Category Archives: 会話

美しい玄関

4月20日(水)

今朝、誰もいない職員室で仕事をしていると、電話が鳴りました。「おはようございます。××クラスのLと申しますが、S先生いらっしゃいますか」「すみません。まだいらっしゃってないんですが…」「それでは、申し訳ありませんが、S先生に、風邪を引いたので今日は欠席すると伝えていただけませんか」。中級の学生でしたが、発音もきれいで、非の打ち所のない話し方でした。モデル会話として録音しておけばよかったと思ったほどです。

最上級クラスの学生でも、ちょっと硬い場面での会話となると、すでに習ったはずの表現がすんなりとは出てこないものです。目上の人に頼みごとをするという想定で発話内容を考えてもらったのですが、いきなり頼みごとに入ってしまう学生が続出。みんな、依頼の表現をいかに丁寧にするかに気を取られている中で、唯一、Yさんが「すみませんが、今、お時間よろしいでしょうか」という、相手の都合を聞く言葉から始めてくれました。

いくら内装を豪華にしても、玄関がみすぼらしかったら、その立派な内装を見てもらえないかもしれません。「なんだ、こいつ」と思われて、自分の言わんとしていることを聞いてもらえなかったら、そこまでいかなくても悪い第一印象をもたれてしまったら、結局損を被るのは自分自身です。日本人って、みょうちくりんなところに地雷を抱えていますから、その地雷を踏まないようにするにはどうしたらいいかということを、初級の段階から少しずつやってきています。それが、なかなか完成の域に達しないんですねえ。

このクラスの学生には大学院進学希望の学生が多く、そういう学生にとっては、進学するまででも、してからでも、玄関口を飾る話し方は不可欠です。内装は進学担当の先生方が個別にがっちり整えてくれることでしょうから、こちらは全学生標準装備の水準を上げることに専念していきます。

聞こえた?

4月1日(金)

東京は昨日桜が満開になり、4月を迎えました。午前中は健康診断があり、ちょっと遠回りして桜を楽しみながら病院へ向かいました。朝の早い時間帯、しかも平日ときていましたから、悠長に花見などしている人はおらず、私1人のんびりと花を愛でることができました。

病院は思ったほど込んでいませんでしたから、健康診断は各検査項目で待たされることもなく、順調に進みました。ただ1か所、聴力検査で引っかかりました。

「音が聞こえたらボタンを押してください」と言われたので、ピーピーという電子音が聞こえるたびにボタンを押したのですが、途中で検査担当者が飛んできて、「ちゃんとボタンを押してください」と言います。「音に合わせて何回も押すんですか」「いいえ、鳴り始まってから鳴り終わるまでずっと押していてください」「押し続けるんですか」「はい、そうです」。そういえば、瞬間的に押すんじゃなくて、ずっと押したままだったなあと、去年までの健康診断を思い出しました。

検査担当者にとっては毎日のことでしょうが、検査されるほうにとっては年に1回こっきりのイベントでしかありません。1年経ったら、やり方なんか忘れちゃうほうが普通ですよ。検査員さん、あなたの説明の言葉、ちょっと足りなかったんじゃないですか。

健康診断は午前中で終わり、午後からは新学期の準備。夕方、初級の先生に頼まれて、聴解テストの問題を聞きました。私のほかにも何名かの先生がテストに取り組んだのですが、絵のある問題の絵の受け取り方に違いがあることが浮き彫りになりました。絵を描いた本人が意図した状況・場面と、その絵を見た人が受け取った状況・場面とにずれが生じていたのです。学生と教師とでは受け取り方がまた違うでしょうし、出身国、すなわち、生まれ育った環境によっても、同じ絵を見て何に注目して何を感じ取るかが違ってくるでしょう。

人間のコミュニケーションは、誤解の連続です。誤解をいかに少なくするかに頭を使います。ここをすっ飛ばしてしまうと、気が利かないとか親切じゃないとか言われてしまいます。私は、今朝の聴力検査で、聞こえている間じゅうずっとボタンを押し続けないと、検査員が聞こえた・聞こえないの判断ができないってとこまで思いを馳せなければならなかったのかなって、ちょっと反省しました。

