Category Archives: 社会

修了式と同窓会

3月29日(金)

養成講座の修了式が終わり、会場の設営を手伝っていると、Mさん、Nさん、Tさん、Oさん、Kさんなど、懐かしい面々が次々と姿を見せてくれました。名前だけではピンとこなかった方々も、顔を見たら「ああああ!」という感じで、瞬時に線がつながりました。養成講座の同窓会は、互いに久闊を叙するところから始まりました。

養成講座を修了したMさんがKCPで先生をしていたのは、10年以上も前になるといいます。確かに、震災の前ですから、そういう計算になります。でも、顔はしわが増えたわけではなく、声の張りや艶も変わることなく、でも、お話を聞くと間違いなく歳月は流れており、なんだか不思議な気がしました。

Nさんは私がKCPに入る前にお世話になっていたところでしばらく教えていたそうです。そこは震災をきっかけに日本語を教えなくなってしまったという話を聞き、少し寂しくなりました。でも、Nさんはほかで仕事を見つけ、日本語教師として立派に独り立ちしていて、表情には自信がみなぎっていました。

KCPが日本語教師養成講座を始めたのは2001年のことです。調べてみると、私は2003年ごろから養成講座に携わっていますから、かなりの数の同窓生とどこかで接触があったはずです。今回出席できなかった方たちも、送られてきたメッセージによると各方面で活躍しているようです。その活躍に微力ではあっても貢献できたんのかと思うと、なんだか誇らしいです。

もちろん、KCPの養成講座出身者は、KCPでも多くの方が貴重な戦力となっています。今期の修了生からも、3名が4月からKCPで働き始めます。同窓会でつながりができた先輩方を目標にして、ぐんぐん成長していってもらいたいと思っています。

五分咲き? 満開? 八分咲き?

3月27日(水)

気象庁から、東京の桜が満開になったと宣言が出されました。ソメイヨシノでは、今年全国で一番早い満開宣言です(奄美沖縄地方の「ひかんざくら」は2月に満開)。21日の開花から、けっこう暖かい日がありましたからね。でも、朝の四ッ谷駅の桜は、まだ五分咲きぐらいに見えました。

そんなニュースを聞いていたので、お昼に出たついでに、花園小学校の桜を見に行きました。私と同じ考えをした人が多かったみたいで、花見に具合がいいベンチは満席でした。だから立って枝をしげしげと見ると、花はかなり開いているものの、つぼみもまだだいぶ残っていて、七分咲きから八分咲きといったところだと思いました。ここの桜は日陰になる時間帯が案外長いですから、靖国神社の気象庁標準木より咲くのが遅れているのでしょう。

午前中から風が強かったので、花びらに分解する前に、花そのままの形で吹き飛ばされているのもあり、なんだかもったいない感じがしました。拾って洗ってお茶か和菓子の上にでもそっと載せれば風流なのでしょうが、私にはそんな趣味はなく、砂ぼこりと一緒に舞う落ち花を見ているだけでした。いずれにせよ、今週末が東京のお花見ハイシーズンでしょう。お天気はパッとしなさそうな予報が出ていますが…。

桜といえば、数日前の新聞に、さいたま市に20キロにわたる桜並木があるという記事が出ていました。地図を見ると、さいたま市の南北を貫く形で数千本もの桜の木が、見沼田んぼを縁取るように植えられています。端から端まで歩いてみたい気にもなりますが、そんなことをしたら、3年ぐらいもう桜は結構ですなんてなるのでしょうか。

謎の書類申請

3月8日(金)

昨日分のブログをアップしたあと、ちょっとした事件が発生しました。

私のクラスだった卒業生のXさんが書類の申請に来ました。対応したM先生によると、Y専門学校に合格して、学校から出席成績証明書と卒業証明書を出すように言われたとのことです。「明日持って行くと言っているけど、とんでもない」と憤慨していました。“書類は申請から受取りまで3営業日”と、今までに何回も伝えてきましたから、Xさんがこのルールを知らないはずがありません。ここは私が出て行って、ギュッと締めてやろうと思い、Xさんの立っているカウンターに向かいました。

「Y専門学校に合格したんですか」「はい」「それで、明日までに出席成績証明書と卒業証明書が必要なんですね」「はい」「普通は出願する時にそういう書類が必要なんですが、学校から何も言われなかったんですか」「はい」「いつ、明日までに出席成績証明書と卒業証明書が必要だと言われたんですか」「…」「「ずっと前から言われていたんですか」「…」「じゃあ、どうして持って行く日の前日まで書類の申し込みに来なかったんですか」「…」「黙っとらんで説明せんかい」とカウンターをたたくと、Xさんは文字通り顔を引きつらせ、縮み上がりました。そして、衝撃の告白が始まりました。

