Category Archives: 教師

言霊

1月9日(土)

始業日に渡す、先学期の成績表を作っています。単純に中間テストや期末テストの点数を記入し、合格か不合格かを伝えるだけなら楽なのですが、1人1人にコメントを書くのが頭脳的に重労働です。「頑張れ」だけならどうということはありませんが、先学期の3か月間を振り返り、伸びた学生はほめ、出席率の芳しくない学生は叱り、合格が決まった学生にはお祝いのことばを送り、成績の思わしくない学生を励ましてって考え、しかも私の気持ちが効果的に学生に伝わるような表現を探していくとなると、1人の学生のコメントを書くのに意外と時間がかかるのです。

私も最初からこんなに力を入れていたわけではありません。コメントの言葉を選ぶようになったのは、もうだいぶ前に卒業したHさんがきっかけです。Hさんは卒業式の後のパーティーで、「先生が成績表に書いてくれた言葉が励みになって志望校に合格できました。その成績表、これからもずっと取っておきます」と、これだけは伝えなくちゃっていう顔つきで言ってきました。

これはとても名誉なことでしたが、同時に自分が発した言葉の重みをひしひしと感じさせられました。教師の言葉ってこんなにも強い影響力を持つのかと身の引き締まる思いがしたことが、Hさんの笑顔とともに今でも私の頭に深く刻み込まれています。

それ以後、成績表のコメントにはいい加減なことがかけなくなりました。先学期も、非常に腹立たしい学生が数名いましたが、そういう学生にも、いや、そういう学生だからこそ、コメントに知恵を絞りました。

言霊っていうくらい、日本では昔から言葉の力は畏れられていました。言葉を教えることを職業にしている私は、二重の意味でこのおそれを感じなければならないわけです。来週から、このおそれに立ち向かっていきます。

新年に向けて

12月25日(金)

仕事納めの日ですが、もう新学期に向かっての胎動が始まっています。初級のF先生は、来学期は中級を担当することになり、中級の授業内容を聞きに来ていました。初級で教えた学生に中級でまた顔を合わせるのは楽しいものですよって伝えようと思っていたら、いつの間にかお帰りになってしまいました。新学期直前の打ち合わせの時にでも、お伝えしましょう。でも、初級で教えた学生の出来が悪かったら、責任取れっても言われますからね。F先生、心してくださいよ。

同じ頃、ZさんはH大学の願書をインターネットで作成していました。順調に入力していき、最後が寮に入りたいかどうかの希望調査でした。Zさんは入寮希望し、ネットで示されたいくつかの寮の中から気に入ったところを3つ選んで入力しました。願書の内容を確定してから、願書をプリントアウトすると、申し込んだ寮の1つが「女性用」と記されていました。「先生、これで不合格になりますか」と、本当に心配そうな顔で私に聞いてきました。

Zさんは性別を「男」と入力していますから、女性用の寮を申し込んだら選択が正しくないってはじき返せばいいんです。寮にたどり着くまでにZさんの名前や出身校名の漢字を受け付けられないとダメ出ししてたんですから、「男」と入力した人が女性用を選んだ時もダメ出ししてくれてもよさそうなのに。そうすれば、Zさんもいたずらな心配をしなくても済んだのです。

午後からは大掃除。職員室のあらゆるところをひっくり返すと、思わぬものが出てきます。今回最大の発見は、ティーバッグにお湯を注いだ状態で放置してあった急須です。ティーバッグはカビで真っ白になり、そのカビの一部が(元)お湯の表面にも浮かび、とてもこの世のものとは思えませんでした。また、1年分の学生の落し物も処分しました。電子辞書を始め、私がネコババしたくなるようなものもかなりありました。

そんなこんなが終わり、これから1月3日までお正月休みです。私は明日の朝から早速遠征に出ます。

皆様、よいお年をお迎えください。

受験票ください

12月11日(金)

先月からかれこれ1か月近く、受験準備と称して休み続けていたCさんがやって登校しました。昨日の授業後に電話があり、来週末受験予定のT大学の受験票が学校に届いていないかと聞いてきました。届いてはいましたが、学校へ来たら答えるとだけ返事をして、今日です。

CさんとしてはT大学受験のために休んでいるのですから、その受験票を手に入れるためには、どんなに嫌でも学校へ来ざるを得ません。だから来たのですが、教室のドアを開けたのが10:18でした。10:30の休み時間に受験票だけもらって帰ろうという魂胆が見え見えでしたから、授業後に1階の職員室へ来いとだけ言って、後半の選択授業に出させました。

