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今週の目標

2月1日(水)

2月になりました。今月から、毎月「今月の目標」を掲げ、さらにその月間目標をブレークダウンした「今週の目標」を決め、学生も教職員もその目標を念頭に置いて動いていくということにしました。2月の目標は「健康に気をつけよう!」で、今週の目標は「手洗いうがいをしよう!」です。今、東京ではインフルエンザがはやっていますから、こういう目標を設定しました。

私が入った超級クラスの学生たちに説明すると、思ったより真剣に聞いてくれました。説明資料の中に学生たちが知らない知識や情報があったからかもしれません。このクラスにはこれから本命の国立大学を受けることになっている学生がいますから、受験日に体調不良で力が発揮できなかった、などということのないようにしてもらわなければなりません。学生たちもそう感じているからこそ、この目標に共感を覚えたのでしょう。

実は、昨日の選択授業・身近な科学で風邪について取り上げたばかりでしたから、そこで使ったネタも使い回ししたのです。全校共通の資料より、その分だけ内容が豊富で、ちょっと違った捕らえ方もしていたというわけです。ウィルスの伝播経路を詳しく説明し、このクラスには受験生が多いのだから、みんなで気をつけようと話をまとめました。

とかく学生は健康管理をおろそかにしがちです。そういう方面の知識が足りないのか若さを過信しているのか、いつでも病気みたいな学生や無茶をしまくる学生が目に付きます。この目標を機に、手洗いという健康管理の基本から見つめ直してもらいたいです。

何を感じた?

1月14日(土)

昨日超級クラスで書いてもらった卒業文集の下書きを読みました。気取った文章もありましたが、KCPに入学してからの行事の思い出を書いた学生が少なくありませんでした。クラス全体でスピーチコンテストの応援を仕上げていったり、バス旅行やバーベキューで自分の国以外の友達と料理の交換をしたり、運動会というものを初めて経験したり、学生たちにとって、KCPの行事は驚きの連続だったようです。

こういった行事は、異質なものとのふれあいを促進します。異文化の実体験と言ってもいいでしょう。もちろん、教室の中の活動でも、同質な友達に囲まれていたのでは味わえない感覚に浸れます。しかし、ことばのやり取りだけとか抽象概念とかにとどまらず、実際にモノを見たり体を動かしたりすることで、印象が強烈になります。文集に行事の思い出を書いた学生たちは、この印象を素直に受け止めて、自分の殻を打ち破ったのではないでしょうか。

昨日のクラスはみんな黙々と文集を書いていましたが、さっぱり筆が進まない学生がいることもあります。そういう学生は、自分を保とうという意識が強すぎて、思い出を見逃しているのです。大人になりたくないのか、いい子のままでいたいのか、日本の悪習(?)に染まってはいけないと思っているのか、変わることを恐れているという面も感じられます。

留学とは、表面的には学問をするために外に出ることですが、学問とは違った次元において頭脳や肉体や精神を刺激することも忘れてはいけません。そういった刺激を受けたと文集に書ける学生たちは、KCPで日本語とともに留学の本質も学んだと思います。ここでえたことを、進学先でも大いに発揮して、自分の将来を形作ってもらいたいものです。

就職したKさん

1月11日(水)

先学期末で退学し、日本で就職したKさんが書類を取りに学校へ来ました。早速若い力として頼りにされているそうです。何事にも前向きな学生だったKさんなら、社会人としてもきっと立派にやっていけるでしょう。

さて、そのKさんですが、どんな経緯で就職が決まったかというと、アルバイト先でしっかりした人物だと見込まれたからです。普通の大学生がするような、エントリーシートを送って、会社訪問をして、面接を受けて、…という就職活動とは全く別コースです。Kさんの就職した会社がそういう通常の採用活動をしているかどうかまではわかりませんが、通常の就職活動を経ていたら、Kさんは採用されたかどうかわかりません。Kさんは非常に長い面接かインターンシップを通過して採用されたようなものです。

