Category Archives: 授業

もう1年?

3月17日(月)

朝、S先生がご病気でお休みになるという連絡が入りました。S先生は中級クラスの授業をすることになっていましたから、代講を立てなければなりません。中級レベル担当のH先生に授業内容を聞くと、読解を力ずくででも進めなければなりません。となると、慣れない先生ではなく、この読解をやったことのある先生が適任です。ということで、急遽、私が代講をすることになりました。別の仕事を予定していたのですが、授業に穴をあけるわけにはいきませんから、引き受けることにしました。

教室に入ると、顔と名前が一致するのは2人ぐらいで、完全にアウェー状態です。でも、最初の30分がテストでしたから、その間に答案用紙の名前とその学生の雰囲気(学生は机の方を向いているので、顔は見えません)を一致させたり、答案を盗み見てその学生はできそうかどうか見極めたりして、態勢を立て直そうとしました。

テストの次は漢字です。「予習してきてわからなかったことがあったら質問してください」と全体に聞いたら、何人かが手を挙げました。その質問に対してぱきぱき答え、ここでこちらのペースに持って来て、山場の読解になだれ込みました。

読解は水についての読み物でした。水なら化学屋の端くれとして得意分野ですから、教科書の本文を元にして、新たな情報を付け加えたり、関連事項を学生に考えさせたり進めていきました。どうにか目標到達地点に達しました。代講教師としての義務を果たしました。

胸をなでおろしながら1階に戻ってくると、先週卒業したばかりのKさんがいました。「先生、もう1年、KCPで勉強させていただけませんか」と聞いてきました。留学ビザでの日本語学校在籍期間は、最長2年と定められています。学校としてはとてもうれしい申し出なのですが、法律的にかなえてあげることはできません。また、Kさんは最上級クラスまで上り詰めていますから、4月以降、Kさんの日本語力をさらに伸ばしてあげられるような授業ができるかどうかわかりません。そういうことを伝えて、「ごめんなさい」と言いました。

午前中の中級クラスに遅刻してきたNさんも4月から進学です。KさんよりもNさんに「もう1年勉強」という気持ちを持ってもらいたいところです。でも、手ぶらで教室に入って来たNさんには、そんな気持ちはみじんもないでしょうね。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

次の時代に

3月11日(火)

卒業式前日の上級の教室は、どこか浮き立っています。それでも、教師としては教科書の所定のページまで授業を進め、卒業生に対しては勉強の区切りをつけ、卒業式以後も勉強を続ける学生たちにはこれからも勉強が継続するというシグナルを与えなければなりません。

授業の最初に明日の卒業式のお知らせなんかをしてしまうと、卒業生の気持ちは完全にどこかへ飛んで行ってしまうでしょうから、そういったことはすべて後回し。姿が見えない卒業生もいましたからね。そして、昨日の続きの読解。本文は終わっていて、内容確認問題と、本文に出てきた表現・語彙の勉強をしました。

このクラスのいいところは、卒業生は浮ついているものの、残る学生たちは宿題もやってきたし、課題にも前向きに取り組んでいるところです。今までの経験から言うと、残る学生も卒業生につられてフワフワしてしまうことが多いのですが、このクラスの学生は友達に会うためだけに来ているような卒業生をしり目に、ノートをとったり例文を考えたりしていました。

現在の上級クラスで4月以降も勉強を続ける学生たちは、来年度の主力メンバーです。6月のEJUで高得点を取って“いい大学”に進学したり、7月のJLPTで満点かそれに近い成績を挙げたり、入学式をはじめとする学校行事で通訳などとして活躍したり、とにかくあらゆる場面で下級生の到達目標として君臨してもらわなければ困ります。ですから、向学心の片鱗がうかがわれる授業態度が頼もしく映りました。

授業の最後は校歌の練習です。明日の式で歌います。歌詞に出てくる言葉と“KCP”の関連を説明したら、2回目は、少しは声が出るようになりました。

明日からは、この教室は使いませんから、いすを机の上にあげて帰ってもらいました。整然と並んだいすと机を見て、卒業生たちが日本語を使って幸せになれますようにと、神様もいないのに祈ってしまいました。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

聞く力

2月27日(木)

