。

さすが×3

11月16日(金)

中間テストが終わったとたん、面接練習やら志望理由書の添削やらで、てんてこ舞いでした。

まず、Lさんの面接練習。前回、質問に対する回答が、「貴校にはいい先生がたくさんいらっしゃいますから」など、誰でも答えられる内容だと指摘しました。今回はきちんと練り上げて、具体的な内容、他の受験生は答えられない答え方になっていました。もちろん、文法や語彙の誤りはありましたが、日本語教師ではなくても理解可能な範囲でしたから、あまりねちこち注意するのはやめました。さすが3回目、順調な仕上がりです。あさっての本番では、緊張せずに力を出し切ってもらいたいです。

続いてMさんの志望理由書添削です。一読して、なんだかすごく上手に書けているように思いました。だって、意味がすんなり頭に入ってきたのですから。火曜日に中級の小論文クラスの中間テストがあり、それを毎日読んでいるのですが、二読三読してももやが晴れない文章が多いのです。ですから、流し読みで言いたいことがすっとわかるMさんの志望理由書が輝いて見えてしまうのです。さすが、超級です。でも、よく読むと、「っ」が抜けているなんていう基礎的なミスから、修飾関係を入れ換えたほうが文意が通りやすくなるなどという高度なものまで、いくつか改善点が発見されました。内容的には問題がなく、こちらはそのまま清書して出願となるでしょう。

T先生とS先生の学生が出願書類の作成に呻吟しているところに、今年2人の志望校に入ったHさんが、実にタイミングよく来ました。挨拶もそこそこに2人の出願の面倒を見てもらうと、さすが経験者だけあって、適切な指示を出してくれました。多忙な両先生、大いに助かっています。書類の指導が終わると、受験の心構えも話してくれました。進学して半年あまりで、ずいぶん成長したものです。今、感心しながら耳を傾けている2人の学生も、来年の今頃は感心させるほうに回っているのでしょうか。