外国人が日本語学校から就職するというのは、法律上は不可能ではありませんが、実際には非常に難しいものがあります。日本語学校卒業は「学歴」にはなりませんし、「KCP」という名前には学歴を乗り越えるほどのブランド力もありません。それゆえ、就職を志す学生たちは、自分の腕や頭脳や人間性だけで勝負しなければなりません。

日本の会社が学生のそういう本質を正確に見極めてくれるのなら、KCPは、例えばN1を取る道場として機能すればいいでしょう。ブランド力のある大学や専門学校を出ることによって、その学生の技術や知識や社会人としての基礎力に保証が与えられるのです。

Kさんはその保証を自分の手で勝ち取ったのですから、感心するほかありません。しかし、日本で就職したいと思って日本語学校に入った学生たち全員にKさんと同じような足取りをたどることを要求するのには無理があります。私たちができることと、歩み寄ってもらわなければならないことと、今年はそんなことも考えていきたいです。

明日から、新学期が始まります。今学期は卒業の学期ですから、学生の送り出し方を考えるにはいい時期かもしれません。

推薦書と大掃除

12月27日(火)

仕事納めの日ですが、朝から推薦書を3通書きました。もちろん、推薦書はそう簡単に書けるわけではありませんから、学生の人となりや教室での様子、今学期で言えばBBQ大会などの集団行動での活躍ぶりなどを参考に、書き上げて生きます。志望校や専攻など、これから先のことをどれだけ真剣に考えているかも、当然織り込みます。こういう頭脳労働は、朝の頭がすっきりはっきりしている時間帯に限ります。そして、他の先生方や職員の皆さんがいない静かなときに集中してやります。

そして、大掃除。1年の垢を落として、気持ちよく新年を、新学期を迎える準備をしました。本当は、新学期の準備も多少はしたかったのですが、それは年が明けてから。

さて、私は、明日の今頃は、名古屋です。

はなむけ

12月26日(月)

9時を過ぎたころから、正装した学生がポツリポツリと集まり始めました。朝からすきっとしない空模様だったせいでしょうか、学生たちの出足は今ひとつ思わしくありませんでした。定刻の10時直前にどっと押し寄せて、空席が目立たなくなったところで、2015年1月入学生の卒業式が始まりました。

3月の卒業式に比べると数分の一程度の規模ですが、12月の卒業式は卒業生全員の顔がよく見える卒業式です。今回も、証書授与の後で、全員にスピーチをしてもらいました。卒業生のために集まってくださった先生方からも一言ずつはなむけのお言葉をいただきました。小ぢんまりとしていますが、密度の高い卒業式だったと思います。

卒業生のスピーチですが、司会のM先生が単調な内容にならないようにいろいろと予防線を張ってくださったのですが、急にしろと言われたからかもしれませんが、中には「これで卒業?」と言いたくなるのもありました。それでも、学生たちの心の内を想像すると、感動を呼び起こされました。

私は卒業生たちが入学した時に、出席率が悪くてやめさせられた学生の例を出して、卒業までしっかり勉強するようにと願いを込めたスピーチをしました。しかし、今朝、卒業生の出席率を調べてみると、ひどいのもいましたね。そういう学生に限って、優秀な頭脳を持っているんですよね。

学生たちは、自分の能力とか才能とか可能性とかをどう捕らえているのでしょう。岡目八目じゃありませんが、そういうのは当人ではないほうがよく見えるのかもしれません。本人に見えていたら、それを磨く努力をしたことでしょう。学生たちに気付かせられなかったことが、指導者として悔いの残るところです。

KCPでの勉強は、さらに高度な勉強をするための予備教育です。次の段階は、真に自分の人生を左右する勉強だと思って、今までの比ではなく真正面から取り組んでもらいたいです。若いうちの失敗は許されますが、次第にその余地は狭くなっていきます。それが、大人になるということなのです。

ある退学

12月22日(木)

期末テストの日の朝、まだ7時半にもなっていないというのに、Sさんが来ました。退学手続に来たと言います。もうマンションを引き払い、今晩羽田から帰国するそうです。

Sさんは、先学期、選択授業で受け持ちました。優秀な学生でした。でも、欠席も多かったです。中間テストはすばらしい成績でしたが、期末テストは欠席したので、私の授業は不合格でした。そうです。Sさんは出席率が改善せず、退学を決意したのです。

