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有名な大学に入りたい

9月9日(水)

来学期の受験講座の説明会をしました。すると、出ました、「有名な大学に入りたいです」が。

Dさんは、本当にやりたいことはコンピューターを使って3Dのアニメを作ることです。しかし、それは専門学校でしか勉強できないことなので、有名な大学に入るために別のことを勉強しようとしています。その「別のこと」は全く決まっておらず、ひたすら「有名な大学に入りたいです」を繰り返すばかりです。

文系・理系もどちらでもよさそうでしたが、とりあえず理系を選んでいました。しかし、理系の中で何を勉強するのかは決まっていないというか、理系にどんな学問があるのかもよくわかっていません。だって“DNA”って言葉も知らなかったんですよ。DNAなんて、現代においては専門用語でもなんでもないじゃありませんか。

理科の選択は、受験校の幅が広いから物理と化学にしろと言ったら、その通りにしました。私はDさんの実力が全然わかりませんが、この説明会でのやり取りからすると、どこまでを「有名な大学」とするかにもよりますが、すんなりと「有名な大学」には入れるほどずば抜けた成績だとは思えません。

どうも、親の期待に応えるために「有名な大学」と言っているようです。こういう学生は自分の足で歩いていませんから、一度挫折したが最後、際限なく落ちていきかねないんです。自分の実力が「有名大学」には程遠いということを知ったときがポイントです。謙虚に受け止め方向転換できるか、現実を否定して夢の中に生きるか、後者に進む学生を数多く見てきましたから、私はDさんが心配でなりません。

Dさんが本当に理系に進むとすると、私は受験講座で何回も顔を合わせることになります。Dさんの才能を伸ばすのも、引導を渡すのも、私の仕事になりそうです。重いなあ…。

実演

9月8日(火)

そろそろ私立大学の面接試験が始まるので、上級クラスで改めて面接を取り上げました。日本語も達者で、すでに各方面から面接に関する情報を手に入れているはずの学生たちでしたが、質問が次から次へと湧き上がってきました。今まで一人で不安を抱え込んでいたのでしょう。

映像を見せたり私が実演したりすると、椅子の座り方のようなことまで感心しまくります。文字情報や口頭での説明だけではもう一つしっくりこなかったのが、映像や実演で納得できたというところでしょうか。常識を持ち合わせていればとんでもないことにはならないだろう、というのは年寄りの勝手な思い込みで、若者のほうもまた勝手な思い込みでこちらの意図とは全く違う絵を描いていたのかもしれません。あるいは、映像に出てきた役者のきびきびとした動きに、様式美のようなものを感じたのかもしれません。

そのあと、志望理由や将来設計などお定まりの質問ではない質問を突然かまして、どこまで答えられるかを試しました。中には苦し紛れの学生もいましたが、即興でも概してそれなり以上の答えが出てきました。答えが単語だけにならず、そこを基点に話を広げていこう、自分の一面を紹介しようという姿勢が見られました。上級だけのことはあるなと思いました。

この学生たちが合格を決め、進学するまでにはまだまだ紆余曲折があるでしょう。茨の道を歩んでいくこともあるでしょう。傷だらけになるかもしれませんが、最後はにっこり笑ってもらいたいものです。

奪う

8月19日(水)

私が入った初級クラスは、日本人ゲストを迎えての会話がありました。学生たちは、日本に住んでいるとはいえ、教師以外の日本人と話す機会はそんなに多くありません。アルバイトをしているとしても、そこで話す日本語は限られた話題で限られた語彙や文法だけですから、必ずしも学生たちを満足させるものではありません。

初級の場合、いきなり会話と言われてフリートークができるはずがなく、事前の準備をがっちりしておかなければなりません。昨日宿題プリントが配られ、それを元にゲストに考えてきたことを話したり、ゲストから話を聞いたりしました。そういう活動ですから、とんでもない方向に話が行ってしまうことはあまりありません。

とはいえ、学生の個性はかなり表れます。CさんとRさんは同じグループだったのですが、Cさんは思いついたことをすぐ口に出すタイプなのに対し、Rさんは話す内容や話し方をきちんと考えてから言葉を発します。Cさんは文法的な正確さはそっちのけで、どんどんゲストに向かって話しかけます。こちらの想定した内容ではない範囲にまで踏み出していきます。押され気味のRさんがチャンスをつかんで日本人に質問しても、その答えを聞いたCさんがすぐ自分の方向に話しを持って行ってしまいます。

