Category Archives: 社会

新幹線がどうしたの?

10月18日(金)

今学期は、金曜日にその週のニュースをネタに授業を組み立てる上級のレベルが多いです。私のレベルでは、東京オリンピックのマラソンが札幌で行われそうなこと、台風で堤防が決壊して新幹線車両が水浸しになったこと、娘を虐待死させた父親に懲役13年の判決が下されたことの3つを取り上げました。

最近のなじみのあるニュースから選んだので、ディクテーションができるだろうと思いました。しかし、やってみると、学生たちが水没してしまいました。IOCに無理やり漢字を当てはめようとしたり、「冷房の結果」なんて書いたり、「落第死させ」ちゃったりと、悲惨を極めました。答え合わせの後で話を聞いてみると、3つのニュースすべて知らないという学生が大半でした。初めてだったら、「堤防決壊」も「冷房の結果」と聞こえてしまうかもしれません。

それにしても、学生たちがここまでニュースに疎いとは思いませんでした。北陸新幹線の車両が泳いでいるみたいな写真は、テレビも新聞も取り上げていたんですがねえ。時事問題は、入試の面接の材料でもあります。ニュースを知らない代わりに、予習復習試験勉強に打ち込んでくれるのなら、しかたがないなあと思ってもあげられます。でも、朝一番でやった漢字テストに苦しみまくっていた学生もいたし、これに引き続いて行った読解でも、きれいな教科書の学生が多かったですね。なんだか不安になってきました。

学生の興味の範囲が狭いことは今に始まったことではありません。スマホを使って世界を広げるのではなく、より一層狭く縮こまったような気がしてなりません。上級なら、ニュースを、100%とは言わないまでも、概要をつかむぐらいまでなら、十分できるはずです。国のメディア経由で日本を知るようでは、留学の意義がないじゃありませんか。

10時半、ニュースを発展させて会話をしようと思っていた授業が思い切り滑って週末の疲れが倍加したところで、チャイムが鳴りました。

危機管理

10月15日(火)

朝一番で学校内外を見回りましたが、いつも通りたばこの吸い殻が2、3本落ちていただけで、異常ありませんでした。駐輪場入り口に置かれた土嚢が水をたっぷり吸って、すぐにはどけられず、腰が痛くなってしまいました。

午後、C大学の先生がいらっしゃいました。C大学は他大学にはない学部を持っていて、それを武器に躍進を図ろうとしている大学です。私は以前からその学部に興味を持っており、どんな勉強ができるのか知りたいと思っていました。話を聞くと、その学部は私が思っていたより幅広い学問ができるようで、文系理系の学際的分野の一つと言えそうな研究をしているようです。KCPからはまだ進学者はいませんが、こういう方面を修めた人材がやがては必要とされると思いました。

C大学の最大の弱点は、東京の大学でないことです。都内にキャンパスがあれば、もっとずっと話題になっていたに違いありません。4年間東京を離れたとしても、日本で数少ない専門性を有した人材になれるのですから、長い人生で見れば十分元が取れると思います。これを機会に、学生に積極的に進めていきたいです。

C大学の先生がお帰りになって職員室に戻ると、卒業生のTさんがいました。週末の台風で進学先のM大学が水没し、しばらく休校になったそうです。水が引いたとしても、キャンパスが元通りに使えるようになるまでには、きっと時間がかかるでしょう。泥をのけなければならないでしょうし、機器類が水に漬かっていたら、学校運営に影響が出るかもしれません。

こういう時にこそ、ついさっき話を聞いたC大学の学部での勉強が役に立つのではないかと思いました。近年の日本は〇十年に一度の災害が毎年のように発生しています。週末の台風は狩野川台風以来と言われましたが、狩野川台風が上陸したのは9月27日でした。夏の名残の気象条件が2週間遅れているとも言えます。それだけ温暖化が進み、10月半ばといえども台風への備えを緩めることはできなくなったのです。学校の周りがなんともなかったからと言って喜んでいる場合ではないのです。

吉報の陰に

10月10日(木)

リチウムイオン電池の開発に大きく貢献した吉野彰さんがノーベル化学賞を受賞しました。いつかはもらうだろうと言われていたのが実現しました。

もちろん、吉野さんと、同時受賞の2氏だけの力で、現在私たちの生活のいたるところに浸透しているリチウムイオン電池が形作られたわけではありません。そのひそかな功労者の一人に、岡野雅行さんがいます。岡野さんは、リチウムイオン電池を収めるケースを作った人です。岡野さんのプレス加工技術がなければ、もしかすると携帯電話にリチウムイオン電池が使われることがなく、そうなるとこの発明の世界に与えるインパクトもけた違いに弱いものとなり、ノーベル賞に値すると認められなかったかもしれません。

