Category Archives: 教師

にぎわう

12月26日(木)

学期休み中だというのに、学生の姿が途切れません。月曜日は期末テストの追試の学生が多かったですが、それ以後は、これから出願の学生が相談に来たり、年明けに入試の学生が面接練習に訪れたりしています。すでに進学が決まった学生の中には、年末年始を国で過ごすべく一時帰国している人もいます。天国と地獄と言っては言いすぎですが、今、職員室で頭をひねっている学生たちは、ここが踏ん張りどころです。

「後期」とか「2期」とか呼ばれる入試は、だいたいどこでも競争が激しいものです。この2、3年は、特にその傾向が強いです。そのため、合格ラインも必然的に上がります。そういう試験に挑まねばならないというプレッシャーに加え、落ちたら帰国という、いわば背水の陣だという緊張感も加わり、学生たちの表情はどこか引きつっています。こちらとしても、このように追い込まれる前に決めてほしかったのですが、現状は現状として向き合わなければなりません。

Xさんは日本の大学をなめていたと反省の弁を述べていました。何人もの教師から滑り止めを考えろと言われ続けていたのに、いわゆる有名大学を受け続けて落ち続け、この期に及んでようやくY大学に出願しました。年明けに行われるY大学の入試は、Xさんが夏から秋にかけて挑んだ大学と、難易度的には大差ないでしょう。でも、ろくな面接練習もせずに本番を迎えた今までの入試とは違い、次はがっちり準備をして臨むと言っていますから、期待していいかもしれません。

もうすぐ「新春」ですが、私たちの春は、春節も越えて、花芽が膨らむころまで待たなければなりません。

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ある“びっくり”

12月21日(土)

おととい、昨日と出張で、その資料を整理していたら、ロビーをJさんが通り過ぎていきました。Jさんは今月休んでばかりで、昨日の期末テストも受けなかったという報告を聞いています。電話やメールには反応せず、まさか、卒業式に来るとは思いませんでした。

Jさんは去年の1月生ですから、今学期でKCPの在籍期間が2年となり、卒業対象者です。しかし、昨日の期末テストを受けていませんから、“卒業”ではなく“修了”となります。そうなると、卒業式には出席しないというパターンが多いので、Jさんもそうだろうと思っていました。でも、Jさんは来ました。しかも、パリッとしたスーツ姿で。

ちょっとうれしくなりました。出席率が悪いことは許しがたいことですが、最後の最後はきちんと出てきて、KCPでの留学生活を締めくくろうという気持ちは、しっかり受け止めたいです。ジャージか何かで来たらふざけるなと張り倒してやるところですが、一張羅のスーツを着て来てくれたのですから、昨日までのことは水に流してやろうじゃないかという気になりました。

Jさんは堂々と修了証書を受け取りました。Jさんは夢破れて挫折したと決めつけていましたが、決してそんなことはありませんでした。少なくとも挫折を糧に前進する体制を作り上げています。来週半ばに帰国しますが、胸を張ってご両親やご家族、友人と会ってもらいたいです。

12月の卒業生は、ほとんどがKCPで日本語ゼロから始めた学生たちです。KCPの初級から上級まですべてをなめつくした生き字引みたいな人たちです。すべての教師の手を経て卒業式を迎えた面々です。人数は少ないけれども、いや、だからこそ、教職員一同、心を込めて送り出しました。

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11月19日(火)

初級で動詞と言えば、「食べます」とか「勉強します」など、自分も毎日するような、具体的でジェスチャーでも表現できるような語彙が中心です。中級では「改善する」とか「責める」など、抽象概念を表わす動詞が出てきます。上級や超級となると、複合動詞で微妙なニュアンスを表すことを覚えていきます。

複合動詞とは、動詞のます形(国文法では連用形)に別の動詞がついてできた動詞です。「読み終わる」「駆け上がる」「結び付ける」「はぎ取る」など、私たちの身の回りにいくらでもあります。超級ともなれば、これら複合動詞の意味するところを正確に理解し、自分自身でも使えるようになってほしいものです。

「冷え込む」と「冷え切る」、「飲み切る」と「飲み尽くす」これらはどのように違うでしょう。また、「逃げ込む」「考え込む」「疲れ切る」といった複合動詞の“込む”“切る”は、「冷え込む」「冷え切る」「飲み切る」の“込む”“切る”と同じ意味でしょうか。こういったことも超級のクラスでは考えていきます。

学生たちはこちらの提示した例文やヒントをもとに、「~込む」「~切る」「~尽くす」の感覚をつかんでいきます。そして、穴埋め方式の練習問題なら解けるようになります。次は例文を作ってみて、使う感覚を養います。その後は実戦で鍛えていき、真の意味での定着を図ります。私のクラスの学生たちは、今晩例文を考えて、明朝提出することになっています。