私はこういう活動の場合、そのグループの流れに任せるのが常なのですが、このグループには介入しました。Cさんを強制的に黙らせて、他の学生に話すチャンスを与えました。日本人と話せるせっかくのチャンスをCさんに奪われてしまったとなっては、そう感じる学生も、Cさん自身も不幸です。

もうすぐ面談がありますから、Cさんにはそのときに注意するつもりです。でも、これは性格であり、Cさんには野生児的なところもありますから、すぐには解決しないかもしれません。

フィードバック

8月14日(金)

私が担当している上級クラスは、昨日中に採点を終わらせ、速攻で結果を学生たちに知らせました。そして、フィードバックをしました。多くの学生が間違えた問題について、文法は意味を再確認し、読解は学生が書いた解答例を示して、その答えがなぜ駄目なのかを説明しました。このクラスは大学受験者多いので、志望校によっては大学独自の試験がありますから、その対策も兼ねています。

学生たちの答えを読むと、読解が全然進んでいないわけではありませんが、自分が読み取った内容を問いに合わせて書き記すところに問題があります。書き足りないと減点されるからといって、解答欄からあふれてしまうほど書いたり、本文をそのまま書き写してしまったがゆえにその問いへの答えとしては不自然になってしまったりする例が多かったです。もちろん、中には私が考えた模範解答よりもすばらしい答えを書いた学生もいます。

このクラスの学生たちが受ける大学では、わずかな失点が命取りになりかねません。減点を減らし、部分点を稼ぐという、地道な活動が合格を呼び込むことにつながります。ですから、校内の試験だからといっていい加減な答え方をしてほしくはありません。志望校の過去問をやるばかりが受験勉強ではありません。過去問を解いても答えを頭の中でまとめるだけでは真の力は付きません。学生たちの答えを見ていて、その点がとても心配になりました。

来週からは、そういう点を踏まえて、筆答試験の練習をしていくつもりです。面接の基礎練習もありますから、忙しくなりそうです。

誤答に気づかず

8月11日(火)

昨日提出したSさん、Wさん、Yさんの宿題の答えが同じでした。正答が同じなのは当然なのですが、数個あった誤答が全く同じなのです。しかも、他の学生とは違う間違え方です。どう考えても、3人のうちの誰かのを他の2人が写したとしか考えられません。成績的に考えて、WさんのをSさんとYさんが写したのでしょう。

今日担当のB先生にこの3人に話を聞くように頼んでおきました。予想通り、Wさんの宿題が大本で、Sさんは写したことを認めたそうです。しかし、Yさんは頑として認めませんでした。また、Yさんは授業後に受けた漢字の再試験の最中に、スマホをいじっていたそうです。B先生が注意すると、答えを見ていなかったから構わないだろうという言いっぷり。教室内は携帯電話禁止だということは知っているはずだと迫ったら、文法の再試もあったのに、ふてくされて帰ってしまったそうです。

Yさんは、去年私のクラスにいて、結局やめてしまったOさんに似ているところがあります。授業中すぐ電話をいじる、教師に話を直接理解しようとせず友達に母語で聞く、勉強する気が感じられない、などという点です。まだ中間テスト前ですが、Yさんは授業についていけません。これもOさんと同じです。Oさんは自分が勉強に向いていないことがよくわかっていて、すっぱりと留学をあきらめて転進しましたが、Yさんは今のところそんなそぶりはありません。

宿題や再試でのやり取りからわかるように、Yさんには素直さがありません。自分の非を認めず、教師からの指導を受け入れようとしません。これでは日本語の上達はおろか、大人への脱皮もできないでしょう。この調子では、日本での進学なんて、望むべくもありません。

素直に非を認めたSさんにしたって、Wさんの誤答を見抜けないようじゃ先は明るくありません。中間テストの結果が出たあたりでこの2人に引導を渡すのが、私の今学期の大仕事になるのでしょうか。

