Category Archives: 社会

しょうどうたくん

11月25日(木)

先月末に続き、今学期2回目の課外授業に出かけました。先月は池袋まで行きましたが、今回は、先月とは違うレベルの学生を引き連れて、近場の博物館を2か所見学しました。

1つ目は消防博物館。無料ですが、見ごたえたっぷりでした。学生たちはかなり興味を引かれたようです。美術系のTさんは、蒔絵に見入っていました。Hさんが展示物について質問してきたので、学芸員に聞けと指示しました。すると、すぐにそばにいた学芸員を、疑問に思った展示物の前まで連れて行って、しばらくの間、疑問点に答えてもらっていました。日本語を、日本語教師ではない普通の日本人に向かって使わせるのも、引率教師の役目です。博物館の方は、「説明板や私たちの話す日本語がわかりますかねえ」と心配してくださいました。「ご安心ください。この学生たちは日本の大学や大学院で勉強しようと思っているんですから、これぐらいの日本語がわからなかったらどうにもなりません」と答えておきました。ちょっと背伸びしちゃったかな。

次は新宿歴史博物館。ここは、入る前に宿題を与えました。「ここのマスコットキャラクターは、『しょうどうたくん』と言います。どうしてそういう名前なのか、調べて来てください」と言って、学生たちを館内に放ちました。ここはフロアに学芸員らしき方がいませんでしたが、半分ぐらいの展示は私が解説できそうでした。しかし、学生を集めて説明するのは、まだ好ましい見学方法とは言えませんから、やめておきました。

学生たちは『しょうどうたくん』の正体を探したようですが、見つけられなかったようです。『しょうどうたくん』は、新宿区内で発掘された小銅鐸をもとにしています。近畿地方が中心の銅鐸が新宿で発見されたことに意義があり、もしかすると、この博物館で最も重要な所蔵物かもしれません。

どちらの博物館とも、学生が知的好奇心を持って見学していたことが印象的でした。久しぶりの課外授業だったからでしょう。新宿歴史博物館からKCPまで歩いて帰ってきたら、うっすら汗をかきました。博物館見学とはいえ、課外授業は、やっぱりお天気ですよ。

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40年前に

11月22日(月)

現在、私のクラスの読解は、日本人の消費活動がどのように変遷してきたかという文章を教材として扱っています。戦後の復興から高度成長期、バブル期、バブル崩壊後から現在に至るまでとなります。テキストに出てくる内容のうち、三種の神器は、物心ついたころにはうちにありました。新三種の神器、3Cがうちに来たときは感激したものです。バブル期の騒動は社会人として経験し、その後の沈没具合は国の行く末を心配しつつ、その真っただ中にい続けています。

学生たちが生まれたのは、2000年前後です。私が語るバブルや高度成長は、歴史の中の話でしかありません。私の場合に当てはめると、先生から戦前や戦時中の話を聞かされたのと同じです。“今からは想像もつかない時代があったんだなあ”と思ったものですが、学生たちはどう感じたことでしょう。やはり昔話ですかね。

学生たちが次の世代の子供たちに自分の若かりし頃を語るとなると、どんな話をするのでしょうか。「世界中にそれまでにないタイプの肺炎が広がってね、何百万人っていう人たちが亡くなったんだよ」「初めてスマートフォンを持った時は感激したなあ。手のひらにコンピューターが載ってるんだもんね」とかってところですかね。

学生たちは、良くも悪くも日本が輝いていた時代と今の日本とで、どちらに留学したいと思うでしょうか。もちろん、留学生の受け入れ態勢は、今の方が格段に整っています。外国人に対する偏見や差別も今以上に強かったです。そんな中でも、いや、そういう条件だからこそ、そのころの日本に留学してみたかったと思ってくれるかな。昔を懐かしむ老人としては、若い頃の私と一緒に学生生活を送ってほしいですがね。

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ニュース速報

11月19日(金)

授業のネタを入手するために、私は学校のパソコンでいくつかの報道機関に会員登録をしています。その中の何社かは、事件か何かが起こると、ニュース速報的に画面の右下に通知を送ってきます。だいたい興味がなく邪魔くさいだけなので、現れたらすぐに消してしまいますが、今朝のニュースは、思わずそれをクリックしてしまいました。

大谷翔平選手がMVPに選ばれました。イチロー選手以来、20年ぶりだそうです。めでたい限りです。大谷選手は、シーズン後半の敬遠ラッシュがなければ、ホームラン王も取れたかもしれません。登板間隔の都合で10勝目を逃した時には残念な気がしましたが、MVP、それも満票での選出ですから、そんな小さな残念さなど、吹き飛んでしまいました。

