Category Archives: 授業

お金持ちになりたい

10月9日(水)

今学期の水曜日は、初級・レベル2のクラスです。このレベルは知っている顔が全くなく、予備知識もありません。しかも、私が入るクラスは新入生が6人とか7人とかとのことですから、先学期の受け持ちの先生からの情報もすべてを覆うには程遠いです。自分の目で学生の性格や実力を確かめながら、自分の手でクラスの雰囲気を作り上げていくほかありません。

先学期同じクラスだった学生もいるはずでしたが、どうやら新入生が最大派閥のようで、あまり目立ちませんでした。そんなわけで、学生側もけん制し合っているような感じがしました。そのため、最初のうちは教室のムードが硬かったです。

そのムードがやわらいだのは、今学期の行事としてバーベキューを紹介した時です。クラスの中では年上のCさんがおいしそう、おもしろそうと声を上げたおかげで、クラス全体がなんとなくべーべキューは楽しい行事だという空気に包まれました。バーベキューでどんな料理を作るかなど、これからクラスの話し合いが持たれますが、案外スムーズに進むかもしれません。

最終的にクラスが盛り上がったのは、最後の自己紹介の時間でした。私も意識的に突っ込みを入れましたが、明るい笑い声が出てきました。このクラスにはラーメンが好きな学生が多く、お金持ちにもなりたく、なぜか小説家志望が2人、お好み焼きは広島風が支持され、…などということがわかりました。

最後に私が自己紹介をし、山口県に住んでいたことがあると言ったら、山口弁をせがまれました。「もう4:42か。45分になったらみんなすぐ帰るつもりでしょ。でも新入生はオリエンテーションがあるから帰っちゃだめだよ」と山口弁で言ったら、誰も全然わからず、これもまた最後の盛り上がりに貢献しました。

このクラスは週1回ですが、来週が楽しみです。

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行くべ

10月7日(月)

新学期の準備が着々と進んでいますが、私は毎日のように養成講座の授業をしています。養成講座はオンラインでも受講できますが、わざわざこちらまで足を運んでくださるのですから、オンラインではできないサービスをしています。

その1つが、辞書や参考書の紹介です。最近は何でもネットで調べられますが、ネットでは調べがつかないことが載っている辞書や参考書の実物をお見せします。「日本語類義表現使い分け辞典」などというのは、その代表格でしょう。また、学習者向けの参考書も、普通の日本人が普通に日本語を使う際には全く不要ですが、日本語教師にとっては学習者の視点を知るうえで大いに役に立ちます。「セルフマスターシリーズ」や、「日本語文法演習」のシリーズがこれに当たるでしょうか。まだまだお見せ」していない本がありますから、追い追い紹介していこうと思っています。

もう1つ、方言の日本語文法なんていうのもやることがあります。もちろん、授業で正式に取り上げるのは共通語であり、学習者に教えるのも共通語です。これは東京近辺で使われている日本語が元になっています。しかし、地方地方に方言があります。その文法の根幹は共通語と同じですが、細部において違っていることがあります。

例えば、主に東北地方で使われる「べ」です。「行くべ」(実際の発音は“イグベ”に近いですが、文法解説上“イクベ”にしておきます)といえば、相手に声をかける状況なら「行きましょう」、その場にいない人についていうなら「(彼は)行くでしょう」となります。つまり、東北地方における「べ」は、共通語の「ましょう」と「でしょう」という、接続する動詞の活用形が違う2つの文末表現に相当するのです。さらに、終止形が“る”で終わる動詞に付くときは、「(帰るべ⇒)帰っぺ」「(食べるべ⇒)食べっぺ」のように、音便もあります。

共通語においては、ナ行五段動詞は「死ぬ」しかありませんが、山口県では「いぬ(去ぬ)」もあります。「今日は早ういなにゃいけん(今日は早く帰らなければならない)」「太郎は、はあ、いんだでよ(もう帰った)」のように、ごく当たり前に活用します。

こんな話をすると、その地方出身の受講生は、「ああ、そうだ、そうだ」という顔をされます。そうじゃない方は、「えっ、そんな日本語あるの?」と、目が点になります。

方言の日本語文法を系統的に研究したら、さぞかしおもしろいだろうなあと思います。

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フル回転

9月26日(木)

学校的には期末テストでしたが、私は養成講座の新しい受講生に文法の講義をしました。普段日本語の文法など意識したことのない人たちに日本語文法の発想法を植え付けていくのが、この文法の講義の主たる役割です。今までとは違う角度から、自分の使っている日本語を見つめ直してもらう、と言ってもいいでしょう。