伝わる日本語

2月9日(火)

MさんはK大学の筆記試験に合格し、今週末に面接試験を受けます。ふだんから口数が少なく、黙々と勉強するタイプで、筆記試験は得意でも面接で自分の考えや気持ちを表現するのは苦手そうな学生です。

授業後、そのMさんの面接練習をしました。やはり、頭の回転に口が伴っていない様子で、付き合いの長い私だからこそわかるのであり、初対面のK大学の先生方には理解不能だろうなという話しっぷりでした。

それでもMさんは強気でした。去年は筆記に合格した受験生全員が受かったから大丈夫だろうという理由からです。しかも、去年の合格者は面接では「日本語はできますか」程度のことしか聞かれなかったから、その程度なら簡単に答えられると言います。

確かに、筆記試験で学力を確認していますから、面接は合格を前提としたものでしょう。しかし、面接練習でのMさんの答え方は、コミュニケーション上に問題ありとされてもしかたのないものでした。発音がよくない上に、ポイントとなる言葉を知らないために、迂遠な言い回しをします。

Mさんの頭脳は本当にすばらしいです。理解力も応用力もあります。K大学に入ったらきっといい勉強をするだろうと思います。でも話させると単なる発音の悪い留学生に成り下がり、その頭脳明晰さの100分の1も発揮できません。本人の多少はそれに気付いているからこそ、私の面接練習を申し込んできたのですが、「多少」止まりです。根っこのところでは去年は全員合格だから、自分も安泰だと思っているのです。私もそうあってほしいですが、立場上、最悪を想定して厳しいことを言い続けるのです。

Mさんは中級に入学しましたから、KCPの初級の訓練を受けていません。国で問題集で鍛えて日本語の力をつけたのでしょう。でも、やっぱり言葉はコミュニケーションです。あと数日ではありますが、自分の気持ちを、相手に伝わる日本語に変換する訓練をして、K大学の面接に臨んでもらいたいです。

どんな先生ですか

12月15日(火)

期末テストまでちょうど1週間なので、テスト範囲の発表がありました。毎学期、この時期になると、アメリカの大学のプログラムで来ている学生のオーラルテストを受け持ちます。

オーラルテストのポイントは、その学生が今学期までに勉強した文法や語句を使いこなしているか、スムーズなコミュニケーションが図れているかというあたりです。初級の学生でも、ナチュラルスピードについていけるかを見ます。普段接することにない学生の話が聞けるのは、私にとっても楽しみです。

私は学生に余計な緊張を与えないようにと思って、まず、クラスの先生の名前を言わせます。ところが、これが言えない学生がけっこういるんですね。確かに、いつでもどこでも「先生」で通じてしまいますから、先生の名前を日常的によく使うわけではありません。でも、1学期間お世話になってきた先生の名前を覚えていないっていうのは、失礼ですよ。

先生の名前が言えなかったら、「どんな先生ですか」という質問で、その先生を表現させます。一番下のレベルでも、「髪が長くて背が高い女の先生です」ぐらいは勉強していますから、初級は初級なりの、中級は中級なりの答えができるはずです。ですから、この質問にきちんと答えられたら、名前の件は帳消しにします。

これに限らず、「どうして」とか「どんな」とかいう質問で、単語レベルの答えを深く掘り下げようとします。ここで差がついちゃうんですよね。文法や語彙の不足をものともせずに喜々として語り始める学生もいれば、いっこうに話が深まらない学生もいます。後者の学生のテストでは、得意な分野で勝負できるようにいろいろな角度から話をさせようと試みても、さっぱり話題が広がらないこともあります。そうなると、「話す」というコミュニケーションはあまり得意でないのだなと判断せざるを得ません。