“攻走守(最近は走攻守とも言うようです)三拍子揃った選手”とよく言われますが、大谷選手は“投攻走守四拍子揃った選手”ということになります。いや、野球界の万能の巨匠と評するべきでしょうか。ベーブルースとの比較がよくされていましたが、もはやレオナルド・ダ・ビンチの世界だと思います。

野球は野手と投手の間に画然と境界線が引かれているため、“エースで四番”はせいぜい高校野球までで、プロ野球で生まれることはありませんでした。でも、大谷選手ならそれが夢ではありません。そういう起用もあり得るような話がなされているようです。

イチロー選手がMVPを取った時には、“日本からアメリカへの最高品質の輸出品”とかって言われました。20年前に比べると、日本の輸出力はかなり衰えています。せめて優秀な人材を生み出すことで世界に貢献したいところですが、貧すれば鈍するで、それにも翳りが差してきそうです。お昼に入ったお店のテレビで大谷選手の輝かしい姿を見ているうちに、そんなことまで考えてしまいました。

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三線の音

11月18日(木)

授業の休み時間に職員室に下りると、ちょうどO先生がいらっしゃったところでした。わずかな時間しかありませんでしたから、軽く会釈して教室に戻りました。O先生はつい先日まで、数か月沖縄にいました。授業が終わってから、その話をたっぷり聞かせてもらいました。

沖縄と言っても、O先生がいたのは、本島ではなく、西表島でした。沖縄本島でも十分に東京とは違う空気を吸えますが、西表島ともなると、完全に文化の違いを感じるそうです。東京から直線距離で2000キロ、本島からでも500キロ近くあります。気候風土が大幅に違いますから、そこから紡ぎ出される文化も違って当然です。

マングローブや海に沈む夕日は、もう見飽きたと言っていました。街灯がないため、満月の明るさが存分に感じられるそうです。月明かりだけを頼りに歩くって、小説の中でしか知りません。前世紀末、まだこの仕事を始める前、中国の砂漠の端っこで満点の星を見上げましたが、それとはまたひと味違うのでしょうね。

O先生は持ち前のコミュ力を生かして、島の人と自然と社会から多くのことを吸収しました。島は人口が少ないため誰もが顔見知りなこと、よそ者のO先生にも気安く声をかけてくること、島外から運ばれるものは非常に高いこと、イリオモテヤマネコがヒトを含めた生態系の頂点に立っていることなど、興味深い話をたくさんしてくださいました。そして、島で覚えた三線を披露してくれました。「まだまだ」とのことでしたが、素人の私は、たっぷり沖縄情緒に浸れました。

話を聞いているうちに、うらやましくなりました。私は、旅行者として西表島を訪れることはあるかもしれませんが、O先生のように長期間滞在してこんなにも多くの得難い経験を手にすることはないでしょう。年齢とバイタリティーの差は、いかんともしがたいものがあります。せめて来年の夏休みこそは、3年ぶりに有意義に過ごしたいものです。これも感染状況次第ですが…。

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もうすぐなのに

11月17日(水)

国全体が外国人の入国に向けて少しずつ動いています。留学生もその例外ではなく、簡単に言えば長い間待たされた順番に入国できることになりました。その第一陣にXさんの名前がありました。国で仕事をしているXさん、午後のオンライン授業に遅刻することもたまにはありましたが、宿題や予習は忘れたことがなく、どんな課題にも果敢に全力で取り組んでいました。Xさんが入学した学期に教えましたが、優秀であるだけでなく、こういう勉強のしかたをしていればどんどん伸びていくだろうなと感じました。その希望の星のXさんがもうすぐ入国してくるとわかり、生のXさんに会って、上手になった日本語で話をするのを楽しみにしていました。

しかし、Xさんは第一陣で来られなくなりました。ご家庭の事情で、今学期いっぱいで一旦KCPをやめざるを得なくなったのです。私も残念ですが、Xさんの心中を察すると、慰める言葉も浮かびません。4月に再入学すると言っていますが、現時点では4月にすんなり入国できるか何とも言えません。

