Category Archives: 授業

中断

10月28日(木)

テストがある日は、朝一番で出席を取ったらすぐに実施します。授業の後半などというと、それまでの授業は上の空になってしまいます。同じ話をテスト後に繰り返す羽目になりかねません。

出席を取り、毎朝実施している漢字復習テストを済ませ、真打登場という雰囲気で、9:40ごろから今学期このクラス初めての文法テストを始めました。学生の机の間を前に後ろに、右に左に見て回り、答え方が間違っている学生にそれを指摘したり、学生の誤答に落胆したり、微妙な答えに採点の難しさを憂えたり、肉体的にも精神的にも忙しく立ち回りました。もちろん、不正行為未然防止という意味もあります。

そんな中、学生たちが突然、「先生、地震」と言いながら、いくらかおびえた目つきで私を見上げました。地震は立っている人より座っている人の方が感じやすいと言われますが、私は全く感じませんでした。「はい、こんなの、地震のうちに入りませんよ。テスト、テスト」と、テストを続けさせました。何人か、スマホで地震情報を確かめようとした学生もいましたが、それに乗じてカンニングしようという学生はいませんでした。私がスマホ中毒とみているSさんすら、すぐにテストに復帰しました。でも、ここで集中力が途切れてしまったことは確かなようで、少しだけ時間を延長してやりました。

その後は何事もなく授業を進めていきました。会話の授業の最後に、グループで話し合ったことをまとめて発表してもらいました。その最中、感染防止で全開にしていた窓から、「地域のために働いております〇〇××でございます」と、大音量の連呼が入り込んできました。「ごめんなさいね、日本は今週いっぱい、選挙だから…」と謝っておきました。地震も、「ごめんなさいね、日本はプレートの端っこが集まっていて、地震が多いんですよ…」とでも謝っておけばよかったかな。

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カッコつけない

10月26日(火)

私が火曜と金曜に受け持っているクラスに、今週から大学の日本語学科の実習生が2名入っています。授業を見てもらうのですが、果たして私の授業の進め方が役に立つのやら。

大学や養成講座の方に授業をお見せするのは今までに何回もあり、特別なことではありません。初めの頃は多少なりともお手本にある授業をしようなどと思ってもいましたが、今はそんなことは全く意識しません。反面教師も教師のうちと、開き直っています。

でも、見てもらいたい、気付いてほしいポイントはあります。“ここだよ”と心の中で叫びながら授業をすることもまれではありません。実習生の書いた実習ノートにこちらの伝えたかった思いが記されていると、思わずニンマリしてしまいます。それについて何も書かれていないと少し寂しくなりますが、だからと言ってその方の評価を落とすわけでもありません。教師だって十人十色です。私のカラーに近い人もいれば、対照的な人もいます。

さて、今回の実習生は大学生。若いうえに、理論を学んだばかりですから、教科書をいかに教え切るかが発想の中心ではないでしょうか。私のスタイルは、特に中級以上では、教科書をガイドブック代わりにそぞろ歩くように授業を進めていきます。授業が終わった時に帳尻が合っていればいいという発想です。実習ノートを見ると、戸惑っていた様子が感じられました。学生に文法の例文を読ませた後に、突然発音指導が始まっちゃうんだもんね。漢字の時間に「ワシントン条約って何?」とか聞いちゃうんだもんね。

実習は来週まで続きます。今度、このクラスに入るときは、この2名、どのくらい成長しているでしょうか。目の付け所を観察したいです。

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後輩の就職のために大けが

10月15日(金)

始業日に、作文についてさんざん嘆いたクラスの授業がまたやってきました。中2日で大きく変わるわけがありませんが、授業内でのやり取りを通して、学生がもう少しわかってくるのではないかと思いました。

「じゃあ、Nさん、最初の例文を読んでください」「後輩の就職のために骨を折った」「はい。じゃあ、Nさん、後輩の就職のために骨を折ったって、この人、何をしたんですか」「腕の骨、壊れました」「えっ、けがをしたんですか、この人?」「はい」「どうして?」「頑張り過ぎました」

上級だったらどこまでボケ倒せるかさらに突っ込み続けるところですが、Nさんは、表情からすると、明らかにボケているのではありません。また、他の学生もけが説に傾いています。これ以上、野放しにしては危険だと思い、「骨を折る」の解説をしました。

