Category Archives: 授業

“選ぶ”力

10月24日(月)

Sさんが教室に入ってきたのは、朝一番で行った漢字テストが終わった頃でした。連絡事項を伝え、文法の授業を始めると、Sさんは文法の教科書のほかに図書館で借りたと思われる本を机の上に出しました。私の話などろくに聞きもせず、そちらばかりに目をやっていました。

Sさんは、入学したときに自分で交渉して進学コースにコース変更しました。やる気のある学生だと思っていたら、今はこの体たらくです。クラスメートの例文に、「Sさんは先生に叱られるのをものともせず、よく遅刻する」と書かれる始末です。出席率を調べてみると、遅刻だけでは説明がつかない数字になっています。気安く休んでいるんでしょうね。でも、すでにビザが危ない領域に入っていますから、かなり厳しく指導しないといけません。

文法の次の読解になると、教科書を出しません。机の上には別の本とタブレットが載っていました。無視して授業を始めましたが、全く悪びれる様子がありません。Sさんの机をドンとたたくと、一瞬教室が凍り付きました。

「読解の教科書は?」「忘れました」「じゃあ、私の教科書を使いなさい」と言って、強制的にタブレットなどをしまわせました。教師にこんなことをされないと、授業に気持ちを向けなくなってしまったのでしょうか。早速教科書を音読させると、漢字にフリガナがついていますから一応読めますが、あまり上手じゃありませんね。

授業後、朝受け損なった漢字テストを受けさせました。採点してみると、合格点には遠く及びませんでした。ゆうべ勉強しなかったに違いありません。文法の例文も、形式的に書いただけという感じがしました。6月のEJUではまあまあ以上の点を取り、7月のJLPTはN1に合格しましたが、日本語を“選ぶ”能力だけ突出しているのかもしれません。不安を掻き立てられるSさんの授業態度でした。

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質問がわからない

10月20日(木)

朝、「先生、すみません」とA先生に声をかけられました。「昨日の授業中、Fさんが物理の問題をやっていたので取り上げたんです。でも、返すのを忘れてしまって…」とのことでした。そのFさん、授業の始まる少し前に、その物理の問題を返してもらいに、職員室まで来ていました。担任のO先生と私が出て行って、日本語の授業中は授業に集中することと注意を与え、問題を返しました。

その物理の問題は、一昨日の受験講座化学の時間に、「木曜日の物理の時間までにやっておいてください」と言って配ったものです。もちろん、自宅学習のためであり、クラス授業を聞かずにやるなど論外です。Fさんは、物理の問題が気になってしかたがなかったからやってしまったと謝ったそうです。

午後、物理の受験講座をしました。一昨日配った問題の答え合わせと解説です。昨日問題を取り上げられたままだったFさんは、全部は解いていませんでした。私が解説をしていくと、うなずいたりメモを取ったりすることもあれば、問題用紙を見つめたまま何か考えている様子の時もありました。

授業が終わると、Fさんはある問題について質問してきました。私は、その質問の趣旨を理解するのに3分ぐらいかかりました。発音が悪くて、文法が間違っていて、適切な単語が出てこなくて、ひどい日本語でした。私の回答に対してさらに質問しようとしたのですが、その質問を日本語で表現できず、近くに座っていた上級の学生に母国語で話しかけ、日本語に通訳してもらおうとしました。しかし、その学生は違う国の学生で、Fさんの熱弁を理解できませんでした。

日本語の授業中に物理の問題をやる時間など、全くありません。物理をやらずに話す練習をしたほうがいいくらいです。来春進学したいそうですが、行けるとしたら面接試験のない大学でしょう。その大学がFさんの希望に合う可能性は、%です。日本で進学するなら、まず日本語です。

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芽がある

10月19日(水)

日本語学校に限らず、文科系志望の学生は、数学が嫌いか苦手にしている例が多いです。私の友人を見ても、数学ができないからという消去法で文科系を志望した数十年前の高校生がおおぜいいました。KCPで文科系の数学の受験講座を受ける学生も例外ではなく、引導を渡す講座、踏ん切りをつけさせる講座になってしまう学期がよくあります。もちろん、非常に優秀な受講生がいることもあります。

