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ある帰国

1月27日(月)

「先生」と呼び止められて振り向くと、Oさんがいました。「明日から2月4日まで、一時帰国します」と言いながら、一時帰国届を出してきました。理由欄には、旧正月を家族と一緒に過ごすためと書いてありました。

学生が一時帰国することには、法律上の問題はありません。ですから、Oさんのようにきちんと届を提出してきたら、原則として受理します。しかし、学期中に1週間以上にわたって一時帰国するというのは、日本語を学ぶものとしていかがなものでしょう。

たしかに、OさんはすでにA大学に合格し、入学手続きも済ませていますから、卒業式までKCPに通う以外にすることがありません。それゆえ、一時帰国しようというのでしょう。しかし、Oさんのコミュニケーション力、特に話す力には大きな疑問符が付きます。このままA大学に進学したら、さぞかし苦労することでしょう。

初級の学生には、よく、「国へ帰ると日本語の力が元に戻っちゃうよ」などとよく言います。実際、期末テスト直後に帰国して、始業に直前に戻ってきた学生が、全然話が通じなくなっていたというケースは枚挙にいとまがありません。Oさんは上級の学生ですが、その話し方には危うさが色濃く感じられます。また、Oさんが進学することになっているA大学は、誰でも入れるようないい加減な大学ではありません。よく面接が通ったねと言いたくなるくらいです。それゆえ、なおさら、大学に入ってから困らないようにと言いたくなるのです。

私以外のOさんを知る教師はみんな心配していますが、Oさんの心はもう日本にはありません。来月5日に顔を合わせたときにOさんの日本語力が落ちていないことを祈るばかりです。

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ノート

1月24日(金)

今学期の選択授業・身近な科学は、授業の最初に白い紙を渡し、それにノートを取ってもらうことにしています。そして、授業の最後に、授業をよく聞いていれば、きちんとノートを取っていれば必ず解けるクイズを出します。

このクラスには、上級1期目の学生から、4月期から上級に在籍している学生までいます。同じ上級とはいえ、日本語力にはだいぶ差があります。しかし、こうしてノートを取らせてみると、より上のレベルの学生がより上手にノートが取れるとは限らないことが見えてきます。そして、ノートが取れている学生は、概してクイズの成績がいいです。私のクイズは、ネットで調べても答えが見つからない問題ばかりですから、授業をきちんと聞いて、それを記録に残すことができる学生がいい点数だというのは、妥当な結果です。

最上級クラスのAさんやBさんは、あまり点が伸びませんでした。授業中はうなずいていましたから、よく理解できているのだろうと思っていたら、そうでもありませんでした。上級1期目のCさんは、細かくノートを取っていました。私が見てもよくわかる形でまとめられていました。こういう人は頭脳明晰なんだろうなと思いました。

身近な科学の学生たちは、ほとんどが4月から進学します。日本人の学生に伍して大学や大学院の授業を受けるとなると、ノートがきちんととれるかどうかが運命の分かれ目になるでしょう。卒業生へのはなむけの授業のつもりでやっています。春にはありがたみを感じてくれるかな…。

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拒否!

1月23日(木)

出席を取り、連絡事項を伝え、明日の選択授業の案内を該当者に配り、読解の授業を始め、語句の説明のため板書して学生の方に向き直ると、ついさっきまでいなかったGさんが何事もなかったかのように席に着いていました。このクラスの教室は教卓から離れたところにドアがあるため、教師が遅刻の学生に気づかないこともあるのです。

そのGさん、「先生、すみません。遅刻しました」でもなく、フードをかぶったまま下を向いています。おそらく、スマホをいじっているのでしょう。授業に参加する意思はなさそうでした。私がGさんの机に近づいても、全く動ずるところはありませんでした。

このクラスに入るのは今学期初めてでしたが、今までに入った先生方からGさんのうわさは耳にしていました。どの先生も手を焼いているご様子でした。これじゃあ、手の差し伸べようもありません。“構うな!”オーラを四方八方に発散し、周りの学生にも声をかけるなと体を張って訴えているように見えました。

Gさんは今までに何校か受験に失敗しています。日本語力的にGさんよりも劣る学生が同じ大学に受かったのにGさんが落ちてしまったのは、このコミュニケーション拒否とも言える態度が災いしていることは疑いありません。でも、先学期担当した先生によると、本人はこれを認めようとしていないとのことです。