これと同じようなことを、実は、日本語教師養成講座でもしています。日本語教師以外の日本人は、複合動詞なんて日々の生活で意識しません。だから、その意味用法は、感覚的には理解していても、言語化して誰かに伝えることは非常に難しいでしょう。それをできるようにするのが養成講座であり、そういった能力を身に付けた方々が日本語教師として歩み始めるのです。

「冷え込む」と「冷え切る」の違い、知りたくありませんか。

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対照的な2人

10月28日(月)

午前中の選択授業が終わると、私のクラスにいたUさんが、「先生、T大学に合格しました」と報告してくれました。授業中こっそりスマホで合格発表を見ていたのかもしれませんが、まあ、それは大目に見てあげましょう。

そんな会話をしていたら、同じT大学を受けたKさんがわざわざ私の教室まで来て、合格の報告をしてくれました。UさんもKさんも指定校推薦入試ですから、合格は当然と言えば当然ですが、面接できっちり推薦入学の模範生としての覚悟を示してくれたのでしょう。

夕方、H先生から「KさんがT大学に受かったそうですよ」と声をかけられました。KさんはH先生のところへも報告に行ったようです。「ところで、Uさんはどうなったか知っていますか」とH先生に聞かれました。「Uさんも受かりましたよ。先生には何も言ってこなかったんですか」「ええ、何にも」「困ったやつだなあ。散々お世話になったのに。逆さづりにでもしてやりましょうか」「本当にそうしてやりたいですよ」

UさんもKさんも、先学期はH先生が受け持っていました。指定校推薦で受けると決まってから、2人ともH先生に毎日のように面接練習をしてもらっていました。ですから、私なんかよりも、まず、いの一番に、H先生に合格の報告とお礼をしなければならないのです。Kさんはそれをしたようですが、Uさんは職員室でH先生を待つこともなく、帰ってしまったようです。

挨拶をしなかったからといって差別をするほど、H先生は心が狭くはありません。しかし、心証は悪いでしょうね。そういう不義理に慣れてしまうと、絶対に義理を欠いてはいけない場面でやらかしてしまうことも想像に難くありません。Uさんには、明日にでも、H先生のところへ行かせましょう。

ついでに

10月19日(土)

ある学生の出席状況を調べたついでに、Kさんの今学期の出席率も見てみました。始業日から昨日まで、遅刻もせず100%でした。Kさんは先学期私のクラスにいた学生で、顔を合わせるたびに休むなと言い続けてきた記憶があります。学期が始まってまだ8日ですから100%で当たり前と言ってしまえばそれまでですが、先学期は注意しても1週間と持たなかったのですから、Kさんにしては立派なものです。

Kさんが入学したのはちょうど1年前です。入学した月は出席率100%でしたが、翌月は早くも80%を割り、危険水域に突入しました。初めて休んだのは去年の11月9日で、以後、週に1日か2日ずつ休むようになりました。休み癖がついてしまったのでしょう。

Kさんは体があまり丈夫ではありませんから、冬の入り口で風邪をひいたのかもしれません。でも、その後、担任に几帳面に連絡は入れていたようですが、ちょこちょこと休んでいます。連絡さえすれば休んでもいい、せいぜい先生からがみがみ言われるだけだ、それさえ我慢すれば、持ちこたえれば、聞き流せば、楽ができる、好きなことができるという発想に流れてしまったような気がします。

この調子で進学のための特別授業も欠席を繰り返し、日本での進学に関する基礎知識を持たないまま、1年が過ぎてしまいました。ですから、来年3月にはKCPを出なければならないのに、進学については何ら具体的に動いていません。Kさんを受け持った先生方が、硬軟取り混ぜて指導してきたはずです。でも、Kさんの心には響かず、行いを改めさせるには至りませんでした。

そして、先学期末には、恥ずかしくてここには書けないような出席率になってしまいました。今学期、たった8日間ですが、出席率が100%なのは、この数字では絶対にビザが出ないから国へ帰れと、私に厳しく言われたからでしょう。尻に火が付いたのでしょうが、最近の入管の厳しい対応からすると、たとえ今学期ずっと100%を続けても、安心はできません。

Kさんと同じ学期に入学した学生の中には、進学先が決まった人もちらほら出てきました。先が見通せないKさん、ずいぶん差をつけられてしまいました。

明日からです

10月8日(火)

「先生、数学の教室にいたんですが、先生も学生もだれも来ないんですけれども…」「受験講座は明日からですよ」。1:30過ぎ、学生とこんな会話をしました。

開講日前日、昨夜のうちに受験講座の受講生には、メールで受講科目の曜日と時間帯を連絡しました。でも、今朝の各クラスの連絡で、受験講座は明日からだとも伝えてもらっています。その学生は、講座の開始時刻の前から教室に陣取っていたのですから、きっとまじめな学生なのでしょう。だから、今朝教室での連絡事項も聞いていたはずです。