今学期の受講生のHさんは、最後に数学を勉強したのは2年前くらいだと言います。また、Jさんは、高校時代、数学は得意ではなかったそうです。自己紹介代わりに受講生に数学力の自己評価を聞いたところ、そんな答えが返ってきました。

数学の得手不得手のほかに、数学的素養があるかどうかを見ます。私の場合、因数分解の説明をし、練習問題をさせます。理系人間なら瞬殺・即答の問題です。この練習問題がどのくらいのスピードでできるかで、数学的な勘が強いか弱いか見当がつきます。

x∧2+5x+6=(x+2)(x+3)

という因数分解ができるかどうかは、足して5、掛けて6になる2つの数字の組み合わせが見つけられるかどうかにかかっています。左辺を見た瞬間に“2と3!”と思い浮かべば、素養ありです。

Hさんは、私の話を聞いているうちに2年のブランクが埋まってきたのか、単純な問題は理系の学生並みのスピードでした。複雑な問題になると手間取りましたが、合格ラインは軽く突破しました。Jさんは、Hさんには負けましたが、頭を抱え込んだり鉛筆を持ったまま固まってしまったりすることなく、問題が解けました。

最低この2人は上手に育てていきたいです。24年進学でもいいと言っていますから、力を伸ばす時間はたっぷりあります。なんだか、文系の数学の時間が楽しみになってきました。

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講演を聞く

8月9日(火)

毎学期恒例というほどでもありませんが、iPS細胞についての講演をしました。レベル5の読解の教科書にiPS細胞の解説を書いた関係で、授業時間の都合がつく限り、教科書の内容をもう少し深めた話をします。最新の研究動向も取り入れています。

KCPの学生にこういった分野に進む学生が多いわけではありませんが、ある程度まとまった長さの話を、メモを取りながら聞いて理解して、できれば講演終了後に質問するというのが、この授業の目標です。こういうことができなかったら、大学院や大学などに進学しても、授業の内容が理解できません。それは、すなわち、勉強や研究が進展しないということを意味します。

今学期の学生は、質問が多かったです。今までは2、3人のごく限られた学生からしか質問が出なかったのですが、今回は屁理屈をこねくり回すわけでもなく、聞いているみんなのためになる質問ばかりでした。この点は高く評価できます。教室の後ろの方に座っていた学生も、目を凝らしてのパワーポイント画面を見ていましたから、全体的に集中して聞いていたとも思います。

教室にいる学生の態度は非常に良かったのですが、オンラインの学生たちから1つも質問が出なかったのが気がかりです。数名のオンライン参加者がみんな居眠りしていたとは思えませんが、質疑応答となると対面の学生に押されてしまうのでしょうか。私の方から「Aさん、どうですか」などと水を向けるべきだったかもしれません。とはいえ、対面で手を挙げている学生がいたら、そちらを指名したくなるのが人情です。

質問もされましたが、iPS細胞は世界的に競争が激しくなってきています。私のスライドがどんどん陳腐化するような研究成果を、日本勢に出してもらいたいところです。

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絵を描く

8月4日(木)

EJUの化学や生物の問題は知識が問われることが多く、それに対して、物理はひたすら計算です。化学や生物は、問われた知識を持っているかどうか、その知識を論理的に展開できるかどうかが運命の分かれ目です。物理は、問題文を図にして可視化し、そこから力のつり合いや熱バランスなどの式を立てることができるかどうかが、正解を得られるかどうかに直結します。ですから、問題文を絵にする力がなければ、お先真っ暗です。

今学期の受験講座物理の受講生は、残念ながら、問題文を絵にする力がまだまだです。今学期は力学を勉強してきましたが、その問題を配ると、みんな問題文は読んでアンダーラインを引いたりはするものの、そこでペンが止まってしまいます。読み取ったことを図に描き入れていかなければならないのに、それが思うようにできません。だから、式も立てられず、当然問題は解けません。5分とは言わないまでも、10分ぐらいで解いてほしい問題を、20分かかっても???のままでした。

私が解説するとわかったような顔をします。私が作った模範解答を配り、読んでもらい、「質問は?」と聞くと、「ありません」と答えます。でも、そのわかったことを正解とか得点とかという形にするところまでには至っていません。これが、今の受講生の実力です。学生たちはやらなければならないことがあまりに多く、物理の問題を解くことにばかり時間をかけられないのは確かです。でも、そこをどうにかしない限り、道は拓けてきません。

気が付いたら、来週の木曜日は祝日です。その次の週は夏休みですから、次回の物理は25日です。さて、どうやったら、学生たちの力になれるでしょうか。

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上級らしくない?