退学届の退学理由の欄に、Sさんは「もう十分勉強しましたから」と書きました。その文字を見ながら、本当にそう思っているのだろうかと思いました。優秀な頭脳、日本語に対する鋭い勘を持っているのに、授業を休むがゆえに平常点が低く、思うように進級もできず、退学に至ってしまいました。順調に進級していれば、超級の私のクラスにいたかもしれないのに、学籍簿上では「中級」で退学ということになります。遅刻欠席してはいけないというプレッシャーから解放されたからでしょうか、吹っ切れたような笑顔を浮かべていましたが、内心ではこんなはずではなかったという忸怩たる気持ちがあってもおかしくはありません。

専門学校進学という目標のはるか手前でつまずいてしまったのですから、挫折感はあるでしょうね、きっと。この1年ほどを無為に過ごしてしまったと感じているとしても不思議はありません。でも、いたずらに負け犬根性を抱いてほしくはありません。この経験をばねに、日本語に無関係なことでもかまいませんから、再び挑戦してもらいたいです。

ようこそ

11月29日(火)

夕方、あれやこれやと仕事をしていると、S大学に進学したYさんとZさんがやって来ました。Zさんとは、先々週、T奨学金のパーティーで会い、そのときに、近いうちにYさんを連れて顔を見せに行くと言われていました。それが早速実現したというわけです。

ここ数年、毎年コンスタントにT奨学金の受給者となる学生が出ているので、先日のパーティーでは大勢のKCP卒業生に囲まれました。みんな私のために料理を運んできてくれ、その料理をつまみながら卒業生たちの近況を聞きました。大学院に進学するOさん、アメリカへ向かうJさん、日本人なら誰もが知っている日本の会社に日本人学生との競争に勝って就職したSさん、カメラ係スタッフとしてパーティーの裏方をしていたWさん、KCPにいた時とは見違えるようないい学学生になったXさん、なんだか垢抜けた日本語を使うようになっていたCさん、みんなT奨学金をもらうだけあって、自分の人生の基礎を着実に築いていました。パーティー会場についた私を見つけて、一番はしゃいで喜んでくれたのが、Zさんでした。

そのZさんが、ルームメートとして一緒に暮らしているYさんを連れてきてくれたのです。Yさんは、Zさんと入れ替わりにKCPを卒業してS大学に進学しました。そして、先輩としてKCPへ来てS大学のよさを語り、その話を聞いてZさんたちがS大学に進学したのです。今度はZさんが今の学生の中から誰かを釣り上げてくれないかなあなんて思っています。

忙しい授業の合間を縫って顔を見せてくれたYさんもZさんにとても感謝しています。夏に来ようと思っていたけど、台風が来たから…などと言っていましたが、それでそのままにせず、義理堅く来てくれたことをうれしく思います。

名誉

11月18日(金)

各クラスで、来週のBBQの日程説明やメニューをどうするカなどの話し合いが行われました。私のクラスでは、Mさんがどんどん決めていってくれたおかげで、当日はおいしいものが食べられそうな感じです。Mさんは去年のBBQを経験していますから、何をどうすればいいか把握しています。しかも、はきはきと発言しますから、話がどんどんまとまりました。MさんにつられてFさん、Jさん、Zさんたちが、進んでいろいろな役割を引き受けてくれました。

クラスにMさんみたいな学生がいると、教師は楽です。むしろ、張り切りすぎて食材を買いすぎないように、ブレーキ役になることすら必要です。そういう学生がいないと、笛や太鼓で盛り上げなければなりませんから、教師は大変です。こちらがたきつけても、学生側に燃え上がる材料がないと、教師の独り相撲に終わりかねません。まあ、どのクラスも1人ぐらいはイベントに強い学生がいるものですから、たいていはどうにかなります。

