Category Archives: 作文

朝寝坊

9月25日(金)

朝からA先生が怒っていました。9時半にT大学の志望理由書と学習計画書を書いて持って来ると約束したHさんが、一向に現れないからです。会議の時間が迫ってきたのに、Hさんからは連絡すらありません。怒るなという方が無理な相談です。「こってり油を絞ってくださいね」と私に後事を託して、A先生は会議に行ってしまいました。

私は進学資料作りやデータ処理など、パソコンの前でする仕事をしながらHさんを待ちました。予定していた進学資料ができあがっても、まだ来ません。それに関連した調べ物をたっぷりしましたが、待ち人来たらず。そろそろお昼に行こうかなあと思い始めた1時半になって、やっとHさんが職員室に。

「遅刻しちゃいけないと思ってスマホのアラームをセットしたんですが、月曜日の8時にセットしてしまったんです」と言い訳されましたが、スマホのアラームは曜日ごとに設定できるのかと妙なとことに感心してしまいました。私はそういうのに頼らなくても目が覚めちゃうたちなので…。

「で、昨夜は何時に寝たの?」「2時です」「目が覚めたのは?」「11時でした」

2時と言えば、私はそろそろ起きようかという時間です。受験生ですから、2時まで一生懸命勉強していたのでしょう。でも、睡眠時間9時間はいかがなものでしょう。

本題の志望理由書と学習計画書はというと、朱の入れようがないほど内容ゼロでした。すでにA先生から1度指導を受けて書き直したはずなのですが、自己主張がまるでありません。文法的な誤りはありませんでしたが、読んでも何も頭に残りませんでした。A先生と同じことを言ったかもしれませんが、志望理由書や学習計画書を書く時のポイントをレクチャーしました。

出願は来週末だそうです。まだ少し時間がありますから、T大学の先生方の胸を打つような文章に仕上げてもらいたいです。いや、それよりも、早寝早起きの習慣を身に付けてもらうことの方が先でしょうね。

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暑いけど、秋

8月25日(火)

夕方、GさんがN大学の出願書類を持って来ました。最近はコンピューターで書類を作成するのが主流ですが、それをプリントアウトさせて紙の形で郵送提出を求める大学も少なくありません。不思議だなあと思う反面、書類の書き方や扱い方で受験生の人となりのかけらでも知ろうという気持ちもわからないではありません。Gさんにしてはきれいな字で書かれた書類を見て、これならそのまま提出してもN大学の先生方に不快感を与えるものではないだろうと思い、すぐ出すようにと指示しました。

それからGさんは、T大学の志望理由書の下書きを見てくれと頼んできました。目を通すと、志望理由書の形にはなっていますが、インパクトがありません。最後の最後になって、やっと、Gさんの大学での勉強のキーワードともいえる言葉が出てきました。それが他の言葉に埋もれて、さっぱり見えなかったのです。

それに対して、Gさんがきっかけと称する子供の頃の昔話がやたらと長いのです。お父さんとの思い出話よりも、将来の夢を語らねばならないのに、Gさんの志望理由書は年寄りの回顧録のようです。T大学で何を勉強したいのか、どうもはっきりしません。

そういう点を指摘すると、「研究計画書みたいですね」とGさんは言いました。いや、そうなんです。志望理由書とは、こういう勉強がしたいからこの大学に入るという決意表明でもありますから、研究計画書の要素があって当然です。学習計画書という形でそれを提出させる大学もあるくらいですから、志望理由書が大学入学後4年間の計画表になったとしても、何らおかしいことはありません。

6月のEJUがない受験シーズンが本格化してきました。まだまだ暑いですが、受験の秋は始まっています。

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打ちのめされる前に

8月6日(木)

DさんはW大学に出願し、入試は来月です。独自試験は小論文と面接です。その小論文の対策をしたいと、授業後、私のところに相談に来ました。対策と言っても、試験日まで1か月ほどとなったら、過去問に挑戦してもらうのが一番です。Dさんもあれこれ手を回して、去年の入試問題を手に入れました。それ1つだけだと不安なので、私を頼ろうとしたようです。