8月3日(水)

上級ともなると、新しい文法を習うというよりは、初級から中級にかけて勉強してきた文法を臨機応変に使いこなす練習が多くなります。JLPTのN1に出てくる(というか、N1ぐらいにしか活躍の場がない)、日本人でもなじみが薄い文法を暗記するよりは、今までに頭に詰め込んだ文法を、使うべき場面で使えるように訓練しておくことが大切です。

外国出身力士をはじめ、日本語が上手だと感じる外国人は、みんなの日本語か、せいぜいもう少し上ぐらいの文法を、正確かつ適材適所に使っています。N1の点数だけなら私のクラスの学生が上回るかもしれませんが、普通の日本人が会話の相手をしたら、逸ノ城のほうをずっと高く評価するでしょう。

そんなわけで、今週から私の文法の時間は、勉強したことがある文法を正確に使えるかどうか見ていく授業となりました。その初回ですが、ひどかったですねえ。これは難しいだろうなと思っていた問題は、ものの見事に全員つまずき、これなら全員正解だろうとみていた問題も、答えを聞くやこっそり直している学生がいました。

「寒いでした」「寒くなかったでした」などという答えに対しては、「午後のクラスに行ったら?」と言ってしまいました。すべて丁寧体で答えさせたので、普通体に慣れてしまった学生にとっては難しかったのかもしれません。

ペアで近況報告という形で、少しまとまった話もさせました。全員のを事細かに聞いたわけではありませんが、ペアの相手がどんな話をしたか報告させたら、多くの学生が筋の通った話ができました。その点は、学生を誉めました。「文法問題がひどかった割には」という言葉を飲みこんで…。

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因数分解のやり方

7月13日(水)

今学期の水曜日は、受験講座数学コース1です。文科系の大学進学希望者で、EJUの数学を受ける学生が対象です。先学期、EJUの直前対策をしたら難しすぎると言われましたから、今学期は数学の基礎から始めます。

どのくらい基礎からかというと、“3+5=8”をどう読むかというぐらい基礎です。もちろん、学生たちは、式の意味もわかりますし、こんな計算ができないはずがありません。しかし、“読む”となったら、さっぱりです。私が「さんたすごははち」と式を読み上げると、すかさずノートを取っていました。日本語の授業に当てはめるなら、教室用語の導入です。

そういったウォーミングアップが終わったら、展開と因数分解です。この程度は国の高校でも習っていますが、文系志望だと忘却の彼方ということがよくあります。練習問題をさせたら、因数分解で頭を抱えていました。理系人間だったら見た瞬間に答えがわかる問題だったんですがね。

これは頭がいいとか悪いとかではなくて、訓練の差です。因数分解をするチャンスが多ければ、カンも養われます。だから、数字の組み合わせから反射的に結果が思い浮かんでくるのです。これは、問題を解くのには便利な頭のはたらきですが、因数分解のしかたがわからない人に教えるとなると、実に具合が悪いのです。答えを出している本人が、自分の答えの出し方がわからないのですから、他人に教えられるわけがありません。

数学の教科書や参考書やサイトなどに載っている因数分解のしかたを読んでも、しっくりきません。しかたがありませんから、私のロジックを細かく分解して、でもそれを文字化するとかえってわかりにくくなりますから、ホワイトボード上で実演しながら解説することにしました。

それを見た受講生たち、うなずいてはいましたが、どこまでわかったでしょうか。直後に出した練習問題はあっさりできましたが…。次回からは、ユーチューブの先生の教え方を参考にしてみましょう。

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来学期に向けて

6月13日(月)

来学期から受験講座を受けたいという学生が、授業後に相談に来ました。こういう学生に対しては、厳しいことも言うようにしています。単に志望校へのあこがれだけで勉強を始めても、合格できるものではありません。何でも勉強しようという意欲は認めますが、意欲だけで入れてくれる大学はありません。また、歯を食いしばって勉強しても、成績が伸びないことだってあります。私には「絶対合格させます」などと言い切る自信も度胸もありません。結果が伴わないことだってあり得るのです。