今学期は、全員クラスの先生の名前が言えたし、突っ込んだ質問にもそれぞれのレベルに応じた答えが返ってきました。今学期いっぱいで帰国する学生もいれば、来年もKCPで勉強を続ける学生もいます。どの学生も、私のコメントを読んで、さらに会話力を伸ばしてもらいたいです。

聞き取れない

10月29日(木)

今週末に入試を控えた学生2名の面接練習をしました。中級の学生でしたが、発音が悪いのに驚かされました。留学生の日本語ならほとんどわかってしまう私ですら聞き取れなかったのですから、相当なレベルです。

Wさんは母音の発音がまずく、オ列とウ列の区別が付きにくいです。特に拗音がひどいです。「日本語がジューズになりたい」なんて言ってるうちは、金輪際上手になれませんよ。

Bさんは口をあまり動かさないでもぞもぞ話しますから、これまた聞き取りにくいことこの上ありません。そんなわけで、ついつい口元に目が行ってしまうのですが、Bさんはあごの骨が小さいので、口を大きく開けられないのではないかと思えてきました。

KCPは初級から発音に力を入れていますが、この2人は発音練習をいい加減に済ませてきたんでしょうね。毎週1回ぐらいのペースである発音チェックも、とりあえずこなすって感じだったのでしょう。だから、チェックした先生からのコメントも、頭に全く残らなかったんじゃないかな。

教師のほうも、忙しさにかまけてか、この2人のフォローを十分にしてこなかったのかもしれません。「また今度」「誰かがしてくれるだろう」が積み重なって、ここに至ってしまったことも考えられます。いずれにしても、ここまで来てしまったら発音矯正は半端な手間ではありません。

私が初級クラスに入るときは、コーラスをさせても耳を澄ませて変な発音を拾おうとしています。学生にはくどいって思われてるでしょうけど、おかしな発音だったらコーラスしなおさせます。口を動かしていない学生は、指名して一人で言わせます。それは、WさんやBさんのような例を未然に防ぐためですが、残念ながら防ぎきれているとは言えません。

WさんとBさんには、今週末の入試まで時間がありませんが、残された時間で必死に発音練習して、少しでも聞き取りやすい発音を身に付けて本番に臨んでもらいたいです。

会話の相手

9月14日(月)

私のクラスでは、日本人ゲストとの会話がありました。そのためかどうかわかりませんが、先週は毎日誰かが休んでいたのに、今日は全員出席でした。

金曜日に会話の内容に関する宿題が出ていたものの、文法のテストの直後に会話でしたから準備の時間がなく、それが心配でしたが、学生たちはみんな盛んにゲストと話していました。普段は自分からあまりしゃべらないSさん、Jさん、Qさん、Cさんなども、自分が調べてきたことやゲストが話したことについて、一生懸命話していました。もちろん、いつもよくしゃべっているHさん、Kさんなどは、今日も飛ばしていました。Pさん、Lさんなどは、ただしゃべるのではなく、自分の意見や考えなどを順序だてて話そうとしている様子がうかがえました。自分なりの課題を設けて話しているようで、やっぱりできる学生は違うなと思わせられました。

学生はこういうイベントがあると張り切るものであり、こちらもそれを利用しているところがあります。日本人ゲストが帰った後からは通常の授業だったのですが、いつもよりもコーラスの声が明らかに大きかったです。たくさん話すと自然に大きな声が出るようになるのでしょう。

今日いらしたゲストは、いろいろな職業体験をさせてくれる会社のコースに参加した方々です。私のクラスに入る以前に日本語教師とはどんな仕事かというレクチャーを受け、そして、実際に授業の様子を見てみようということで、学生の会話の相手をしていただいたというわけです。

これに限らず、KCPではいろいろな形で授業に参加できます。これをお読みの日本人の皆さん、是非一度、KCPの中に入ってくださいませ。

奪う

8月19日(水)