テスト問題作成中

8月10日(月)

朝、チラッと雨が降って、打ち水効果で涼しくなると思いきや、かえって蒸し暑くなってしまいました。先週のような猛暑日ほどの暑さではありませんが、外に出るとそれとは違ったじっとりとした暑さが皮膚を覆ってきます。

そんな蒸し暑さにもめげず、今週の木曜日に控えた中間テストの問題を作っています。土曜日に漢字を、今日は文法の問題を作り、残る大物は読解だけです。でも、読解は以前に作った問題がありますから、それを元にすればそんなに大変な手間はかからないでしょう。そういう意味では、問題作成の山場は越えたとも言えます。

上級クラスは、自分で授業内容を決め、進度表を作り、実際の進度に合わせて授業を急がせたりのんびり進めたりし、中間・期末テストを作り、採点して今学期の合格・不合格を判定します。責任がすべておっかぶさってくるので肩の荷が重いことは確かですが、その責任の重さを楽しむこともできます。自分の裁量でどうにでもなるという意味では、自作自演みたいなところもあり、ワンマン社長的な面もあります。そこが楽しいのです。

これに対して、他の先生が担当なさっているレベルでは、その先生の思いを酌んで、その思いに沿って動く駒や兵隊のような役割を果たします。担任なら、そのクラスの他の先生の得手不得手を勘案し、自分がその調整弁になります。だから、単なる兵隊ではいけません。初級クラスは中間前日が私の授業日ですから、まあ、アンカーマンみたいな役目もすることになります。

さて、明日は私が問題を作っている上級クラスの授業日です。どんな顔をして授業をしようかな…。

文法脳

8月1日(土)

毎週土曜日は日本語教師養成講座の授業があります。先週から文法に入りました。日本語学習者に教える文法体系は、日本人が小学校から高校までに勉強する国文法の体系と若干違いますから、頭の中の配線を組み替えていく必要があります。また、そういった文法が、「みんなの日本語」など学習者の使う教科書にどのように反映されているかも見ていきます。座学をダイレクトに教壇に生かそうというわけです。

私は実際の文法のしくみと理論を比較したり、語句の意味を分析したりすることが好きですから、目にしたり耳にしたりした言葉や文章のかけらを起点に、文法の沼にはまり込んでいくことがあります。そして、そういうねちこち考えたことを誰かに語りたくなることがあります。日々の授業で学生相手にそんなことばかりしていたら、たちまちそっぽを向かれてしまうでしょうから、ぐっとこらえています。養成講座だと、そんな“成果”を少しは披露できます。いわば、養成の授業は私にとっては学会発表みたいなところがあるのです。

受講生のOさんは、そんな私の研究発表(?)に耳をじっくり傾けてくれます。また、次第に日本語文法を考える思考回路が築かれつつあり、こちらからの問いかけに的を射た答えが返ってくるようになってきました。急速に力をつけてきたような気がします。この勢いで伸びていけば、きっと修了までに日本語文法脳が確立されることでしょう。

理屈を語るばかりでは日本語教師は務まりませんから、その理論で自分が学習者に伝えるべき日本語を見つめ直し、学習者に伝わる形に噛み砕くことが必要です。伝わる形に噛み砕くほうは養成講座後半の演習コースで学んでいきます。まだ先は長く、苦しい思いもするでしょうが、初志を貫徹してもらいたいと思っています。また、貫徹できる力を持っていると信じています。

大学の模擬授業

7月31日(金)

上級のクラスは、大学の模擬授業を受けました。H大学の先生がいらして、文系・理系別に授業をしてくださったのです。

私は理系志望の学生たちと一緒に講義を聞きました。理系向けの講義と言っても、バリバリに最先端の科学研究のお話ではなく、具体的な事例に基づいたわかりやすい内容でした。また、日本語学校の学生相手ということで、日本語はだいぶ気を使ってくださったようでした。ですから、学生たちは最後まで集中して耳を傾けていましたし、先生からの問いかけにも答えていました。

講義の後、学生に感想を聞くと、やはり日本語はよくわかったといっていました。しかし、学際的分野の話でしたが、理系の学生にとっては内容が社会科学方面に寄りすぎていたように感じたようです。私も、日本語は手加減しなくてもいいですから、もう少し抽象度の高い理系っぽいテーマでもよかったんじゃないかなと感じました。