要するに、Y専門学校は出願すらしていない、別の専門学校への出願に必要なのでその書類がほしい、だが、その専門学校の名前がわからない、だから、Y専門学校に出すふりをして書類をもらおうとした…ということなのです。空いた口がふさがらず、怒る気力すら萎えてしまいました。

数分後、その専門学校はZ専門学校だとわかりました。つまり、Xさんはほんの数分の手間を惜しんで、Y専門学校宛の書類を、X専門学校への出願に流用しようとしたのです。そんなことをしたら、願書を受理してすらくれないでしょう。私に怒鳴られるまで、Xさんは薄ら笑いを浮かべていました。世の中をなめているとしか思えません。

出願がうまくいっていれば、Z専門学校の入試は明日です。あんななめた根性で受験したら、面接官の逆鱗に触れかねません。でも、そうなっても、助けてやろうとも思いません。一旦帰国して、もう少し大人になってから来てもらいましょう。

ラッキー?

3月7日(木)

昨日の朝、ホームで本を読みながら丸ノ内線を待っていると、電車音とともにいつもより視界が赤くなりました。何だこれは?と思いながら視線を上げると、丸ノ内線の新型車がホームに進入中でした。現在の丸ノ内線電車はアルミの地金みたいなメタリックなベースに、丸ノ内線のラインカラーの赤い帯が窓の下に入っています。これに対し、新型車は、車両全体が真っ赤で、窓の上にサインカーブが描かれた白い帯が施されています。この真っ赤が、私の視線を引っ張り上げたのです。駅のポスターなどを通して新型車が運行を始めたことは知ってはいましたが、実物を目にするのは初めてでした。

車両の中央部は普通の窓ですが、両端は丸窓です。この丸窓がなかなか粋な感じで、乗客を詰め込むだけの電車じゃないぞと自己主張しているようです。車内は、シートの色が黒と外装より落ち着いた感じの赤となっています。一方、床はいくぶん紫がかった桃色に見えました。丸窓のそばまで行ってみると、スマホ充電用のコンセントがありました。新幹線のような長距離列車用車両では標準装備になりつつありますが、通勤電車で充電している暇があるのでしょうか。需要があるからこそ設けられたのでしょうから、日中はきっとにぎわうのでしょう。まだ試運転なのか、車内の中吊りとドア上のモニターの広告は、ドラえもん一族を動員した丸ノ内線新型電車のアピールでした。

この電車の特徴は、何といっても球状になった前面です。東京のどの通勤電車とも一線を画すデザインと言っていいでしょう。大阪の南海電車の関空行き特急ラピートに似ていると思いましたが、ラピートの象がうろ覚えなので、あまり当てにはなりません。要するに、私たちの常識にある電車とはかなり違う、だから電車っぽくない顔をしているのです。

そんなわけで、昨日は新型車に乗れた幸運を密かに喜んでいました。そして、今朝、何と、また、新型車がやってくるではありませんか。運を使い果たしてしまったのではないかと、少し心配になりました。

なすび?

2月8日(金)

受験講座の欠席の多い学生を呼んで注意を与えました。その中に私のクラスのYさんがいました。Yさんは成績がいいだけでなく、習った文法や語彙を上手に使って気の利いた例文を作ります。まだ伸び盛りで、もう1年勉強すればかなりのレベルの大学も狙えるだろうと思っていました。そのYさんが、まるで大学受験を放棄したかのように受験講座の欠席を重ねているのです。

事情を聞いてみたところ、親に帰って来いと言われているそうです。 日本での大学進学はあきらめざるを得なくなり、受験講座に出てもその成果を生かすチャンスがないので、行く気がなくなったとのことでした。それを語るYさんは伏し目がちで、無念さが表情ににじみ出ていました。

去年の4月に来日するときは、ご両親から「石にかじりついてでも日本の大学に入れ」と送り出されたのですが、今年になってから掌を返したように「帰ってこい」の一点張りで、Yさん自身、困り切っています。どうしてご両親の意見が変わったかまでは、プライバシーにかかわることですから詳しく聞くことはできませんでしたが、Yさん自身納得しかねるものがあるようです。Yさんのような例はそんなに頻繁にあるわけではありませんが、最近増えているような気もします。親はどうして気が変わってしまうのでしょう。

子どもに対する支配力(欲)が強まっている感じもします。自由に操りたいのでしょうか。子どもは子どもなりに夢を描いています。その夢をつぶさせてまでも、親は自分の子どもに干渉したいのでしょうか。わずか1年で自分の気が変わって子どもに大きな方針転換を迫るというのは、いかがなものと思います。

かつて、SさんはJ大学とU大学に受かりました。自国で有名なJ大学への入学を勧める親と大喧嘩をして、自分のやりたいことができるU大学に進みました。U大学で充実した学生生活を送り、大学院にまで進学し、日本の大手企業に就職しました。“親の意見となすびの花は千に一つの無駄もない”ということわざがありますが、私は留学に関しては信用していません。もちろん、過半は親の意見が妥当な線ですが、子の考えが親の意見に勝る例も少なくありません。

考え方がとてもしっかりしているだけに、Yさんのご両親に、ぜひともYさんの話に耳を傾けてもらいたいです。

Unhappy new year!

