Category Archives: 教師

教師の勉強

5月25日(木)

1時間の授業をするためには3時間の準備が必要だ――20年以上も前、私が日本語教師養成講座の受講生だった時、講師の先生がおっしゃっていました。駆け出しのころは、そのぐらい準備に時間をかけていたと思います。しかし、今はそこまで時間をかけません。いや、“かけません”と“かけられません”の中間ぐらいでしょうか。仕事が立て込んでいて、即興に近い形で授業をすることさえあります。そんなことでは学生に対して失礼だろうと思いながら、若干の罪悪感を抱きつつ、でも平気な顔をして、教壇に立つこともあります。

準備が嫌いなわけではありません。本棚に並んでいる10冊以上の辞書を駆使して語句の意味を調べたり、読解テキストの参考になりそうな資料を探したり、数学や物理の問題のオーソドックスではない解法を考え出したりなどということは、何時間やっても飽きません。しかし、次から次と仕事が飛び込んできますから、そういう方面にばかり時間を割り振るわけにはいきません。

午後、読解の勉強会がありました。上級では、今学期から新しい読解の教科書を使い始めました。読解の授業のコンセプトも見直しました。そのため、授業で新しい課に入る前に、上級担当の教師が集まって、その課の取り扱い方を研究しています。

毎回、教師間で読解テキストの捉え方、視点の位置が違うものだなと感心しています。たびたび目からうろこが落ちます。そうすると、授業で新しいことに取り組んでみようかというチャレンジ精神が湧き上がってきます。年寄りには刺激が必要なのです。

この勉強会も授業準備だとしたら、いくらかは3時間に近づいたでしょうか。

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手堅く

5月19日(金)

日本留学を考えている外国人に日本のどこに留学したいかと聞いたら、多くの人は東京と答えるでしょう。では、2番目に人気を集めるのはどこでしょう。たぶん京都ではないかと思います。観光するなら北海道や沖縄が2位になるかもしれませんが、勉強するとなると、京都が強いのではないかと思います。

その京都の大学・専門学校の進学説明会がありました。説明会は、東京の日本語学校向けにオンラインで行われました。数年前から毎年このくらいの時期に開催されるのですが、2位は堅いのではないかと思われる京都が官民を挙げて留学生を集めようとする姿に、参加するたびに感心させられます。世界遺産の街、観光の街であるのと同時に、大学の街、学問の街でもあり続けたいのでしょう。留学生を集めるということは、国際都市の一側面もさらに強化したいと思っているに違いありません。

大阪、名古屋、札幌、福岡といった大都市と比べると、やっぱり京都には学問の街というイメージを強く感じます。これは日本人だれしも感じることだと思います。しかし、京都はそれにあぐらをかかず、果敢に攻めます。東京では味わえない青春が送れると訴えます。将を射んと欲すればまず馬を射よとばかりに、日本語学校の教師に攻勢をかけます。私はそういう京都に脱帽します。

本当は、遅くとも30年前、バブルがはじけた直後あたりから、日本国がこういうことをしなければいけなかったと思います。強みをさらに強くする手を打って、例えば半導体で確固たる地位を築いていれば、現今のような閉塞感には襲われなかったのではないでしょうか。人口減で社会が縮む一方という漠然とした不安も、こんなに色濃く漂うようなこともなかったと思います。

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人は第一印象?

4月10日(月)

やっぱり、学期の最初の授業、しかも顔見知りの少ないクラスとなると、緊張するものです。4月期は、顔見知りの大半が卒業してしまっているので、毎年緊張もひとしおです。

月曜日のクラスには、先学期数学や理科を教えた学生が3人います。もう1人、2か月ほど前に説教をした学生もいます。それから、卒業式の演劇部の発表で一緒に練習した仲の学生が1人。顔を知っている学生は5人いましたが、親しく話をしたことがあるのは2人だけです。他の学生たちは、ほぼ初顔合わせです。また、顔を知っているとか、話をしたことがあるとか言っても、日本語力まではわかりません。授業の時に戦力になるかどうかは、全くの未知数です。ですから、全員に対してお手並み拝見というのが、最初の授業です。