このGさんをどう指導していくか難しいところですが、もう1人、Jさんも同様の学生です。そのJさんは欠席でした。電話をかけても出ませんでした。難問山積です。

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夢を抱いて

1月22日(水)

Sさんは理科系の進学を考えている学生で、午後、進路相談に来ました。高度なVRを作りたいという希望を持っています。現時点での志望校を聞くと、まっさきにW大学の名前を挙げました。でも、本当は国立大学に行きたいそうです。

大学を卒業したら、大学院はアメリカで進学したいと思っています。そして、将来はVRの制作会社を立ち上げたいと言います。だったら、アメリカの大学院で経営学を専攻したらどうかとけしかけたら、そういう考え方もあるのかという顔をしていました。

SさんのVRのアイデアと技量がどれほどのものなのか私には見当もつきませんが、MBAでも取れば世界進出も夢ではありません。もちろん、そう簡単な道ではありませんが。でも、その険しい道をあえて進もう、難関に挑もうとする意気込みが、Sさんの顔からあふれていました。

しかし、そもそものところに難題が立ちはだかっています。国の言葉で書かれた物理や化学の問題なら解けるのですが、日本語だと問題文の意味が理解できないのだそうです。これではいい点の取りようがありません。KCPでの読解の成績はいいんですがねえ…。

というような相談をしていたころ、先週から今週にかけて何回も面接練習をしたAさんは、E大学の面接試験に臨んでいました。つい先ほど、そのAさんが受験の報告に来てくれました。他の受験生よりも日本語が上手だったと、自信満々の様子でした。口頭試問も、うまく答えられたそうです。発表は来月半ばです。果報は寝て待てといきますでしょうか。

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社会を探して

1月21日(火)

毎日上級クラスに入るのはいいのですが、「社会」にかかわる教材を毎週3つ用意しなければならないのがしんどいところです。上級クラスは大半の学生が3月で卒業しますから、卒業後に進学先や就職先で困らないだけの日本語力や社会常識を付けるということが、この学期の授業における大きな柱の1つです。

「社会」といっても、政治や宗教の対立を教室に持ち込むわけにはいきません。クラスのメンバーを見て慎重に教材を選び、授業を組み立てていくということを繰り返していきます。トランプさんの大統領就任も大きなニュースなのですが、授業での取り上げ方は慎重でなければなりません。

かといって、毒にも薬にもならないようなことばかりやっていたら、学生は相手をしてくれなくなります。インコース胸元に大谷張りの速球を投げ込むようなものでしょうか。コントロールが狂ってぶつけてしまっては、何の意味も持たないどころか、破綻にもつながりかねません。

授業で取り上げて、話し合わせたり何かを書かせたりするとなると、クラスの学生の多くが興味を抱くものでなければなりません。そういう教材をいくつも用意するところに、今学期の苦労があります。まだ火曜日ですが、来週を見越してどのクラスで何を使うか、考えている最中です。

少なくとも3月の卒業式までは、こういう生活が続きます。昔の教材を引っ張り出してもいいのですが、そればかりだと卒業する学生へのはなむけにはなりません。卒業した後で、KCPであの授業を受けておいてよかったと思ってもらえるような授業を展開したいのですが、難しいものです。

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言葉の変化?

1月20日(月)

今学期は、月曜日と水曜日は最上級クラスを担当します。中には1年間ずっとこのクラスで勉強してきたというツワモノもいます。話すときに手加減する必要がないというのが、教師にとってやりやすいところですね。だからといって、気が緩んで山口弁全開などとなったら、最上級クラスでもさすがに通じないでしょうけどね。

初級や中級では、学生たちが知っている文法や語彙を組み合わせて話さないと、意図していることが通じません。それを補うために、時にはジェスチャーなどを交えたり、パワーポイントや板書を活用したりと、あれこれ頭を使います。最上級クラスは、それが省けます。

しかし、その代わり、学生は何でも知っていますから、学生たちの知識欲や向上心を満足させるにはどうしたらいいかという点に気を回さなければなりません。何か考えてもらう、考えさせる、そういう授業を作り上げるにはどうしたらいいかという点が、授業を計画する上での最重要点となります。