Dさんが言うには、出題された資料について答える問題は易しく、手ごたえがないそうです。これを聞いた時、危ないなと思いました。本当に易しい問題だとすると、W大学ほどのレベルなら、完全に正解することが合格の最低条件となるでしょう。筆答問題ですから、誤字脱字文法ミスがなく、要領よくポイントをまとめた答えが要求されます。文章を読んで内容が理解できたというだけでは、ここまでには至りません。授業中に返した作文がB評価でしたから、「200字以内で説明せよ」などという問題に的確に答えられるかと言ったら、大きな疑問符を付けざるを得ません。

W大学の試験時間と同じ時間で問題を解いて、その答えを持って来るという約束をしました。週末に解いて、来週持って来るのでしょう。おそらく、そこで頭の中身を文字化することの難しさを感じさせられるでしょう。私の手にかかったら、Dさんの答案用紙は血まみれになること、疑いなしです。完膚なきまでに叩きのめされて再び立ち上がる時間が、今ならあります。

KCPの学生には、伝統的に自信過剰が多いようです。世間を知らないから根拠のない万能感を抱き、そのまま対外試合に臨み、本番で初めて世の中の広さを知り、ショックを受けるというパターンを毎年繰り返しています。せっかく相談に来たのですから、Dさんにはその道を歩んでほしくはありません。

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要約に苦戦

8月3日(月)

大学進学クラスで、文章の要約を取り上げました。ほんの数行の内容を要約する課題でしたが、みんな悪戦苦闘していました。学生たちは、本文から丸ごと抜き出して答えるのには慣れていますが、そこから不要な部分を切り捨て、問題が求めている内容を抽出するという作業ができないのです。“〇字で抜き出しなさい”という問題はどうにかできても、“〇字以内に要約しなさい”となると、手も足も出なくなります。

このクラスの学生が受験すると思われる大学は、独自試験に“〇字以内に要約しなさい”レベルの問題が出ることが十分予想されます。数行の文章の要約でアップアップだと、先が思いやられます。また、こういう力は大学に進学してからも必要となります。専門書を読んで、要するにどういうことなんだということを把握し、それを積み重ねて専門分野の勉強を深めるものです。

文章の要約にとどまらず、講義や講演を聞いてその要点をまとめたり、議論をするとき参加者の発言の主旨を理解したりするにも必要な技能・脳力です。本筋とそうではない部分を切り分けて、本筋だけを取り出し、それを理解したりそれに反論したりするというのが、学問を深める際の基本的な手法だと思います。

“要約しなさい”は、日本人だって好きな問題ではありません。それが抵抗なくできることを外国人留学生に求めるのは、少々気の毒かもしれません。でも、逆に、これができたら非常に力のある学生だと言えます。高度な要求だと百も承知していますが、私はこのクラスの学生に、そのレベルにまで達してもらいたいし、そうなるように力を尽くしたいです。

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3週連続作文

6月18日(木)

オンライン授業が続いたせいかどうかわかりませんが、私が教えている中級レベルは、どのクラスも作文の出来がもう一つです。それゆえ、期末直前の授業にもかかわらず、作文を書かせました。課題は昨日のオンライン授業で出されているので、自分で作ったメモの参考に原稿用紙のマス目を埋めていくだけだったのですが…。

まず、クラスでいちばんよくできるはずのXさんが、「先生、タイトルは何ですか」と聞いてきました。Xさんにすら課題がよく伝わっていないのかと思って、「えっ? 昨日、O先生が何を書くか説明したでしょ」と言いながら、課題の説明をしました。でも、そうじゃなくて、その課題について原稿用紙に書く時、どういうタイトルにしたらいいかということのようでした。

私が学期の最初から作文を担当していたら、「私が読みたくなるようなタイトルを付けてください」と言い続けます。最初の対面授業の時にも言ったのですが、十分に浸透していませんでした。改めてそう指示して、回収した作文を見てみましたが、どれも似たり寄ったりでした。

作文の中身はというと、論旨はそれなりに通っていても、使っている言葉が難しすぎて、かえって訴える力が弱くなってしまった文章が目立ちました。作文のメモを作ってくることが宿題でしたから、学生たちは張り切って辞書を引きまくって難しい言葉を見つけ出し、それを使ったのでしょう。残念ながら、その多くが失敗でした。言ってみれば向こう傷ですから、大丈夫とかダメとかの連発よりは評価しなければならないかもしれません。