しかし、受験講座に申し込んだ学生には、懇切丁寧に指導し、親身になって相談にも乗ります。今までのデータを駆使し、勝てる勝負の場を示して、その学生の希望に最も近い道を選ぶお手伝いをします。出願校が決まったら、出願書類の書き方から面接試験の受け方まで、きっちり面倒を見ます。授業よりもむしろこちらのほうを十二分に利用活用してもらいたいとさえ思います。

いちばん困るのが、何もかも自分の独断でやってきて、失敗を重ねたあげく身動きが取れなくなり、最後に泣きついてくるパターンです。時期も遅いし、これまでの経過も詳しくはわからないし、条件的に非常に厳しいです。尾羽打ち枯らした様子を見ると、助けてあげたいのはやまやまですが、すでにこちらの手駒もない頃だと、学生自身にとって不本意な進学を勧めざるを得ないこともあります。今からこちらに相談を持ち掛けて来てくれれば、このような事態に陥ることはないでしょう。

相談に来た学生は、申込書を持って帰りました。こちらも、そろそろ、来学期以降の構想を、学生の動向に基づいて、具体化していかねばなりません。

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難問?

6月3日(金)

午前の授業後、Cさんが数学の質問に来ました。ある式の誘導がわからないというものでした。別の仕事をしている最中でしたから、問題を書き写し、後で答えることにしました。その仕事が終わり、時間に余裕ができたのでその問題に取り組むと、あっという間に答えが出てしまいました。

問題が簡単に解けたのはいいのですが、今度が逆に、Cさんはどこまで真剣にこの問題に取り組んだのだろうという疑念が浮かんできました。式の変形の際に、ほんのひと工夫しただけで結論の式が得られました。私に聞く前にどのくらい時間をかけてこの問題に取り組んだかわかりませんが、Cさんならできて当然のレベルの問題だと思いました。

根を詰めて一つのことを考えていると、問題のとらえ方が固定されてしまうことがあります。もしかすると、Cさんもそんな無限ループみたいな状況に陥っていたのかもしれません。そういう時はしばらく時間を空けて再挑戦してみると、あっさり解決することがよくあります。Cさんはそれができなかったのかな。

と考えた時、大きな疑惑が湧き上がってきました。Cさんが来たのは、授業の直後でした。ということは、もしかすると、Cさんは授業中ずっとこの数学の問題を考えていたのでしょうか。問題の数式がスマホの中だったことも、教師の目を盗んでやっていたことを表しているのかもしれません。学生が信じられないとは情ない限りですが、Cさんは去年の受験シーズンにそういうことをやらかした“実績”がありますから、疑いを完全にぬぐい去ることはできません。

Cさんには、式の誘導のしかたをメールで送りました。疑心を抱いたことはおくびにも出さずに…。

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卒業前に同級会?

4月18日(月)

午前クラスの授業が終わった時間に、Wさんが受付に姿を現しました。Wさんも去年のこの学期にレベル1で教えた学生です。その後順調に進級して、今学期はレベル6です。先週まで隔離期間でオンライン授業でしたが、今週から登校できるようになったのです。

オンラインの画面からは小柄な印象でしたが、実物のWさんはそれより一回り大きかったです。物理的に大きいことも確かですが、自分に自信を持っているのでしょうね。胸を張っている分、大きく見えるのかもしれません。Wさんには今週末の新規来日生のウェルカムパーティーで代表あいさつをお願いしています。私以降、レベル2・3・4の先生方も、Wさんの人柄と日本語力の伸び具合を評価しているからこそ、代表に推挙されたのです。

先週末のウェルカムパーティーで代表を務めたMさんも、1年前私のクラスでした。そして、演台に立ったMさんは、やはり大きく見えました。日本の空に向かってはばたく感じがしました。苦労してつかんだ留学のチャンスを絶対にものにしてみせようという意欲が感じられました。

こうしてみると、1年前のクラスは粒ぞろいだったと思います。2人のほかにも、Kさん、Cさん、Lさんなど、他の先生の信頼を勝ち得ている学生ばかりです。Tさんも独特のキャラクターで、すでに新KCPには欠かせない人材となっています。ご家庭の事情で勉強をあきらめざるを得なかったXさんも、この場にいればきっと多くの先生方に愛されたでしょう。

まだ国にいる学生がみんな来日したら、1年前のクラスの同級会を開きたいですね。

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