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台風接近…せず

5月12日(火)

学生たちは、明日台風で休校になることを期待していたようですが、すでに台風は温帯低気圧寸前で、どうやら夜中にちょっと強めの雨が降って終わりになりそうです。明日は朝から晴れという予報が出ています。

昨日の今頃はまだかなりの勢力を保っていましたが、この時期は本州付近の海水温がまだ十分に上がっていないため、北上するにつれて急速に衰え、少々の雨を降らすのがやっとというところに落ち着きました。温暖化が進んだらこの時期の台風も弱まらずに本州に襲い掛かるようになるのですから、恐ろしい限りです。

さて、「先生、明日は学校休みですか」と期待に胸躍らせて(?)聞いてきた学生たちですが、「明日台風で休みになったら、期末テストの次の日に授業をします。それが嫌なら今度の日曜日です。どっちがいいですか」と聞き返してやると、「んぎゃっ」と何とも形容しがたい声を出して沈んでしまいました。実際、このクラスは進度が遅れ気味なので、臨時休校なんてなったらその後よっぽど急がないと所定のところまで勉強が進まなくなってしまいます。勉強をはしょわれて結局どこかでしわ寄せを食うのは彼ら自身です。台風で外にも出られない日が休みになっても、何のご利益もありません。普通どおりに学校で勉強するのが一番いいのです。

毎日続けることが力になると、学生たちもわかってはいるのでしょうが、それを信じて実行することは難しいです。臨時休校の日にきちんと自宅学習できる学生は、努力の価値をしている学生で、目標到達までがんばり続けられる学生でしょう。これ幸いと遊んでしまう学生は、堕落の芽をはらんでいる学生だと思います。これから半年前後続く受験競争ですが、台風で休校などという僥倖を当てにしないで、しっかり力をつけて勝利をつかんでもらいたいです。

活動再開

5月9日(土)

朝の受験講座が終わってから、ボランティアクラブの学生たちが募金箱を作り始めました。来週からネパールの地震の被災者に送る募金を始めます。

学生たちの中にネパールとつながりのある人はいないでしょう。地震の少ない国から来た学生には、地震で家を失うとか生活の基盤が消えるとかという事態が、最初はピンとこないかもしれません。自分を被災者の立場に置いて、そういう状況がいかにとんでもないものかを理解し、縁もゆかりもないところの被災者にお金を出す、という思考や行為は、学生たちを成長させます。自分の主体的な行動が遠い世界とつながっているという実感を、若いときから持ってもらいたいです。

ネパールのど遠くじゃなくても、ボランティアのネタはいくらでもあります。日本へ来てから献血を始めたという学生も、今まで何人かいました。母国の天災を知り自らが発起人となって募金活動を始めた卒業生もいました。家の近くの公園を掃除しているという学生の話も耳にしたことがあります。そういう気持ちを大きく育てていくと、一回りも二回りも大きな人物になれるでしょう。

ボランティアクラブは、旧校舎の時代には東日本大震災の募金をはじめ、けっこう活躍していたのですが、仮校舎に移ってからは活動休止状態が続いていました。それがこのたびようやく復活し、最初の活動がこの募金というわけです。募金以外にも、毎学期実施しているバザー(収益は親と一緒に暮らせない子供の施設に寄付)のお手伝いなど、いろいろと活動計画があるようです。

募金箱を作っている面々も、受験講座を受けているくらいですから受験生です。自分の勉強を最優先にしたいでしょうが、その気持ちを抑えて、だれかのために貴重な時間と労力を割いています。この心意気は大いに買ってあげたいです。

持ち帰らない

4月28日(火)

明日は昭和の日でお休み。いよいよ大型連休が始まります。学校はカレンダーどおりに休みですが、教職員の中には仕事を家に持ち帰る方もいます。私は仕事を家に持ち帰りません。帰宅が遅くなろうとも、仕事は学校で片付けます。

まず、学生の宿題などの書類を持ち帰ろうとしてその書類をなくしてしまったら、その責任は取れないからです。学生が私を信頼して個人的なことを書いた作文を電車の中で採点していて隣の人に読まれてしまったら、私はその学生に合わせる顔がありません。学校の機密にかかわることだったら、なおさらのことです。私はそう簡単に持ち物をなくしませんが、万が一のことを考えると、気安く持ち帰ろうという気は起こりません。

それから、「私」の時間に「公」を持ち込みたくないのです。「私」が「公」に侵入する公私混同が許されないのなら、同様に「公」が「私」を侵略するのもおかしいです。ほかの人はともかく、私は24時間仕事のことばかり考えていたらいい仕事はできません。かつて、職場も住まいも同じ敷地内という環境だったことがありますが、頭がおかしくなりそうでした。仕事を完全に離れる時間が、私には必要なのです。

もちろん、学校を一歩離れたら日本語教育について全く考えないなどということではありません。毎朝新聞を読んで、教材になりそうな記事はしっかりチェックを入れますし、長期休暇で旅行に出ても、旅先で授業のネタに反応することはあります。ただ、それを義務だと思った瞬間に、日常生活も旅行も重苦しいものになってしまうような気がするのです。それゆえ、“私公混同”を恐れているのです。

午後は受験講座がびっしりつまっていましたから、午前中の授業の後始末がまだ完全には終わっていません。でも全ての仕事が納期に間に合うような計画は立てています。今週末からは、例年通り、思いっきり遊ぶつもりです。

ある退学

4月22日(水)