最近、「ケーキの切れない非行少年たち」(宮口幸治、新潮新書)を読みました。それによると、聞く力が弱いと、親や教師がいくら注意しても言い聞かせても、子ども自身の頭には何も残っていないのだそうです。そして、その注意を聞かなかったからということで叱られ、自己評価が低くなり、非行につながるというのです。

これを読んで、聴解力の弱い学生もこの本に出てくる非行少年と同じような立場に置かれているのかもしれないと思いました。1:30の学生も、午前中のクラスで先生からの口頭連絡または板書で、本日受験講座休講という連絡を受けていたはずです。音声ではそうとらえていても、日本語の聴解力が弱いと、その音声を自分にかかわりのある連絡事項として理解することができないのです。それゆえ、受験講座の教室へ行ってしまい、空振りしてしまったのでしょう。板書をしたとしても見る力が弱ければ、教師が書いた文字列を自分に関する情報と理解できません。

自分たちの注意を守らない学生を、私たちは頭ごなしにガツンと注意します。でも、聞く力や見る力が弱い学生は、なぜ叱られたのかわからないかもしれません。そして、同じことを繰り返し、ダメ学生のレッテルを張られ、劣等生への道を歩み始めます。学生にとっての外国語である日本語で注意がなされるのですから、すぐにはきちんと理解できないでしょう。日本語教師は無論そんなことぐらいわかっています。でも、ガツンとやりたくなる、やってしまうものなのです。これが続くと、やる気もうせてきます。将来の展望も描けなくなります。

よくわからない外国語環境に放り出されている学生たちに対して、その芽をつぶさないように、接し方を考え直さなければいけないと感じさせられました。

見直し

10月4日(金)

他の先生方は今学期の新入生のプレースメントテストで大わらわでしたが、私は今月から始まった養成講座の授業をしました。授業の中休みで職員室に戻ってくると、みんな黙々と採点していました。私の周りだけ別の時間が流れているような気がしました。

私が今週・来週と担当するのは日本語文法です。日本人が中学や高校で学ぶ国文法とは視点が少し違います。日本語文法は、日本語を1つの外国語としてとらえていますから、生粋の日本人でも戸惑う場面が少なくありません。“(自動詞)ています”“(他動詞)てあります”なんて、一生気付かない日本人が99%以上でしょう。

ですから、今私がしている授業の名称は「日本語文法初級」ですが、初級の日本語学者向けの文法というよりは、日本語教師道初級の受講生向けというべきでしょう。普段何気なく読んだり聞いたりしている日本語を、今までとは異なる法則で見直す頭の訓練でもあるのです。特に文法シリーズの授業が始まったばかりのころは、頭の切り替えが中心になります。

ですから、受講生にとってこの時期の私の講義は驚きの連続のようです。だいぶ以前の方は、こんなややこしい文法を何も考えずに使いこなしている日本人は天才だなどと感想を漏らしていました。それがネイティブの強みだとも言えますが、文法を意識していないということは教えられないということも意味しています。

自分が毎日使っている言葉を事細かに分析することはほとんどないでしょう。でも、日本語教師が成長していくのに最も身近な教材は自分自身の日本語です。教材の取り扱い方を教えるのが私の講義の役割だと思っています。

微妙なポジション

9月25日(水)

学期末になり、テストの日程が詰まっています。朝一番で文法テストをし、その後、昨日の文法テストを返却してフィードバックをしました。学生たちはまさに大変ですが、すべてが期末テストの範囲ですから、その練習にもなっていると思えば、その大変さも納得してもらえるでしょう。

Kさんは進級できるかどうかの瀬戸際にいます。平常テストで点が取れず、再試でどうにかしのいでいます。中間テストは合格点を取っていますから落第決定ではありませんが、期末テストで中間テスト並みかそれ以上の点を取らないと、進級は危ういというのが現状です。

しかし、昨日のテストも今朝のテストも不合格でした。今朝の方は惜しいところで減点という問題もいくつかありましたが、昨日のは理解できていない感じの、非常に心配な間違え方でした。あと2日で勉強し直して、間に合うでしょうか。

Kさんは先日のアートウィークの演劇公演で、大活躍しました。直前の練習の時点では自分のセリフも満足に言えず、本番の舞台に立てるだろうかと危ぶんでいました。でも、本番ではセリフを完璧に覚えてきて、見事に大役を果たしました。何せ、Kさんがいなかったらストリーが全く進まないのですから。

この時の話をすると、自信がよみがえるのか、実ににこやかな顔をします。また、火事場の底力みたいに、土壇場に追い込まれてから力を発揮するタイプなのかもしれません。ですから、期末テストも合格点をもぎ取るような気もします。

しかし、それがKさんのためになるかというと、疑問符を付けざるを得ません。進級してから授業に全然ついていけなくなるおそれを消し去ることはできません。かといって、学期通算で合格点を取っている学生に、もう一度同じレベルを勉強することを納得させるのは、至難の業以上のものがあります。

ただ、1つ光明があるのは、Kさんは自ら申し出て、補修を受け始めていることです。面倒を見ているH先生によれば、いくらか上向いてきているとのことです。

まだ期末テストは終わっていませんが、なんだか悩みの多い学期休みになりそうです。

有難迷惑?