選択授業を終えて職員室に戻ると、カウンターにCさんの顔が。職員室内に呼び寄せ、まず、T大学の受験票を渡しました。そして、「昨日、電話で明日からちゃんと来ると言ったのに、どうして教室に入ったのが10:18なんですか。あなたの『ちゃんと』は10:18なんですか」と、戦闘開始。「全然来ないよりいいと思いました」とCさん。

「今、私には、Cさんの来学期の登録を認める気持ちは全くありません。これは12月いっぱいでいったん国へ帰らなければならないという意味です。国へ帰らずにビザが切れるまで日本にい続けたら、あなたは除籍処分になります。除籍ということは、T大学に受かってもビザの延長ができないということです」

ここまで言われれば、さすがのCさんも多少は事の重大さに気付いたようで、「これからちゃんと学校へ来て、勉強します」と反省の弁を。「そんなことば、信じられませんね。同じことばを、あなたは何回言いましたか」。こういわれて意外そうな顔をしたCさんを見て、やっぱり口先だけだなと思いました。

私は本気です。いい加減な出席状況、授業態度なら、絶対に来期の登録を認めません。Cさんの“自宅学習”が無になろうとも、知ったことではありません。CさんにはCさんの論理があるのなら、KCPにも通すべきKCPの筋があります。日本は法治国家ですから、出入国及び難民認定法の精神に基づいて、粛々と対応します。

存在感

12月9日(水)

教室に入ると、今まで出席率100%のJさんがいません。電車が遅れても9時前には必ず教室にいたのに、Jさんの定位置の机にかばんも何もありませんから、トイレでもなさそうです。いったいどうしたのだろうと、出席簿に挟んである書類を見ると、入試のための欠席届が出ていました。

Jさんは特別発言が多い学生ではありませんが、いないとなるとどこか不自然さを感じます。授業中に教室全体を見渡してJさんの姿が見当たらないと、なんだか調子狂うんですよね。Jさんには、それだけ無言の存在感があったのでしょう。

同じく、KさんとPさんも欠席でしたが、この2人は今までにもよく休んでいたので、特に何も感じませんでした。「ああまたか」と思うこともなく、「まったくもう」と怒りを感じることもなく、欠席を受け入れているのです。クラスを担当する教師として、学生の欠席を当然のことと思ってはいけないのですがね。まあ、それぐらい、この2人は、Jさんとは違って、私の心の中に存在感がないのです。

このクラスに限らず、毎学期受け持つどのクラスにも、KさんやPさんのような学生がいます。昨日のクラスではGさん、Sさんでしょうか。遅刻して教室に入ってくる姿に、腹も立たなくなっています。注意はしますけれども、GさんやSさんほどの常習犯になってくると、注意に身も入りません。言っても無駄だろうなと思いながら注意しても、効き目は半減ですから、悪循環に陥っています。

Kさん、Pさん、Gさんは、Sさん、考えてみればかわいそうな人たちです。同じ授業料を払っているのに、Jさんほど目をかけてもらえないんですからね。私にもっと熱き血が流れていれば、様相は違ってるんでしょうが、現実は彼らの空席を見ても心拍数すら変わりません…。

スクランブル発進

11月12日(木)

午前中授業のあと、お昼から面接練習4連発…のはずが、風邪でお休みのK先生の代講をすることに。授業直後の1発目の面接練習を終えて机に戻ると、代講の用意がすっかりできあがっていて、配布物などが机に積み上げられていました。文法と漢字の教科書を持って教室へ。スクランブル発進です。

手元に教案などあるわけがなく、授業内容のメモと教科書を見比べ、学生の反応を確かめながら授業を進めていきます。「みんなの日本語」だったら、すばらしい授業はできなくても、合格点はもらえる授業ぐらいならどうにかする自信があります。もう少し正確に言うと、どうにかしてしまう度胸があります。突き詰めて言えば、初級の授業とは授業内容をいかにして学生に印象付けるかなのです。

私は、文法のポイントを説明することには自信があります。その得意な領域に持ち込むため、学生たちの頭を目的とする文法にどう結びつけるか、そこを必死に考えます。鉄板の導入法やドリル法を持っているわけではありませんから、その場の雰囲気をつかんで、自然な流れの中で気が付いたら新しい文法の勉強をしていたという形に持ち込もうと考えます。自分の全感覚を振り向けないと空気がつかめませんから、これは結構疲れます。同時にスリルも感じます。このスリルが味わいたくて初級の授業をやってるなんて言ったら、変態じみてますかね。