可能動詞の説明をした後、「さあ作ってみましょう」と動詞を示して作ってもらうと、予想通り、“来れます”“食べれます”という答えが返ってきました。「9割がたの日本人がこう言っていると思いますが、日本語の教科書ではそうなっていないんですねえ」と訂正を求めましたが、“来られます”“食べられます”がなかなか出てきませんでした。それだけ、“来れます”“食べれます”ががっちり定着しているのだと感じさせられました。おそらく、学校の国文法の時間に“来られます”“食べられます”と習ったことはすっかり忘れているのに違いありません。いや、そう習う前から“来れます”“食べれます”と言っていたはずですから、“来られます”“食べられます”と先生が言っても意識されなかったのかもしれません。

ここで説明すると長くなりますから省略しますが、“来れます”“食べれます”は、可能動詞の作り方として合理的な面もあります。上述のように大半の日本人の支持も得ていますから、何がなんでもダメと否定するつもりはありません。でも、教科書が“来られます”“食べられます”となっているのに、教師が“来れます”“食べれます”と言っていたら、学習者は混乱するだけでしょう。

“来られます”“食べられます”に限らず、これから驚くことばかりだと思います。講義終了時に受講生に感想を聞いてみたら、「頭がフル回転しています」と言っていました。次回は来週ですが、しばらくはフル回転を続けてもらいます。糖分をたっぷりとって、脳が栄養十分の状態で講義室にいてくださいね。

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静かな授業

9月18日(水)

私のクラスは期末タスク真っ盛りです。数人のグループになって、各メンバーが与えられた課題についで調べ物をして、それを総合して発表します。昨日から始まったばかりですから、まだ調べ物の段階です。このクラスの学生はよくしゃべるのですが、調べ物の最中は水を打ったように静まり返っていました。鉛筆を動かす音の分だけ、テスト時間中の方がうるさいくらいでした。今どきの学生は、スマホで何かしている時が、一番精神集中できるのでしょうか。

今回のタスクは、ある県についていろいろな角度から調べて発表するというものです。グループ内で役割分担を決めて、各自が調べた結果を持ち寄ってパワーポイントを作り、発表します。もちろん、そこで使うべき(使ってほしい)表現や語彙は、今学期の授業で入れています。ですから、ただ単に調べ物をすればいいという問題ではありません。ネットに書いてあることをそのまま丸写しして発表しても、点数は付きません。それを自分なりに咀嚼して、理解できたことをクラスメートにわかるように伝えるという点に主眼があるのです。

同時に、クラスメートの発表を聞いて、新たな知見を得ることもまた、この期末タスクの目的です。学生が知っている都道府県と言えば、1都1道2府と沖縄県ぐらいでしょう。埼玉県は春に行った川越をピンポイント的に知っているくらいでしょうか。例えば鳥取県などという学生にとって縁遠い県について調べたり、その結果を聞いたりしたら、それはそのまま学生たちの視野が広がることにつながります。

調べ物の最中の静けさが、知的好奇心爆発の前兆現象であることをひそかに祈っています。

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最後です

9月13日(金)

授業が終わって職員室に戻ろうとしていると、Mさんが「先生、来週の火曜日は授業をしますか」と聞いてきました。「いいえ。このクラスの授業はいつも通り、水曜日と金曜日ですよ」と答えると、Mさんは「じゃあ、今日が先生の最後の授業でした。どうもありがとうございました」と、頭を下げました。Mさんは、アメリカのプログラムできていますから、今学期の終業が普通の学生より少し早いのです。火曜日まで授業を受けて、水曜日に期末テストを受けて、すぐに帰国ですから、顔を合わせられるかどうかわかりません。それで、わざわざお礼を言ってくれたのです。義理堅いじゃありませんか。

「期末テストでもいい点数を取って」と言って、2、3歩行くと、今度はJさんから、「先生、私、今日までなんです。明日、国へ帰ります。今までどうもありがとうございました」と、いつもと変わらぬ明るい声と満面の笑みで声をかけられました。どうせ退学するんだから、最後は遊びまくろうなどというよからぬ考えに傾くことなく、こうしてきちんと挨拶してくれるのです。まさしく、立つ鳥跡を濁さずです。

調べてみると、Jさんは入学から今まで、1コマだけ欠席が付いているだけで、出席率は限りなく100%に近いです。また、どんな授業にも全力で取り組み、何でも吸収しようという意欲が表情にあふれ出ていました。Jさんを見ていると、こちらも教える意欲が湧いてきます。各クラスにJさんみたいな学生がいると、教師の授業の質も上がり、学校全体が活気に満ちてくるのではないかとさえ思いました。