このクラスの学生は、半数近くが6月のEJUが受けられず、11月に勝負をかけます。11月の結果を使う大学でも、入試自体はその前に行われることもあります。500字のEJUの記述試験より前に、1000字の小論文を書かなければならないケースも十分考えられます。そういう意味で、次の学期が、学生たちも私たちも、正念場です。

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3か月ぶりの快感

6月5日(金)

オンライン授業の3か月間、私のペンケースに異常が見られました。赤ペンのインクがさっぱり減らないのです。1か月に1本か、もしかするともっと激しく使っていたかもしれませんが、最近はとんとご無沙汰しています。去年、うちの近くのホームセンターで値引きをしたときにたくさん買い込んだのですが、それが袋に入ったまま職員室の机の引き出しに陣取っています。

今週から対面授業が始まりました。宿題のチェック、テストの採点、例文の直し、作文の添削と、久しぶりに赤ペンを握る機会が増えました。インクが目に見えるほど減ったわけではありませんが、線を引いたり、〇を付けたり、思いっきりペケにしたり、学生が書いた字の上に書きこんだり、2月までと同じように活躍しています。

学生にとってはどちらがいいのでしょうか。Google form上で電子的に採点されたり直されたりするのと、紙の上でアナログ的に赤を入れられるのと。

教師としては、記録を取っておきやすいという面では、コンピューターで処理する方が便利です。学生間の比較もすぐできますからね。しかし、私のようなアナクロなアナログ人間は、赤ペンを握った方が直したという実感が得られます。また、コメントの文字を荒らげることで「何考えとるんぢゃ!」とかって、内心の怒りを表すこともできます。

昨日学生に書かせた作文の添削をしました。最初に読んだKさんのは、“おっ、なかなかやりよるのお”という感じでした。この調子なら楽勝かなと思ったのも束の間、次のCさんので失速沈没しました。でも、真っ赤に染まった原稿用紙を見ていたら、なぜか快感が湧いてきました。

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大量不合格

6月4日(木)

おととい入ったクラスで漢字のテストをしました。過半数が不合格という悲惨な結果になってしまいました。また、学期の後半なら試験時間を大幅に余らせて手持ち無沙汰にしている学生が何名かいるのが通例ですが、そういう学生は1人だけでした。その学生は、90点でクラス最高点でした。日々の漢字の授業で勉強した単語をそのまま出していますから、満点が数人いるのが普通です。

オンライン授業だと、シャープペンシルを手に持って書くという練習が、どうしてもおろそかになります。パソコンなどで文字を打ち込むことはかなり上達したようですが、この3か月間、手で文字を書くという行為をほとんどしてこなかったのではないでしょうか。中国の学生の答案には、簡体字があちこちに見られました。漢字の読みも不正確でした。音読するようにと指導しているのですが、きっとしてこなかったんでしょうね。

作文の授業もありました。原稿用紙を目の前にするのもやはり3カ月ぶりでしたから、なかなか筆が進まなかったようでした。この時期の中級クラスなら、30分で400字くらい楽勝のはずなのですが、時間内に提出できたのが2名でした。その2名も、400字にちょっと欠ける長さでした。

要するに、書き慣れていないんですよね。書くのが遅く不正確になりました。このままだと、入学試験が心配です。志望理由書などは手書きを要求するところが多いですし、小論文や独自試験の日本語は手書きそのものです。オンライン授業期間中、学生たちが手書きをしてこなかったということは、日常生活においては手書きがほとんど必要ないということを意味します。入試関連の事柄だけが、とびぬけて保守的だとも言えます。

今、それについてどうこう文句を言っても始まりません。東京アラートにも負けず、学生を鍛えていくだけです。

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集中

1月22日(水)

学生たちはしわぶき1つせず黙々と卒業文集の清書をしています。専用の原稿用紙に黒のフリクションではないボールペンで書くのですから、失敗は許されません。だから、おちゃらけた態度にならないのはわかりますが、これほどまで集中するクラスは珍しいです。

先週の水曜日に下書きを書いてもらって以来、昨日までかかって添削しました。日本の生活の苦労、勉強ができなかった苦しみ、新しい友達ができた喜び、未知の世界を垣間見た驚き、将来の夢、何年か後の自分への手紙、来日直前の自分へのアドバイスなど、実にバラエティーに富んでいました。

