Category Archives: 授業

勝負時

4月16日(金)

金曜日は、先学期から受験講座を受けている学生の化学と物理です。先学期の受験講座理科はずっとオンライン授業でしたから、やっと初めて顔を合わせることができました。オンラインでは、お互いにマスクを取って素顔を見せ合っていましたが、同じ教室で空間を共用するとなると、人数が少なくてもマスク着用は必須です。

オンラインだと、1人1人の顔の映像は小さくても顔全体が見えました。しかし、対面となると顔の大半がマスクで覆われています。学生がわかったかどうかつかみにくいのではと危惧していましたが、よくわかりました。全身が見えますから、体全体から発せられる動揺やら納得やらが伝わってきました。

また、目は心の窓という通り、マスクの外に出ている目だけで学生の気持ちがかなりつかめました。その目を見ながら学生の興味の方向を捕らえて説明を補ったり飛ばしたりしましたから、先学期よりメリハリのある授業ができたんじゃないかと思います。もっとも、先学期より脱線が多くなりましたから、進度の方はわかりませんが…。

オンラインよりも学生への問いかけが増えました。しかし、私からの問いに答える学生の日本語がいただけません。理科系は、入試に口頭試問を設けている大学も多いですが、それにたえられるだけの日本語にするには、先が長い旅になりそうです。学生から質問も活発に出てきました。濃厚なやり取りができました。

せっかく順調な船出ができたのに、第4波の波音が近づいています。オンラインになるとしても、対面授業のうちに学生との間に強固な絆を築いておきたいです。来週、再来週ぐらいが勝負でしょうが。

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峠越え

4月15日(木)

先週から始まった日本語教師養成講座の初級文法の授業が、ようやく最終日を迎えました。動詞とか助詞とか日本語文法の基礎となる部分をお話してきました。最終日は、今まで話してきた文法事項が、みんなの日本語の中にどのように反映されているかを見ました。

1課から50課まで、どんな文法項目がどんな順番に並んでいるか、どの課が私の授業のどこに相当するか、そういうのも中心に概観していきました。こういうまとめ方をするには初めてでしたから、私自身も昨日みんなに日本語を読み直し、その組み立てを改めて確認しました。

やっぱり、14課以降、動詞の活用形が次々と現れるところが胸突き八丁だと感じさせられました。また、「て形+補助動詞」が踵を接して登場するあたりも、学習者にとっては辛いだろうなと思いました。教える側はゴリゴリ押し込むだけですからあまり感じませんが、次から次へと微妙に違う文法を覚えて使い分けなければならないとなると、混乱もするでしょうし心が折れそうにもなるでしょう。

そういう切所を乗り越えて50課までマスターすると、ミラーさんじゃありませんが、日本で普通に生活していけそうです。常々、入試の面接の文法はみんなの日本語のレベルで十分だと言ってきましたが、その思いを強くしました。もちろん、語彙は補わなければなりません。

学生たちがうまくしゃべれないというのは、結局、みんなの日本語の山場をきちんと越えていないからです。学生も教師も妥協し、山にトンネルを掘ってしまうのです。そんなことを反省しつつ、偉そうな顔をして解説していました。

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教え甲斐

4月13日(火)

受験講座が始まりました。初日は物理です。思えば、先学期の受験講座は完全にオンライン、先々学期はEJU直前とあってオンラインで過去問ばかり、その前の学期もそのまた前の学期もオンラインでしたから、対面授業で受験講座を行うのは1年以上ぶりということになります。

オンライン用にあれこれ手を加えたパワーポイントを使って授業を進めました。でも、いつの間にか教室のモニターの前にしゃしゃり出て、画面をなぞったりたたいたりしながら話していました。私の授業の進め方は、あまりオンライン的になっていないようです。

昨日までレベル1のオンライン授業をしてきましたが、そこでも同じことを考えました。日本語が十分に通じない学生相手の授業となると、体を張って授業をしたくなるのです。手も足も顔も全身を使って、文法や言葉の意味を説明していたことがよくわかりました。デジタルとかアナログとか以前の段階です。

オンライン授業についてもっともっと深く研究し、機器を使いこなせば、動き回ったりレアリアを見せまくったりすることなく学生の理解を進めることもできるのでしょう。ただ、私は学生が確かに理解したという手ごたえを味わいたいのです。学生が放つ“わかったオーラ”を全身で受け止めたいのです。