学期はじめは自己紹介タイムがありますから、これが各学生の日本語力を推し量るのに役に立ちます。全員のを聞いて、これはと思えたのは、Tさん、Nさん、Cさん、Sさんなど、クラスの半分弱。ちょっとひどいなと思ったのは、Jさん、Zさん、Pさんあたりでしょうか。授業中に書いてもらった例文を見ても、Tさんたちは、間違っているにしても意欲的ですが、Jさんたちは教科書の例文をちょっといじってお茶を濁したという感じです。

初回の授業で、つまりは第一印象でクラスの学生を判断してはいけません。でも、クラスの授業を形作っていくうえでは、そういう情報も必要です。もちろん、この第一印象が学期の最後まで変わらないというわけではありません。「第一印象は悪かったけど…」という学生もいれば、竜頭蛇尾的な学生もいます。

教師の方だってそうですよね。第一印象が「いい先生」でも、だんだん評価が下がっていったのでは、信頼関係は築けません。このクラス、3か月後はどうなっているでしょうか。

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変じゃないよ

3月15日(水)

昨日、O先生からAさんの様子がおかしいというメールが入りました。Aさんは水曜日の受験講座数学を受講しています。担任の先生とは違う角度からAさんを観察してみようと思いました。

教室に入ると、Aさんはいつもの席に座っていました。定刻に授業を始めると、最初のうちは下を向いていました。やっぱり何かあるのかなと思っていましたが、練習問題を配るといつものように熱心に取り組み始めました。そしてその問題の解説を始めると、顔を上げてホワイトボードとモニター画面に集中するようになりました。うなずいたり自分の答えと見比べたり、いつものAさんに戻っていました。

その後も、後ろの席に座っていたYさんに聞かれた問題を教えたり、図を描きながら問題に取り組んだりと、前向きな姿勢で授業に参加していました。私が配る練習問題は後ろのページに答えがつけてありますが、それに頼らず自力で解こうと真剣に取り組んでいました。

授業が終わると、しばらく友だちと軽口をたたき合った後、「さようなら」と明るい声であいさつをして帰っていきました。これなら心配はないと思いました。

受験講座では、日本語のクラス授業とは違った一面を見せる学生がけっこういます。よく回らない口で果敢に質問してくる学生や、顔をゆがめながら課題に取り組む学生や、逆に日本語の授業とは打って変わっておとなしくなってしまう学生や、本当に色とりどりです。

クラブ活動は、おそらく受験講座以上に通常クラスとは違う学生の顔が見られることでしょう。学生を多角的、多面的に見ていくことが、学生を伸ばす一助となると思っています。

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受かっても頭が痛い

12月16日(金)

RさんはT大学の大学院に受かりました。はっきり言って、日本語がよくできる学生ではありませんから、担当教師一同、合格を危ぶんでいました。もし落ちていたら、地獄の日々を歩む羽目に陥っていたかもしれません。きっと、研究計画書が素晴らしかったのでしょう。

さて、そのRさんのクラスでディクテーションをしましたが、Rさんはペンが動きません。他の学生は、間違いはあっても何か書いていましたが、Rさんは番号しか書けませんでした。続いて内容把握の聴解問題をしましたが、こちらもさっぱりでした。

T大学の大学院は、決していい加減な大学院ではありません。きちんとした学生選抜をしているはずです。でも、Rさんの聴解のできなさ加減を見ていると、進学後、授業についていけるだろうか、教授をはじめ研究室の人たちとディスカッションができるのだろうかと、心配にならずにはいられません。

今までのRさんを見ると、選択肢の問題はどうにか点を取ります。しかし、聞いたことを文字にするとか読んだ内容を要約するとかとなると、神通力が薄れてしまいます。だから、大学院でやっていけるだろうかと懸念を抱いてしまうのです。大学院で必要な日本語力は、どう考えても4択問題の解き方ではありませんから。

そうはいっても、合格した限りは最低2年間、講義を聞いたりレポートを書いたり、周りの方たちと議論を戦わせたり、研究計画によってはフィールドワークをしたりしていきます。卒業式まで残り3か月ほどですが、少しでもそういった研究生活にたえられる日本語力をつけていってもらいたいです。

落ちたらもちろん、受かっても心配、因果な商売です。

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合格発表

12月14日(水)