2月4日(月)

授業が終わって職員室に戻ると、Xさんからメールが来ていました。「春節なので休みます」という意味のことが書かれていました。他にも、Yさんからは「春節で国の両親が来ているので一緒に旅行しています」というメールが来ていました。

担当の先生に聞いてみると、確かにその2名は欠席したとのことでした。無断欠席ではない点は学校の指導を守ったと言えますが、気安く休むなという指導は無視されたに等しいです。

Xさんにとって旧正月を祝うこと、Yさんにとって旧正月に来日した両親と旅行することは、彼らにとって非常に重要なことであり、“気安く休む”ことにはならないのかもしれません。しかし、Xさん、Yさんが留学しているここ日本には、旧正月を休む風習はなく、両名が欠席理由としてメールしてきたことは、全く理由になっていません。

国の習慣を捨てろと言っているのではありません。個人的に春節を祝うことにまでは口出ししようとは思いません。しかし、学校という公の場を、春節という、日本においてはきわめて私的な理由で休むことは、認められません。公私混同ないしは日本社会になじんでないと見なすほかありません。

土曜日のお昼に入った中華料理店は、入口に日本のお正月の輪飾りが取り付けてありました。店内にはなぜか“明かりをつけましょぼんぼりに…”というひな祭りが流れていました。でも、従業員の表情などからも、春節を祝っているのだなと感じられました。自分の国の風習をささやかに主張しているこの店の雰囲気を好ましく感じました。Xさん、Yさんも、こういう気の利いた祝い方を身に付けてもらいたいです。

満面の笑み

1月29日(火)

私を取り巻く授業の都合がうまい具合に回って、午前中は授業がありませんでした。ここぞとばかりたまっていた仕事に取り掛かったのですが、どれもこれも、やっているうちに顔つきが渋くなっていくのが自分でもわかるというようなパッとしないものばかりでした。

午前の授業が終わり、最初に私のところへ来た話は、先週末から休んでいる学生がまた休んだという報告でした。頭を抱えているところへ、Sさんが私を呼び出しました。「はい、お待たせしました。どうしましたか」と、また難問を持って来られたのではないかと少しびくつきながら声をかけました。「先生、H大学に合格しました」「ええっ、よかったですねえ。おめでとう」「ありがとうございます」と、今月でSさんの担任は7か月目ですが、今まで見せてくれたこともないような笑顔を輝かせていました。Sさんが進学するH大学のキャンパスは都心から少し離れたところにありますが、都心のど真ん中の大学に進学することになっているYさんにそこを突っ込まれても、ニコニコしながら受け流していました。

未成年のSさんにとって、ここまでの受験は初めて襲い掛かられた世間の荒波であり、決して順調だったわけではありません。先学期あたりはずっと不機嫌な表情をしていました。留学生を積極的に受け入れると言いつつも、出願にしても合格後の入学手続きにしても、外国人留学生に対してフレンドリーとは言いがたいのが実情です。角を曲がるたびに障害物に出くわしたというのが、Sさんの偽らざる心境かもしれません。それだけに、この合格がひとしおうれしかったのだと思います。

日曜日のニュースで、国立大学が入試問題の出題意図と模範解答を公表すると伝えられていましたが、留学生入試は問題すら公表されない現状が続くのではないかと危惧しています。M先生によると、日本語学校に力がなさ過ぎるから文科省や大学からなめられているからこうなっているということです。

それはともかくとして、オリンピック選手や観客へのおもてなしの気持ちを、ほんの少し留学生にも向けてもらえないだろうかと、最近いつも思っています。

朝から涙

1月28日(月)

先週末の大坂なおみの全豪オープン優勝、世界ランキング1位奪取で今週のニュースは持ちきりになると思いきや、嵐の解散という、それを覆い尽くすニュースが湧き起こりました。ショックで学校へ来られないという学生からの欠席の連絡が早朝から入ったり、授業で嵐の話題を出そうとしたら泣きそうになった学生が何クラスかで現れたり、KCPにも影響がありました。