木曜日のクラスで毎週続けてきたディベートは、今週が最終回。ということで、優勝チームを決めるディベート大会を開きました。だいたい力が同じになるようにチームを作り、トーナメント戦をしました。

今学期初めの頃は、自分の意見を言うので精いっぱいでした。相手チームの意見をしっかり聞いて、それに反論・質問するという、ディベートの基本ができた学生は2、3人しかいませんでした。それが、全員とまでは言いませんが、多くの学生が「確かに○○ということもありますが、□□は◎◎ではないかと思います」「××と言いましたが、△△の面ではどうですか」といった質問や反論がたくさん出るようになりました。

Pさん、Sさんなどは、初回から、相手の主張を几帳面にメモし、それを見ながら反論していました。これができるようになってもらいたいと思っていたのですが、KさんやLさん、Mさんたちも、私の目の前でメモを取っていました。そのため、ディベートの議論がかみ合うようになりました。短い間に成長したものだと思います。

KCPの学生は香車型が多く、自分の主張はできても、相手の主張をきちんと受け止めることはあまりしません。でも、今学期の訓練(?)の甲斐あって、このクラスの学生たちは、一歩下がったり、横に出て角度を変えて問題を見つめ直したりできるようになりました。喜ばしい限りです。

このクラスの学生の大半は今学期卒業して、進学したり就職したりします。この授業は、そういう学生たちへのはなむけになったでしょうか。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

さすが

2月19日(水)

最上級クラスの発表会をしました。社会問題について調べたことを、スライドを使って発表します。

昨日の夕方の時点でスライドが未完成の学生が数名いたので、スライドを完成しておくようにというメールを送っておきました。そして、今朝、学生たちのスライドをのぞいてみると、みんな出来上がっているではありませんか。朝、目が覚めたら、枕元にクリスマスプレゼントが置かれていたような気持ちでした。

何と言っても、学生たちが発表を怖がっていないのが、さすが最上級クラスですね。みんな、よく通る声で堂々と発表していました。授業中めったにしゃべらないSさんも、スライドを効果的に使って、わかりやすい発表をしてくれました。同じ上級でも、私が受け持っているクラスだと、ささやきかつぶやきかさもなければ聴力検査かわからなような声で、スマホに覚えてもらった原稿を読み上げるであろうと思われる学生の顔が、5人ぐらい思い浮かびます。

原稿を読んでいても、話し方が自然なんですよね、このクラスの学生たちは。漢字が読めなくて立ち往生してしまうことがありません。読み間違いはいくつかありましたが、大勢に影響がありませんでしたから、大目に見てあげましょう。欲を言えば、モニター画面を指し示しながらしゃべってもらうと、より一層、聞き手への訴求力が増すのではないかと思いました。

聴いている学生たちにも評価してもらいました。そのコメントが的確で、これまた感心させられました。話す力も聞く力も、CEFRの最高ランク、C2でしょうね。よくここまで伸びたものです。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

科学ねの関心

2月18日(火)

上級クラスで、読解の教科書に「科学に関するニュースで興味を持ったこと/ものはありますか」という問いかけがありましたから、それをそのまま学生に聞いてみました。すると、半数以上の学生がスマホを取り出しました。科学に関するニュースを検索したのでしょう。数分時間を与えて、何人かの学生に聞いてみました。AI技術とか、地震とかといった答えが返ってきましたが、「特にありません」も1人、2人ではありませんでした。

科学への関心が薄いんだなあと思いました。科学に気づく力が弱いと言ってもいいでしょう。料理だって化学反応の一種だし、月は天文学の入口です。インフルエンザを始め、病気関係はみんなそうですよね。日本各地に大雪が降っているのも、スマホで検索できるのも、みんな科学の助けがあればこそです。この世の森羅万象が科学に通じていると言ったら、さすがに言い過ぎでしょうか。

単に科学に興味がないだけなら、個人の趣味の範囲かもしれません。しかし、世の中全般に興味がないとなると、看過できません。自分の身の回りの、自分に直接かかわりのある事柄にしか興味を示さないのだとしたら、世の中を生き抜いて行けません。そんな狭い世界で満足しているのなら、何のために生まれ育った国の外に出たのでしょう。留学の果実の過半に目も向けずに捨ててしまうのと同じです。