初回は、復習ということで、敬語を取り上げました。“書く⇒書かれる”というように、まずは尊敬動詞へお変換。ですが、“降る”みたいに目上の人が動作主になりえないものや、“盗む”みたいに非道徳的な動作で、そんなことをする人は尊敬に値しないようなものも混ぜ込んでおきました。このトラップには引っ掛かりましたね。「“雪が降られます”と言ったら、あなたは雪を尊敬していることになるんですよ」「社長に財布を盗まれた時、社長を尊敬しながら“社長は私の財布を盗まれました”と言うんですか」と指摘したら、気づいたようでした。

謙譲語も引っかかりましたね。目上の人にかかわる動作でないと謙譲語にならないのですが、“お起きする”なんていうのを作っちゃいました。“私は毎朝6時にお起きします”なんて言ってはいけないのですが、学生たちは“毎朝6時に起きる”を非常に丁寧に言うとこうなると思っていた節がありました。

それ以上に、どの言葉に“お”や“ご”を付けるかということを聞いた時に、意外な答えが返ってきました。学生たちが“お”や“ご”を付ける範囲は、私たちより狭いようです。お野菜、お車、ご休憩といったあたりも、付けないと判定していました。学生たちが付き合っている若い日本人はそうなんでしょうかね。

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心配な文化

1月18日(土)

今学期は毎日上級クラスを担当することになっています。火曜日と金曜日は選択授業も受け持ちます。昨日は上から3番目のクラスと、選択授業「身近な科学」でした。

このクラスは先学期からメンバーがほとんど変わっていません。こういうクラスは、往々にして、クラスの文化みたいなものが確立しているものです。このクラスの意場合、その文化は、授業中は静かにするということのようでした。クラス全体に問いかけても、誰も答えません。先学期の中級クラスなら、あちこちから答えが湧き上がってきたものです。間違っていようと的外れであろうと関係なく、何かしゃべらずにはいられない学生がおおぜいいました。これもまた、そのクラスの文化だったのです。

じゃあ、昨日の上級クラスはできない学生の集まりだったのかと言うと、決してそんなことはありません。指名すればまともな答えが返ってくるのです。教科書を音読させれば、先学期のクラスよりずっとスラスラ読めます。引っ込み思案、恥ずかしがり屋の集合なのでしょうか。

というわけで、授業を進めるにはいちいち指名しなければなりません。顔と名前が一致する学生が3人ぐらいしかいないクラスでしたから、名簿を見ながら指名しました。しかし、時には欠席者の名を読んでしまったり、Aさんだと思って読んだら人違いだったりなど、調子が出る前に授業が終わってしまい、選択授業へとなだれ込みました。

昨日は1月17日、阪神淡路大震災からちょうど30年の日でしたから、テーマは地震。去年の能登半島地震、もう少し前の熊本地震、もちろん東日本大震災も取り上げました。野島断層や根尾谷断層など、大きな地震を引き起こした活断層の写真を見せたり、新宿付近にも活断層があるかもしれないと脅したり、こちらは得意分野ですから、好き勝手なことを授業時間いっぱいしゃべって学生の反応を楽しみました。

いちおう授業ですから、評価もしなければなりません。授業内で見せて解説した写真を最後にもう一度見せて、何の写真か説明してもらいました。まじめに聞いていれば絶対答えられると思ったのですが、頭を抱えてしまいました。「阪神淡路大震災で倒れたビル」とでも答えてくれればマルをあげるつもりだったのですが、「強い地震でビルが倒れた」じゃねえ…。上級でこんな答え方なのかと、大いに心配になりました。

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2通りの読み方

1月17日(金)

授業が終わって職員室に戻り、メールをチェックすると、T先生から昨日から話題になっていたある学生に関する報告が入っていました。それをずっと読んでいくと、最後に「…今日本人に確認します」と書いてありました。

さて、みなさんは、この「今日本人に確認します」をどう読みましたか。私は、最初、「いまにほんじんにかくにんします」と読んで、“???”となってしまいました。その後、「きょうほんにんにかくにんします」と読むんだと気付き、腑に落ちました。「今日、本人に確認します」と読点をしっかり打っておいてくれればすんなり読めたんですがね。

つまり、「今日本人に確認します」は、読点の打ち方によって2通りの意味の取り方が可能です。これを英訳ソフトにかけたらどうなるかなと思って、実際にやってみました。

DeepLは、“I’ll check with the Japanese today.”と訳しました。todayが気になりますが、「いまにほんじんにかくにんします」派です。代案として出された訳も、にほんじん派でした。Google翻訳も同じでした。みらい翻訳も“I will check with the Japanese now.”と、にほんじん派。