Jさんは日本で進学するつもりで受験の授業も取っていましたが、ご両親から帰って来いと言われて、帰国を決意したと聞いています。今学期の初めの時点では来年の3月までKCPで勉強すると言っていましたから、事情が変わったのでしょう。残念ですが、親の意見には逆らえませんよね。

私が「Jさん、お元気で」と声をかけると、Jさんは「先生もお大事に」と、最後の最後に笑わせてくれました。

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9月12日(木)

レベル3のクラスの代講をしました。水曜日と木曜日にレベル4のクラスを担当していますが、ずいぶん差があるものだと感じました。期末テストまで2週間ですから、私のクラスの学生たちも今学期初めの頃はこんな程度の日本語力だったのです。普段、バカだのできないだのと言っていますが、レベル4の学生たちは、この2か月余りの間に、着実に力を付けてきているのです。

何よりも反応が違います。クラスの学生たちは私の話し方に慣れているからかもしれませんが、私の言葉を聞いて理解して、それに対して反応してくれます。しかし、この代講クラスの学生たちは、「???」という顔をしていました。言葉が届いていないのかなと思って、つい説明を付け加えてしまいました。

語彙もそうでした。レベルが1つ違うということは、授業3か月分の差があります。伸び盛りの中級付近でのこの差は、やはり厳然たるものがあります。レベル4ならすぐ出てくる単語が、レベル3ではなかなか出てきませんでした。この学生たち、来月からレベル4でやっていけるのだろうかと、心配になってしまいました。

今、レベル5のクラスに入ったら、同じことを私のクラスの学生たちに感じるでしょうね。“あいつら、レベル5じゃ通用しないだろうな”と思いながら、レベル5の学生たちを大したものだと心の中でほめることでしょう。

でも、同時にそれは、KCPの教育が機能していることを意味します。1学期ごとに、弱々しかった学生がたくましく育っていっているのですから。…と、自画自賛でこの稿を締めくくってみました。

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つゆわ

9月5日(木)

中級クラスの作文の採点をしました。自分の意見を文章にする練習段階ですから、目から鱗が落ちるような、コペルニクス的発想の転換が伴うような、あるいは感涙あふれるような作文は期待していません。誤字脱字があり、文法が間違っていて、不自然な語彙の使い方が随所に見られ…というのが普通です。こちらもそういう作文を読むのだと覚悟を決めて臨みます。

Jさんの作文は、文法の間違いはありませんでした。中級レベルの学生にしては高度な単語をたくさん使っていました。“秩序を保つ”とか“集団意識”とか、“軽減する”とか、いつ覚えたのだろうという語句が続々と出てきました。しかし、意味がさっぱりわかりませんでした。そして、肝心のJさんの意見は、最後の3行ぐらいにしょぼしょぼと書いてあるだけでした。

中級クラスでは、作文の際に、用いた漢字に読み仮名を振らせています。Jさんの作文は、増強が“そうきょう”になるなど、読み仮名が間違っていました。また、名詞止はするなと言ったのに、数か所ありました。さらに、賛成の“賛”の下半分が貝ではなく見になっているといった、微妙な漢字の間違いもいくつかありました。

ほかの状況から見ても、ネットのどこかのページを写したか、AIに相談したかではないかという疑いが濃厚です。この作文を書いた日は、私の授業の進め方が悪く、時間が十分に取れず、時間内に書ききれなかった学生には宿題としました。Jさんも宿題組でしたから、何らかのアシストを頼った可能性は否定できません。ほかにKさんも“露わ”の“露”に“つゆ”と読み仮名を付け、“つゆわ”なる新語を発明しています。これもかなり怪しいです。

JさんやKさんが本当にネットやAIを頼ったとしたら、それはカンニングに等しい行為です。確かに、私にも上述のような落ち度がありました。カンニングしたくなるような状況を与えてしまいました。今回は確たる証拠がありませんから、自分の意見が述べられていないので大幅に減点するということにしました。

明日はこの作文を返却し、新しい課題で作文を書いてもらいます。今度はこんなことが起きないようにしなければなりません。

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映像を見ながら

9月3日(火)

火曜日は、午前の授業が終わると進学の授業があります。進学までのスケジュール管理とか、出願に必要な書類とか、志望理由書の書き方とか、受験科目そのものではなく、全体共通の諸々の事項を扱ってきました。9月に入り、試験日の早い大学の本番が近づいてきましたから、今週は面接の受け方を勉強しました。