日本は科学技術予算がどんどん削られ、もう少ししたら今までのようにノーベル賞受賞者を輩出できなくなるとも言われています。研究者が心置きなく研究に打ち込める環境が失われつつあります。研究者自身が不安定な身分と経済的基盤に甘んじ、研究活動以外に貴重な時間を費消され、思うように成果が上げられず、夢をしぼませています。

同時に、岡野さんのような世界唯一といってもいい技術を持つ町の職人が粗末に扱われている世の中になってしまいました。職人の活躍の場である町工場にまでアベノミクスが及ばず、閉鎖や倒産が相次いていると聞いています。経済的に豊かな暮らしが望めないので若者がこういう職に就きたがらず、技術の伝承に赤信号がともっているとも伝えられます。

だから、技術立国・ニッポンなど、風前の灯です。経済大国の看板も下ろし、技術立国でもなくなったら、何が残るでしょう。少子化が進めばラグビーやサッカーをする若者もいなくなるでしょう。今年の出生数が90万人を切ることは確実だそうです。ノーベル賞受賞のニュースを聞きながら、ちょっとヘッドライトを上向けたら、こんなまがまがしい未来像が浮かび上がってしまいました。

晴れ姿

10月7日(月)

始業日直前は、新人の先生が来て、オリエンテーションを受けたり担当レベルの専任教師から授業の進め方などの説明を受けたりします。午前中から何人かの先生がいらっしゃっていましたが、午後、スーツ姿の若い先生が来ました。私はどこのレベルにどんな新人の先生が入るか聞いていませんでしたから、誰が担当なのかなあと見ていると、H先生が立ち上がって親しく話し始めました。H先生のレベルの新人教師かと思いきや、4年前に卒業したRさんでした。午前中、就職先の内定式があってその足でKCPまで来てくれたそうです。

Rさんは、推薦入学でS大学に進学しました。推薦入試の面接練習をどれだけしたことでしょう。内容のない答えだとか、言いたいことがわからないとか、毎日ボロカスに言われました。半べそ状態になりながらも歯を食いしばってついてきた努力が実って、合格しました。その根性は認めましたが、はっきり言って、Rさんの実力よりも上の大学に入ってしまいました。

卒業後も何回か顔を見せてくれました。いつも、大学の授業は大変だけど面白いと、なんだか「みんなの日本語」の練習問題の模範解答みたいな感想を言っていました。こちらも推薦した手前、途中で挫折されたら困ります。でも、卒業したら、愚痴を聞いてやるぐらいしか助けになりません。

そして、内定式のスーツ姿です。取るべき単位はすべて取って、あとは卒論だけだそうです。面接練習のころは生硬な日本語でしたが、今はこなれた話し方をします。生真面目過ぎて冗談が通じなかったのに、ジョークにはジョークで返せるようになりました。S大学で相当鍛えられたのでしょう。そしてめきめき力をつけ、日本人学生を押しのけて日本企業への就職にこぎつけたのです。

その会社の新入社員で外国人はRさんだけだそうです。会社がRさんにかける期待も大きいようです。S大学で伸ばした能力を発揮すれば、その期待にもこたえられることでしょう。

スーツには早い

10月3日(木)

10月1日から衣替えで、毎日スーツにネクタイといういでたちで通勤しています。しかし、東京地方は連日夏日で、朝でも20度以上ありますから、どう考えても半袖が正解です。周りを見ても、スーツの上着を着ているのは少数派で、せいぜい半袖+ネクタイです。

夏装束と冬装束の間をグラデーションで満たすことができたらそれがいちばんいいのですが、なかなかそういうわけにもいきませんから、どこかで線を引くことになります。その線を、暦の上では切りのよい10月1日に引いていますが、自然が相手ですから、実際にその日から長袖が必要になるとは限りません。気温が人為的な線なんかに全く無頓着だったとしても、文句は言えません。

でも、1か月後にはスーツの上着を着ないではいられないでしょうね。今は薄手のスーツですが、そのころはしっかり裏の付いた冬のスーツのはずです。そこからもう1週間か10日も経つと、コートが欲しくなっているかもしれません。