代講が終わったら、また面接練習。「家族は何人ですか」なんていう頭から、「TPPの関税撤廃が日本経済にどのような影響を与えるのか関心があります」なんてことを考える頭へと、すばやく切り替えなければなりません。初級の代講とは全然違う脳みそを働かせながら指導します。

気が付いたら、どたばたしているうちに日はとっぷり暮れていました。

テスト作り

11月11日(水)

来週の水曜日が中間テストなので、その試験範囲が発表されました。私が担当している超級レベルは、試験範囲といっても試験前日までやったところという、何の情報にもなっていない発表です。超級ですから、たとえ勉強していない問題が出されてもそれなりに解けなきゃだめですよ。

来週水曜が中間試験ということは、火曜日までに問題を作らなければならないということです。昨日から問題作りを始めたのですが、明日は授業後は面接練習がしこたま入っていて、明後日は受験講座で時間が取れず、土曜日は会議、月曜日は受験講座と、一体いつ作る暇があるんだろうかという感じです。範囲はいい加減でも、問題は気合を入れて作らねば、一生懸命勉強してくる学生たちに失礼です。

この時期は大学の出願もありますから、志望理由を見てあげなきゃいけない学生がたくさん出てきます。Cさんもその1人です。一生懸命書いてきたのはいいんですが、Cさん自身も途中で何を書いているのかわからなくなってしまったことが、文章の上にありありと表れています。カッコいいことを言おうとしているんですが、企画倒れ気味です。そういう文章を、本人に事情聴取しながら書き直すのですから、時間がかかることおびただしいです。

それから、Oさんの推薦状も書き上げました。Oさんは、いい意味で書くべきエピソードが豊富ですから、思ったほど時間がかかりませんでした。それでも小一時間はかかりました。

その他、Sさんの進学相談、AさんとJさんの出願書類チェック、ZさんとKさんの理科の勉強法相談、Lさんの面接練習、さらに、明日は急に実習生が私のクラスを見学することになり、そのために授業内容をちょいと変えることに。気合を入れて問題を作りたくても、気合を入れる時間すらありません。問題を作る時間がなかったから中間テストなしってなったら、学生は喜ぶでしょうけどね…。

切りますか

10月22日(木)

Kさんは先学期末の受験講座説明会に出席し、申込用紙をもらっていました。でも、締切日までに申し込むのを忘れ、今日になって申し込んでもいいかと聞いてきました。

大学なら、履修登録締切日をすぎたら、絶対受け付けてもらえません。だから「ダメ」とはねつけることもできるのですが、ここは何かと日本語力に問題のある人たちがその問題をなくしていこうと勉強している学校ですから、そこまで冷たくしてしまうと、意欲のある学生から勉強するチャンスを奪ってしまいかねません。

かといって、学生の希望を何でも聞いていたら、かえって学生のためになりません。期日なんて守らなくても何とかなるって思うようになったら、進学や就職してからうんと痛い目に遭うことは明らかです。

こういう場合は、まず、本人の意図を確認します。Kさんは来春専門学校に入りたいといいます。とすると、受験講座じゃありません。Kさんと同期の学生たちは2017年の大学進学を目指していますから、Kさんがそういう学生向けの授業を受けても、あまりご利益はなさそうです。そういうことを踏まえて、Kさんには受験講座は受けなくてもいいというアドバイスをしました。そして、専門学校に出願したら必要となる面接の準備をしておくよう勧めました。

労働生産性って観点からすると、実に非効率な働き方です。でも、Kさんの満足げな後姿を見送ると、こういう仕事が私に与えられた仕事なんだろうなと思います。

倒れた???

