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自動翻訳装置

8月18日(木)

昨日に引き続き、指定校推薦の希望者の面接をしました。成績優秀で志操堅固な、学校として胸を張って推薦できる学生もいた反面、推薦したら学校の見識を疑われそうな学生もいました。

Cさんは残念ながら後者の学生でした。人間性がどうのこうのというのではありません。とにかく話せないのです。ちょうど1年前、初級で受け持ったのですが、上級となった今も、話す力はまったく変わっていませんでした。もちろん、聞く力は向上しています。ほとんど手加減をしなかった私の質問を理解していましたから。ただ、その答え方がひどかったのです。

私はCさんを受け持ったこともあり、Cさんの話し方の特徴もよみがえってきましたから、自動翻訳装置が働き、Cさんが言いたいことは見当がつきました。しかし、受験する大学の面接官は自動翻訳装置を持っていませんから、まず間違いなく、Cさんの言いたいことは伝わらないでしょう。そうなったら、「どうしてKCPはこんな日本語の通じない学生を推薦したのだろう」ということになってしまいます。

でも、Cさんは、私が受け持った1年前から先学期まで、試験にパスして進級し続けてきました。EJUでもCさんの志望校が定めた基準点をクリアしています。しかし、話すと単文を連ねるのがやっとで、時に活用を間違えたり単語が思うように出てこなかったりしてしまうのです。

Cさんと同時期に同様に進級してきた学生の中にも、非常に流暢に話す学生もいます。ですから、カリキュラムそのものが悪いわけではないと思います。また、曲がりなりにもきちんと進級し、EJUでもしかるべき成績を挙げていますから、Cさんは努力しなかったわけでもありません。ただその努力の方向が、読み書き方面に偏っていたのではないでしょうか。

KCPは初級から話すことにかなり力を入れているつもりです。進学した卒業生は、よく、他の日本語学校出身者より自分は話す力が高いと自慢げに話します。だからそれなり以上に効果は出ていると思います。それでもCさんのような例が現れるところに、四技能をバランスよく伸ばしていく難しさを痛感させられます。

上手に話せるように

6月4日(土)

今週私が面接した初級クラスの学生の何名かから、上手に話せるようになるにはどうしたらいいかという質問を受けました。毎日日本人と話すのが一番いいに決まっていますが、日本に住んでいても日本人と話すチャンスはそんなにないのが現状です。KCPは日本人ゲストを呼んで、ゲストと話すチャンスを作っていますが、それだって各学期数回の前半どまりです。

アルバイトをしても、多くの場合、職場で使われている日本語は限られていますから、学生たちが望むような会話力はつきません。居酒屋敬語と称する、日常会話や入試の面接などでの日本語とはかなり様相の違う話し言葉だけが身につく結果に終わります。

相談を受けた学生には、授業前でも後でも、職員室で先生と話す練習をしてみたらどうかと言いましたが、毎日何人もの学生の会話相手をするとなると、こちらの仕事がさっぱり進まなくなります。このアドバイスは、そういう矛盾を含んでいます。また、日本語の文章を音読してみろとも勧めました。授業中に毎日音読の練習をしていますから、その成果を応用して、多様な日本語に触れ、日本語のリズムに慣れるのです。音読チェックぐらいなら、私たちも毎日できるでしょう。

Sさんは、国にいたときの日本語の先生から、公園へ行っておばあさんに話しかけなさいと教えられたそうです。内気なSさんはこれまでその教えを実行していませんが、実行しなくて正解です。変なガイジンに話しかけられたとかって誤解でもされたら、大騒ぎになりかねません。誤解を解くのに持てる日本語力を総動員し、話す力が向上するかもしれませんが、労力のわりに効果は薄いと思います。