9月20日(金)

「えっ、Wさん、再試受けないで帰っちゃったんですか」「はい。期末タスクの面倒を見ていたらいつの間にか消えていました」「いったい、どうするつもりなんでしょう。来学期もWさんのクラスなんて嫌ですよ」

授業後の引継ぎの時に、こんな会話をしてしまいました。来週の金曜日が期末テストで、しかも、月曜日は秋分の日でお休みときています。再試が受けられる日がほとんどないのに、Wさんは不合格の文法テストを2つも抱えています。それも、惜しいところで不合格ではなく、箸にも棒にもかからない、堂々たる正真正銘の不合格です。たとえ期末テストで満点を取ったとしても(取れっこないけど)、挽回不可能でしょう。

そもそも、Wさんに進級しようとする意志があるかどうかも怪しいところです。大学院進学を目指していますが、日本語学校は受験のベースキャンプみたいに思っている節があります。日本語は上手にならなくてもいいというか、自分の日本語力は十分に高いと信じ込んでいます。ですから、入管ににらまれないように授業には出席しますが、授業から何かを得ようという姿勢は感じられません。もう一度同じレベルになったとしても、痛くもかゆくもないのです。自分のペースで進学準備をしていますから、クラスに友達がいなくても平気ですし、友達を作る気もなさそうです。みんな進級したのに自分だけ取り残されても、何とも思わないでしょう。

Wさんの日本語力では、大学院入試が突破できないことは明らかです。専門知識が豊富だったとしても、それを面接官に伝えることはできません。担当教師全員が「王様は裸だ」と叫び続けているのに、その叫びは確実に耳に入っているのに、無視し続けています。

最近、こういう学生が増えてきました。自分で決めた道をひたすら突き進むといえば聞こえはいいですが、無知蒙昧なまま猪突猛進しているにすぎません。でも、こういう学生に限って、すべてが手遅れになってから教師を頼りだすんですよね。そして、最終的にうまくいかなかったら学校のせいにするのです。来年の今頃、初級レベルの主となったWさんに恨まれているのかなあ…。

来ようにも

9月9日(月)

派手に吹き荒れてくれたものです。私が家を出る時は、暴風雨と言ってもよい状況でした。地下鉄を進んでいる間に台風が遠ざかり、御苑の駅から地上に出た時は強風ぐらいになっていました。ゆうべのうちに授業開始を10:45と決めていましたから、もっとゆっくり家を出てもよかったのですが、学校への問い合わせの電話があるかもしれませんし、地下倉庫や校庭など、風雨で被害が出そうなところの見回りもしなければなりませんから、いつも通りに出勤しました。

JRをはじめ地上を走る鉄道の復旧・運転再開が遅れたため、10:45になってもいらっしゃれない先生が多く、午前クラスは特別シフトになりました。私も急遽超級クラス用の教材を用意したり、私自身いつもと違うクラスに入ったりしました。10:45の時点で出勤していた教師総動員で、どうにかしのぎました。せっかく学校へ来てくれたのですから、こちらも精一杯サービスしなければなりません。私も来たかいがある授業になるよう心掛けました。

学生たちの住まいは学校の近くが多く、天気さえ回復すれば歩いてでも自転車ででもいくらでも来られます。しかし、教師の方は遠距離通勤も少なくなく、台風の風による被害を受けた線区沿線にお住いの場合はいかんともしがたいわけです。学校の近くは野分のまたの日状態でしたが、線路の周りは災害現場そのもののようでした。

今回の台風15号は、960ヘクトパスカルという、関東地方を襲った台風としてはかなり発達した状態のまま上陸したのに加え、速度が思ったほど速くならず、首都圏は電車が動かせない状態が長く続いたのです。昨日の夕方、私は歯医者に通っていました。土曜の時点では歯医者からの帰りの足を心配していましたが、杞憂でした。その代わり、今朝がメタメタになってしまいました。

日中は猛暑日になりましたが、夏の盛りのような肌にまつわり付く、粘っこいような暑さではありませんでした。36度を超える空気の中に、秋を感じました。