Category Archives: 学校

これから始まる

5月30日(土)

今学期の私は、日本語教師養成講座と受験講座にかかりっきりで、通常クラスにはほとんど関わってきませんでした。オンラインだと1人の教師が大勢の学生を相手にできますから、私がいなくてもどうにかなっていました。

来週の月曜日から、教室で授業を行うようになります。それで、クラス数が増えますから、私も駆り出されて授業をすることになりました。教える内容そのものは、以前に扱ったことがありますから、教室で戸惑うということもないでしょう。心配なのは、今までとは授業の進め方を大幅に変えなければならないことです。

まず、こちらはマスク+フェイスシールドで教壇に立ちます。やっぱりしゃべりにくいし鬱陶しいし、声も通りにくいですから、言葉を厳選して授業を組み立てなければならないでしょう。無駄話をしていると、フェイスシールドの内側が曇ってしまうかもしれません。要領よくしゃべらないと、こちらの意図が学生に伝わらないかもしれません。

それから、ペアや少人数のグループになって活動することも、「密接」につながりますから、避ける必要があります。教室の机の配置も、学生同士が面と向かい合わないようにしています。安易に、「じゃあ隣の人と…」などということができません。それに代わる何かを開発し、教師が一方的に講義する形ではなく、学生が受身にならないようにしていきます。これが結構難しいんじゃないかな。

さらに、授業後に机などを除菌したり、教室の窓を開けて換気したりという、授業の周辺事項が増えます。学生指導にも、感染拡大防止という観点が加わります。期末テストまで1か月足らずですが、新しい挑戦に富んだ毎日になりそうです。

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文化の違いを乗り越えろ

5月27日(水)

6月から週に何日かは学校での授業を始めようと準備を進めています。3密を避けるために常に学生がたむろしていたラウンジをどうするか、授業後の除菌・消毒をだれがどのように行うか、そういった問題をひとつひとつつぶしています。登校した学生の体温測定をどうするかも大きな問題です。職員が非接触型体温計で測るところまではいいのですが、計測のために行列ができてしまっては意味がありません。学生全員が定刻までに来てくれれば話は単純なのですが、遅刻されると問題が複雑になります。

そんな問題よりはるかに大きな、おそらく解決不能な難題があります。手洗いの励行が感染防止に有効なことは論を待ちません。また、学生たちも手を洗いはします。しかし、洗った手をどうするかというと、自然乾燥か服や髪で拭くというのが一般的です。そんなことでは、せっかく洗った手が、服や髪についていた雑菌・ウィルスで汚れてしまいます。ちょっと考えればそのくらいわかるはずなのですが、ハンカチやタオルを持っている学生は、皆無に近いです。長年にわたって口を酸っぱくして注意しても、まったく効き目がありません。

ハンカチを持つことを厳しくしけるのは、日本の文化のようです。学生たちはそんな教育を受けて来ていませんから、突然持てと言われても、その意義が理解できません。教師が意義を説いたところで、心から納得するには至りません。学生の食習慣や勉強のしかたなどに違いを感じることはよくあります。でも、そのあたりは学生の方から日本流に歩み寄ることが多いです。ところが、このハンカチを持たない文化だけは、微動だにしませんね。

刻一刻と学生の登校日が迫っています。うまい対策がないものですかね。

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数学の本

5月21日(木)

Tさんから、受験講座の数学の教科書がほしいというメールをもらいました。受験講座の数学は大学入試向けですから、理系の大学院を目指しているTさんにはやさしすぎます。ですから、私の手持ちの参考書を教えました。紀伊国屋が営業を再開したようですから、そこへ行って他の専門書も手に取って見てみてはどうかとアドバイスしました。

いつもの年なら今ごろはそろそろ大学院の先生に接触を始める時期ですが、今年は3月ぐらいからほとんど前に進めない状況に陥っています。Tさんは、そういうあたり、どうなっているのでしょう。することがないから数学の試験勉強でもするかっていう状況だったら、ちょっとまずいですね。でも、全受験生が同じように何もできないのなら、それもまた、ある意味平等です。