今学期もあっという間に期末テストまで1週間となってしまいました。クラスで試験範囲を発表しましたが、各学生がどこまで実力を伸ばしたのだろうかと思うと、不安に駆られる面もあります。

私を不安に駆り立てる学生の1人、Eさんは、昨日学校を休みました。担任のM先生にも連絡がなく、こちらから電話をかけても反応しませんでした。おとといが受験校の合格発表でしたから、落ちたショックで引きこもっているのではないかとも思いました。

そのEさん、今朝は遅刻ギリギリでしたが、教室に駆け込んできました。暗い顔をしているわけでもなく、授業には集中しているように見受けられました。課題プリントを配ってやらせている間に、Eさんのところへ行ってこっそり聞きました。

「昨日はどうしたんですか」「ちょっと頭が痛かったです」「おととい合格発表だったけど、どうだった?」「合格しました」「こらっ! それを早くM先生に言わなきゃダメだろう」

などというやり取りの結果、ちゃっかり合格していたことが判明しました。入試前に手取り足取り指導したわけではありませんが、少なくとも担任教師に報告するのが常識でしょう。このクラスの学生は、根っからの悪人はいませんが、Eさんみたいに大事なところが抜けているパターンが多いです。

夕方、ミーティングをしていたら、M先生に電話がかかってきました。Tさんからで、合格の報告でした。こういう義理堅い学生もいます。Tさんはクラブ活動もしていますから、教師との接触が多かったという面もあるでしょう。Eさん、Tさんのほかにも、結果待ちの学生がいます。学期末まで、学生をどつきながら情報を集める日々が続くことでしょう。

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どうなる?

12月6日(火)

このところ、進学相談が増えています。進学相談で一番困るのは、自分の置かれた状況をきちんと把握していない学生です。学力的な状況がまるでわかっていなかったり、“3月までしかいられない”という法律的な制約を理解していなかったり、計画性のなさや立てた計画の無謀さに思い至らなかったりなど、周りで見ているほうがどうにかなってしまいそうな学生がおおぜいいます。

Aさんは学期が始まってほどなく、私に志望理由書のチェックを依頼してきました。約束した日はとうに過ぎていますが、私と顔を合わせても元気よく「先生、おはようございます」とあいさつするだけです。Bさんには志望校の候補をいくつか提案しました。しかし、その後どうなったかわかりません。もう1年KCPにいるといううわさもあります。Cさんには身の程知らずの志望校に対してダメ出しをしました。でも、志望校を変更したという話は伝わってきません。このままでは3月いっぱいで帰国でしょう。

Dさんはすでに合格していますが、日本語の勉強がおろそかなままです。「よく面接を通ったね」と言いたくなるような発話力ですが、それを少しでも進歩させようという気持ちが感じられません。進学したら、同級生にも先生にも相手にされないよ、向こうは日本語の先生じゃないんだから。

親ともめているという学生も何人か。Eさんはどうにか親の許可を取り付けたようですから、前に進めそうです。ようやく本番を迎えられます。しかし、Fさんの親御さんは今までにも意見をころころ変えていますから、油断はできません。進んでいいのかどうなのか、確信が持てません。

年内にもう少し目鼻を付けたいのですが、どうなることでしょうか。

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ビザを更新されました

10月25日(火)

「先生、聞いてくださいよ。受身、大変でした」と、午前の授業が終わった後、M先生が報告兼愚痴りに来ました。このクラスは、先週、私が文法の復習ということで、受身の授業をしました。導入ではなく復習ですから、“私は先生に褒められました”みたいな直接受身をはじめ、“電車で足を踏まれました”“雨に降られて風邪をひいてしまいました”のような、少々特殊な受身まで一気にやりました。M先生は、それを受けて、話させたり文を書かせたりという演習をすることになっていました。

「受身の文って言ったら、Eさんがいきなり“私はビザを更新されました”ですよ」。そりゃあ、教師としちゃあ目が点になりますねえ。「Cさんは“窓を開けられました”って言うから、“どんな状況ですか”って聞いたんです。そしたら黙っちゃって…」。掛け値なしで大変な授業だった様子が見えてきました。