古くから「秋の日は釣瓶落とし」と言われていますが、最近は「秋の気温は釣瓶落とし」だと思います。半袖からコートまでの期間が、前世紀末あたりに比べても、短くなったんじゃないかと感じています。台風の勢力が強まる傾向にあるのは地球温暖化のなせる業だと言われていますが、夏がいつまでも頑張り続けて力尽きたとたんに冬になるというのも、その影響じゃないでしょうか。

秋の花は日の長さを感じて咲きますから、いつまでたってもコスモスが咲かないなどということはないでしょう。でも、汗をふきふき菊人形展というのは風情がありませんね。いや、そう思っているのは昭和生まれの古い人間だけで、令和生まれ大人になるころの感覚は、冷房の効いた部屋でポインセチアかも…。

増税

10月1日(火)

週末、家の中で物干し代わりに使っていたツッパリ棒のようなポールが落ちてしまいました。荷重のかけすぎではなく、パッキンがヘタってしまい、壁に対して突っ張っていられなくなったのです。耐用年数をだいぶ超えていたでしょうから、天に召されたと思ってあきらめました。

でも、絶妙のタイミングで寿命を迎えてくれたものです。即刻家の近くのホームセンターに向かい、どうにか消費税8%のうちに新品を買うことができました。ついでに、トイレの洗剤まで買ってしまいました。

さて、税率2%アップの初日、私の税率10%の支払い第1号は、病院でした。病院の診察料は内税ですからあまり切実さはありませんでしたが、確かに前回とは違っていました。3か月に1回行く病院は、診察内容がほぼ同じですから、料金も変わらないのです。違ったのは、まさに税金が上がった分というわけです。

その後、お昼に入ったお店では、値段がわずかずつ上がっていました。テイクアウトにはできませんから、税率10%です。料理本体の値段も上がっていたようですから、食後にゆっくり休ませてもらって、本をゆっくり読んできました。昼食のピーク時の直前には出ましたから、店には迷惑をかけていないはずです。

税金でしなければならないことは増える一方なのに、日本の国にはお金がありませんから、増税はやむを得ないことだと思います。でも、根本的には、この国の(国民の)価値観を変えないと、貧困とか高齢化とかの問題は解決しないでしょう。企業がいかに法人税を節税するかを競っているようでは、日本には未来はありませんよ。

興味あり

9月24日(火)

最上級クラスでは、週の初めの日に最近の気になるニュースを発表することになっています。その中に「佳子さまが外国へ行った」というのがありました。いくつかニュースが上がりましたが、一番盛り上がったのがこの話題でした。

このクラスの学生たちの国には、日本の皇室やイギリスの王室に当たる“家”がありません。ですから、国民誰もが関心を持ち、多かれ少なかれ敬意を抱く対象がありません。それゆえ、皇室の動きには興味が湧くのでしょう。また、佳子さまが学生たちとそんなに違わない年齢だというと、その年齢で日本を代表して外国を親善訪問したということに驚いてもいました。

そこから話が発展して、私は新天皇と同い年だと言うと、一斉に驚きの声が上がりました。同い年に見えるとか見えないとかというのではなく、学生たちにとって身近な存在である私と、はるかかなたの存在である天皇陛下とが、意外に近かったという驚きでしょう。私自身も、浩宮さまと呼ばれていたころから、どこか親しみを感じていました。身長は僕の方が高いなどと、妙なライバル意識も感じていました。まあ、身長以外はすべての面で劣っているんですがね。

私たち日本国民は、日ごろ憲法第1条の天皇は日本国民統合の象徴という条文を意識することはありません。しかし、佳子さまの外国訪問のように、何かの折に皇室のニュースを耳にすると、聞き流してしまうことはないのではないでしょうか。そういう意味で、現憲法が規定する象徴天皇制は、国民の間にがっちり根付いていると言えると思います。

悩み

9月21日(土)

受験講座EJU日本語の授業後、Kさんの進学相談に乗りました。心理学を勉強したいということで、都内のT大学、N大学、S大学を志望校として考えています。これらの大学の“相場”を知りたいというのが相談の内容です。

手持ちのデータを見せると、「6月の点数ではだいぶ足りませんね。11月は50点ぐらい伸ばさないと…」とつぶやいていました。Kさんの成績で合格できそうな大学は東京にはなく、関西になってしまいます。でも、Kさんは東京を出るつもりはありません。じゃあ、11月に50点上積みできそうかというと、受験講座でやった問題の答案を見る限り、疑問符を付けざるを得ません。