10月20日(火)

9時10分前、午前クラスの教師たちの朝礼が始まってもE先生は姿を見せません。ゆうべ、「明日」の授業内容についてのメールを送り、それに対して10月20日という日付の入った教案を送ってきましたから、E先生が授業の日にちを忘れているとは思えません。事情を確認するためにE先生に電話をかけると、通勤途中に倒れて駅の救護室に運ばれていたことがわかりました。

午後クラスの先生に大急ぎで代講を頼みました。前半は漢字のプリントなどがありましたが、後半はE先生が独自の資料で授業をすることになっていましたから、どうにもなりません。これまた周りの先生からすぐ出てくる教材を借りて、急場をしのぎました。後刻E先生から送られてきた資料を見ると、私がお願いした授業内容を見事に反映した資料で、もしかするとこれを作るために寝不足になり、倒れてしまったのではと思えるほどの内容でした。

E先生は私の半分にも満たない年齢で、少なくとも見た目には不健康そうではありません。こういうふうに、若くてパワーがありそうな人が倒れたり病気になったりするたびに、何が健康を左右するんだろうかと考えさせられます。私のように食事も睡眠も不規則極まりなく、運動不足もはなはだしい者のほうが、よっぽど倒れちゃいそうなんですがねえ。酒煙草を全くやらないっていうのが、そんなに健康に効いているとも思えません。

いずれにしても、あれだけの力作が日の目を見なかったというのは、E先生自身が最も残念なはずです。さらに言えば、それだけの授業を聞きそこなった学生こそが最大の被害者かもしれません。次回のE先生の日に、その授業をしてもらおうかと、予定変更を考えています。

最後の粘り? 悪あがき?

10月12日(月)

Kさんは入学から先学期末までの出席率が50%で、退学勧告を受けています。学校としては、出席率があまりにも悪すぎるので、在籍の継続を認めず自主退学してもらおうと思い、先学期末からずっとそういう話をしています。しかし、Kさんは何とかして10月からも学校に残ろうとして、学期休み中も毎日のように学校へ来ては頭を下げ続けています。そんなことをしてもらっても、こちらは継続を認める気はまったくありません。

そもそも、Kさんは6月末の時点で出席率が悪いことで警告を受けています。にもかかわらず7月の出席率はそれ以下に悪化し、そこでまた叱られました。そのときに遅刻欠席したら帰国すると誓ったくせに、いつの間にかまた元の木阿弥となり、今に至っています。誓いの言葉を書いた紙を見せても、最後のチャンスをくれと粘っています。それだけの粘りを、なぜ学期中に出席することに発揮できなかったのかと問い詰めたいです。

情にほだされてKさんの在籍を認めると、結局Kさんのためにはなりません。頭を下げて殊勝な態度を示せば、過去のことは水に流してもらえて、どうにかなると思っているのでしょう。これ以上世の中をなめてかかるようになっては、いずれ大ケガをします。退学させることが、我々のできる最後の教育です。退学勧告を無視し続けるようだと、除籍処分にせざるを得ません。そうなるとKさんの経歴にきずがつきますから、そうなる前に退学届けを出してもらわねばなりません。

今もKさんはロビーのカウンター前で2時間以上泣き続けています。でも、優しい言葉をかけてやる気は、爪の垢ほどもありません。

テスト問題作成中

8月10日(月)

朝、チラッと雨が降って、打ち水効果で涼しくなると思いきや、かえって蒸し暑くなってしまいました。先週のような猛暑日ほどの暑さではありませんが、外に出るとそれとは違ったじっとりとした暑さが皮膚を覆ってきます。

そんな蒸し暑さにもめげず、今週の木曜日に控えた中間テストの問題を作っています。土曜日に漢字を、今日は文法の問題を作り、残る大物は読解だけです。でも、読解は以前に作った問題がありますから、それを元にすればそんなに大変な手間はかからないでしょう。そういう意味では、問題作成の山場は越えたとも言えます。

上級クラスは、自分で授業内容を決め、進度表を作り、実際の進度に合わせて授業を急がせたりのんびり進めたりし、中間・期末テストを作り、採点して今学期の合格・不合格を判定します。責任がすべておっかぶさってくるので肩の荷が重いことは確かですが、その責任の重さを楽しむこともできます。自分の裁量でどうにでもなるという意味では、自作自演みたいなところもあり、ワンマン社長的な面もあります。そこが楽しいのです。

これに対して、他の先生が担当なさっているレベルでは、その先生の思いを酌んで、その思いに沿って動く駒や兵隊のような役割を果たします。担任なら、そのクラスの他の先生の得手不得手を勘案し、自分がその調整弁になります。だから、単なる兵隊ではいけません。初級クラスは中間前日が私の授業日ですから、まあ、アンカーマンみたいな役目もすることになります。

さて、明日は私が問題を作っている上級クラスの授業日です。どんな顔をして授業をしようかな…。