受験講座・物理の学生たちは、そのオーラを感じさせてくれました。力学の基礎で、国で勉強してきた範囲ですから、私が説明するまでもなくよく理解していたのかもしれません。でも、私の授業から1つでも新しいことを学んでくれたら、モニターの前で暴れた甲斐があったというものです。

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手書きは最高

4月9日(金)

昨日に引き続き、一番下のレベルのクラスに入りました。日本語ゼロ(に近い)ですから、文字から教えます。ひらがなカタカナの導入は今まで何度もやったことがありますから要点はわかっているつもりですが、オンラインでするのは初めてです。

対面なら、学生が練習しているところを見て回り、変な字やきたないを見つけたらその場で直させます。オンラインだと現行犯逮捕ができないのがつらいです。だから、「シ、ツ」「ソ、ン」の違いを5回ぐらい実演して強調しました。読む方はまあまあ以上にできますから、なおさらきちんとした字を書いてほしいのです。

オンライン授業ならわざわざ手書きをさせなくてもいいのではないかという意見もあります。しかし、KCPに入学する学生はほとんどが進学希望で、志望校への提出書類が手書き指定であることがよくあるのです。そのため、初級の頃から丁寧な字を書く訓練をしておきたいというわけです。

オンライン出願を実施している大学でも、志望理由書や学習計画書は手書きです。ペーパーレスが進む中、取り残されている感じがします。手書きの文字に人柄が現れていると思っているのでしょうか。書き終えてから、細かい所まできちんと見直し、誤字脱字をなくすことができる志願者こそが、根気強く専門の勉強ができると思っているのでしょうか。

日本には手書き信仰みたいなものがあります。世の中にワープロ文書が氾濫する中、手書き文書の価値が高まっています。ですから、大学が上述のような発想をしても不思議はありません。ただ、字があまりに汚い留学生は生活力全般に劣るという傾向があります。今までのKCPの学生を見ていると、そんな気もします。3月末ぎりぎりまで行き先が決まらなかったCさんも、字の汚さは相当なものでした。

昨日からやっている自己紹介をノートに書いて写真に撮ってメールで送れと言ってあります。どんな字が届くでしょうか。楽しみでもありこわくもあり…。

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海の向こうに向かって

4月8日(木)

午前中の日本語教師養成講座の授業はほんの前菜で、本日のメインディッシュは午後のレベル1の授業です。始業日の一番下のレベルですから、プレースメントテストが多少できたとしても、たかが知れています。しかも、今学期の新入生はまだ入国できないままですから、3か国に分かれた学生たちの国に向けてのオンライン授業です。度胸だけで授業に臨みました。

国にいるということは日本語の音声に接する機会が少ない、すなわち聞いたり話したりする経験が大いに足りないということです。ですから、クラスのメンバーが全員初顔合わせでもありますから、何回も何回も自己紹介をさせました。

最初は、「こんにちは。私は金原です。日本の東京にいます。どうぞ、よろしく」なんていうのも滑らかに言えませんでした。しかし、少しずつ文を長くしていきながら何回も練習させているうちに、学生たちは長い自己紹介もすらすらとできるようになりました。わずか3時間の授業で、長足の進歩を示しました。

これには驚かされました。あれだけ違えば、学生たちも上手に話せるようになったと実感できたのではないでしょうか。自己紹介以外はろくな授業をしませんでしたが、成果が挙げられました。また、学生たちは生の日本語に飢えていたのではないでしょうか。だから、こちらの言葉を一生懸命聞き、話すチャンスは逃さずつかんで声を出すという姿勢だったのです。それゆえ、最後には上手に自己紹介できるようになったわけです。

こう書くと素晴らしい授業ができたように思えるかもしれませんが、実は自己紹介以外はろくな授業をしていません。機械的にうまく動かなかったり、操作を間違えたり、こちらの意図が伝わらずに活動が中途半端になったりしました。日本語ゼロに近い学生へのオンライン授業はどう作っていくべきか、再考の余地がたっぷりあります。

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証書

4月1日(木)