先学期私が担任をしたクラスだったWさんが退学しました。先学期のWさんは成績も学習態度も出席率もどれも芳しくなく、留学を続けられるとはとても思えませんでした。退学勧告も含めてじっくり話がしたいと思っていましたが、本人が姿を現さないため、できないでいました。

漏れ伝わってきたところによると、Wさん自身も自分は勉強があまり好きではなく、日本の生活も大変なので、帰国したいと思っていたようでした。出席しても心ここにあらずという感じのことが多かったですから、うなずける話です。Wさんは3月に一時帰国して話し合ったものの、ご両親からは完全帰国に強力に反対されました。それで意に反して留学を継続したというわけです。

ご両親に帰ってくるなと言われたWさんにとって、この世での居場所はKCPしかありませんでした。そのKCPも、好きではない勉強を続けることが在籍を続ける条件ですから、居心地のよいものではありません。こう考えると、先学期さんざん厳しいことを言いましたが、かなりかわいそうなものがあります。

Wさんのご両親はどういうつもりで子供を留学に出したのでしょう。千尋の谷に突き落として這い上がってこいと子供を鍛え上げようとしたのでしょうか。それだったら、突き落とす谷を間違えていたと思います。Wさんにとって日本留学は手がかり足がかりのある谷ではなく、蜘蛛の糸すら垂れてこない地獄落ちだったに違いありません。もし、外国に送り出しさえすればマルチリンガルの国際人になって戻ってくるなんて考えていたとしたら、それは偉大なる勘違いです。

Wさんがどういう交渉をしてご両親に帰国を認めともらったのかは定かではありませんが、いい形で話しがついたと思います。Wさんが新しい道で大きく成長することを祈るばかりです。

学生気質

4月4日(土)

今年は空海が高野山を開いてから1200年になる記念の年です。そのため、高野山では秘仏が公開されるなど、いろいろな催しが行われます。また、春日大社では、ふだんは一般人は入れないご本殿に入ることができます。20年に1度の式年造替のため、神様が一時的に移されるからです。

何でこんなことを書き始めたかというと、今日は新入生のレベルテストがあったからです。その試験監督をしたのですが、レベルテストの試験監督は最初は何かと忙しいですが、最後のほうになるとすることがなくなり、連休の予定でも考えていないと眠くなってしまうのです。

最近の新入生は品がよくなり、レベルテストのときに暴れだしたり不正を働こうとしたりする学生がほとんどいなくなりました。挙動不審の学生も「いないわけではない」程度ですから、最初の科目のうちにチェックが済んでしまいます。今日、私がチェックしたのは2人だけでした。だから、最後の時間は根を詰めて見張る必要もなく、連休の計画立案にいそしんでしまったというわけです。

何で品がよくなったかというと、もちろんKCPが現地である程度入学志望者を選別していることもありますが、最大の理由は学生たちの国が豊かになったからでしょう。「衣食足りて礼節を知る」ですよ。最近の日本人のほうがよっぽど危ないところがありますね。

でも、入学してからはこれが必ずしもいい方向に働かないんですね。甘やかされてわがままという性格を遺憾なく発揮する学生が多くて…。自分の思い通りにことを進めるには手段を選ばないとなると、はなはだしく厄介です。そこまではレベルテストではなかなか見抜けないんですね。でも、去年は私のチェックした学生がものの見事に危ない方向に走ってしまった例がありましたから、今日の学生もちょっと心配です。

私がKCPに勤め始めた頃に比べると、学生の国の経済状況は大きく変化しました。端的に言えば豊かになり、我々教職員よりリッチな暮らしをしている学生も珍しくなくなりました。しかし、豊かさがいい面に現れている学生と悪い方向に働いている学生との差が激しくなったとも思います。

来週の月曜日は入学式、水曜日から授業です。連休の予定を考えていたわずかな時間は、嵐の前の静けさに過ぎません。

元日

4月1日(水)

今日からKCPに新人の職員・Oさんが入りました。KCPの教職員で初めての平成生まれです。学歴が昭和で完結してしまっている私なんかからすると、平成元年なんてほんに昨日ですよ。学生はもうだいぶ前から平成生まれが入っていて、今では昭和生まれは貴重な存在です。でも職員ですからね。これから仕事を頼んだり頼まれたりする間柄ですからね。感慨もひとしおと言うか、新鮮な驚きがあります。

Oさんは大学を出た後アメリカで働いていて、英語はペラペラだとか。今日は初日で英語を使う場面はありませんでしたが、そのうち実力を遺憾なく発揮するところが見られることでしょう。KCPの場合、英語が流暢なだけでは勤まりません。学生の気持ちをくみ取り、学生の心に訴えるコミュニケーションが求められます。英語に血が通っていなければなりません。

お昼過ぎにOさんから挨拶のメールが。簡にして要を得たメールで、しっかりした人柄が感じられました。私がKCPに入ったときはまだメールが普及しておらず、みんなの前でまとめて挨拶して終わりだったような気がします。もしメールがあったら、これだけの文章が書けただろうかと思いました。

Oさんのメールに感心するちょっと前に、来週月曜の入学式で在校生代表として挨拶することになっているCさんが原稿を持って来ました。何か所か手を加えましたが、こちらもまた感心させられる内容でした。新入生には翻訳文を通しての訴えとなりますが、ぜひとも耳を傾けてもらいたい話です。

OさんとCさん、今日は2人の小気味いい文章に触れられました。おかげで、2015年度の元日から、幸先のいいスタートが切れました。