Sさんの先生がどんな方かは存じませんが、公園でおばあさんに話しかけて会話力を磨いたとすると、まだのどかな日本が残っていた頃に勉強なさったのでしょうね。サザエさんかちびまる子ちゃんの時代なら、公園で留学生に話しかけられても暖かく迎え入れてくれる人が大勢いたんじゃないかな。今はグローバリズムの時代と言いつつも、人を見たら泥棒と思えという発想のほうが勝ってしまっているように思えます。

美しい玄関

4月20日(水)

今朝、誰もいない職員室で仕事をしていると、電話が鳴りました。「おはようございます。××クラスのLと申しますが、S先生いらっしゃいますか」「すみません。まだいらっしゃってないんですが…」「それでは、申し訳ありませんが、S先生に、風邪を引いたので今日は欠席すると伝えていただけませんか」。中級の学生でしたが、発音もきれいで、非の打ち所のない話し方でした。モデル会話として録音しておけばよかったと思ったほどです。

最上級クラスの学生でも、ちょっと硬い場面での会話となると、すでに習ったはずの表現がすんなりとは出てこないものです。目上の人に頼みごとをするという想定で発話内容を考えてもらったのですが、いきなり頼みごとに入ってしまう学生が続出。みんな、依頼の表現をいかに丁寧にするかに気を取られている中で、唯一、Yさんが「すみませんが、今、お時間よろしいでしょうか」という、相手の都合を聞く言葉から始めてくれました。

いくら内装を豪華にしても、玄関がみすぼらしかったら、その立派な内装を見てもらえないかもしれません。「なんだ、こいつ」と思われて、自分の言わんとしていることを聞いてもらえなかったら、そこまでいかなくても悪い第一印象をもたれてしまったら、結局損を被るのは自分自身です。日本人って、みょうちくりんなところに地雷を抱えていますから、その地雷を踏まないようにするにはどうしたらいいかということを、初級の段階から少しずつやってきています。それが、なかなか完成の域に達しないんですねえ。

このクラスの学生には大学院進学希望の学生が多く、そういう学生にとっては、進学するまででも、してからでも、玄関口を飾る話し方は不可欠です。内装は進学担当の先生方が個別にがっちり整えてくれることでしょうから、こちらは全学生標準装備の水準を上げることに専念していきます。

聞こえた?

4月1日(金)

東京は昨日桜が満開になり、4月を迎えました。午前中は健康診断があり、ちょっと遠回りして桜を楽しみながら病院へ向かいました。朝の早い時間帯、しかも平日ときていましたから、悠長に花見などしている人はおらず、私1人のんびりと花を愛でることができました。

病院は思ったほど込んでいませんでしたから、健康診断は各検査項目で待たされることもなく、順調に進みました。ただ1か所、聴力検査で引っかかりました。

「音が聞こえたらボタンを押してください」と言われたので、ピーピーという電子音が聞こえるたびにボタンを押したのですが、途中で検査担当者が飛んできて、「ちゃんとボタンを押してください」と言います。「音に合わせて何回も押すんですか」「いいえ、鳴り始まってから鳴り終わるまでずっと押していてください」「押し続けるんですか」「はい、そうです」。そういえば、瞬間的に押すんじゃなくて、ずっと押したままだったなあと、去年までの健康診断を思い出しました。

検査担当者にとっては毎日のことでしょうが、検査されるほうにとっては年に1回こっきりのイベントでしかありません。1年経ったら、やり方なんか忘れちゃうほうが普通ですよ。検査員さん、あなたの説明の言葉、ちょっと足りなかったんじゃないですか。

健康診断は午前中で終わり、午後からは新学期の準備。夕方、初級の先生に頼まれて、聴解テストの問題を聞きました。私のほかにも何名かの先生がテストに取り組んだのですが、絵のある問題の絵の受け取り方に違いがあることが浮き彫りになりました。絵を描いた本人が意図した状況・場面と、その絵を見た人が受け取った状況・場面とにずれが生じていたのです。学生と教師とでは受け取り方がまた違うでしょうし、出身国、すなわち、生まれ育った環境によっても、同じ絵を見て何に注目して何を感じ取るかが違ってくるでしょう。

