Category Archives: 学校

高をくくる

4月11日(月)

私は、コンピューターはなかなか壊れないって信じていますから、わりと度胸よくいろんな操作をします。コンピューターにめちゃめちゃ詳しいわけではありませんから、コンピューターの死命を制するような操作は知りません。自分の入力したデータが消えちゃうぐらいのことは時たまありますが、全体のデータを再起不能にするようなことはありません。コンピューターを物理的に破壊したことなどは、もちろんありません。

というか、どんなことをしたら壊れそうかっていうことは見当がつきますから、そのラインは踏み越さないようにしています。いい意味で高をくくれるのだと思います。ここまでなら冒険できる、たとえ失敗しても損害はこんなもんだろう、そういうことが直感的に見積もれますから、その直感にしたがって、ここまでしたらまずいだろうということを避けています。

カンが働かない人は、プロが予想もしないようなことをしでかしたり、逆に怖がりすぎてごく単純な操作しかしなかったりと、両極端の様相を示します。高がくくれない、言い換えれば危険度を予測できないから、コンピューターに致命的なダメージを与えたり、コンピューターの能力の100分の1も活用しなかったりということになってしまうのです。

今日から新学期で、新しい学生管理・授業管理システムの運用が始まりました。トラブルが全くなかったわけではありませんが、「大過なく」と言っていい初日だったと思います。トラブルに遭った先生にとっては「大過あり」だったでしょうが、皆さん適切に対処してくださったおかげで、全体としては上出来の滑り出しだったんじゃないかと思っています。

初日だから安全運転をしたという面もあるでしょう。慣れてくると悪い方向に高をくくり始めて、どこかで破綻を来たすかもしれません。油断と呼ばれる高のくくり方をしてはいけません。上手に高をくくって、このシステムを120%活用していきたいです。

入学式挨拶

皆さん、ご入学おめでとうございます。世界の国々からたくさんの勉学を志す若者が、このKCPに入学してくれたことをうれしく思います。

今ここにいる皆さんの中には、3か月の予定で入学した人もいれば、KCPで2年勉強して、そして日本の大学で4年、さらに大学院にまで進学するつもりの人もいるでしょう。勉強する期間は長短さまざまですが、今、この入学式の場で、私が皆さんに最も申し上げたいことは、10年後の自分にほめてもらえるような留学をしてほしいということです。10年後、2026年の皆さん自身が、今の皆さんに「2016年の私よ、よく日本留学を決意してくれた。そして、一生懸命勉学に励んでしてくれた。そのおかげで今の私があるんだ。本当にありがとう」と感謝したくなるような留学生活を送ってください。

この留学は、皆さん自身が皆さん自身に対して行う投資にほかなりません。勉学という、時間とお金と労力を必要とする投資は、すぐに何らかのリターンをもたらすわけではありません。今日勉強したことが、明日役立つとは限りません。10年後ぐらいに花が咲き、実りをもたらすのです。「10年後の自分からほめられる」ですから、目先のことだけではなく、自分の将来像を思い描きながら留学生活を送っていってください。

すぐに成果が出ないからあきらめてしまうのではなく、成果が出るまで努力を続けるようにしてください。中途半端な投資は、回収もままならず、丸損になってしまいます。皆さんは自分自身に投資し始めたのです。投資対象である自分自身がいい加減な気持ちだと、その投資は全く生きません。見方を変えれば、安易な気持ちで留学生活を送ることは、自分の手で自分の未来を閉ざすことなのです。10年後から叱り飛ばされるようなことは、絶対にしないでください。

もちろん、留学生活を楽しんでももらいたいです。でも、忘れないでください。楽しむだけでは充実した留学生活にはなりません。10年後の自分と相談しながら、今輝くよりも、将来を輝かせる留学を築いていってください。

本日は、ご入学、本当におめでとうございました。

新システム

4月7日(木)

今学期から、学生の出席管理や成績管理の新しいシステムが稼働します。新システムは日々の授業の出欠から期末テストなどの成績、進路の決定まで、学生のKCPでの生活は何でも記録しておけます。今日は、新学期の打ち合わせを兼ねて、先生方への新システムの説明会を開きました。

システムを熟知しているM先生が実に要領よく説明なさったのですが、予定の時間をオーバーし、それでもまだ先生方の顔には不安げな表情が残っていました。機能が盛りだくさんですから、1回の説明ですべてをマスターするのは難しいです。授業のたびに使って、使いながら覚えていくっていうことになります。使い方が身についたら、裏ワザも開発され、システムの意外な効用が発揮されるようになるでしょう。そうなれば、私たちが学生を見る目も自分の仕事に対する姿勢も、ミクロな部分からマクロな広がりまで、磨きがかかるに違いありません。