ちょうどうまい具合に、日本人の高校生向けですが、面接試験の入室から退室までの一連の動きをまとめた動画を発見しましたから、それを教材として使わせてもらいました。面接の受け方を文字にして配っても、学生はこちらが意図したとおりに想像してくれるかどうかわかりません。映像ならそういう誤解が少ないだろうと思っていましたが、適当なものが見つかりませんでした。昨日の夜、ようやく、学生たちが理解できて、しかも参考になる、ほどほどの長さの動画が見つかりました。今朝、大急ぎでパワーポイントも作り、お昼の授業に間に合わせました。

試験日が比較的近い学生は、やはり真剣に見ていました。年末ないしは年が明けてからと考えている学生は、まだ他人事みたいな顔をしていました。本当は全然他人ごとではないんですがね。

動画を見終わり、まとめのパワーポイントで復習をし、じゃあ実際にやってみましょうとういことで、Aさんを受験生役に指名しました。予想通り、ボロボロでした。教室への入り方がいい加減だったり、お辞儀がぎこちなかったり、所作だけが原因で落とされることはないにしても、ちょっといただけない内容でした。

「来週はみんなにやってもらいますからね」と、予告とも脅しとも取れる言葉で授業を終わりました。

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質問魔

8月30日(金)

現在中級レベルのWさんは、専門学校に進学して調理の勉強をするという目標がしっかりと定まっています。おとといの専門学校進学フェアでも、志望校のブースでずいぶん長い時間話を聞いていました。

今の自分の日本語力では専門学校の授業についていけないと感じていますから、クラスの中で一番よく勉強しています。十二分に予習をしてきて、わからなかった点をガンガン質問します。毎日、10時半の休憩時間になると、質問事項を書き連ねたメモ帳を手に教卓まで来ます。Wさんの質問は、教師の気が付かない、学習者ならではの視点に基づいていますから、質問されるこちら側も勉強になります。それをヒントに、急遽授業の内容を組み換えることもあるくらいです。

また、Wさんは、間違いを恐れずに、習ったばかりの語彙や表現をどんどん使って話をしたり例文や作文を書いたりします。そういうのを見ると、単に誤用を指摘して直すだけでなく、上級で勉強するより高度な日本語に書き換えることもあります。時には、解説も加えます。Wさんならこれをしっかり受け止めてくれるだろうと思えますから、こちらもやる気が湧いてきます。

その一方で、Wさんが質問している間、一生懸命スマホを見ている学生もいます。授業中にされた質問には、クラスの全学生がわかるように答えます。それを聞かないことは、日本語力を伸ばすチャンスを自ら捨てていることになります。耳がこちらに向いていないのですから、聴解力が付かないのも当然です。

専門学校の出願は、9月早々に始まります。Wさんは第1期に出願する気満々です。

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三日坊主未満

8月27日(火)

朝、教室に入ると、Cさんの姿がありません。昨日の担当だったN先生の話だと「心を入れ替えて頑張ります」と言ったそうですが、早くも挫折でしょうか。Cさん、なんたって、昨日は6時に登校して、私に数学の質問をしてきました。ド派手な色だった髪も染め直し、進学に向けてやる気をみなぎらせているように感じたのですが、たった1日しかもたなかったようです。

前半の授業が終わり、担任のO先生のところに連絡があったかと思って聞いてみましたが、連絡なしとのことでした。教室に戻ってもCさんはいませんでした。出席を取り終えて授業を始めようとしたところに、Cさんが入ってきました。「じゃあ、次のところは、遅刻してきたCさん、読んでください」などといじっても、悪びれる風もなく、あまりよろしくない発音で教科書を読みました。

授業が終わり、遅刻者には朝一でやった漢字の復習テストを受けさせようと準備していたら、Cさんは一瞬のうちに消え去っていました。もう1人の遅刻者Fさんはちゃんと受けて帰ったのに。遅刻の理由も寝坊だし、結局心なんぞ入れ替わってはいませんでした。

漢字の復習テストは、私が担当している午後の化学の授業後に、今度こそは首根っこをとっつかまえて受けさせました。採点してみたら、案の定不合格点でしたが。

生活を立て直すのは誰にとっても難しいものですが、Cさんの場合はもうすぐ受験が控えていますから、喫緊の課題です。寝坊で遅刻などしているわけにはいきません。それにしても、言葉の軽いこと、タガの緩んでいること、この上もありません。6月のEJUの成績がそこそこ以上だったのでいい気になっているのだとしたら、大間違いです。クラスの教師が束になってどつきまわさないと、半年後に泣きを見ることになりかねません。

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