人間のコミュニケーションは、誤解の連続です。誤解をいかに少なくするかに頭を使います。ここをすっ飛ばしてしまうと、気が利かないとか親切じゃないとか言われてしまいます。私は、今朝の聴力検査で、聞こえている間じゅうずっとボタンを押し続けないと、検査員が聞こえた・聞こえないの判断ができないってとこまで思いを馳せなければならなかったのかなって、ちょっと反省しました。

伝わる日本語

2月9日(火)

MさんはK大学の筆記試験に合格し、今週末に面接試験を受けます。ふだんから口数が少なく、黙々と勉強するタイプで、筆記試験は得意でも面接で自分の考えや気持ちを表現するのは苦手そうな学生です。

授業後、そのMさんの面接練習をしました。やはり、頭の回転に口が伴っていない様子で、付き合いの長い私だからこそわかるのであり、初対面のK大学の先生方には理解不能だろうなという話しっぷりでした。

それでもMさんは強気でした。去年は筆記に合格した受験生全員が受かったから大丈夫だろうという理由からです。しかも、去年の合格者は面接では「日本語はできますか」程度のことしか聞かれなかったから、その程度なら簡単に答えられると言います。

確かに、筆記試験で学力を確認していますから、面接は合格を前提としたものでしょう。しかし、面接練習でのMさんの答え方は、コミュニケーション上に問題ありとされてもしかたのないものでした。発音がよくない上に、ポイントとなる言葉を知らないために、迂遠な言い回しをします。

Mさんの頭脳は本当にすばらしいです。理解力も応用力もあります。K大学に入ったらきっといい勉強をするだろうと思います。でも話させると単なる発音の悪い留学生に成り下がり、その頭脳明晰さの100分の1も発揮できません。本人の多少はそれに気付いているからこそ、私の面接練習を申し込んできたのですが、「多少」止まりです。根っこのところでは去年は全員合格だから、自分も安泰だと思っているのです。私もそうあってほしいですが、立場上、最悪を想定して厳しいことを言い続けるのです。

Mさんは中級に入学しましたから、KCPの初級の訓練を受けていません。国で問題集で鍛えて日本語の力をつけたのでしょう。でも、やっぱり言葉はコミュニケーションです。あと数日ではありますが、自分の気持ちを、相手に伝わる日本語に変換する訓練をして、K大学の面接に臨んでもらいたいです。

どんな先生ですか

12月15日(火)

期末テストまでちょうど1週間なので、テスト範囲の発表がありました。毎学期、この時期になると、アメリカの大学のプログラムで来ている学生のオーラルテストを受け持ちます。

オーラルテストのポイントは、その学生が今学期までに勉強した文法や語句を使いこなしているか、スムーズなコミュニケーションが図れているかというあたりです。初級の学生でも、ナチュラルスピードについていけるかを見ます。普段接することにない学生の話が聞けるのは、私にとっても楽しみです。

私は学生に余計な緊張を与えないようにと思って、まず、クラスの先生の名前を言わせます。ところが、これが言えない学生がけっこういるんですね。確かに、いつでもどこでも「先生」で通じてしまいますから、先生の名前を日常的によく使うわけではありません。でも、1学期間お世話になってきた先生の名前を覚えていないっていうのは、失礼ですよ。

先生の名前が言えなかったら、「どんな先生ですか」という質問で、その先生を表現させます。一番下のレベルでも、「髪が長くて背が高い女の先生です」ぐらいは勉強していますから、初級は初級なりの、中級は中級なりの答えができるはずです。ですから、この質問にきちんと答えられたら、名前の件は帳消しにします。