もちろん、Xさんの最終目標はKCPではありません。その先には大学院進学があります。もっと先には日本で働くという夢もあります。しかし、その夢が瀬戸際に来ています。日本への入国があまりにも遅れるようなら、日本留学をあきらめるという選択も現実味を帯びてきます。Xさんはイギリスの大学院を出ていますから、何が何でも日本に留学しなければならないという必然性、切迫感のようなものはありません。ただ、Xさんのような優秀な学生がわざわざ日本へ来てくれそうなのに、そのチャンスがつぶされるかもしれないというのがやりきれません。

ご家庭の事情はしかたありません。しかし、日本側の事情でXさんが日本留学を断念するなどということがないように、日本政府には動いてもらいたいです。すでに、日本留学をあきらめた若者が世界中にいるそうです。Xさんもその1人になってしまったら、とても悲しいです。

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11月12日(金)

午前中、職員室で仕事をしていたら、宅配便屋さんが大きな段ボール箱の荷物を運んできました。「あっ」と言って、F先生が受け取りました。F先生のお父様からの、毎年この時期に届く荷物でした。「お世話になっている先生方へ」ということで、地元・長野のりんごを送ってくださるのです。

箱を開けると、ほのかな香りを放ちながら、真っ赤なりんごが並んでいました。今年はいつもの年より熟れているようです。去年あたりはうちへ持って帰ってから1週間ぐらい置いたような記憶がありますが、今年のりんごは今晩食べてもよさそうです。

私にりんごを見る目がないのか、単に安物だからいけないのか、毎年F先生のご実家からのに勝るりんごは食べていません。適度な歯ごたえと独特な舌触りと甘さだけではない味覚と、幾重にも楽しめます。年に1回のお祭りみたいなものですね。

私は東京生まれなので、Fさんにとってのりんごのような物がありません。東京バナナや雷おこしじゃ季節感が漂いませんしね。大昔なら浅草海苔という手もあったかもしれません。そういう意味で、誰もが納得する絶対の切り札を持っているのはうらやましいです。

そういう長野も油断はできません。温暖化が進むと、長野はりんごではなくみかんの産地になってしまうのだそうです。長野県は教育県ですから、いざとなったら栽培法の研究を進め、みかんを現在のりんごの地位にしてしまうことでしょう。愛媛みかんにも勝ってしまうかもしれません。でも、やっぱり、「長野みかん」ではなく「長野りんご」を食べ続けたいです。

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もうすぐです

11月11日(木)

私のクラスのHさんは、4月から国でオンライン授業を受けています。先学期のように全員がオンラインの時期もあれば、今学期のように対面授業にオンラインで加わることもありました。私たち教師は対面の学生とオンラインの学生の間に差が生じないように気を使っているつもりですが、完璧とは言い難いと思います。ネットの状態が悪い日もありましたし、教師の操作ミスで“???”となってしまったこともあったでしょう。カメラの切り替えを忘れて、教室の学生の顔を映したまま、ホワイトボードを使って説明を始めてしまうなどというのが代表例でしょうか。

そんな悪条件をものともせず、Hさんは、画面いっぱいに顔を映して、毎日授業に参加します。テストの際に顔をゆがめて問題に取り組んでいる様子が大写しになると、思わずヒントを出してあげたくなります。必死にノートを取り、大きく口を開けてコーラスし、チャンスを捕らえて発言し、誰よりも前向きに授業に参加しています。

そんなHさんに、ようやく入国のチャンスが巡ってきました。年内に入国できる線が見えてみたのです。それに関する校内の説明会が明日開かれます。もう通知は届いているはずですが、授業終了間際に画面を通してHさんに確認を取りました。「もうすぐ日本へ来られるね」と声をかけると、今まで見せたことのない笑顔でこっくりとうなずきました。本当に待ち焦がれていたのだなあと思いました。

東京の新規感染者は、先週より17名増えたとか。このまま、また急カーブで増加するなんてことはないでしょうね。国の方針が変わって鎖国に逆戻りしたら、Hさんだって心が折れてしまうかもしれません。明日は減少傾向に復帰することを祈っています。

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聞き覚えのある声

11月9日(火)

朝、仕事をしていたら、特徴のある声が聞こえてきました。今までずっとオンラインで授業を受けてきたJさんが初めて登校してきたのです。私も受験講座で接点があり、少し高めの声は耳に残っていました。顔を見ると、マスクで半分ぐらい隠れていますが、確かにZOOMの画面で見た面影があります。Jさんは、ご両親の仕事の関係で、普通の留学生とは違ってコースで入国してきました。待機期間が明けて、今朝、晴れて初登校となったのです。授業後は、1人きりのオリエンテーションを受けていました。