というわけで、今は新システムへの移行期ですから、いつもと違った新学期前夜を迎えています。ひたすら新学期につながるデータを入力したり、こっそりシステムの使い方を練習したり、来週になったら失敗や準備不足は許されませんからね。

新システムになれば、受験講座も今よりがっちり管理できるようになります。それは、今よりきめ細かく学生を見守っていくことにもつながります。1人の学生に関する記録が集約されますから、受験講座と日々の授業や生活が有機的横断的につながり、クラスの先生からも、受験講座の講師からも、より的を射た指導ができるようになると考えています。

野良猫が来た

4月6日(水)

朝、太陽が顔をのぞかせてけっこう暖かかったので、今年初めて、学校の玄関のドアを思い切り開け放ちました。その玄関を通って、新入生がレベルテストを受けにどんどん入ってきました。予定より少し早く、テストを始めました。

レベルテストは、私たち教師にとっては新入生との初顔合わせです。どんな学生が入ってくるのか、厳しいチェックの目を入れます。

教室内飲食禁止だと告げ、飲食禁止の表示まで示したにもかかわらず、堂々とコンビニのコーヒーを飲んだKさん、マイナス10点。携帯電話はかばんにしまえと、ジェスチャーも交えて伝えたにもかかわらず、1科目目のテストが終わったら早速使おうとしたLさん、妙にぞんざいな口の利き方も含めて、マイナス20点。試験中に机の上から落ちた消しゴムを拾ってあげたら、きちんと「どうもありがとうございます」とお礼を言ったPさん、プラス15点。わからないことは手を挙げて積極的に質問していたCさん、プラス15点。試験中ずっときょろきょろしていたTさん、後から一人ぼっちで来日したと聞き、情状酌量して、マイナス5点。

こうした第一印象の評価って、わりと当たっちゃうんですね。おととし、レベルテストで私のクラスでチェックの対象だったSさんは、入学後、予想通り悪いほうで目立ちました。この3月の卒業まで、自由気ままな気質は変わらず、私は密かに「猫」と呼んでいました。でも、志望校に向かって突き進む時の姿は実に真摯でひたむきで、Sさんの蔵している底力の強さや能力の高さが感じられました。野良猫のまんまじゃどうにもなりませんが、それを矯めて自分自身も気づかなかった魅力を引き出すことが、私たちの仕事です。留学に来た本人も、送り出した親御さんも、自分(子ども)の新たな一面を探り出してもらえることを期待しているんじゃないのかな。

Kさん、Lさん、Pさん、Cさん、Tさんを、卒業までに私が受け持つかどうかは全くわかりませんが、教室で相まみえた時には、そういう気持ちで接します。

書類整理

3月30日(水)

職員室の席替えがあるため、教職員一同、身の回りの整理整頓に余念がありません。私は席の移動はありませんが、引き出しの中や机の上にたまった書類をずいぶん整理しました。

自分としては書類をため込んでいるつもりはなかったのですが、今は捨てられないとか、後で必要になるかもとか思ってどこかに突っ込んでおいた書類が、賞味期限切れとなって、わんさか見つかりました。一度捨てちゃったらもう復活できませんから、迷ったらキープなのですが、何で取っておいたのかわからないようなので机や引き出しが占領されているようじゃ、社会人失格ですね。

机まわりだけではありません。受け持ったクラスのプリント類も整理しなければなりません。欠席者に配り損ねた教材を見ていると、この3か月のことがありありと思い出されてきます。出席簿を見ると、卒業していった学生の顔が一人ひとり浮かび上がってきます。でも、そんな感傷に浸っている暇はありません。いらないものはばっさり捨てて、保存すべきものはしかるべきところに置き、新学期に備えました。

驚くべきはシュレッダー。ダストボックスが数時間も経たないうちに2回も満杯になりました。それだけの秘密書類が、この職員室から消え去りました。それだけ、思い責任を背負っているのだなと感じさせられました。でも、サーバーにはシュレッダー級の書類がその数百倍か数千倍か数万倍か、もしかすると、数億倍ぐらいあるに違いありません。二度と日の目を見ることのない電子的なデータが、これからも幾何級数的に増えていくことでしょう。

コンピューターの中に保存しておけば大丈夫って、私たちは書類整理を放棄している面があるんじゃないかなって、ふと思いました。

ハンドドライヤー

3月14日(月)