そうはいっても、受験生としては不安でしょう。大学院選びにしても、学生がいる狭い世界では真に意味での“いい大学院”が見つかるとは限りません。別の視点にも立って、立体的にこれからの学び舎や自分の将来を捕らえて初めて、進むべき道が浮かび上がってくるものです。研究計画書にしても、ネットの情報を集めて形を作っても、学生の初稿は穴だらけです。理屈の上ではコンピューター上で進学先を決定できないことはありません。でも、デジタルネイティブの学生たち自身が、それだけでは安心できない様子です。

進学先選びをする学生たちによくこう言います。これから、大学で4年、大学院で2年、生活するところを選ぶのです。単に学校の名前だけで選んではいけません。入学金やら授業料やらと考えると、数百万円の買い物です。悩んで当たり前、慎重にならない方がおかしいです。一時の勢いだけで決めてはいけません。

学校での授業が再開されたら、Tさんの話をじっくり聞いてみるつもりです。

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解除の先に

5月14日(木)

「ポストコロナ」とか「コロナ後」とかという言葉によく接するようになりました。従前の社会の仕組みを改めようと、各方面が動き始めています。

在宅勤務が広がると言われています。始めてみたら案外うまくいったという声が結構あるようです。しかし、いわゆる現場は、なかなかなじみません。お店も工場も交通機関も、完全な無人化までにはまだまだ長い道のりがありそうです。学校もその現場の1つです。原理的には教師の自宅から遠隔授業を実施することも可能です。しかし、それが今までと同様の教育効果をもたらすかとなると、大きな疑問符が付きます。でも、遠隔授業の要素を取り入れた授業の進め方は、検討の余地があります。学生管理の方法も含めて、学校運営のあり方を考えるきっかけにしていく必要があると思います。

3密を避ける動きもとどまることはないでしょう。考えてみれば、3密は高度経済成長期かバブル期の残滓です。“みんなが一斉に”が当たり前だったころの名残です。時差出勤しても大きな問題が生じないことがわかってきました。実店舗に足を運ばなくても物が買えます。ウチ飲みが流行っています。個性の時代と言われて久しく、「みんなちがって、みんないい」に光が当たるようになったのは、いつのころからでしょう。仕事も遊びも日常生活も、集団離れが進みつつあります。

それから、マスクが外出時の標準装備になるかもしれません。コロナウィルスへの感染の心配は消えても、未知の病原体を恐れる気持ちは、容易にはなくならないでしょう。インフルエンザや花粉症の季節だけではなく、1年を通してマスクをする人が増えると思います。

東京は月末まで続きますが、39県で緊急事態宣言が解除されました。これらの地方でどんな生活が始まるのでしょうか。注目していきたいです。

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やさしい日本語

5月7日(木)

電話が鳴りました。「はい、KCPです」。Sさんが電話を取りました。どうやら、授業料の支払いとビザの更新に関する問い合わせのようです。去年の4月に入学した学生は、だいたいビザの期限が6月末か7月初めです。この学生も、おそらくそうなのでしょう。

「授業料を払ってもらった時にビザの更新の手続きもしますから…」と説明しています。あれ、それで通じるんだろうかと心配になりました。

このセリフの場合、“授業料を払ってもらった”の主体は、KCPです。でも、学生にとって“授業料を払ってもらった”といったら、“私が親に授業料を払ってもらった時”という文が、まず頭に浮かぶのではないでしょうか。後半部分は、主体があなた(=学生)でもKCPでも大勢に影響はありません。

この学生が今どのレベルかわかりませんが、去年の4月にレベル1で入学して、今学期中級レベルだったら、すんなり理解できたでしょうか。いや、「授業料」「払った」「ビザ」「します」しか聞き取れず、そのおかげで授業料支払い時にビザ更新手続きもすると受け取れたかもしれません。

「やさしい日本語」が少しずつ広がってきています。日本人が、日本で暮らす外国人が理解できる日本語を使って、情報伝達などを進めようという動きです。阪神淡路大震災の時に、外国人が情報を得られず困難な状況に陥ったという反省から始まっています。外国人が大勢暮らす自治体を中心に、活用が進められています。

この「やさしい日本語」の精神で上記のセリフを言うとすると、どうなるでしょう。考えてみてください。Sさんに悪気はなかったとはいえ、ちょっと勉強してもらわなきゃね。

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朝のお勤め

5月1日(金)