KCPでも、これから入国してきそうな留学生の受け入れ準備が始まっています。事務担当のNさんは、役所には何回電話をかけてもつながらないとぼやいていました。どこの学校も、来日する留学生への対応に追われているのでしょう。受け入れ側が遺漏なきよう万全を尽くしているのですから、健康な学生の入国はどんどん認めてもらいたいです。

今度の日曜日、14日は、EJUです。4月期以前から勉強してきた学生たちの受験講座は、今週が最終回です。ずっと国で受けてきたDさんもそんな学生の1人です。しかし、Dさんの来日はもう少し先になる見込みです。どうやら、今回のEJU受験は無理そうです。授業の最後に「今週で終わり」と告げたら、少し寂しそうな表情がうかがえました。今度は対面でみっちり鍛えたいです。

4月期にレベル1で、オンラインで教えた学生たちが、今学期レベル3で勉強しています。今学期は間に合わないかもしれませんが、来学期は会えることでしょう。その時はレベル4、中級です。そこは私のテリトリーですから、今度は生の学生たちに教えられることを、今から楽しみにしています。

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突発事故

11月5日(金)

授業をしていたら、突然マスクのゴムが切れました。そんな張り切って口や顔を動かしたわけではないんですがね。ワクチン接種済みとはいえ、感染状況がかなり落ち着いてきているとはいえ、マスクなしで、立ったまま、座っている学生に向けて大きな声で話すのは考えものです。何より学生が嫌がるでしょう。とりあえずハンカチで口を押えながら授業を進めました。幸いにも、作文のテーマを説明している最終局面でしたから、それを話し終わったら学生に作文を書かせ、その間に職員室まで予備のマスクを取りに行ってきました。

実は何か月か前にも同じようなことがあり、それ以来、かばんに予備のマスクを忍ばせていました。図らずもそれが役に立ちました。職員室にも学校のマスクが置いてありますから、学校にいる分にはそんなに神経質にならなくてもいいんですがね。

でも、これを外でやらかしたら大変です。例えば、電車の中でくしゃみをした瞬間にマスクがぶっ飛んだりでもしたら、大ヒンシュクでしょう。たとえ予備のマスクを持っていたとしても、いたたまれなくてその電車に乗り続けることはできないに違いありません。いや、マスクが壊れなくても咳やくしゃみをしたら白い目で見られます。私もそばにそんな人がいたらちょっと顔を背けたりしますが…。そう思うと、教室の学生たちはおおらかでした。最後まで私の話を聞いてくれましたから。それどころか、かばんから自分のマスクを出そうとしてくれた学生すらいました。始業日から1か月ほどの間に、学生たちとの間に信頼関係が築けたなと思いました。

でも、まず、安物のマスクはいけませんね。それから、来週から、かばんではなく、スーツのポケットに予備のマスクを仕込んでおくことにします。

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授業後の質問

11月4日(木)

「何か質問、ありますか」受験講座・数学の授業の最後に聞いたら、国からオンラインで参加しているHさんから、「日本は来週の月曜日から入国できると聞きましたが、KCPの学生はいつ入国できますか」と聞かれました。選挙が終わってすぐに留学生などの入国を進めるという話が持ち上がりましたが、私たちにもまだそれ以上の情報は届いていません。Hさんのような学生たちがいつ来ても受け入れられるように、態勢だけは整えておきます。しかし、具体的な日程はまだ全然です。

Hさんの心配は、それだけにとどまりません。隔離がどのくらいの期間になるのか、どの程度厳重な隔離なのか、その間の授業はどうなるのか、不安の種は尽きないようです。こちらもそういった質問にきちんと答えてあげたいのですが、手持ちのデータがちょうど1年前の事例だけですから、Hさんの心を安んじるには程遠いようです。

Hさんに限らず、すべてのオンラインの学生たちが、同じような期待と不安を両脇に抱えていることでしょう。来日が現実味を帯びてきただけに、学生たちはより明確な情報を求めています。単に夢を抱くのではなく、来日後の留学生活をきちんと頭の中に描きたいのです。淡々と受験講座を受けているDさんも、心の奥底では同じように考えているに違いありません。

ただ、先日もこの稿に書きましたが、11月のEJU受験が絶望的だというのが何とも悲しいです。HさんもDさんも、うまくすると来年4月に進学できたかもしれませんが、この分だともう1年余計に時間がかかってしまうでしょう。でも、これを逆手に取るくらいの気持ちで、こちらで勉学に励んでもらいたいです。

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