学生たちは、「後輩、就職、骨、折る」という単語の意味の確認をもって、この文を理解したつもりになっているのです。単語の意味の合計が文の意味として自然かどうかまでは、考えが至っていません。これが、このクラスの学生の現時点における実力です。

突き詰めて言うと、予習が足りないのです。学生たちの母語にも絶対に慣用句はあります。そこまで深く考えずに、先生に言われたからおざなりに意味を調べてきただけです。いや、それさえしてこなかった学生も一大派閥を形成していました。

他の科目も似たりよったりで、予習をしてきたとしても、やり方が甘いです。自分の部屋で授業を受けるのなら、授業中にこっそり検索して予習をサボった部分を糊塗することもできます。しかし、教室での授業となると、そういうわけにはいきません。勉強不足があらわになってしまいます。

それでも、Wさんなどは疑問点をまとめて質問してきましたから、一縷の望みを抱いてもよさそうです。来週に期待しましょう。

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脱帽

10月14日(木)

月木に入るクラスは、半数強の学生が先学期からの持ち上がりです。しかし、先学期は半分以上がオンラインでしたから、どうも顔と名前が一致しません。だいたい見当が付くのですが、確信が持てないのです。オンラインだとマスクなしですが、対面だとマスクありなので、その2つの顔がぴったり重ならないことも少なくありません。それでも、声やしゃべり方で、この人はAさん、その隣はBさんなどとわかるケースもあります。そうそう、ノートの字をのぞき込んで、この字はCさんなんていう例もありました。

対面だと、マイクのオン・オフがない分、テンポが速まります。また、学生が答えに詰まっても、にらみつけて最後まで言わせることができます。WiFiの調子が悪いから、マイクが壊れているからは、答えられない理由にはなりません。机の中に腕を突っ込んでスマホをいじっている学生は、バリバリ指名します。教室の隅っこに潜んでいても、教壇からよく見えちゃうんですよ、学生のみなさん。

オンラインではそういう“追及”ができませんでしたから、学生はとかくわかることしか話さないという方向に流れがちでした。それでは進歩がありませんし、現に学生の発話力には一抹どころではない不安を抱いていました。ですから、“わたしのおすすめ”というテーマで少しまとまった話をするという授業内容も、果たしてうまくいくだろうかと心配でした。考える時間は長めに与えましたが、発表時間は短めに設定しました。中途半端に時間を余らせても嫌でしたから。

最初に手を挙げて発表したDさんがクラスのみんなを引き付ける話をしてくれたおかげで、話しやすい雰囲気ができたようです。どの学生も思いの丈を述べようとしていました。何より、先学期かクラス活動に参加しようとしなかったEさんが、みんなの前でとうとうと語ったことに驚かされました。しゃべりたいけどしゃべるチャンスがなかったというマグマみたいなものがたまっていたのでしょうか。

その結果、ほとんどツッコミを入れる時間もなく、授業終了時刻となってしまいました。いやはや、おみそれしましたと、学生に頭を下げました。

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お誘い

10月11日(月)

受験講座の教材用に、EJUの数学の問題を解いています。マークシート方式にしなければならないという制約のせいかもしれませんが、解いていて面白みがありません。“14a+9b=147を満たす正の整数a,bを求めよう”などと意向形で誘われても、「そんなの求めたくねえよ」と言いたくなります。誘うなら、解く側の意欲を掻き立てるような問題にしてもらいたいです。

受験生は必死ですから、面白みがなくても意欲が掻き立てられなくても、大学に進学したい一心で解くのでしょう。留学生の心をおもちゃにしているなどと言ったら、EJUの問題を作った先生に対して失礼でしょうか。

でも、私のような年寄りからすると、問題のための問題は出してほしくないです。ひたすら式の変形をし続け、公式を当てはめ、そして正解にたどり着くというのは、注意力と反射力のテストのような気がしてなりません。日本の大学はそういう新入生が欲しいのかというと、決してそうだとは思いません。

今年も元日本人の方がノーベル賞を受賞しました。そういう研究は、注意力と反射力だけからは生まれてきません。数学の基礎的な計算力を否定するわけではありませんが、“14a+9b=147を満たす正の整数a,bを求めよう”が解ける勉強をし続けた学生から創造力が泉のごとく湧き出てくるとも思えません。東北大学や名古屋大学の日本人向け問題は、良問が多いです。そういう問題も、マークシート方式にすると輝きを失ってしまうのでしょうか。