ノーベル賞の理論や技術に興味を持てなどとは言っていません。でも、上述のような事柄に何の関心もなかったら、惰性で生きているだけのような気がするんですがねえ。これは、私が理系人間だから感じてしまうことなんでしょうか。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

変更

2月14日(金)

朝、Iさんが担任のK先生に何事か言いに来ました。そのK先生が私に「Iさんが先生の選択授業に出たいと言っているんですが…」と聞きに来ました。私の選択授業は“身近な科学”で、Iさんの興味の向かう先とはだいぶ違うと思います。Iさんが学期初めに選んだ選択授業は、“美術館に行こう”でしたから。

K先生からさらにもっと話を聞いてみると、美術館に行くのは面倒くさいから、どこにも出かけない選択授業に変えたいということでした。Iさんは自分で“美術館に行こう”を選んだんですよ、学期初めに。第2志望に回されたとかじゃありません。それぞれの説明を読んだ上での選択です。上級の学生ですから、その説明文がわからないなどということはありません。読んでもわからなかったのだったら、上級にいる資格がありません。中級どころか、初級に落ちてもらいたいくらいです。

先週も行きたくないとごねて、結局選択授業の時間は帰ってしまったそうですから、しかたなく引き受けました。身近な科学の時間になっても、Iさんは話を聴こうというそぶりも見せませんでした。ひたすらスマホ三昧です。教室の一番隅っこの席に陣取っていましたから、まじめに聴いている学生に悪影響はないだろうと思い、無視しました。そんな学生にかかわりあっている時間がもったいないですから。

要するに、Iさんは、自分のごく狭い興味対象外には、無関心なんですね。新たな分野を開拓しようなどとは全く思わないのです。進学先は決まっていますが、こんな気持ちじゃ、進学先でもろくな勉強はできないでしょう。でも、進学先はKCPの選択授業みたいに気安く変えることはできません。

1年後、いや、半年後、Iさんはどこで何をしているのでしょう。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

自己紹介

2月12日(水)

水曜日のお昼の時間には、大学進学準備の授業をしています。26年4月進学予定の学生たちに、進学準備の基本のところから手ほどきしていきます。今まで、進学するまでの工程表のモデルを見せてこれからいかに忙しくなるか自覚させたり、入学までにいつどのくらいのお金が必要か説明したり、大学のホームページの探し方や見方を教えたりといったことをやってきました。今回は、志望理由書や面接の受け答えの基礎になる部分を取り上げました。

これまでに見てきた学生たちは、一般に、口を酸っぱくして注意し続ければ、志望校についてはどうにかいろいろな情報を手に入れられるようになり、それを志望理由などに取り込むこともできるようになります。しかし、自分自身について上手に語れる学生は少ないです。これをどうにか解消しようと思って、特に力を入れてみようと思った次第です。

まず、レベル1で使うような自己紹介シートを用意しました。名前、出身地ぐらいは誰でも言えますが、その出身地はどんなところかとなると、上級の学生にとっても難問です。「中国の北京から来ました」は簡単に言えますが、北京がどんな街かとなると、北京が有名な街だけに、かえって難しいのです。ましてや、それを通して自分を印象付けるとか、志望動機に関連付けるとかとなると、もはや手も足も出ません。

その他、いろいろな課題を与えましたが、学生にとっては10年後の自分というのが最難問かもしれません。でも、10年後の理想像ぐらい持っていないと、大学での勉強の目的や目標もあいまいになってしまいます。逆に、10年後にこうなっていたいから、大学ではこういう勉強をする必要があり、その勉強ができるのはこの大学だと語れれば、志望理由まで自然につながってきます。

こういった自己紹介を、来週までの宿題にしました。来週のこの時間を楽しみに待つことにしましょう。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

静けさ

2月7日(金)

金曜日のクラスはおとなしいクラスで、学生たちはめったなことでは発言しません。でも、指名したらまともな答えが返ってくるのが不思議なところです。能ある鷹は爪を隠すと言えば聞こえはいいですが、発言しないと無能と判断されるのが世の中の常識ですから、このままではKCPを出た後で大損しかねません。