2階から5階の学生用トイレに、ハンドドライヤーがつきました。今年の卒業生一同が寄付してくれたものです。これまでにAED、廊下のベンチが卒業生からの寄付で贈られています。AEDは幸いにもまだ使用実績はありませんが、ベンチはすっかり定着して、学生たちのおしゃべりの場、軽い食事の場を提供してくれています。このハンドドライヤーも、すぐに空気のようにあたりまえの存在となることでしょう。

そもそも学生たちは、およそハンカチというものを持たず、トイレで手を洗うと、手を振って水気を飛ばそうとします。そのため、トイレの床は常に濡れており、それに外の土やらほこりやらが絡んで、どんなに掃除をしてもどこと泣く汚れた感じがありました。トイレの鏡もその水滴の標的となり、きれいとは言いがたい状態でした。

今年の卒業生は新校舎の1期生で、きれいな校舎が汚れていくのが耐えがたかったのでしょう。寄付物件として、ハンドドライヤーを選んでくれました。早速学生たちは使っています。1階の教職員トイレには取り付けられなかったので、私も3階の学生トイレで用を足して手を洗って使ってみました。思ったより強力で、あっという間に洗った手が乾きました。外は雨が降っていて、靴がいつもより汚れているはずですが、トイレの床はいつもよりきれいなような気がしました。

卒業生が後輩のために寄付をするというパターンが定着したようです。以前から同窓会組織はありましたが、ベンチやハンドドライヤーなど目に見える形で先輩に触れられるようになると、「同窓」という意識も強まるでしょう。

書類を取りになどでKCPへ来る卒業生がちょこちょこいます。明日からは、トイレを案内してあげようと思います。

再び、金曜日

3月11日(金)

あの日も、金曜日でした。午前中の授業を終え、旧校舎の5階にあった職員室で学生に漢字テストの追試を受けさせようとした時です。小刻みな揺れが始まり、学生は「先生、地震」と私を見上げました。「大丈夫、大丈夫」とテストを始めるように促しましたが、揺れは収まらず、「結構来ますね」なんて言っているうちに、揺れが本格的に。学生は机の下にもぐり、私は机の上のパソコンや本や書類が落ちないように手で押さえました。目の前のビルが大きく左右に揺れて、「頼むから倒れないでくれ」と心の中で強く祈ったのを今でもよく覚えています。

その日は卒業式の翌日で、あるレストランのクーポン券を持っていたので、夕食はそこで美味しいものをいただこうと思っていました。揺れの最中も、そのレストランが営業を中止するのではないかという、今思えば実にみみっちい心配をしていました。もちろん、地震後の諸対応で、たとえ営業していても行くことはできなかったでしょう。

上級クラスのN先生は、3.11関連の生教材か何かの授業を入れるようにとお願いしておきましたから、映像資料なども活用して、そういう授業をしてくださいました。しかし、私はといえば、地震や原発事故の記憶を風化させてはいけないとは思いながらも、午後2時46分は来週の教材を考えているうちに過ぎ去っていました。原発をバンバン再稼動させる政策に疑問を感じながらも、こんなことでは言行不一致ですね。

昨年末、思わぬ休暇が得られたので、仙台へ行きました。仙台駅などは震災前よりにぎやかになった気さえしましたが、海岸に近づくにしたがって、更地やプレハブの建物が目立ってきました。新築の家が固まって建っているところは復興が進んでいると考えられますが、私の目にはかえって震災の傷跡が浮かび上がってきました。

日本は地震大国です。「震災」が意味するところは、地域によって、人によってそれぞれです。どんな震災であれ、私たちにはその記憶を後の世の人に伝えていく責任があります。そして、日本を知ろうとしている世界の若者たちにそれを伝えていくことが、この学校の使命です。

推薦書を断る

2月13日(土)

昨日の夕方、Gさんが、専門学校を受験したいから推薦書を書いてくれと頼みに来ました。そこでGさんの出席率を調べてみると、ビザの期間延長後の出席率がKCPの推薦基準に達していないことがわかりました。ですから、Gさんに推薦書は書けないと伝えると、推薦書が書けない理由を書面にしてくれと言います。これは断る理由はありませんから、書くことにしました。

Gさんに限らず、推薦書は先生に頼みさえすれば書いてもらえると思っている学生が少なからずいるように見受けられます。推薦書とは、「この学生はいい学生ですから、ぜひ貴校で勉強させてやりたいです」という書面ですから、誰にでも出せるわけではありません。Gさんのように出席率が足りないとなると、学校で勉強するという学生の本分を忘れているということですから、間違っても推薦の対象にはできません。