最近、定員厳格化で都内の大学の“相場”は上がっています。また、東京だけが日本ではないということも知ってもらいたいこともあり、東京の外の大学を積極的に進めています。今年は、京都の大学の担当者に来ていただいて、進学説明会も開きました。そうやって大いに力を入れているのですが、Kさんをはじめ、学生の気持ちを動かすには至っていないというのが現状です。

思い切りよく自分の国を出て日本へ来た留学生なら、東京・京都間の距離ぐらい目じゃないと思いたいところですが、多くの学生が東京にどっしりと根を下ろしてしまうのです。進学アンケートなどで「進学先は東京以外でもいい」と回答していた学生も、いざ出願となると、東京の大学を選んでしまいます。

東京で生まれ育ったG先生によると、大都会でしか暮らしたことがないと、電車が来ないとかお気に入りの店がないとかという生活には耐えられないのだそうです。また、大都会出身でないと、大都会にあこがれるものですから、結局、学生は東京に集まってしまうとも考えられます。

来学期は、そういう学生を東京から引きはがす大仕事が待ち受けています。

卵のもがき

9月11日(水)

私のクラスのHさんは、音楽大学志望です。アートウィークに参加してもらおうと、クラスの教師全員で勧めました。手を変え品を変えHさんの気持ちを盛り上げようとしましたが、最後まで首を縦に振ってくれませんでした。

そのHさんが、アートウィークの演奏会に足を向けました。ピアノやフルートの演奏に耳を傾け、歌の発表も聞きました。昨日も登場したPさんのピアノ演奏も、当然聞きました。その後、「あのぐらいの演奏だったら私でもできました。私も出ればよかったです」と、一緒に行ったS先生に漏らしました。「次のアートウィークには、必ず参加します」と力強く宣言しましたが、来年3月卒業予定のHさんには“次”はありません。S先生にそう言われると、Hさんはとても残念そうな顔をしたそうです。

Pさんが紡ぎだした音が、Hさんの芸術家魂に火をつけたのかもしれません。でも、“後悔先に立たず”を地で行くような話じゃありませんか。このアートウィーク、才能豊かな学生たちに発表の場を与える意味も含まれています。この場で自信をつけ、それが進路に好影響を及ぼせば、喜ばしい限りです。Hさんだって、このチャンスを生かせば、Pさん同様の喝采を浴びられたでしょう。

「やればできるんだ」と「やったんだ」との間には、画然とした違いがあります。Pさんは境界線の向こう側へ軽やかに飛んで行ってしまい、Hさんは地べたに体育座りしてその姿を見ているのです。芸術家は、「作品」を多くの人の前に出すことで、鍛えられ成長するものです。その勇気がなければ、つまり頭でっかちなだけでは、誰からも見向きもされません。自画自賛だけではガラパゴス的芸術家になってしまいます。

こうなったら、卒業式の余興を狙うしかありませんね、Hさん。

没個性

9月4日(水)

読解のテキストに熊本地震の話がちょっとだけ出てきました。地震となると言いたいことがいっぱいありすぎて、放っておくと独演会になりかねません。身近な科学ならそれでもいいでしょうが、初級の読解で、しかも他にやることが山ほどある日にそんなことはできません。あえて何も触れずにさらっと流そうと思いましたが、それではこちらにストレスがたまってしまいますから、震度7という家がつぶれて死者が出るほどの地震だったということだけ話しました。でも、学生たちの反応は薄かったです。

学生たちの多くは地震がほとんどないところから来ています。日本で生まれて初めて地震を体験し、震度2ぐらいで大騒ぎをします。この前の日曜日は防災の日で、地域によっては防災訓練をしたり、お昼ごろに電車に乗っていたら訓練に出会えたりしたはずなのですが、そんなことを経験したり見かけたり気付いたりした学生はいなかったようです。地震が起きたら人並み以上にびっくりするくせに、地震の周辺事項に対する感度は鈍いのです。

大地が揺れ動くということが想像できないのでしょう。学生たちにとっても“地震雷火事親父”かもしれませんが、地震が圧倒的にずば抜けて1位の恐怖に違いありません。揺るぎないはずのものが揺るいじゃうんですからね。日本で暮らしていく上では、いつでもどこでも地震に見舞われるおそれがあるんだということを伝えていくのが私の役回りじゃないかと思っています。そういう授業をすることが、教師の個性なのだとも思っています。

とはいえ、テキストの隅っこにちょこっと出てきただけの熊本地震からここまで引っ張っちゃったら、本末転倒です。だから、予定の時間を踏み越えることなく読解を終えました。