もちろん、H大学の先生が本気で大学2年生か3年生あたりの専門科目の授業をしたら、いくらKCPの上級の学生の日本語力が高くても、ついてはいけないでしょう。そこまでは望みませんが、大学の講義を聴くにはもっと日本語力を伸ばさなきゃって、学生たちに新たな目標を作らせるくらいのレベルでもよかったと思います。背伸びすれば手が届きそうな高さだと、学生のやる気に火が付いたと思います。

今回は初めてでしたが、これから回を重ねていけば狙いどころも見えてくると思います。こういう企画を通して、日本語学校の教師が生教材かなんかでする授業では味わえない、学問するおもしろさ、難しさみたいなものを学生たちに味わわせていけたらいいと思っています。

遅刻とEJU願書

7月24日(金)

Hさんが教室に入ったのは、9:52ごろでした。出欠席のルールにより、10:30までの授業は欠席という計算になります。そうでなくても悪いHさんの出席率が、また下がってしまいました。

理由を聞くと、バスがなかなか来なかったからと言います。でも、時間をよく聞くと、最大の理由は寝坊です。次のビザが危ないくらいの出席率なのに、危機感が感じられません。Hさんを受け持ったどの教師からも注意され続けているはずなのに、一向に改善の兆しが見られません。

学校でまとめて購入したEJUの願書が昨日届いたので、各クラスで購入者に配りました。Sさんはその願書を受け取ると、授業中なのに早速記入を始めました。机の上には英語のテキスト。教室に存在しているだけで、授業に参加しよう意識がありません。

この時期にそんなことをしているとは、すでに精神的に余裕を失っているということであり、いい結果など望むべくもありません。教師の目を掠めながら勉強した英語など、身に付くはずがないじゃありませんか。

朝寝坊している余裕などないはずのHさんがのんびりしており、どっしり構えていいはずのSさんがこそこそしています。2人とも能力はありますが、このままではそれを発揮することなく終わってしまいかねません。かといって今説教したところで効き目があるとも思えません。Sさんあたりはかえって反発して、心を閉ざしてしまいかねません。こちらも肝を据えて長期戦を覚悟で行くほかないようです。

ふて寝

7月16日(木)

私が文法の説明をしている最中、Fさんの左手はずっと机の下でした。視線もこちらに向けず、その左手に向いているようでした。説明を続けながらホワイトボードの前から離れて、静かにFさんの手元が見える位置に移動すると、やはりFさんの左手にはスマホが握られていました。

「Fさん、教室では携帯電話禁止でしょ」と、掲示板に張ってある携帯電話禁止の表示をたたきながらFさんを注意すると、Fさんは不満そうな表情でスマホいじりをやめました。「Fさん、あなたは昨日も同じことでO先生にしかられたでしょ。それでもまだケータイに触っていたいんですか」と追い討ちをかけると、Fさんはふてくされて机に突っ伏してしまいました。これ以上Fさんのために貴重な授業時間を使いたくなかったので、以後Fさんを無視して授業を続けました。

こういう場面での指導は難しいです。Fさんのためを思えばふて寝を認めず徹底的に注意すべきでしょう。でも、そのために授業時間が失われ、教室内の雰囲気が重苦しくなるのでは、Fさん以外の学生のためにはなりません。また、Fさんが指導をきちんと正面から受けて自分の行動を改める学生なら、授業時間を使う意義もあります。しかし、Fさんは昨日のO先生の指導が全く効いていません。単に注意したりしかったりするだけでは、これからも同じことを繰り返すだけでしょう。授業時間外に教室外でじっくり対処すべき問題です。

終業のチャイムが鳴るや否や、Fさんは脱兎のごとく教室を出て行きました。私は後を追いませんでした。発音チェックに来た学生やEJUの相談に来た学生のために時間を使いました。Fさんを見捨てたと言われれば、まさにその通りです。しかし、意欲のある学生を放置してまでFさんを優先しなければならない理由は見当たりませんでした。

明日、このクラスの担当はK先生です。Fさんはどんな態度を示すでしょうか。