新年度を迎えましたが、まだまだ昨年度を引きずっています。午前中は進学データの抜け落ちを埋めていきました。午後一番には、3月の卒業生のTさんが来ました。

Tさんは卒業式当日が受験日だったので、証書がもらえませんでした。進学先が決まったことの報告と、KCPを離れる際の諸手続きを兼ねて、卒業証書を受け取りに来たのです。

Tさんとは、オンラインでばかり付き合っていました。同じクラスの学生の中には、オンラインとなるといい加減なことばかりしていた学生もいましたが、Tさんはそういう学生ではありませんでした。打てば響くような鋭さはありませんでしたが、階段を1段ずつ上ってきていることがわかる学生でした。

しかし、受験に関しては焦点が定まりませんでした。変な情報をつかまされては右へ左へぶれ続けていました。1本芯が通っていれば、去年のうちに進学が決まっていたはずです。それなのに「必ず受かる」とか言いながら無茶な受験をしては不合格を重ねました。あげくの果てに、ビザが出ない募集に応じようとし、担当教員総出で出願をあきらめさせたこともありました。

授業態度を見る限り、努力をいとうタイプだとは思えません。進学が無理なほどの日本語力でもありません。にもかかわらず、受験に関しては、逃げて回ったり真っ当な道を進もうとしなかったりしていました。結局、1年前に挙げた志望校とは似ても似つかぬ進学先になってしまいました。自分に自信が持てなかったのでしょうか。

JASSOの調査によると日本語学校生が激減しているとのことです。だから今年の留学生入試は楽になると考えて、危ない橋を渡ろうとする学生が現れるような気がします。そうすると、Tさん2世が生まれてしまうかもしれません。

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やっとご対面

3月22日(月)

あさってが期末テストという日に至って、ようやく対面授業が実現しました。この稿でさんざんオンラインはやりにくいと言ってきたくせに、クラスの全学生が初対面となるとビビっている私がいました。

でもそれは授業が始まるまでで、教室に入って出席を取っているうちに“スイッチが入った”状態になりました。最初に文法のテストがあったのもラッキーでした。テストをしている20分のうちに、答案用紙の名前と学生の顔や服装の特徴とを結びつけ、どうにかクラス全員の顔と名前を覚えました。正確にはマスクをした顔ですが、授業を進める上では支障がありません。

おかげで、その後はポンポンと指名でき、オンラインでは到底実現不可能なペースで授業を進められました。何より、クラス全員でコーラスさせられるのが大きいです。学生も最初の1、2回は遠慮がちに声を出していましたが、いつの間にか換気のために開けてある窓から入ってくる街の音にも負けなくなっていました。

オンラインの時にはいい学生に見えたNさんは、実はノートもろくにとらず、こちらが油断するとすぐ母国語でしゃべりだすという悪い学生でした。その逆に、オンラインの時に目を付けていたSさんは、一生懸命日本語で考えて表現しようとする学生でした。こういう例を見せつけられると、オンラインの入試面接って、どこまで受験生の本当の力や意欲を見極められるのだろうかと、心配になってきました。記念受験に近い学生が受かったり、当確と思っていた学生が落ちたりしたのは、このあたりにも原因があったんじゃないかと思えてきました。

せっかく顔と名前を覚えた学生たちですが、これが最初で最後の対面授業でした。来学期、1つ上のレベルで会えることを願って、授業を終えました。

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教科書を見ながら

3月16日(火)

卒業式の後は、ずっとレベル1のクラスに入っています。レベル1を教えること自体は今までに何回もありましたから、要領を思い出せばどうにかなります。でも、文法導入や練習などに使われている場面や状況などに、密を思わせて昨今の情勢に合わないものが意外と多いのです。

東京も桜の開花宣言が出され、さあ花見の季節だと言いたいところですが、花見の名所はどこも花見宴会禁止で、許されるのはせいぜい素通りのみです。しかし、教科書の挿絵では、みんなで集まって大いに盛り上がっています。学生たちも大人ですから、そんなことは重々承知でしょうが、大勢で騒いでいかにも楽しそうな例文を作らせるのは、ちょっと心が痛みます。