しかし、Weblio 翻訳は“I confirm it to the person today.”でしたから、「きょうほんにんにかくにんします」派でした。

このように、翻訳ソフトでは、にほんじん派が優勢なようでした。T先生の意をくんでくれたのは、Weblio 翻訳だけでした。私の頭はコンピューター並みということにもなりますが、これは喜んでいいものでしょうか。

それ以上に、こんな不思議な挙動を示す文はほかにないものか、作れないものかと考えてみました。残念ながら、簡単には見つかりませんでした。もう少し、考えてみます。

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話すのは苦手

1月16日(木)

AさんはG大学に落ちてしまいました。6月のEJUでいい点が取れたので、面接なしの書類選考だけで合否が決まるG大学に出願しました。しかし、倍率が5倍ほどとAさんの予想をはるかに上回り、合格証を手にすることができませんでした。話すのに自信がなかったので面接なしのG大学なら受かるかと思ったのでしょうが、Aさんと同じ発想をした受験生が多かったようです。

G大学は滑り止めのつもりでしたが、それに落ちてしまったので、背水の陣で来週のE大学の入試に臨まなければならなくなりました。G大学に受かったら気楽にのびのびとE大学が受けられるはずでしたが、その構想が崩れ去ってしまいました。落ちてもいいぐらいの気持ちでしたから、自信のない面接もあまり練習していませんでした。しかし、どうでもこうでもE大学に引っかからねばならなくなりました。

午後、そんなAさんの面接練習をしました。わざわざE大学に提出した志望理由書まで持って来てくれたのですが、いやあ、ひどかったですね。志望理由書に書いてある内容について質問したのに志望理由書とは違う答えが返ってきたり、あまりに早口で聞き取れなかったり、口頭試問に至ってはどうでもいいことを延々と話す始末でした。そういうダメな点を指摘するのに小一時間かかったほどでした。

すでに進学先が決まっているSさんも一緒に聞いていましたが、Sさんからも厳しい指摘を受けていました。あと1週間足らずでどうにか仕上げなければなりません。今まで授業でも話す練習をおろそかにしてきたつけが、こういう形で回ってきました。私ももちろん全面協力をしますが、前途多難です。後輩を戒めるのには好適な実例にはなりますが…。

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早く治りたいです

1月11日(土)

病気にかかっている人やけがをしている人が、「早く治りたいです」と言ったら、みなさんはどう感じますか。もちろん、その人の気持ちは理解できますよね。元気になったら、仕事や勉強をしたり趣味に打ち込んだりしたい、好きな物を好きなだけ食べたい、子どもとスキンシップしたい…、そんな心の叫びを思い描くことは容易なことでしょう。

しかし、ここで問題が生じます。一般に、「~たいです」の“~”の部分には、意志動詞が入ります。ところが、「早く治りたいです」は“治る”という無意志動詞が入っています。“治る”に対応する主格は、“私”ではなく、“病気”とか“けが”とかです。“私が治る”のではなく、“病気/けがが治る”のです。

意志動詞は“治す”です。でも、上述のような状況において、「早く治したいです」とはあまり言わないんじゃないでしょうか。「早く治したいです」と言うと、薬みたいなまだるっこしい治療法ではなく、臓器移植でもしそうな勢いを感じてしまいます。医者が言うなら、「患者の病気/けがを早く治したいです」に何の違和感もありません。

患者では、「私は病気/けがが治りました」は言えます。この望ましい状態に一刻も早く到達したい、そのためには何でもする(“到達する”は意志動詞)という意味で、「早く治りたいです」と言っていると解釈すれば、この言い方もセーフと考えられます。

むしろ、「早く治したいです」は、患者としては意志が強すぎます。数時間にも及ぶ大手術を目前にして、医者が「しっかり治しましょう」声をかけ、患者が「私も早く治したいと思っています」というような状況なら許せますが、普通はそれほどのことはありません。風邪程度なら「早く治りたいです」で十分でしょう。

昨日の夜、電車の中で本を読んでいたら「早く治りたいです」が目に留まり、その後、ずっと上のようなことを考えていました。来週、私は精密検査のため入院します。「早く治したいです」ほどのことがなく済むことを願っています。

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