Gさんの場合、専門学校側は推薦基準を設けていませんから、KCPが推薦書を書けば、それはそのまま受け取ってもらえるに違いありません。しかし、1週間に1日以上のペースで休む学生を推薦できるほど、私の度量は大きくありません。私文書偽造の罪に問われることはないでしょうが、良心の呵責は感じますし、そこまで学生を甘やかしていいものだとは思いません。Gさんの欠席には、本当に休まなければならなかった場合もあったでしょう。でも、おそらく大部分は寝坊程度の理由だったことは、想像に難くありません。推薦書の権威と信頼性を保つためにも、Gさんに推薦書を書くわけにはいきません。

私が推薦書を書かなかったことで、Gさんは専門学校に落ちるかもしれません。そして、日本での進学をあきらめ帰国を余儀なくされるかもしれません。でもそれは、少なくとも半分は、自業自得です。私たちがもっと強力に指導していればという反省もないわけではありませんが、指導に耳を貸さなかったのは、ほかならぬGさんです。

来週、Gさんは書類を受け取って、専門学校に出願します。いったい、どんな結果が出るのでしょう…。

ガムをかむ

2月12日(金)

午後の代講クラスの教室に入ると、ガムをかんでいる学生がいました。しかも、口元をかくすわけでもなく、堂々と口の中のガムを膨らませようとすらしていました。その学生の机に近寄り、教科書で思い切り机をたたいて激しく怒っていることを示し、外でそのガムを吐き出させました。

KCPは全館学厳禁です。これは学校のルールとして入学時のオリエンテーションでも伝えているし、その後も折があるたびに注意しています。文法の例文などでも、ガム禁止はよくネタにします。それにもかかわらず、しかも教師に目の前でガムをかむとは、どういう神経なのでしょう。

私はこのクラスに入るのも、そして、おそらく、その学生に会うのも初めてです。何のしがらみもありませんから、思い切り叱ることができます。傷つきやすかったりプライドが高かったりして、クラスメートの面前で叱ることが好ましくない場合もあるでしょうが、明らかにガムをかんでいることがわかる学生を放置することは、私にはできませんでした。たとえ傷ついたとしても、ルール違反は悪いことだと、当人及び周りの学生たちに知らしめることに何の躊躇が要りましょう。

幸いにも、その学生はそれほど壊れやすいタチではなく、その後は指名しても普通に答えていました。クラスの雰囲気も、一時的には暗くなりましたが、最終的には持ち直しました。私がこのクラスに入ることは、おそらくもうないでしょう。ガムをかんだ学生を受け持つ可能性も、あまり高いとはいえません。ですが、このクラスと学生を、しばらくは注視していきます。

大仕事

2月1日(月)

卒業文集には卒業生の作文のほか、各クラスで撮った動画も載せます。今日の私のクラスは、その動画の撮影日。大きな白い紙に各自がメッセージを書(描)いている様子を映すというものです。準備万端整い、朝からすぐ撮影のつもり…だったのですが、出席をとると、肝心の大きな白い紙を持って来ることになっているPさんがいないではありませんか。カメラが借りられるのは授業の前半だけだし、どうすればいいかと頭の中ですばやく計算し始めた時、4分ほどの遅刻でPさんが教室に駆け込んできて、事なきを得ました。

Hさんが指示を出しながらカメラを回し、学生たちは黙々とメッセージを書き、撮影は粛々と進みました。先週、何を書くか決めてくることを宿題にしておいたので、紙を目の前にして考え込むような学生はいませんでした。みんなかなり力のこもった言葉を書いていたので、ちゃかしたり冷やかしたりすることもなく、ふだんの授業よりも厳かな雰囲気でした。

美術系の大学に進学することが決まっているOさんには、特別枠で大きな絵を描いてもらいました。将来、Oさんが有名になったら、このDVDは価値が出るよなんて言ったら、Oさんははにかんだように笑っていました。そして、最後に、その巨大な寄せ書きを掲示板に張って、みんなその前に集まって記念撮影。Oさん以外はみんな一言しか書いていないのに、とっても大きな仕事を成し遂げたかのような満ち足りた顔をしていたのが印象的でした。“作品”をこのまま卒業式まで張っておきたいというので、午後の先生に断って、掲示板をしばらく占拠させていただくことにしました。

最近は、国で勉強ばかりしていて、クラスや学校全体で一つの仕事を成し遂げるという経験をしていない学生が目立ちます。スピーチコンテストやバーベキューなどの学校行事、そしてこうした卒業制作みたいなことを通して、そういうことの楽しさを味わってもらっています。今日のこの経験も、このクラスの学生たちに何物かを残したと信じています。