これに限らず、「どうして」とか「どんな」とかいう質問で、単語レベルの答えを深く掘り下げようとします。ここで差がついちゃうんですよね。文法や語彙の不足をものともせずに喜々として語り始める学生もいれば、いっこうに話が深まらない学生もいます。後者の学生のテストでは、得意な分野で勝負できるようにいろいろな角度から話をさせようと試みても、さっぱり話題が広がらないこともあります。そうなると、「話す」というコミュニケーションはあまり得意でないのだなと判断せざるを得ません。

今学期は、全員クラスの先生の名前が言えたし、突っ込んだ質問にもそれぞれのレベルに応じた答えが返ってきました。今学期いっぱいで帰国する学生もいれば、来年もKCPで勉強を続ける学生もいます。どの学生も、私のコメントを読んで、さらに会話力を伸ばしてもらいたいです。

聞き取れない

10月29日(木)

今週末に入試を控えた学生2名の面接練習をしました。中級の学生でしたが、発音が悪いのに驚かされました。留学生の日本語ならほとんどわかってしまう私ですら聞き取れなかったのですから、相当なレベルです。

Wさんは母音の発音がまずく、オ列とウ列の区別が付きにくいです。特に拗音がひどいです。「日本語がジューズになりたい」なんて言ってるうちは、金輪際上手になれませんよ。

Bさんは口をあまり動かさないでもぞもぞ話しますから、これまた聞き取りにくいことこの上ありません。そんなわけで、ついつい口元に目が行ってしまうのですが、Bさんはあごの骨が小さいので、口を大きく開けられないのではないかと思えてきました。

KCPは初級から発音に力を入れていますが、この2人は発音練習をいい加減に済ませてきたんでしょうね。毎週1回ぐらいのペースである発音チェックも、とりあえずこなすって感じだったのでしょう。だから、チェックした先生からのコメントも、頭に全く残らなかったんじゃないかな。

教師のほうも、忙しさにかまけてか、この2人のフォローを十分にしてこなかったのかもしれません。「また今度」「誰かがしてくれるだろう」が積み重なって、ここに至ってしまったことも考えられます。いずれにしても、ここまで来てしまったら発音矯正は半端な手間ではありません。

私が初級クラスに入るときは、コーラスをさせても耳を澄ませて変な発音を拾おうとしています。学生にはくどいって思われてるでしょうけど、おかしな発音だったらコーラスしなおさせます。口を動かしていない学生は、指名して一人で言わせます。それは、WさんやBさんのような例を未然に防ぐためですが、残念ながら防ぎきれているとは言えません。

WさんとBさんには、今週末の入試まで時間がありませんが、残された時間で必死に発音練習して、少しでも聞き取りやすい発音を身に付けて本番に臨んでもらいたいです。

会話の相手

9月14日(月)

私のクラスでは、日本人ゲストとの会話がありました。そのためかどうかわかりませんが、先週は毎日誰かが休んでいたのに、今日は全員出席でした。

金曜日に会話の内容に関する宿題が出ていたものの、文法のテストの直後に会話でしたから準備の時間がなく、それが心配でしたが、学生たちはみんな盛んにゲストと話していました。普段は自分からあまりしゃべらないSさん、Jさん、Qさん、Cさんなども、自分が調べてきたことやゲストが話したことについて、一生懸命話していました。もちろん、いつもよくしゃべっているHさん、Kさんなどは、今日も飛ばしていました。Pさん、Lさんなどは、ただしゃべるのではなく、自分の意見や考えなどを順序だてて話そうとしている様子がうかがえました。自分なりの課題を設けて話しているようで、やっぱりできる学生は違うなと思わせられました。

学生はこういうイベントがあると張り切るものであり、こちらもそれを利用しているところがあります。日本人ゲストが帰った後からは通常の授業だったのですが、いつもよりもコーラスの声が明らかに大きかったです。たくさん話すと自然に大きな声が出るようになるのでしょう。