愚痴をこぼしていても受験講座はできません。学生に力を付けさせることが先決です。

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発表は難しい

10月2日(土)

学期末に行ったグループ発表の映像を見ました。発表当日、私は養成講座の授業があったため、現場に立ち会えませんでした。代講の先生が撮っておいてくださった発表の様子をチェックし、採点したというわけです。

オンラインでの発表を録画で見るという悪条件が重なり、学生の真の実力が測れたか心もとない面はありますが、やはり、学期中からタスクに積極的に取り組む学生と、おざなりの学生とでは、如実に差が出ました。ほぼ満点の学生からお情けで合格点にしてやった学生まで、幅広く分布しました。聞いていた学生も、それは感じたに違いありません。

自分の部屋からオンラインということで緊張感が薄いのでしょうか、原稿棒読みに近い発表が多かったです。もちろん、ほぼ満点組は原稿を十分に理解した上で発表していましたから、自然な感じがしました。その一方で、どこかのサイトから引っ張ってきた文章をそのままパワーポイントに張り付け、それを読み上げるだけという、労力最小限をモットーにした発表もありました。

そういう極端な例に限らず、字を載せ過ぎたスライドが目立ちました。グラフとか写真とか、視覚に訴える資料を多用してほしかったのですが、文字に頼ってばかりで頭を抱えてしまいました。

学生たちは、プレゼンテーションにおいても、音声や図表よりも文章で示したい、聞き手も文章で理解したいという傾向が強いのかもしれません。一歩譲って文字情報を示すにしても、知ってもらいたい項目を際立たせるなどの工夫をしてもらいたいです。そういうのを覚えておかないと、進学してからがつらいんじゃないかなあ。

次の学期は、教室でみんなの前で、程よいプレッシャーを感じながら発表してもらいましょう。

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手応え

9月28日(火)

Dさんは理科系の難関大学を目指しています。先学期から受験講座でも勉強しています。しかし、教える立場からすると、あまり手ごたえが感じられませんでした。ZOOMを通しての表情は乏しく、わかっているのかいないのか、難しすぎるのか易しすぎるのか、どうもつかめません。

そのDさん、今学期の受験講座の最終日にして、やっと質問してきました。その内容も的を射ており、単なる聞き逃しの確認ではありませんでした。「けっこうやるじゃない」と思いました。目指している大学が大学ですからこれで安心するわけにはいきませんが、手の施しようがないわけでもなさそうです。

Dさんの例に限らず、教師は発せられた質問から、その学生やクラスなどの力を推し測ります。理解が進んでいれば質問のレベルが上がります。これは難しいだろうからと触れるのを控えていた事柄について聞かれたり、こちらの話を自分で咀嚼した結果を投げかけてきたり、といった質問が発せられると、思わずうれしくなります。ぶつかりげいこで胸を出すような気持ちです。

残念なのは、オンライン授業だとそういう場面が少ないことです。学生の質問を起点に授業が盛り上がったということが、今学期どれほどあったでしょうか。マイクのオンオフなど、発言のタイミングを失わせる要素が多々あります。大学の先生方はどうやってそれを乗り越えているのかなあと思うこともあります。

緊急事態宣言がようやく解除されます。「まん延防止」にもならないそうで、来学期は対面授業ができそうです。Dさんも、他の学生も、バリバリ鍛えてあげないと、今シーズンの受験に間に合わなくなってしまいます。

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ワカシャ

9月24日(金)

私が担当しているレベルの期末タスクは、来週の火曜日が発表の日です。各グループとも、どんな題材で、誰が何について話すという役割分担を決め、みんなに見せるスライドもだいたいでき上がりました。ですから、本番に向けて発表練習の段階に入っています。

原稿を実際に読んでみると、長すぎる短すぎるはもちろんのこと、表現が難しいとか、聞いてもわからないとか、そもそも聞き取りにくいとか、いろいろと問題点が浮かび上がってきます。スライドも、字が小さいとかグラフが読めないとか図や写真の意味がわからないとか、あれこれ指摘すべき点が出てきます。