Kさん、Sさん、Cさんなどは、読解の教科書を読ませると実に滑らかに読みます。本人たちも自分は日本語がスラスラ読めるという自信があるんじゃないかと気づいているはずです。だけど、それ以上のことはしないんですねえ。「“逝かせてくれ”とはどういう意味ですか」と聞いても、誰も答えてくれません。Kさんたちなら当然答えられるはずなのに、指名されるまでは口を開きません。その一方で、私が何か説明すると、しっかりノートを取りますから、勉強する気は十分あるのです。

私の授業の時だけそうならば、私の授業の進め方が悪いせいだと言えますが、他の先生方の日も水を打ったような静けさが続くのだそうです。これは、もう、指名するまで口を開かないというのは、このクラスの文化なんですね。先学期もだいたい同じメンバーで、同じような雰囲気だったそうですから、クラスの伝統文化と言ってもいいでしょう。

これだけ堅固な文化を築いてしまったとなると、卒業式までに打ち崩すのは非常に難しいでしょう。でも、卒業後、学生たちの頭に残るKCPのイメージって、どんなものなんでしょう。位い目地しか残らなかったとしたら、教師として辛いなあ…。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

聞いてますか

2月6日(木)

木曜日の後半はディベートの時間です。先週まではディベートのルールや進め方を覚えることを主眼に、どうでもいいテーマで議論をしていました。どうやらディベートの形は覚えたようなので、今週は社会的なテーマで論戦を交わしてもらいました。

社会的なテーマですから、感覚的な発言だけではディベートとして成立しません。ですから、テーマを発表してから15分ほど、そのテーマについてスマホで調べてもらいました。根拠のある発言でディベートを進めてもらおうと思いました。

スマホを使ってもいいと言うと、学生たちは喜々としてスマホを取り出し、思い思いに調べ始めました。しかし、せっかくディベートのチームごとにまとまって座らせたのに、声は全く聞こえてきませんでした。文字通り「黙々」と指を滑らせていました。チーム内で役割分担して議論の材料を探し出し、ストリーを組み立ててもらいたかったのですが、学生たちはスマホの魅力には勝てなかったのでしょうか。

ディベートを始めると、自分たちの主張は曲がりなりにもできました。しかし、相手の主張を受け止めて、それに反論したり疑問点を質問したりすることができた学生は、各チームに1人か2人程度だったでしょうか。反論の時間にも自分たちの主張を繰り返してしまう学生が目立ちました。だから、議論がかみ合っているようで微妙にずれていた発言が、あちこちから出てきました。

ということは、教師がいくら説教しても聞いちゃいないんでしょうかね。それっぽい学生の顔が次々と浮かんできました。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ

欲張らずに

2月4日(火)

今学期の選択授業・小論文は、課題について調べる時間を与えています。だから、先週この稿に書いたRさんのようなことも発生しうるのです。しかし、根拠のある意見を書いてほしいので、時間を決めてスマホで調べてもらっています。

本気で取り組んでいる学生は、決められた時間内で調べ物は済ませ、あとは書くことに集中します。そこまでの本気度がない学生は、漢字を調べるとかなんとか言い訳しつつ、スマホを手にします。こちらも、そういう怪しげな学生は名前を控えておきます。

先週登場のRさんはその怪しげ組のメンバーでした。授業終了15分前には、もう書き上げているふうでした。私が原稿用紙を取り上げて読むと、心配そうな顔でこちらを見上げていました。AIに頼った形跡はありませんでしたが、間違いが多かったですね。「友達に読んでもらいなさい」と言って原稿用紙を返すと、それは恥ずかしいのか、自分で読み返していました。

チャイムが鳴ってもSさんは原稿が仕上がらず、5分ほど書き続けてから提出しました。「先生、私は書くのが遅いです。どうしたら時間内に書けますか」と聞いてきました。「Sさんは調べたことを全部書こうとしているんじゃないの?」と答えると、「はい」とうなずきました。「それじゃあ、書けないよ。調べたことの中からどれか1つにポイントを絞らなきゃ」とアドバイスすると、「1つにするの、難しいです」と辛そうな表情で訴えてきました。

でも、ここで欲張ってはいけないのです。論点を1つに絞ることは、論旨を明確にすることにつながります。筆鋒鋭く読み手の心に突き刺さる文章は、何でもかんでもという考え方からは生まれません。

Sさんの小論文はまだ読んでいませんが、なんだか楽しみです。

日本語教師養成講座へのお問い合わせはこちらへ