今日いらしたゲストは、いろいろな職業体験をさせてくれる会社のコースに参加した方々です。私のクラスに入る以前に日本語教師とはどんな仕事かというレクチャーを受け、そして、実際に授業の様子を見てみようということで、学生の会話の相手をしていただいたというわけです。

これに限らず、KCPではいろいろな形で授業に参加できます。これをお読みの日本人の皆さん、是非一度、KCPの中に入ってくださいませ。

奪う

8月19日(水)

私が入った初級クラスは、日本人ゲストを迎えての会話がありました。学生たちは、日本に住んでいるとはいえ、教師以外の日本人と話す機会はそんなに多くありません。アルバイトをしているとしても、そこで話す日本語は限られた話題で限られた語彙や文法だけですから、必ずしも学生たちを満足させるものではありません。

初級の場合、いきなり会話と言われてフリートークができるはずがなく、事前の準備をがっちりしておかなければなりません。昨日宿題プリントが配られ、それを元にゲストに考えてきたことを話したり、ゲストから話を聞いたりしました。そういう活動ですから、とんでもない方向に話が行ってしまうことはあまりありません。

とはいえ、学生の個性はかなり表れます。CさんとRさんは同じグループだったのですが、Cさんは思いついたことをすぐ口に出すタイプなのに対し、Rさんは話す内容や話し方をきちんと考えてから言葉を発します。Cさんは文法的な正確さはそっちのけで、どんどんゲストに向かって話しかけます。こちらの想定した内容ではない範囲にまで踏み出していきます。押され気味のRさんがチャンスをつかんで日本人に質問しても、その答えを聞いたCさんがすぐ自分の方向に話しを持って行ってしまいます。

私はこういう活動の場合、そのグループの流れに任せるのが常なのですが、このグループには介入しました。Cさんを強制的に黙らせて、他の学生に話すチャンスを与えました。日本人と話せるせっかくのチャンスをCさんに奪われてしまったとなっては、そう感じる学生も、Cさん自身も不幸です。

もうすぐ面談がありますから、Cさんにはそのときに注意するつもりです。でも、これは性格であり、Cさんには野生児的なところもありますから、すぐには解決しないかもしれません。

ほんの立ち話

6月16日(火)

先学期、初級のクラスで教えたDさんと久しぶりに話をしました。ほんの立ち話ですが。ずいぶんスムーズに話せるようになって、びっくりと同時に感激もしました。先学期は単語でしか答えられなかったのが、「レベル3の文法は難しすぎるから、レベル4は無理かもしれない」なんて、普通体ながらも複文で答えましたからね。

先学期のDさんは、こちらが日本語で聞いても自分の国の言葉で答えることがよくありました。また、授業中の母語のおしゃべりが目立ち、とてもいい学生とは言えませんでした。今学期、それがどれだけ改善されたかは伝わってきていませんが、実際に話した感じでは、そんなことはほとんどなくなったんじゃないでしょうか。

先学期は、私は担任という立場上、学生を厳しい目で見なければなりませんでした。アラ探しばかりをしていたわけではありませんが、ダメな点をきちんと指摘することが仕事でした。しかし、今学期はそういう関係が全くなく、いわば隣のオジサンみたいな目で、成長を喜んであげられる立場です。だからなおのこと、Dさんの話し方に感激できたんじゃないかと思います。

Dさんのテストの成績は知りませんが、進級できるだけの力はあるんじゃないかなって感じました。1つ上のレベルでも通用しますよ、きっと。まだ完全ではありませんが、思考回路が日本語で回り始めているのだと思います。これが私の手元を離れてからの3か月の成長であり、成果でしょう。もちろん、先学期の私のような目で見ればまた別の結論になるかもしれませんが。

初級で教えていると、こういう喜びがあるんです。教えた学生が「変なガイジン」への道を力強く歩んでいる姿を見ると、うれしくなります。今学期も初級で種をまきましたから、3か月後。半年後が楽しみです。