午後からは初級クラスでBBQの説明がありました。一番下のレベルのクラスはまだて形すら入っていませんから、教師の言葉が十分に通じません。そこで活躍するのが、上級の学生たちです。各国の上級の学生に通訳を頼み、教師の説明を学生に伝えてもらいます。通訳の学生は、自分の経験にも照らし合わせて、自分がよくわからなかったことを手厚くフォローするようです。初級の学生にとっても、教師の言葉より同国人の先輩のことばのほうが身近に感じると見えて、耳を傾ける態度が違います。

この通訳、学生にとっては名誉な仕事のようです。頼まれた学生は、ほぼ間違いなく二つ返事で引き受けてくれます。わざわざアルバイトの時間をずらしてまでも引き受けてくれることさえあります。どうしても都合がつかなかった学生は、とても残念そうな顔をします。

さて、今年はどんな料理が食べられるのでしょうか。今から楽しみです。

食事会

11月4日(金)

文部科学省の学習奨励費を始め、各種奨学金をもらっている学生たちとの昼食会がありました。奨学金受給者が一堂に会するのは初めてで、個々の学生の顔は知っていますが、全員をいっぺんに眺め回すと、改めて錚々たるメンバーだなあと思いました。

奨学金受給者を決めるときは、出席率や成績はもちろんのこと、他の学生にどれぐらいよい影響を与えるかを重視します。出席・成績がよくても自己完結してしまう学生は、奨学金受給者にはなれません。たとえそういう学生より成績は劣っても、クラスのリーダーになったりクラスメートに刺激を与えたりすることができる学生を選びます。そういう学生たちが集まったのですから、そりゃあ壮観ですよ。

集まった学生の中には、MさんやZさんのようにすでに進学先が決まった学生もいれば、VさんやJさんやYさんのようにこれから入試を迎える学生もいます。受かった学生もいい加減な態度になることもなく、まだの学生も自分さえよければという気持ちに陥ることなく、それぞれのクラスで真剣に勉強に取り組んでいます。食事をしながらの話を聞いていると、さすが受給者という感じがしました。

Lさんは関西の大学に進学したいと言います。Kさんはエンジニアとして日本で就職したいそうです。そういう夢を聞いていると、私自身もこういう学生たちのために一肌も二肌も脱がなければという気持ちが湧き上がってきました。彼らのような常に斜め上を見て、向上心を忘れない若者が、これからの世界を作っていくのです。そんな学生を輩出する学校に、この学校をしていきたいと思いました。

メタンを乗り越えて

10月18日(火)

世界中には数千かそれ以上の言語があると言われています。しかし、その中で、その言語だけで高等教育までできるのは、ほんの一握りにも満たないとも言われています。日本語はその稀有な言語の一つだとされており、日本人は、それを意識することなく、その恩恵をこうむっています。

だから、留学生も日本語を勉強しさえすれば日本で高等養育が受けられるかといえば、残念ながらそうでもありません。入試科目に英語を課するところが増えてきていることもそうですが、留学生にとってはカタカナ言葉は日本語でも英語でも他の言語でもない、何とも扱いにくい存在のようです。

私が受験講座で扱っている理科の場合、まず、化学に出てくる物質名が厄介の元です。メタン、トルエン、マレイン酸などなど、わけても有機化学は英語の発音とも全然違う、不思議な名前のオンパレードです。化学は理系志望の学生のほぼ全員が受けるだけに、被害は広範に及びます。生物もカルビン・ベンソン回路、ランゲルハンス島など、随所にカタカナの用語があふれていますが、受験生が少ないことと、その受験生が生物に強い学生が多いので、化学ほど甚大な被害はありません。物理は図や式で勝負できますから、被害は比較的軽微です。

有機化学の授業を受けたCさんは、冗談めかして死にたいと言っていました。理科のカンが鋭いだけに、カタカナ語のおかげでそのカンを働かせられないもどかしさを人一倍感じているのでしょう。同情はしてあげられますが、私にできるのはそこまでです。メタンがCH4であることは、自分で覚えるしかないのです。死にたいではなく、死ぬ気で頑張らなければ、日本留学の道は開けてきません。