私が入った初級クラスは、日本人ゲストを迎えての会話がありました。学生たちは、日本に住んでいるとはいえ、教師以外の日本人と話す機会はそんなに多くありません。アルバイトをしているとしても、そこで話す日本語は限られた話題で限られた語彙や文法だけですから、必ずしも学生たちを満足させるものではありません。

初級の場合、いきなり会話と言われてフリートークができるはずがなく、事前の準備をがっちりしておかなければなりません。昨日宿題プリントが配られ、それを元にゲストに考えてきたことを話したり、ゲストから話を聞いたりしました。そういう活動ですから、とんでもない方向に話が行ってしまうことはあまりありません。

とはいえ、学生の個性はかなり表れます。CさんとRさんは同じグループだったのですが、Cさんは思いついたことをすぐ口に出すタイプなのに対し、Rさんは話す内容や話し方をきちんと考えてから言葉を発します。Cさんは文法的な正確さはそっちのけで、どんどんゲストに向かって話しかけます。こちらの想定した内容ではない範囲にまで踏み出していきます。押され気味のRさんがチャンスをつかんで日本人に質問しても、その答えを聞いたCさんがすぐ自分の方向に話しを持って行ってしまいます。

私はこういう活動の場合、そのグループの流れに任せるのが常なのですが、このグループには介入しました。Cさんを強制的に黙らせて、他の学生に話すチャンスを与えました。日本人と話せるせっかくのチャンスをCさんに奪われてしまったとなっては、そう感じる学生も、Cさん自身も不幸です。

もうすぐ面談がありますから、Cさんにはそのときに注意するつもりです。でも、これは性格であり、Cさんには野生児的なところもありますから、すぐには解決しないかもしれません。

ほんの立ち話

6月16日(火)

先学期、初級のクラスで教えたDさんと久しぶりに話をしました。ほんの立ち話ですが。ずいぶんスムーズに話せるようになって、びっくりと同時に感激もしました。先学期は単語でしか答えられなかったのが、「レベル3の文法は難しすぎるから、レベル4は無理かもしれない」なんて、普通体ながらも複文で答えましたからね。

先学期のDさんは、こちらが日本語で聞いても自分の国の言葉で答えることがよくありました。また、授業中の母語のおしゃべりが目立ち、とてもいい学生とは言えませんでした。今学期、それがどれだけ改善されたかは伝わってきていませんが、実際に話した感じでは、そんなことはほとんどなくなったんじゃないでしょうか。

先学期は、私は担任という立場上、学生を厳しい目で見なければなりませんでした。アラ探しばかりをしていたわけではありませんが、ダメな点をきちんと指摘することが仕事でした。しかし、今学期はそういう関係が全くなく、いわば隣のオジサンみたいな目で、成長を喜んであげられる立場です。だからなおのこと、Dさんの話し方に感激できたんじゃないかと思います。

Dさんのテストの成績は知りませんが、進級できるだけの力はあるんじゃないかなって感じました。1つ上のレベルでも通用しますよ、きっと。まだ完全ではありませんが、思考回路が日本語で回り始めているのだと思います。これが私の手元を離れてからの3か月の成長であり、成果でしょう。もちろん、先学期の私のような目で見ればまた別の結論になるかもしれませんが。

初級で教えていると、こういう喜びがあるんです。教えた学生が「変なガイジン」への道を力強く歩んでいる姿を見ると、うれしくなります。今学期も初級で種をまきましたから、3か月後。半年後が楽しみです。

評判落とされた

6月4日(木)

Jさんは21日のEJUを受ける上級の学生です。毎日のように職員室へEJUの過去問を借りに来ます。もう直前の追い込みの時期ですから、過去問をがんがんやってもらうのはいいことです。ところが、Jさんは職員室の先生方の受けがよくないのです。それは、あいさつをしないからです。