あるグループの発表練習を聞いていたら、「…私の国では、結婚したがらないワカシャが増えています。…」というフレーズが聞こえてきました。当然、“ワカシャって何?”です。

この学生の原稿には、“若者”と書いてあったはずです。その漢字が正しく読めなかったのです。“若者”という文字を見れば、意味はわかります。その単語を含む文の意味もわかります。しかし、口頭発表はそれだけではいけません。ワカシャでは聞き手に言いたいことが伝わりません。

はっきり言って、中級レベルなら“若者”は読めて当然の漢字です。しかし、この学生はEJUで300点以上取っているにもかかわらず、堂々と“ワカシャ”と読んでしまいました。この読み方が間違っているなど、みじんも思っていない、自信満々の読み方でした。

これをすべてオンラインのせいにするつもりはありませんが、オンラインになってから、読む力と聞いたり話したりする力の乖離が目立ってきたように思えてなりません。教師の目が完全には届かない環境で勉強しているという点も、マイナスの方向に作用していると思います。

ワカシャの後、各ブレイクアウトルームを回って、漢字の読み方を再確認するように指示を出しました。これを週末の宿題にもしました。火曜日が、ちょっぴり怖いです。

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我が道を行く

9月21日(火)

人間、与えられたチャンスを生かそうとするタイプと、自分の殻に閉じこもって出てこようとしないタイプとがあります。後者は自分のやり方・考え方が最高で、それ以外は認めないとするものです。自分というものをしっかり持っていると言えば聞こえはいいですが、単に頭が固すぎてチャンスをみすみす逃していることが往々にしてあります。私のクラスならSさんがその最たるものでしょうか。自分の意に染まないことは、全くやろうとしません。学校だって、休み続けると日本にいられなくなるから、やむを得ずオンライン授業に参加しているというのが本音だと思います。

そういう気持ちの差が如実に表れているのが、先週から取り掛かっている期末タスクです。担任のH先生の絶妙な人事配置で、Sさんタイプの学生が集まらないように振り分けられていますが、そうするとグループ内でタスクに対する温度差が生じて、これもまた厄介な問題です。

DさんとXさんに至っては無断欠席です。対面授業なら学生間の交流関係もある程度はつかめますから、どうにかして連絡を取れなどと言い切ってしまうこともできます。しかし、オンラインとなると、学生同士のつながりがさほど育っておらず、連絡の取りようがない場合も十分考えられます。欠員がいるグループは、タスクがうまくいくかどうか心配な様子で、いない学生の分はどうしたらいいかと聞いてきました。自分の担当分をきちんと完成させるようにと指示しておきました。

ここに登場した人たち、人の迷惑というのを考えたことがあるのでしょうか。チャンスを生かそうとしている学生のチャンスをつぶすようなことだけは、しないでもらいたいです。

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もうすぐ

9月16日(木)

期末テストまで2週間を切り、さらに来週は休日が2日もあるので、各レベルとも期末タスクに取り掛かり始めています。私が担当している中級レベルは、数人のグループで社会問題を取り上げ、それについて自分たちで調べ、パワーポイントを作り、10分程度の口頭発表をすることになっています。オンラインで話し合い、オンラインで発表するというあたりにこちらとしても計算の立たない部分がありますが、目標に向かって前進しています。

大学院志望の学生は、国で大学生だった時に授業やゼミや学会などでプレゼンテーションをしたことがあるでしょう。そういう学生が中心になってグループをまとめてくれれば、大崩れをすることはないだろうと踏んでいます。しかし、大学の先生でも、とんでもなくわかりにくく見にくい資料を作り、理解不能な発表をする人がいます。そういう先生の“薫陶”を受けていた学生がいないとも限りませんから、油断はできません。

このタスクの主目的は、中級レベルで勉強した文法や語彙を実際に使って、例文レベルではないまとまった話を構成することにあります。作文の時間に学んだ、文章の構成もぜひ活かしてほしいところです。そして、畳の上の水練ではない何事かを成し遂げ、日本語力が付いたことを実感してもらいたいのです。それが上級へ向けての自信につながれば、理想的な展開です。

しかし、逆に、できないことを実感してしまう学生もいそうです。それもまた一面の真実ですから、自分の足りないところを知り、その克服を新たな目標とできれば、決して無駄ではありません。最後の2週間、学生も教師も、胸突き八丁です。

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