夢に描いた留学が、個習か孤学とでも表したくなるような日々になってしまい、学生の心にはもやもやしたものがあるに違いありません。それを思うと、一刻も早く緊急事態宣言が解除され、正常な授業に戻せるようになってもらいたいと思います。その一方で、急いては事を仕損じるとも言いますから、解除は新規感染者数をもっと押さえ込んでからの方がいいという気もします。

首都圏は人口が密集しすぎているから、患者数はそう簡単に減らないという説もあります。また、緊急事態慣れしてしまったから、緊急事態宣言をこれ以上続けても意味がないと考えている人もいます。海外では、日本の緊急事態宣言は緩すぎると言われています。どれもある程度以上は正しいでしょう。これにオリンピックという異次元の商業的要素も絡み、菅さんもどうしたらいいのかわかんなくなっちゃってるんじゃないかな。

「今年はぜひお花見をしたいですね」という、練習問題に対する学生の解答を聞きながら、あれこれ想像してしまいました。

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バイデンさんの知名度

2月24日(水)

漢字の教科書に「アメリカ大統領の任期は4年だ」という例文がありました。これに関連して、ごく軽い気持ちで「Aさん、アメリカ大統領は誰ですか」と聞きました。すると「……、わかりません」。オンラインですから、こちらの声が聞き取りにくかったのかと思い、「じゃあ、Bさん、今のアメリカ大統領は誰ですか」と別の学生を指名しましたが、これまた「わかりません」でした。“バイデン”が出てくるまでに5人指名しました。答えられた5人目は、他の学生が答えられないでいるうちにネットで調べたのかもしれません。

確かに、このクラスの学生たちは優秀だとは言いかねます。バイデンさんはトランプさんに比べたら個性的ではありません。でも、選挙戦があんなに大騒ぎになったじゃありませんか。就任したのはつい先月のことですよ。その際にもひと悶着あったでしょうに。いや、悶着の原因はトランプさんですから、バイデンさんの印象を薄めてしまったのかな。

最近の留学生はテレビを持っていません。ニュースはスマホで知るようですが、自分の興味と一致するニュースばかり選んでアクセスしているとすると、アメリカ大統領の名前なんか、簡単に落ちちゃうんですね。面接練習で「最近の気になるニュースは何ですか」と聞いても、考え込んでしまったり、最近とは言い難いニュースを挙げたり、超マイナーな個人的興味の域を出ないニュースを語ったりする例が相次ぎます。

これは、留学生に限らず、日本人の受験生・就活生も同様だそうです。5人目で正解が出たこのクラス、まだ救いようがあるのかもしれません。

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雑談好き

2月19日(金)

午前中は、仕事で日本へ来ているPさんのプライベートレッスン。一応教科書はありますが、それにとらわれず、会話(雑談?)をしながら日本語を身につけていくというスタイルです。Pさんはビジネスパーソンですから、動詞や形容詞などの活用をドリルしながら覚えるというのではなく、公私を問わず興味のある話題について何かを語るのに必要な文法や語彙を覚えていこうとしています。JLPTなどの日本語力を測る試験も受験する予定がないそうなので、カリカリした雰囲気はありません。

どんな話題が出てくるかわからないという面はありますが、Pさんのような学習者は、私にとって一番やりやすい相手です。また、Pさんは日本の文物に大いに関心を持っていますから、私としては雑談のしがいがあります。雑談を通して多様な日本を見せていこうとすると、いくらでも話がはずみます。

日本語教師になって最初に教えた人たちが、ビジネスパーソンでした。銀行員、個人経営者、技術者など、多様な職種のさまざまな国籍の老若男女を教えました。語学の学習ですから「若」に偏ってはいましたが。ですから、Pさんのレッスンをしていると、どこか懐かしさが湧いてきました。20年ぐらい前のことですから、社会情勢も大きく変わりましたし、私も経験を積んで気持ちに余裕が持てるようになりました。ビデオを撮って学習者への対し方を比べたら、ずいぶん違っていることでしょう。

Pさんは、先週末の地震のとき、仙台にいたそうです。大きな揺れに非常に驚いたと、熱弁してくれました。新幹線が動いているところまで車で送ってもらい、日曜日にどうにか東京へ帰りついたとのことでした。こういうビビッドな話ができるところが、ビジネスパーソン相手のプライベートレッスンの醍醐味です。

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