無言で職員室に入り、必要最小限の言葉で過去問を借りようとし、返すときもぶっきらぼうとくれば、そういう評判もやむをえないところかもしれません。職員室に入るときは「失礼します」と声をかける、用件をきちんとはっきり伝えるなど、コミュニケーションの基本以前の姿勢についても、私たちは指導してきています。その指導を無視しているかのようにも見えますから、評判が悪いのもしかたがありません。「あんまりしゃべらないから、初級の学生かと思った」とおっしゃる先生も。

終わりよければ全てよしで、Jさんが最終的に「いい大学」に入ってしまえば、こんなことも笑い話になってしまうのかもしれません。でも、同時に、「あの大学、Jさんみたいにしゃべれない学生でも受かるんだ」と心の底で思う先生もいらっしゃることでしょう。Jさんの行為は、自分が受かった大学の評判まで落としてしまいかねないのです。

学生たちにはオープンキャンパスに行けと言いつつも、私たち自身が、学生たちが受ける大学に足を運ぶことはめったにありません。その大学に進学した学生の成績や人となり、卒業生の声が私たちの最大の情報源なのです。間口が狭く偏った見方だと思いますが、こういう思考回路は一朝一夕には変えられないでしょう。進学した学生が異口同音にいい大学に入れたと言っているS大学は評価の高い大学の代表です。一方、好き放題のことをして出て行った学生が不思議と受かるF大学は、私にとって変な大学の最右翼です。

明日は進学フェアが講堂であります。私の心の中の一流大学も来てくれます。その大学の先生とお話して、学生を引き付ける根源を見つけ出したいです。

スマホを取り戻せ

5月28日(木)

おととい、進学クラスの授業の後で机の中をチェックしていたら、スマホの忘れ物を見つけました。その教室は進学クラスの授業の直前まで初級クラスが使い、午前中は上級クラスが使っています。どのクラスの学生のかわかりませんから、とりあえず私が預かっておくことにしました。しかし、おとといのうちは誰も取りに来ませんでしたから、忘れ物・落し物担当の先生にそのスマホを預けました。

昨日は私がその教室の初級クラスの授業でした。授業が終わると、Mさんが思いつめた顔で私に「先生、電話がありましたか」と聞いてきました。「電話?」「私は昨日教室に電話を忘れました」と、中間テストの直前に習った文法を使って事情を説明するMさん。「あーあ、1階へ行って、事務所の先生に聞いてください」と言うと、Mさんは肩の荷を降ろしたかのような顔になり、「先生、ありがとうございました」という言葉を残して、教室を出て行きました。

Mさんは、私に話しかけて忘れた電話についての情報を得るには相当な勇気が要ったようです。授業中の、いわば、仮想の世界でのやり取りではなく、忘れたスマホを取り戻すという実質の伴った会話をしようというのですから、緊張もするでしょう。

そういうMさんを見ていて思い出したのが、初めての海外旅行、ハワイでのことです。学会がハワイで開かれるというので、大学の研究室をあげてハワイへ行きました。空港で英語に堪能なSさんがレンタカーを借りてくれて、私はハワイ滞在中その車を乗り回しました。最終日にみんなを空港で降ろして車を返そうと思ったのですが、返す場所が見つかりません。同じところをぐるぐる回っているうちに時間がどんどん過ぎて、帰国便の出発時刻が近づいてきました。「明日から現地人」と覚悟もしました。最後に勇気を振り絞って、空港の駐車場のゲートにいた人に英語でレンタカーを返す場所を聞きました。それまで「ハンバーガーアンドコークプリーズ」程度の英語しか使ってこなかった私にとって、現地人になるかならないかの瀬戸際で道を尋ねるというのは非常に高いハードルでした。たとえこちらの英語が通じても、相手の言葉を聞き取る自信は全くありませんでした。

火事場の馬鹿力なのでしょうか、私の英語が通じ、相手の言葉も奇跡的に理解できました。車を返し、何食わぬ顔でみんなのところに戻り、予定の便に乗って無事帰国できました。それ以来、いざとなればコミュニケーションってできるものだという妙な自信を持つようになりました。Mさんはどうだったのでしょう。自分の日本語は通じると思えたでしょうか。