どの学生も何らかの形で挫折を味わい、それを克服して、今、こうして卒業を目の前にしているのです。来日したばかりのころに比べれば、何倍も強くなったはずです。だからこそ、かつての自分にアドバイスができ、将来の自分に「初心を忘れるな」なんてメッセージが送れるのです。

緊張気味の表情で原稿用紙に向き合っている学生を眺めながら、この学生たちと同時期に入学して、すでに帰国した学生たちのことを思い出しました。日本の生活になじめなかったり、日本語の壁が乗り越えられなかったり、誘惑に負け続けたり、健康を害したり、志半ばで帰国した学生たちが敗北感一色になっていないことを祈るばかりです。

今ここで清書に集中している学生たちも、これがゴールではありません。4月以降、私学したら、今まで以上の試練が待ち受けているに違いありません。その試練を切り抜けるだけの基礎学力と常識と精神力を、私たちは授けてきたつもりです。顔を伏せてボールペンを動かしている学生たちを、卒業後も陰ながら応援していきます。

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はなむけのテスト

1月15日(水)

今学期、私が受け持っているレベルでは、毎日漢字テストをすることにしました。前日に勉強した漢字の読みを書くテスト続けていきます。

そういうわけで、朝一番で昨日勉強した漢字のテストをしました。読み問題だけなので100点続出かと思いきや、満点はわずかに2名でした。書き問題は出さないと宣言したのが裏目に出たようです。油断して、詰めが甘くなったと思われる答案が多数ありました。

でも、こうなることを少しは予想していました。多くの学生が間違えたのが、長音か濁音がかかわる問題でした。みんな、音読するときにそこまで細かく注意しないんですね。漢語の意味さえつかんでいればそれで十分だと思っているのです。しかし、読み方がいい加減だと、ワープロで漢字変換ができませんから、文章が書けません。最近のソフトはだいぶ進歩していますから、読み方が間違っていても全然書けないことはないと思いますが、能率は低下するでしょう。

私のクラスの学生たちに限りませんが、学生たちが書いて持って来る志望理由書には、不思議な間違いがよく見られます。つい最近は「…堅固にも気を付け…」という一節がありました。何だと思います? 前後の文脈からすると、「…健康にも気を付け…」なのです。“けんこう”を“けんご”としてしまう――まさに、長音と濁音がもろに関わっています。その誤字を見過ごしてそのまま私に見せるというのもいかがなものかとも思いますが、超級クラスの学生でもこんなものです。こういうのをどうにか改善したくて、それこそが卒業していく学生たちへの最大の贈り物だと思い、毎日漢字テストをしようと思い立ったのです。

明日の分のテスト問題を印刷しました。満点が少しでも増えてくれないでしょうか。

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4年間の進歩

12月3日(火)

午前中の授業で、クラスの学生の現時点における進路を確かめたからでしょうか、受験講座から戻ってきたらSさんが大学院の研究計画書を見てほしいと、職員室で待っていました。Sさんの専門は社会科学ですから、学問的な部分は手直しできません。Sさんもそこには期待しておらず、文法を見てほしいとのことでした。

読んでみると、さすが超級の学生だけあって、皆目意味不明という文はありませんでした。でも、門外漢の私でも、論理的に見て明らかにおかしいとわかる文はいくつかありました。ただ、その直し方がいくつか考えられ、Sさんの研究内容を詳しくは知らない私には、1つに絞り込むことはできませんでした。訂正案を2つぐらい書いておけば、Sさんなら自分の考えを的確に表しているのを選べるでしょう。

先月はCさんの研究計画書に手を入れました。こちらは化学でしたからある程度以上わかりましたが、Cさんが研究しようとしている最先端分野の事柄となると、やはりついていけませんでした。まあ、私のような40年も昔の専門教育を受けた者がすんなりわかってしまうような内容なら、研究の必要がないのかもしれませんが。

こういう大学院の研究計画書を読むと、大学出願書類の学習計画書など、児戯に類する内容に思えてきます。私でもわかっちゃって、いくらでも作文できちゃうんですからね。逆に言うと、SさんもCさんも、国の大学の4年間でかなりがっちり訓練されてきたのだと思います。それを土台にして、日本で花を咲かせようとしているのです。そういうことがひしひしとわかりますから、赤ペンを持つ手に力が入ります。

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