どうやら、私は油断していたようです。復習だからと広く浅く扱ったのが間違いでした。直接受身だけに絞るべきでした。おそらく、このクラスの学生たちは、以前受身を勉強し、その直後のテストでは合格点を取ったけど、その後受身を使って話したり書いたりすることがなかったのでしょう。深く突っ込まなかった私の授業には耐えられましたが、ほんの少し突っ込んでみたM先生の授業では破綻をきたしてしまったのです。

ほんの少し背伸びして“東京でオリンピックが行われました”と言えば練習になるのに、“東京でオリンピックがありました”としか言ってこなかったのでしょう。“このマンガは私の国でも読まれています”じゃなくて、“私の国でもこのマンガを読んでいます”と言い続けてきたに違いありません。楽な道を歩み続けた結果が、“私はビザを更新されました”なのです。受身を使わなくても話が通じるからって許してきた我々教師もいけません。

明日は、このクラスで使役の復習です。

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引継ぎ

10月18日(火)

私は一番下から一番上まで、どこのレベルでも教えますから、例えば初級で教えた学生を中級や上級でまた教えるなどということがあります。先週入った上級クラスには、去年、レベル1のオンライン授業のクラスで教えた学生が3人いました。「Pさんの顔はzoomの小さい画面でしか知らなかったけど、実物のほうがカッコいいね」なんて言うと、少し照れながら「先生、よろしくお願いします」なんて答えてくれました。そんな切り返しができるあたり、日本語の面でも成長しているんですね。

午後、もう一つ入っている上級クラスの引継ぎがありました。先学期担任をしていたH先生から、各学生の進路の決定状況や学業面、生活面などについての話を聞きました。このクラスにも、初級で教えた学生や受験講座で面倒を見ている学生が何名かいます。

YさんとLさんは、中級で教えました。順調に進級していれば最上級クラスにいてもおかしくないのですが、なぜかまだ上級の入口のクラスにとどまっています。Yさんは休み癖が抜けないようです。継続・積み重ねができませんから、伸びないんでしょうね。Lさんはマイペースで準備して大学院を受験し、面接で何もできずに撃沈したとのことです。Lさんもまた、授業中はいい加減でしたね。

Xさんは、初級で教えたときは危なっかしかったですが、先学期あたりはだいぶ安心して見ていられるようになったとか。こういう報告を聞くと、会うのが楽しみになってきますね。GさんやJさんは、私が受験講座で見ていた通り、話す力はかなりあるとのことです。

学生たちは若いですから、わずかな期間で大変身することもあります。1月期、私が次の先生方にどんな引継ぎをするのでしょう。これからの授業にかかっています。

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騒いだもん勝ち

10月12日(水)

KCPでは毎学期の初日に、進路決定状況を中心に、学生アンケートを実施しています。それまでに決まった合否や、出願状況や、今後の予定、教師の支援が必要な事柄などを聞いています。

昨日もアンケートを取りました。その回答を見ていたら、先学期私のクラスだったSさんがT大学に合格した記入されていました。しかし、Sさんはクラスを記入すべき欄に名前を書き入れるなど、若干怪しい答え方をしていましたから、今学期のクラスのY先生に確かめてもらいました。すると、ちゃんと合格したそうです。私は3回面接練習をしましたから、本当は合格の報告をしてもらいたいところですが、まあ、とにかく、うれしい知らせです。

10月期にもなると、学生も夢物語ばかり語っている余裕はなくなります。自分の実力を冷静に見つめ、現実的な決断を下さなければなりません。そういう観点に立つと、Sさんは先学期中に夢から覚めて確実性の高い道を選び、必要なところは教師に助力を仰ぎ、合格に至ったと言えます。こういう利用のされ方ならば、私たちは喜んで力を貸します。

一方で、まだ夢の中を泳いでいるような学生もいます。滑り止めにさえかなりの有名校を挙げているMさんなどはその典型例です。早く動かないと行き場所がなくなってしまいます。卒業式に至っても“無所属新人”などと名乗られても困ってしまいます。受験は、早い時期から騒ぎ始めた学生が、結局、勝ちます。E大学に落ちたGさんは、すぐに“次”に向かって動き出しました。こういうのの積み重ねが、最後の笑顔につながるのです。

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