嵐ってつい最近生まれたグループのように思っていましたが、調べてみたら今年で丸20年になるんですね。メンバーも、一番若い松本潤でさえ今年は年男。リーダーの大野智はその3つ上です。もう十分にオジサンと言って悪ければ、アイドル扱いが失礼な年齢と言ってもいいでしょう。私よりも1回り下がSMAP、彼らよりもう10歳ぐらい下が嵐となります(私を基準に考えてはいけないか…)。SMAPなきあと10年ぐらい芸能界を支えていくのが嵐だと思っていたのですが、違っちゃいました。

でも、本当に解散するのは来年末です。それまでの間にファンを始めみんなのコンセンサスを得て、SMAPとは違うきれいな去り際を考えているのでしょう。そうあってもらいたいと思います。上述の学生たちのように、嵐の国ということで日本まで来ちゃう学生がいるのですから。そういえば、やはり熱狂的な嵐ファンだった卒業生のWさんやPさんはこのニュースをどこでどう聞いているのでしょう。まさか学校を休んじゃったんじゃないでしょうね。

5月に新しい元号が始まって、さらに10年も経つと、嵐は平成の香りのするアイドルなんていって、懐かしがられるようになるのでしょうね。今50歳前後の少年隊や光GENJIにバブルの輝きを見るように…。

断髪式

1月23日(水)

1:30に受験講座開始のチャイムが鳴ると同時に、Sさんが化学の教室に入ってきました。思わず目が釘付けになってしまいました。昨日A大学の面接練習をした時には背中の真ん中へんまであった髪が、ばっさり切られていたんです。若干オタクっぽい感じだった顔つきが、耳をすっきり出して精悍になりました。Sさん自身もちょっぴり気になるのか、いつもより髪に手をやる頻度が多いように見受けられました。

Sさんの髪は長かったですが、きちんとまとめられていましたから、むさ苦しいとか無精ったらしいとか、不潔感が漂うようなことはありませんでした。でも、髪を切ったほうが、Sさんの人柄の良さがストレートに感じられます。おそらく、面接官に与える好感度も上がることでしょう。

「外見ではなく中身だ」とはよく言われますが、「人は見た目が9割」とか「100%」とかという本やテレビ番組もあります。そこまでいかなくても、外見の第一印象でその人の人間性まで推し測られてしまうというのが、現実の人間関係です。Sさんも、それは意識していたことでしょう。

私だって、新学期の初授業で受けた印象で、その学生の人となりを決め付けてしまうことがあります。そして、それを修正するには、意外と時間がかかるものなのです。わずか10分か15分の入試面接では、修正不能かもしれません。どんなにすばらしい志望理由や学習計画や将来設計を語ったとしても、昨日までのSさんだと眉につばをつけられてしまったかもしれません。

授業後、Sさんに話しを聞いたら、日本へ来て初めて髪を切ったのだそうです。そして、その髪を寄付したそうです。SさんがA大学に入学する頃には、Sさんの髪で作られたウィッグをかぶった人が、どこかの町を歩いているかもしれません。

頭を切り替えて

1月19日(土)

6月のEJUを受ける学生のための、読解の受験講座が始まりました。読解の問題に取り組む前に、11月のEJUの総括と、私立大学の定員厳格化に伴う影響について、出席した学生たちに話しました。

学生たちの志望校にもなっている都内の有名私立大学が、志願者は増えているにもかかわらず、軒並み合格者を減らしていることをデータで示すと、教室内は重苦しい空気が沈滞し始めました。学生たちの当面の目標となっている日本語300点は上から24%ぐらいで、飛び抜けていい点数ではないという話をすると、いったい何点取ればいいんだとう顔つきになりました。

今シーズンの合否状況を見ると、どの大学も合格ラインが上がっている気がします。EJUでこのくらい取れば面接でよほどの失敗をしない限り受かるだろうと考えていた学生が、何名か落とされています。失敗とまではいかなくても、面接で競り負けたのでしょう。競り勝つには、よほどしっかり“自分”を持っている必要があると感じさせられました。私たち教師は、そういうレベルにまで学生たちを引き上げなければならないわけです。

今から勉強と練習を始めれば、そして6月まで継続できれば、かなりの実力の貯金ができます。そして、教師もそうですが、学生たちも大学のレベルの“相場”を改めるべきです。受験指導のためにいくつかの大学の合否ラインを探ってみましたが、私自身、自分の相場観が狂っていることを思い知らされました。昔から大天狗様は落ちまくると決まっていましたが、大天狗様でなくても頭の中がノスタルジーだと競争に敗れてしまうということを、今シーズンの結果は物語っています。