人通りは減っているはずなのに、一向に減らないのが投げ捨てられた吸い殻です。今朝は5本も拾いました。毎朝出勤したらまず学校の前に変なものが落ちていないか点検しますが、吸い殻が0本になる日は最近めったにありません。風邪で吹き寄せられたとは考えられませんから、学校の前の道を歩いていた人がポイと捨てたに違いありません。

マスクをしたままたばこは吸えませんから、あごマスクかなんかの状態で吸ったはずです。たばこは煙とともに息も吐き出しますから、吸っていた人が無症状感染者だったらウィルスもまき散らしたことになります。ポイ捨てした人全員が無症状感染者だったとは思いませんが、あまりいい気持ちはしません。私の想像力はたくましすぎるでしょうか。

志村けんさんが亡くなったのも、ヘビースモーカーだったため病気の勢いが増したためだと言われました。自分の命を削っていることに気が付かないのでしょうか。きっと依存症なのでしょうね。だから、健康を害することになりかねないことにもお構いなしに吸い続け、しかも吸殻をポイ捨てして恥じるところがないのです。新宿区は条例で路上喫煙を禁止しています。それにも触れています。罰則こそありませんが、条例違反は取り締まりの対象です。

受動喫煙禁止法で、4月から屋内での喫煙が禁止され、たばこは外で吸わざるを得なくなったため、路上喫煙禁止条例など意識の外になり、こうした状況になってしまったとも考えられます。依存症だとしたら、そういう思考回路であることもうなずけますね。明日からも地道に学校前をきれいにしていくほかありません。

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引き際

4月29日(水)

昭和の日です。でも、KCPは普通通り授業がありました。この後、来週の月火水も、授業です。今学期の始業を遅らせたため、連休も休まずに授業なのです。学生にしたって、どうせどこも行くところがないのですから、授業で1日のリズムを作ったほうが、生活が乱れないはずです。私は、緊急事態宣言が引っ込んだら、連休の分を休ませてもらいます。

来週の水曜日は5月6日、安倍さんが緊急事態宣言の区切りとした日です。現状では、5月6日までに新規患者の数が落ち着くとは思えません。たとえ落ち着いたとしても、そこですぐに解除したら、また増えだすことは明らかです。緊急事態宣言は解除されないと見て行動した方がいいでしょう。

緊急事態宣言は、出すのは、ある意味、簡単です。そりゃあ、罰則はなくても国民の行動に縛りを設けるのですから、軽くはありません。でも、出すことによって病原体の広がりを抑える方向に向かわせられます。確かに、広範囲にわたって経済的な打撃を受けます。しかし、感染拡大を防ぐという効果は確実にあります。だから、出すのが遅いくらいだという批判もあったのです。

しかし、解除するタイミングを計るのは非常に難しいです。経済的観点からすれば早く解除するのが望ましいでしょうが、疫学的観点からは慎重であるべきです。早く解除して感染の第2波をかぶってしまったら、元も子もありません。安倍さんは、また「責任はあるけど取らない」という不思議な論法を振りかざして逃げてしまうのでしょうが、そうなってしまったら経済的にも極めて重大な悪影響をこうむります。

解除されたらみんな一斉に遊びに出るでしょうね。日本中が3密だらけになりそうです。夏休みが危ないです。そうならないような手じまいのしかたが難しいのです。

連休の分を、いつ休みましょうか。のびのびと休める時期に休みたいものです。

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薄い新聞

4月21日(火)

最近、新聞がめっきり薄くなりました。スポーツ面はほぼ全滅で、無理やり紙面を作っているような気すらします。他の紙面も人を外に誘うようなことは書けませんから、その分記事が減ります。インタビューだってあまり歓迎されないでしょうから、それも減ります。広告も、だいぶ減ってるんじゃないかな。そうそう、折り込みのチラシがほとんどありませんね。スーパーは営業していますが、チラシで客寄せすることはできません。

航空便や新幹線が一部運休というのはすでに始まっていますが、JR九州は5月2日から6日まで全特急列車を運休するという思い切った策に出ました。県境をまたいでの移動を防ぐためで、発売されている特急券は手数料なしで払い戻します。本来なら稼ぎ時のはずなのに、それを全てあきらめるのです。客寄せをしないどころか、すべて断ってしまいました。勇断と言っていいでしょう。でも、九州は高速道路が発達していますから、高速道路を全面通行禁止にしないと、せっかくのJR九州の決断も意味を失ってしまいます。

感染が進んでいる他の国々では、これに近いことをやっています。全国民が痛みを分かち合って立ち向かわないと、この災厄には打ち勝てません。安倍さんの掛け声もむなしく、思ったほど人出は減っていません。JR九州ほどの劇薬が、全国に必要です。

オンライン授業も2か月になろうとしています。学生に学校へ来てはいけないと叫び始めてからも2か月。インフルエンザの学生にそう注意したことはありますが、全学生に向かってアナウンスし続けるのは初めてです。学生のいない学校という異常事態は、いつ解消されるのでしょうか。

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終わったけど始まる

4月13日(月)

養成講座の一連の講義が終わりました。初めてのオンライン授業で、手探りのことばかりでしたから、受講生のみなさんには、至らぬところが多々あったことと思います。質問タイムを意識して多く設けましたが、本当に足りていたでしょうか。質問が結構出てきたということは、わりと物を言いやすい雰囲気で授業を進められたのではないかと、勝手に想像しています。

今回のみなさんは、指名するとなにがしか答えてくれます。これは無理だろうなという問題は、「わかりません」もたまにはありましたが、何か答えようという姿勢を感じました。その答えも、とんでもなく的外れなものはなく、日本語文法に対するセンスも標準以上ではないかと思いました。

だからこそ、対面で授業をしたかったです。そうすれば、質疑応答が活発にでき、そこから議論が広がり、伸ばせるところはさらにもっと高い地点まで伸ばせたんじゃないかなあ。そういう授業は、教えている方も確かな手ごたえが感じられて、気持ちが乗ってくるんですよね。そうなると、頭がどんどん回転して、受講生に伝えられる内容も深くなるものです。これを、どこかで補いたいと思っています。

オンライン授業をしていて気づいたことが1つ。目の前に受講生がいる時よりも大きな声でしゃべっているのです。パソコンのマイクの性能から考えれば大声を張り上げる必要など全くないのですが、気が付くとレベル1の教室にいるかのごとく、お腹に力を入れて声を出しています。だから、授業が終わると思いのほか疲れます。慣れてくれば省エネ授業もできるようになるのでしょうね。

明日から、オンラインで在学生向けの授業が始まります。

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命を守る行動

4月11日(土)

外出自粛を呼び掛けている小池さんや安倍さんには申し訳ないのですが、来週の授業の資料作りのために出勤しました。学校にある資料や学生の個人情報を扱うので、家ではできないのです。私のほかに学校へ来たのは、やはり週明けすぐの仕事がかかっているS先生だけでした。

2人とも黙々と机に向かうだけでしたから、話し声も聞こえず、別の用事を持ちかけられることもなく、かかってきた電話も2本だけで、仕事ははかどりました。そういう面ではストレスを感じませんでしたが、窓の外の雲一つない青空が目に入ると、どうして仕事なんだろうと思ってしまいます。でも、仕事に来なかったら、家の窓から空を眺めてどうしてどこへも行けないんだろうと思ったことでしょう。そっちの方が、ストレスを感じたかもしれません。

食事も学校の中で済ませてしまいましたから、自宅待機とあんまり変わりがないような気もします。ネットのニュースを見ると、新宿を始めどこもかしこも人通りはまばらだそうです。今までの土曜日なら、仕事帰りに紀伊国屋によって本を物色するところですが、その紀伊国屋は今週から土日がお休みですから、それすらできません。したがって、人のいない新宿を味わうことなく帰宅することになるでしょう。

去年、台風が襲ってきた際に、「命を守る行動を」とアナウンサーが何回も視聴者に呼びかけました。その時は、1日か2日、“命を守る行動”を取れば命の危機を脱することができました。でも、今年は、当分の間、四六時中“命を守る行動”を意識し続けなければなりません。明日になれば、明後日には必ず過ぎ去るものと、しばらく居座るものとの違いと言ってもいいです。

お天気は下り坂みたいですから、明日は巣篭りかな。

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